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お嬢様、同棲す

 どうも、わたくし帝国十大貴族のうちの一柱、ラカーユ公爵家が次女、アルメル・ド・ラカーユ様に使えるメイドのナディアと申します。

 このたび、晴れてラカーユ家初の男児がご出生なされたことを期に、かねてよりアルメル様とご交流のあるのセドリック・アルガン男爵様との交際が認められ、彼の御仁の自宅で同棲することと相成りました。

 つきましては、わたくしもかねてよりアルメル様に使える身、聞けばセドリック様のお家にはご奉公の者がいないとか。これはもうわたくしが付いて行って面倒を見なければというわけでございます。

 しかし、はてさて、お嬢様と旦那様(仮)の恋の行く末、どうなることやら……





 帝暦1256年。サーンジュ(8月)の月。

 とうとうアルメル様がセドリック様のお家に伺う日が来てしまいました。


「あのね、私は嫁ぐ身なんだから、ナディアが付いてくる必要はないと思うんだけど」


「とんでもございません。不肖、このナディア、お嬢様が幼少のみぎりから遊び相手としてお付き合いさせていただいた身の上、どこまで行こうともお世話させていただく所存でございます」


 このお嬢様。幼き頃から家を継ぐために様々な英才教育を施されてきましたが、花嫁修業はこれっぽっちも、それどころか武技に秀でて並みの男を投げ飛ばしてしまう実力をお持ちなのです。

 包丁の扱いより剣の扱い。針の扱いよりレイピアの扱い。箒の扱いより槍の扱いを仕込まれてきたのです。

 ご自身ではセドリック様の面倒は自分でするとおっしゃいますが、とても信用することはできません。


「まあ、貴方が付いてくれるのは心強いけど……、できればセドと二人きりがいいんだけどなぁ」


 このナディア、アルメル様の心の支えとなれていることを確認できて感激の至りでございます。

 なかなか素直な心情を吐露なされないアルメル様からこのようなお言葉を頂けるとは、これは幸先の良い出だしとなることでしょう。

 おや? どうやら馬車がセドリック様のお屋敷に着いたようでございます。


「ほら、着いたわよ。もう付いてくるのを止めようとは思わないから、準備しちゃって」


 もちろんでございます。

 この日のために準備した仕事道具一式、すぐに屋敷に搬入させていただきます。

 ……はて?

 お屋敷やしきものが見当たらないように存じますが。


「何言ってるのよ。目の前にあるじゃない、この貸家がセドの家よ」


 なんと、この見るも悲鳴をあげそうなぼろ平屋が一貴族のお屋敷だと申すのですか。

 これは掃除や修繕に向かうわたくしの腕がなりそうです。


「ふふ、あの人らしい素朴な家ね。ほら、早く準備して」


「かしこまりました、お嬢様」


 それにしても、お嬢様がお召しになったというのに、セドリック様は出迎えもせず何をしているのでしょう。

 っは、もしや家のなかにいかがわしいものがあって、それを急いで隠しているのでは?

 やや、それはいけません。

 そういうものがあるなら、わたくしも把握しておかなければ。

 いざ掃除しているときにわたくしが見つけてしまうならともかく、アルメル様の目に入ってしまうのは非常にまずいのです。何があっても対処できるように隠し場所を後で問い詰めておかなければ。


「お嬢様。家の出入口は荷物の搬入で少々塞がってしまうので、家の周りでも散歩なさって見てはいかがでしょうか」


「え、でも私が先に入っちゃえばすむ話で……」


「いえいえ、作業が始めってやっぱり外に出たいとなっては大変です。幸い郊外からは離れた場所で悪漢も見当たりませんし、長旅で体も固くなっていることでしょう。そんな状態でセドリック様とお会いになれば、どのような印象を与えるかわかりません」


「そ、そう? じゃあちょっと出歩いてくるから、準備ができたら呼んでちょうだい」


「かしこまりました」


 どうやらお嬢様は服装の乱れも気にしておられるご様子。セドリック様と対面される前に整えて差し上げましょう。

 さて、荷物を運び入れなくては。


「かかりなさい」


「「っは!」」


 御者の者どもが作業を始めたようですね。では、わたくしは一足先にセドリック様にご挨拶をいたしましょうか。

 ふむ。レンガと木造の混成づくりの家ですか。これも後で木の腐った個所や石の割れた部分を点検しなければなりませんね。

 おや、二階から物音が聞こえます。やはり隠ぺい工作に励んでおりましたか。

 では失礼して。


「ごめんください。わたくし、アルメル・ド・ラカーユ様の侍女ナディアと申します。この度はアルメル様とご同棲をしていただくにあたって……、失礼ですが、今何をなさっているのかお伺いしても?」


「見てわかるだろう? 本に埋まっちゃって出れないんだ。よかったら、助けてくれないかい?」


 ドアを開けると、そこには本棚から落ちたであろう大量の本や書類に丸のみにされた何かがわたくしに返事をしてきました。怪奇現象です。

 おや、本の山から手が生えてきました。これは中に人がいるのでしょうか。であればお助けしなければ。


「あっはは、ありがとう助かったよ。メルの馬車の音が聞こえて出迎えに行こうとしたら、足を滑らせちゃってね」


 この眼鏡をかけた優男。間違いございません。

 アルメル様が陰ながら交際をしていたセドリック様でございます。


「なるほど、この本の中に例のアレがあるわけですね? かしこまりました。このこと、伏してわたくしの胸に秘めておきます」


「な、なにを言ってるんだい。それより、メルはどうしたんだ? ひょっとして従者の人だけ先に来て、遅れてくるのかな」


 どうやら徹底して隠すおつもりのご様子。ええ、わかっております。そうまでして知らないふりをするからこそ効果があるというもの。どうぞ巧くやってくださいませ。


「お嬢様はいま、付近を散策中でございます。いわゆる、嫁入り道具を運び入れ次第お連れするご予定ですので、暫しお待ちください」


「あ、ああ、そうかい。じゃあ、僕はこれを片付けておくよ。準備ができたら、僕にも声をかけてくれるかな」


「かしこまりました」


 ええ、わかっておりますとも。

 わたくし、それがどこにあるのかさえ把握していれば後のことは上手くやれる自信がございます。

 中身がどのようなものかまで詮索しようというつもりはございませんので、どうぞごゆっくりお隠しなさってください。

 では、この家の間取りなど確認いたしましょうか。

 二階はセドリック様とアルメル様のお部屋がそれぞれ二部屋。端部屋には従者の控用の……つまりわたくしの部屋が。

 廊下を突き抜ければテラスへ出られ、天井のあれは屋根裏部屋でございましょうか。

 階段を降りると談話室が広がり、風呂トイレは別。

 キッチンはごく一般的な広さに、収納部屋には雑多なものがあれこれと……。

 これは初日から手入れが大変そうでございます。


「ナディアの姉さん! 運び込み、おわりやしたぜ!」


 おや、どうやら荷下ろしが済んだようですね。

 ではあなたたちはとっととお帰りなさい。それと、その言葉遣いも早く矯正なさい。


「そりゃないですぜ!? 結局全部俺らにやらせておいて……」


 さて、さっそくこの屋敷にあった箒(武器)の使い心地でも試してみましょうか。


「や、やばい姉さんが箒を持った! 撤退だ! 撤退しうああああああやめてくだせぇ! 箒の穂先でがりがりするのはやめてくだせぇ!」


「かゆくなる! このあと絶対かゆくなる!」


 ふむ。どうやら使い心地は良いみたいですね。

 当家のゴミが瞬く間に散ってゆきます。


「ねえナディア、さっき下男達が泣きながら馬車引いて帰ってったんだけど、何やらかしたの?」


「何をと言われましても、わたくしこの通り掃除をしていただけでございまして……。何があったかは存じませんが、主の前で泣き顔を見せるなど、後で教育が必要かもしれませんね」


「そ、そう。まあいいや。準備できたのなら入ってもいいわよね?」


「どうぞお入りください。まだお嬢様のおみ足を乗せるほど整えてはおりませんが、どうぞおくつろぎください。只今、セドリック様をおよびしてまいります」


「ん……ちょっとまって。私が直接行くわ」


 なるほど。サプライズというやつですね?

 畏まりました。ではわたくし、お嬢様の後ろから見守らせていただきます。

 扉の前で戸を叩こうとするお嬢様。


「どうなされたのですか?」


「や、やっぱりナディア、声かけて。私から呼ぶのってなんか、違うかなぁって……」


 ああ、なんという面倒くさ……いじらしいお嬢様でしょう。

 自分で声をかけると言っておきながら、土壇場になって他人にすがるというこの掌返し。

 いえ、むしろここは、まだセドリック様の「お片付け」が終わっていないかもしれないと考えれば、お嬢様にとっては幸運であったのかもしれません。


「そ、それじゃあ、頼んだわよ」


 澄ましたような表情を取り繕い階下へ向かうお嬢様。

 畏まりました。お嬢様をお待たせするわけにはまいりません。すぐにこの優男を引っ立てて差し上げましょう。


「セドリック様。よろしいでしょうか」


「あ、なんだい? もう準備ができたのかい?」


 待ちわびていたかのように扉を開けるセドリック様。どうやら隠ぺい工作は終わった模様。


「お嬢様がお戻りになりました。よろしければご案内いたします」


「案内って言っても、自分の家だし、言っちゃなんだけどそんなに広くないんだけどなぁ」


 狭かろうが誰の家であろうが、それがわたくしの役目であれば譲るわけにはまいりません。


「お嬢様。お連れいたしました」


「うん。ありがとう。セド、き、来たわよ」


「ああ、いらっしゃい。これから、ゆっくりしてくれ」


「うん……」


 なんてことでしょう。

 まあなんてことでしょう。

 お屋敷では常に高慢で私以外の従者にはキツク当たるようなお嬢様が、セドリック様を前にするなり顔を赤らめ初なネンネのように顔を赤らめ、うつむくなんて。


「これから、よろしく……」


 はてさて、これからどうなりますことやら。

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