過去の日常
俺の力はかなり不完全だ。身体強化系、と一言に言っても俺はただ普通の人より頑丈で力があるだけなんだ。だけどあの人は違った。俺の師匠は究極の武と言われるほどの人だった。師匠は武器を顕現させる火の力を使っていた。だがそれと同時に身体強化系の空の力も使っていた。いや、恐らく俺が見たことないだけであの人は五大全てを扱えたのだろう。それほどまでに強大な力を持つ人なのだ。
「あれからもうすぐ10年……か」
文明崩壊後、最大の厄災にして最凶のディスターが世界に君臨したあの日か早くも10年が過ぎようとしていた。師匠はアイツと戦った後に行方がわからなくなった。今はどこで一体何をしているのだろうか。寒くなってきた冬の空を見上げながら俺は過去の思い出に浸っていた。
「はははっ!恭司郎はまだまだ弱いな!」
いつものように挑んでくるガキにあたしは言い放つ。こいつとのやりとりももはや日課になってきた。
「ぐぬぬぬ!まだだぁ!まだ俺は負けてねぇー!」
まだ9歳のガキだってのに根性ばっかりあるんだからこいつは。ま、だからこそ鍛え甲斐があるってもんだけどな。軟弱な奴はあたしの所にいる必要は無いからね。
「かかかっ!まぁ今日はこの辺にしときな。そろそろ陽が落ちる頃だし、腹減っただろ?腹が減っては戦はできぬって言うしな!とりあえず飯だ飯っ!!かかかっ」
ほんっとこいつはタフだな。既に3時間も稽古してんのにまだやる気でいるんだから。でも流石にあたしも腹が減ったからね。背に腹は代えられないし、また明日鍛えてやるさね。
茜色に染まった空の下で二つの影が伸びる。まるで親子の様なこの二人。龍堂 花玲と龍堂恭司郎。此度はこの二人の過去の物語。10年前のあの日、二人は何を見たのか。今回は少しばかり視点を変えて見てもらおうでは無いか。では幕開けとしようーーー
恭司郎と出会ったのは今から10年も前のことだ。
文明崩壊。世界中の発電所や燃料の発掘場などエネルギーに関する施設が突如として爆発、炎上。エネルギーというものの根本を切られたのだ。そして、テレビやラジオといった電子機器は一切使えなくなった。機械文明の終焉の日、それが文明崩壊。そんな文明崩壊真っ只中にあいつは産まれ、そして捨てられていた。火の手が上がる中あたしには聞こえた。赤ん坊の泣き声が。あれがあたしと恭司郎との出会いだ。
「くそっ!!何処だ!何処にいるんだ!!」
火の勢いはドンドン増していく。だがあたしには使命がある。この声の主を見つけて助けるという使命が!!
「おい!花玲!!このままじゃ俺達まで焼け死ぬぞ!」
隣で吹堕叫び声を上げているのが聞こえる。だけど今はそれよりも助けを求める赤ん坊を救うのが先だ!!あたしは正義のヒーローになるのだから!
「吹堕!あんたは先に逃げてな!なぁに、スグに赤ん坊助けて戻るからな!外で落ち合おう!!」
そう彼に言い残しあたしは声の聞こえる方を見つめる。誰か他の助けを待っているんじゃ間に合わない。ならばここで一番動けるのはあたしだ。あたしが救ってみせる。
「……っ!またそうやって…正義のヒーローになりやがって……くそっ、絶対帰ってこいよ!約束だからなぁ!!」
後ろで吹堕が声を上げる。
「おう!任せろってんだ!!」
そう返し、声の方へと駆け出す。きっと助けてみせるからなっ。
走り進む度にドンドン赤ん坊の泣き声が近くなってくる。そして辿り着く。
「ここは……」
ベビールームだ。つまりここに置き去りにされたってのか…!?なんて親だ。自分の子を見捨てて逃げるなんて…。それでも親か!
「くっ……」
悔しい気持ちを抑え唇を噛む。それよりもまずは中にいる子を守ることが先決だ。この煙の中に放置されてたとなると大変だ。すぐに外に出さなければ命の危険だ。あたしはすぐに中へと入った。
「いたっ…!」
見つけるのはそう難しくなかった。ぽつんと置かれたベビーベッドの上で大声を上げながら泣いていた。あたしはすぐさま赤ん坊を抱き抱えて外へと急いだ。既にあちこち火の手が上がり建物も倒壊寸前。一刻を争う。
「大丈夫だからなっ、あたしがすぐに安全なところへ連れてってやるからな!」
そう言うと赤ん坊は泣きやみ、にこりと微笑む。こんな可愛い子を放置するなんて…。
あたしは来た道を急いで引き返した。
「うぉぉぉ!!」
間一髪ショッピングモールから脱出した。と同時に背後の建物が倒壊していった。本当にギリギリだった。
「花玲!!大丈夫か!?怪我はないか!」
心配そうに走り寄ってきたこいつは竜胆 吹堕。あたしの幼馴染ってやつだ。いつも喧嘩ばかりしてるあたしを気遣ったりしてくれる優しいやつ。
「大丈夫大丈夫!いつも通りばっちりさ!」
にっ、と笑顔で返す。
「はぁー……一時はどうなる事かと。流石に今回は危なかったぞ花玲。もう少し自分を大事にしろ、君も女の子なんだから」
またこれだよ。吹堕のお説教。あたしに対して君は女の子なんだからもう少しお淑やかに、とかもう少し優しくとかなんでいつもいつも説教言われなきゃならんのだ!あたしはあたしなんだからいいだろ!!
「無事帰ってこれたんだからいいだろ〜?勘弁してくれよぉ〜」
このまま説教されてたら一時間は止まらないからな。とりあえずなだめておく。後でお詫びとして飯でも奢ってやるとしよう。
「全く…君のその正義感の塊みたいなところ。少しはどうにかした方がいいと思うぞ、このままじゃ命がいくつあっても足りやしないんだから」
確かに今回はやばかった。ほんとに死にかけた。でも正義=あたしみたいな所があるからな。どうにもこうにも変え難いところがある。でも、吹堕は吹堕なりに心配してくれているんだろうな。こいつに免じて少し自重するとしよう。いつも迷惑ばかりかけてるしな。
「ところでその子どうするんだよ。多分捨て子だろ?とりあえず児童施設に入れるのか?」
言われてみればそうだな。どうするかこの子。うーーん。
「あたしの家に連れていこう」
「……え?」
吹堕が間抜けな声を上げている。ここで会ったのも何かの縁だ。別に困らないしあたしの家で育てよう。
「ちょっ…!ちょっと待て!それって大丈夫なのかよ!?いや、確かに助けたのはいいが連れてく!?ダメだろ!!」
吹堕が全力で否定してくる。
「そんなこと言ったって時代が時代だろ?文明崩壊真っ只中だぞ。こんな中じゃ引き取ってくれる施設なんてねぇだろ」
実際そうだ。電子機器が使えない現状、どこも生きるのも精一杯。金なんてただの紙っぺら同然。だからこそ一番安全でどうにか出来るのはあたしの家ってわけだ。周辺は畑やら川やらで食い物には困らないし、どこの馬の骨とも知れぬやつに任せるよりよっぽど安全だ。
「た…確かにそうだけども…。まぁでも君は何を言っても聞かないだろうしな……。僕もできることはするよ」
吹堕が折れた。そう来なくっちゃな!
「そういやこいつの名前……恭、司…郎?」
「起きろー!!起きて俺と勝負しろぉー!」
いつものように朝から元気のいい声で恭司郎が喚き散らす。もうこれも慣れたものだ。毎日なんだもんな。よく飽きないし疲れないな。あいつは、ホントにタフさだけは人一倍ある。
「わかったわかった……行くから先に行ってろ…」
恭司郎を外に行かせのそのそと起きはじめる。まだ朝の6時……。ホントは10時くらいまで寝ていたいのに。あいつに戦い方を教えるって言ったらこれだよ。毎日毎日朝から晩まで特訓特訓と馬鹿の一つ覚えみたいに……。
「全く、少しは大人しくしてて欲しいもんだなぁ」
洗面台に向かってボヤく。
「それは僕もおんなじ意見なんだけどな、花玲。君も少しは大人しくして欲しいもんだよ」
聞き覚えのある声が玄関から聞こえる。吹堕の奴が来たみたいだ。多分いつも通り調達した食料と恭司郎の特訓のために来たのだろう。食材は有難いが恭司郎に変なことを教えるのをやめて頂きたい。いつもその火消しで大変なのだから。
「おぉ、今日は魚が多いな。結構釣れてるじゃん」
今夜は煮付けかなぁ……。しばらくは食材に困らなさそうだな。と考えていると外から恭司郎の声が聞こえてくる。
「あ!吹堕の兄ちゃん!今日も俺に戦い方教えてくれんのか!?」
相変わらず嬉しそうな声で話しやがるな恭司郎は。でも、元気に育ってくれてるって証拠だな。育ての親として、ここは喜ぶべきところなのだろうな。しかし、あたしみたいに荒事に突っ込むような奴にはなって欲しくないなぁ……としみじみ思う。
「おうよ。任せておけよ恭司郎。なんだって俺は序列第十位なんだからなっ!」
また始まったよ。吹堕の序列自慢。あたしは序列なんて気にしたことないし、そもそも数字に囚われること自体間違いだと思ってる。あたしが成りたいのはナンバーワンでもオンリーワンでもなくヒーローだから。正義の味方だから。正義の味方に順番も唯一もないんだから。
「はいっ、今日はここまで!恭司郎、あんただいぶ剣の腕が上がったじゃないかぁ」
素直に感心する。無鉄砲に突っ込むしか脳がなかった恭司郎が考えて剣を振るようになったのだ。これは大きな進歩。
「いやさ?吹堕兄ちゃんとか花玲見てると、ただ突っ込むだけじゃだめだなーって。よく観察するようにしたんだよ!」
ほぅ…あたしの技を盗もうとしてるのかこいつは。やっぱりいい目をしてるし勘も鋭い。もう少し鍛えてやりたいが辺りは既に陽が落ちて暗くなっている。続きは明日にして夕飯にしよう。
「さっ、アンタらは風呂に入ってきな!吹堕も飯は食ってくだろ?」
へばって地面に尻餅ついてる吹堕に問いを投げる。技自体はいいがこいつ昔からスタミナがなぁ…。
「はぁ…はぁ…おうっ。有難く頂くとするよ」
毎日毎日食ってくのも大変だし、明日がまた来るとは限らない状況ではあるが、あたしは今が一番幸せだよ。ずっと続いてほしいとさえ思う。そう、ずっと…。
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