星明かりの下で
星明かりの下で
人族の派遣軍はその後も行軍を続け険しい山道を登り、明日にも『嘆きの高原』へ到達しようとしていた。彼らは比較的平らな開けた傾斜地に野営地を設けた。
誰もが明日から戦いに身を投じることになる。そうなれば犠牲も出ることになるだろう。期間もどれだけ掛るか分からない。敵は当初の報告によれば、五万ほどの大軍だったが、続々と援軍が加わっているという仙獣族からの経過報告も届いていた。恐らくマモルたちが途中で遭遇した敵はその援軍の一団だと思われた。
その夜は戦闘を前にして兵士たちに飲酒が許され野営地は賑わっていた。ソール隊もその夜はご馳走を用意して酒を嗜み、いつになく賑やかに歓談して不安を少しでも取り除こうとしていた。
マモルも隊員たちと楽しく過ごしていたが、ファルが途中で少し散歩してくると言って出かけてしまった。彼は彼女の様子が少しおかしい感じがしたので気になっていた。だが常に傍に付き添って彼の世話をしてきた彼女なので、一人になりたいこともあるだろうと思い暫く放っておくことにした。やがて隊員たちも飲酒で行軍の疲れが出たのかいつもよりも早く床に就いた。だがファルはその時になっても戻って来なかった。彼は心配になり彼女を探しに向かった。
マモルはファルが歩いて行った細い道を辿って進んで行った。山なりに曲がった道で先がよく見えなかった。暫く進むと水の音がして近くに滝があるのが分かった。その道の先に少し開けた場所があり、ファルはそこにある大きな岩に腰掛けて星を見上げていた。彼はホッとして、彼女に近寄り黙って隣りの岩に座った。彼女は彼に顔を向けて少し微笑んだだけで何も言わずに再び星を見上げた。彼は後にこの時のファルの姿を何度も思い出すことになった。
月明かりに照らされたファルは全身が透明な光に包まれ輝いているように見えた。艶の良い白い肌は緩やかな曲線を描く形の良い輪郭の中で光を放っているようだった。細く長い直ぐな眉の下には大きな切れ長の目があり、その中にはライトブルーの瞳が輝いていた。高く細めの鼻の下に桃色の小さい唇。長い銀色の髪が背中に真っ直ぐに垂れ下がり、光り輝く翼と交差している。
「なんて綺麗なんだろう」
マモルは思わず見惚れてしまいボウっとなった。それに気づいたファルがマモルの方に顔を向けた。
「何か私に用事でもあった?」
ファルは静かな口調で言った。
「ご、ごめん…お前が心配になって来てみたんだけど…お前こそ何をしてるんだ?」
マモルは彼女と視線を合わせた。
「心配してくれてありがとう。何か急に色々と思い出しちゃって、一人になりたかっただけ」
ファルはそう言うと再び空を見上げた。
「何を思い出してたんだ?」
マモルも空を見上げた。
「幻霊族の島にいた頃のこと」
ファルは答えた。
「そっか、どんな所なんだ?」
マモルは再び彼女の横顔を見つめた。
「島では至る所で一年を通して花が咲き誇ってるの。緑に溢れた広い草原、山々を流れる小川の細流の音が耳を楽しませ、動物たちが自然を謳歌し、そして人々は自然の中で平和に暮らしているわ。今にして思うと楽園のような所だった」
ファルは頬杖を突いて言った。
「へえ、一度行ってみたいな。そんな場所に」
マモルは笑顔で言った。
「とても遠いのよ。船で何年も掛けてやっと辿り着くくらいね」
「そうか…残念だな」
「ねえ、マモル…少し訊いてもいいかな?」
ファルは彼と視線を合わせた。
「ああ、何だ?」
「何か思い出せた、ステラだった時のこと?」
「実を言うと、少しだけ思い出したことがあるんだ」
マモルはそう言うと空を見上げた。
「どんなこと?」
「ごめん、まだ言えないことなんだ」
マモルは優しい顔をして再び彼女を見つめた。
「気になる言い方ね」
ファルは少し剥れ顔になった。
「もう少し待ってくれないか。まだ言っていい時じゃないんだ。でもその時がきたらお前に一番最初に話すよ」
「約束よ」
「ああ、約束する。……一緒にここにいてもいいかな?」
「何言ってるのよ。いつも一緒にいるじゃないの」
ファルは苦笑いした。
「まあ…そうなんだけどさ……」
「お好きにどうぞ」
ファルはそう言うと再び星を見上げた。
空は晴れ渡り月が青く輝いていた。星々が空を光で染めた穏やかな夜のことだった。




