現実に還りたい。
続きです。
ではお楽しみくださいませ♪
Brains。
突撃にぃぃー!前ぇええーーー!!
『フラァぁァアア!!』
高らかになる突撃ラッパを背に、俺たちの分隊は敵に向かって吶喊を開始する。
バシッ!ビシッ!
砲撃戦でささくれだった地面の至る所に、敵だか味方のだか分かりやしない銃弾が突き刺さり、土くれと弾の破片を撒き散らす。
ここは戦場、それもべトンで塗り固められた鉄壁の要塞を攻略する役目を与えられた。帝国陸軍第十四師団の一等卒だ。
「こら!遅れるな!」
そう俺に叫んだ髭面の二等軍曹が周囲の味方もろとも砲撃で爆散する。
弾き飛ばされた誰のものかも知れない腸が、俺の首にネックレスみたいに絡みつく。
ちきしょう!!
首に巻き付いた腸を掴みかなぐり捨て、戦友たちが霧みたいに四散する中を走りながら俺はようやく人ひとり入れそうな砲撃跡の穴に飛び込んだ。
「敵の攻撃が激しすぎて、前も碌に見えないじゃないか!」
数百人いた中隊は、今や数十人まで減っているだろう。
少しだけ顔を上げてみた光景は、味方の無残な屍体ばかりで敵兵の姿などはどこにも見当たらない。
「わっ⁈」
穴から僅かに離れたところに、グワッと見開いた眼を開けこちらを見据えた男がいた。
「お、おい、あんた!そんなところに居たら危ないぞIこっちにこい!」
俺は軍の上下関係も構わず声を掛ける。
「砲撃で失神でもしたのか?おい、おい!!」
ドドンッ!!と、近くで連続した炸裂音が響き、頭の上を風切り音を間断なく発しながら銃弾が抜けていくのを聞きながら、一向に返事をしないそいつを穴に引きずってやろうと身を乗り出し、軍帽をどかせ髪に手を掛けた。
ヌル…。
思わず俺は手を引っ込める。
見ると指にべっとり蕩けた肝臓みたいな肉が付いていた。
「なんだこれ…」
思わずつい匂いを嗅いだ。生臭い。鼻に来る生臭さだ。
脳みそだった。
俺は狂ったように奇声を上げ穴の縁の土に手を擦り付け、まるで井戸からくみ上げたばかりの水を使う様にして拭った。
転がっている男は頭だけで、首の根元からは未だつながった状態の背骨がしっぽのようにぶら下がり、耕された土から大根を抜く感じでとれた。
もう俺は感情をなくしていた。
コイツの首根っこ引っ掴み、ポイっと投げ捨てた。
ゆっくり円を描き落ちた頭をこちらの攻勢とでも思ったのか、要塞の分厚いべトンの壁の無数の銃眼から驚く量の火花が連続してほとばしり、奴の頭を地面から飛び跳ねさせ、真っ赤な粉塵へと変化させた。
もう逃げられない。
十数メートル先で俺みたいに砲撃穴に籠っていた味方が、撃ち込まれた曲射砲弾に捲き上げられ、空中高く身体を分裂させながら土砂と共に落下していくのが見えた。
とても生き残れそうにない。
敵は俺たちが生きて居そうな場所を虱潰しに、砲弾や銃弾で狙い撃ちにしていく。
それは例え原形すらとどめていない意外であっても例外ではなく、着弾の振動で揺れただけでも過剰なくらいの潰しようだ。
大した作戦もたてず事前偵察もせず援護もなく、ただ遮二無二、堅固に鎧われた要塞に向かい人間の大集団を巨大なミンチ製造機に突っ込ませただけの、馬鹿げた行為をやらされただけだ。
我が国は帝国とはいえど名ばかりの国家体制で、人口も戦っている共和国連合とは比較にもならず、しかも同盟関係を結んでいる帝国同盟諸国とは離れた立地で援軍も望めないと来ている。
何より今攻めている要塞群は、もとを正せば我が国の国境要塞を大規模改装した代物なんだから、目も当てられない。
どうせ生きて帰ったところで明日か明後日にはまた、またこの要塞に丸裸で突っ込まされるに違いない。
だって俺の武器は、先を尖らせただけの鉄パイプ、通称『必勝スパイク』だけなんだから。
もし次が有ったら、今度はなんども生き残り生還した味方みたいに自分たちで手作りした武器を片手に要塞に挑まなくてはいけなくなるかもしれない。
そう爆散した二等軍曹みたいに、腰のベルトの先端に古釘を何本か結わえただけの、まるで昔の不良が持つみたいな武器を片手で振り回し、やけくその突撃を敢行するなんてアホな真似は御免だ。
敵の掃討は続いている。物資が豊富で人員も無尽蔵な敵にはどうにもならない。
それに引き換え俺の国は物資は払底して食い物にも事欠き、兵士の銃も四人に一丁になってしまっているのだから話にならない。
しかも味方は味方に厳しいだけで敵には全く歯が立たず、お陰で俺たちは命果てるまで戦場からは離れられないだろう。
そして俺は考える。
うん。こうなれば降伏しよう。と…。
『すいません!このダイブゲーム、あまりにも無理ゲー過ぎるのでアウトしたいんですが?』
『あ~ごめんなさい。コレ死ぬまでダイブアウトできないんですよ。申す訳ありませんがご協力願いしま~す♪』
フィールド内にスピーカーのような音声が響き、ゲームマスターから途中脱落が出来ない旨の断りの言葉が報せられる。
『うええ⁈まじで?』
『マジです。じゃ、頑張ってください♪』
ゲームマスターの気楽な言葉に俺は途方に暮れる。
そう、これは開発中の仮想戦場ゲームの中。俺はモニターのバイトをしているただの大学生なのだ。
フケるのは無理なのか。だったら仕方ないなと、俺は鉄パイプを抱えて立ち上がり、要塞に向かって駆けだすしかなかった。
彼は実験棟〖B.55〗の【№・227653】通称[仮想空間の被検体]
彼が住んでいるのは架空世界の中でも特殊な仮想空間である。
彼は実際には仮想空間から出たことは無いが、彼自身は外の世界に現実があり、自分はそこの世界に生きていると思い込まされている。
その故に彼が仮想世界で死亡したとしても、当人は本当に死んだとは思っていない為、死んだときの記憶を残したままに嘘の日常生活のデータを脳に刷り込むだけで精神は安定してしまい、またすぐにゲームの世界に舞い戻らされる生活になるだけで、実際の彼に逃げ場などはなかったのだ。
そんな彼が要塞からの銃弾を腹部に浴びて苦しみもだえながら息絶えた後、すぐさま舞い戻らされられた仮想世界では、既存もしくは未知のウイルスに感染させられていくというゲームであった。
そして今日も彼は、新規ゲーム作りのデータ取りのため、永遠に続くであろう仮想世界で死に戻りを繰り返すのだ。
Brains。 現実は還ってきた。
今回もお読みいただき、誠にありがとうございました。




