お二人のお気持ち
帝暦1256年。セプトーン(9月)の月。
お嬢様がセドリック様の舘に来てから早一か月がたちました。
しかしこのお二方、環境が変わったというのに全くもって進展がございません。
今日もセドリック様がご公務から戻られても、談話室で二人してもじもじしているか、業務を持ち帰ったセドリック様がお部屋にこもられるかのパターンに終わられます。
「お嬢様。浅慮ながら申し上げますが、さすがに『アタック』が足りないのではないでしょうか?」
「そんなこと言ったって……いざセドと二人になると何話していいのかわからないんだもん」
「セドリック様は貴族とはいえ最下級。高貴なラカーユ家の元次期党首であるアルメルお嬢様がご交際を認められたのも奇跡に近いもの。籍も入れていない現在、進展もなく新たな女性に奪われる可能性もあることを認識しておられるのでしょうか?」
セドリック様のお仕事は、内政とは違い地方公務員のようなもの。
顔がよいものなので、職場では結構な人気があるのだとか。
お二人の出会いについては聞かされておりませんが、平民に詰め寄られないとも限らないのです。
「そ、そんなはずないじゃない! セドは私にゾッコンなんだから!」
いまだにお互いキスすらしたことのない身で、どの口がそんなことを言えるのか。わたくし、思考に及べません。
「では、わたくしから少々『カマ』をかけてみるといたしましょうか」
このままではいけません。
お嬢様のお気持ちははっきりわかっておりますが、セドリック様のお気持ちはわたくし存じ上げません。
ここはわたくしが一芝居うち、事態を転換させてみることを試みて差し上げましょう。
「え、カマかけるって何するつもり? ねえ、余計なことはしないでよ?」
「それではわたくし、行ってまいります」
「ねえ、ちょっと!」
止めに入られているようですが、これもお嬢様のためなのです。
恋路とは何が起こるかわからない……だからこそ、早いうちにお互いの気持ちをはっきりさせることが大切なのです。
「セドリック様。少々よろしいでしょうか」
「鍵は開いてるから、入ってくれていいよ」
「失礼いたします」
なんと、セドリック様はご自宅に帰られても書類仕事を続けておられるのですか。
こんなにも愛らしいアルメル様がおられるというのに、なんたる怠惰。
これはますます気持ちを探らねばなりませんね。
「どうしたんだい?」
「実はこのたび、アルメル様の姉上であらせられるエルネ様の婚姻にあたり、社交界が開かれることとなりました。つきましては、次女であるアルメル様のご招待にあたり、セドリック様にもご招待のお話があるのですが、いかがいたしましょう」
嘘でございます。
エルネ様は確かにご結婚なされていますが、そんなことで社交界など開かれるわけがございません。
話の端から聞いたことですが、お嬢様とセドリック様の出会いは社交界の場でとか。
であれば、この話にも食いつくはずでございます。
ましてや文字通り「社交の場」。貴族同士がお互いを知り恋心を芽生えさせる高貴な場。
結婚前の思いを寄せる女性を一人で社交界に送り出すとなれば、それはもうお嬢様を捨てるに等しい行為に相違ありません。
「そ、そうかい……。でも、僕は貴族といってもこんな生活だし、メルにとっても、いい機会なんじゃないかな」
裏切者、裏切者でございます!
お嬢さまのお心を悪戯に弄ぶ悪魔がここにおりました!
「それは、不参加ということでよろしいのでしょうか」
「うん……まあ……。正直僕は、メルには僕よりもっといい男性がいると思うんだ! そうは思いませんか!? ナディアさん!」
……はあ。
「だって、最近ナディアさんが来てくれて手入れをしてくれたから見てくれは良くなったけど、この家だってまだ借家なんだよ? そりゃメルの事は好きだけど、生活だって裕福とは言えないし……。僕とメルでは身分だって……」
なるほどなるほど。
これは典型的な「思いのすれ違い・勘違い」という奴でございますね。
それならやりようはいくらでも……
「ちょ、何言ってるのよセド! わたし、この家以外嫌だからね!」
お嬢様、はしたないので、ノックもなしに扉を豪快にたたき開くのはおやめください。
「き、聞いてたのかい!?」
「私は、私がセドを選んだんだから、他の人のがふさわしいとか言わないで!」
「いや、でも……」
「でももなにもない! セドは私が嫌い?」
「そんなことない!」
「セド……」
「メル……」
さて、お互いちゃんと思いあえてることも確認できましたし、わたくしは退室するとしましょうか。
おや、ちょうどよいところに閂が。
せっかく良い雰囲気のようですし、今夜は二人っきりにして差し上げましょう。
ガチャ
「あれ、ちょ、ナディ、なにしたの? 開かないんだけど!」
「そんなはずは……、あれ開かない!?」
「それでは、今夜はお楽しみください。ああ、セドリック様。社交界の話は嘘でございますので、どうぞご安心ください。ですが、今後ないとも限らない話でございますので、どうぞ今のうちに既成事実でもなんでもおつくりになさってください」
さあ、今日は久々にゆっくりと眠るといたしますか。
ここに来てからなんだかんだと、休む暇もございませんでしたので、たまにはよいでしょう。
それではお嬢様、よい夜を……
「ちょ、これトイレとか行きたくなったらどうするのよ!」