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 ゲティーリアの北区画はそこかしこにクレーンが鎮座し、崩れかけて断面を覗かせる建物があちこちに散見される。

 五年前の解放戦で特に損傷の激しかったこの辺りは、死骸のような廃材から舞い上がる粉塵が霧に混じって喉を悪くする者も多く、人もあまり住んでいない。

 今時分は、専ら再利用する資源の発掘や倉庫として利用されているくらいで、どこか閑散としている。

 そんな湿った埃っぽいガレキの街並みを、背にリュックを負った幼い少年がひとりで歩いていた。


「今日も廃材回収か、テオ」

「話し掛けてくんじゃねえよ、エミス。ってか、オマエ今どっからでてきた?」

「一身上の都合により黙秘する」


 いつの間にかテオの隣に出現したエミスは澄ました顔で周囲を見回す。

 目に映るのはガレキ、廃材、そしていつ倒れてもおかしくないほどに傾いだ建物。


「この地域は建物の損傷が激しい。危険だ。ガラクタ漁りもほどほどにしておくべきだ」

「余計なお世話だ。こっちはこれで生活してんだよ」

「一帯の再開発も始まっている。どちらにせよ長くは続けられない。稼ぎ場を変えるなら早い方がいい」

「オマエには関係ねえだろ」


 すげないテオの返答はしかし、少年の苦境を明確に示していた。

 テオの預けられた孤児院はゲティーリア内の他のそれと同じく資金難にあえいでいる。労働人口に対して孤児の数が多過ぎて手が回らないのだ。

 結果、孤児たちは再びストリートに飛びだして日銭を稼ぐ羽目になっている。

 エミスもまたテオの拾ってくるガラクタを買い取っている客のひとりだ。

 エミスとしては適正価格で買い取っているつもりなのだが、テオ曰く「マシな客」らしい。

 おかげで取引相手として良好な関係を築けていた――クラウディアを保護するまでは、だが。


「言っとくけど、オレはまだオマエのこと許してないからな。もちろん、アイツのこともだ」

「案ずるな。テオが何を考えようと自由だ、行動に移さない限りは」


 睨み上げるテオに対し、エミスの返答はやんわりと釘を刺すものだった。

 てっきり否定されると思っていたのか、たじろぐようにテオの視線が泳ぐ。


「……わかってる。オレだってナフィ姉やオマエにメーワクかけたいわけじゃないんだ」

「だろうな。それゆえ、こうして先に話を通している。クラウディアがこの区画に来ている。本日はそこの倉庫で業務の予定だ」


 エミスが指差して予定を告げると、テオは露骨に顔を顰め、小さく舌打ちした。


「わざわざ教えてくれてどうもアリガトウ」

「どういたしまして」

「皮肉だっての。まったく……」


 ひらりと片手を振って、テオは小さな体で走り去っていく。

 その背が霧の中に消えるのを見送って、エミスは小さくため息を吐いた。


 何を考えようと自由、か。そんなものなければよかったのにと。

 それは贅沢な悩みだった。

 かつての自分にはない悩みだった。

 俗に「自我」と呼ばれるものを喪失していたエミスを再構築したのは師匠だった。製作物、と言い換えてもいいだろう。

 大事な贈り物だ。二度と喪いたいとは思わない。

 だが、その一方で自由がなければ迷うことはなかっただろうとも思う。

 一本道であれば迷わぬように、選択肢がなければ迷うことはないだろう。

 選択肢がなければ――


 ――たとえばそれは、己の懐に飛び込んできた吸血鬼の処遇であるとか。


 今となっては、彼女をただの監視対象として見ることは、エミスには不可能だった。


「エミスさーん!」


 そのとき、当の本人の声が耳に届いて、エミスはわずかに動きを硬直させた。


「こっちだ、クラウディア」


 意識して落ち着かせた声をかけると、ピットに連れられたクラウディアが霧の中からひょっこり現れる。

 つば広帽子の下のほっとした表情は、あるいは迷子にでもなりかけたからか。


「エミスさん、ちょっと歩くの早いです……」

「すまない。知り合いを見かけたので話しこんでいた。倉庫は向こうだ。今度ははぐれないように」

「あ、はい!」


 差し出された手をとって、クラウディアはガレキの街を再び歩き出した。



 ◇



 錬金術ギルドに指定された倉庫はちょっとした屋敷ほどの大きさだった。

 両開きの扉を開いた瞬間のエミスの表情を目撃したクラウディアは、思わず表情に乏しいとの前言を撤回しかけた。

 倉庫の中には、壊れたゴーレムやガラクタとともに、自動人形オートマトンが放りこまれていた。


「……クラウディアは向こうのゴーレムの整備を頼む」

「は、はい。エミスさんはどうされるんですか?」

「今日は僕にも依頼が来ている。解体の方だけど」


 そう言って、エミスは壁際の廃棄された自動人形が並んで吊るされている一角に向かって行った。

 装甲服と陶器の肌を剥がされ、内部フレームを剥き出しにして並べられた様は屠殺場に似る。

 事実、クラウディアも所々が欠けたそれらが人形と分かっていても、ある種の不気味さを拭うことができなかった。

 見上げるエミスの表情にも束の間、死者を悼むような色が浮かんで、消えた。


「この子たちはもう動かないのですか?」


 気になったクラウディアが近付いて尋ねると、エミスは手を伸ばし、吊るされた一体の半ばまで砕けた頭部にそっと触れた。


「自動人形の記憶、個性――個を形成する機能は頭部の擬似脳に宿る。他はいくらでも修理交換ができるけれど、擬似脳の中身だけはどうしようもない。壊れたらそれきりだ」

「人間のように、ですか?」

「そう、かもしれない。人間も手足なら機械義肢に変えられるけれど、普通は頭の中身ばかりはどうしようもない。ただ、人間の“中身”を別の器に移し替える実験はかつてあったという」

「それは……それはまだ人間なのですか?」


 実験風景を想像したのか、クラウディアは怯えたような表情になった。

 エミスは無音でかぶりを振った。

 そうして生まれたモノが人間である保証はない。その通りだ。千切れた腕を見て、それを人間だと思う者はいない。それは腕でしかないからだ。

 同様に、魂だとか思考だとか名付けられた中身だけでは人間は人間として成立しないだろう。

 であれば、人間としての部品がどこまで残っていれば人間なのか。その答えはエミスにもわからなかった。




 クラウディアの監視をピットに任せ、エミスは工具片手に自動人形の解体作業を始めた。

 ワイヤーを外し、球体関節を分解し、使える部位と廃棄する部位をより分ける。

 自動人形とはゴーレムを機械的に再現した存在である。

 彼らは供給された蒸気を出力源として、剛性ワイヤーの緊張と弛緩によって駆動する。


 極端な話、自動人形のおおまかな構造は一般的なマリオネットやバネ仕掛けの玩具と大差ない。

 ただの糸繰り人形と自動人形を区別する点はふたつ――歯車の心臓と擬似脳だ。

 歯車の心臓は擬似脳の指令を受けて、蒸気から出力を生み出し、各部に割り振る。歯車の心臓が出力を変えることによって、自動人形は人間以上の瞬発力と精密動作性を両立している。


 そして、擬似脳は人間の脳を模した極微小(ナノサイズ)の流体金属の集合体である。

 人間の動作を記憶させた流体金属は自動人形に自分で考え、動くことを許す。

 自動人形の製造コストの大半を占めるのがこのふたつであり、特に擬似脳に関してはゲティーリアの機械技師でも製造できず、専門の製造所からの輸入に頼っているのが現状だ。

 つまり、ゲティーリアは自力では自動人形の数を増やすことができない。擬似脳を破壊されれば、その分だけ稼働する自動人形が減ってしまうのだ。


 ハンターの多くがそうであるように、エミスにも自動人形についての知識がある。

 吸血鬼に血を吸われない戦力として、開発当初より自動人形は対吸血鬼戦線に投入されてきたからだ。

 実際、ピットはエミスがレストアした自動人形である。

 もっとも、その技術も戦場で損傷した自動人形を「共食い」させる際に覚えたもののため、擬似脳や歯車の心臓といった主要部位に関しては手を付けられないのだが。


(経年劣化した個体が多いな。街を奪還してから五年……稼働限界か)


 解体の手を止めぬまま、エミスは心中でひとりごちる。

 自動人形の寿命はおおよそ七年前後と言われている。

 彼らは呼吸しないが為に「声を発する」ことができず、眠らないが為に記憶を「忘れる」ことができない。

 積もりに積もった記憶が擬似脳を圧迫した結果、彼らの思考は自己の存在理由(プロトコル)を思い出すことができなくなり、分裂し、発狂する。

 多くの自動人形はそうなる前に自分で自分の機能を停止させる。彼らにとって死と眠りは同義だ。


 そして、それはいつかエミスが辿る道でもある。


(だが、それは今ではない。僕はまだ“幸い”をみつけていない)


 それゆえに、エミスはまだ心臓の鼓動を止めていないのだ。




「エミスさん、そろそろお昼ではありませんか?」


 しばらく作業に没頭していると、クラウディアが控え目に声をかけてきた。

 手を止めて胸元の懐中時計を開けば、時刻はそろそろ正午になる頃合いだった。


「昼か。薔薇はいくらか持ってきているが」

「わたしはまだ大丈夫です。問題はエミスさんですよ」

「いや、一食くらい抜いても僕は別に……」

「だめです! というか、エミスさんは食事を抜き過ぎです! わたしが来るまでキッチンも使ってなかったじゃないですか!!」


 腰に両手を当ててぷんすかと怒ってみせるクラウディアにどう言ったものか、エミスは頬を掻いた。

 そうこうしているうちに、クラウディアはピットを呼び寄せ、その背部装甲を開かせた。

 そこには瓶詰めにされた薔薇の花弁と共に、小さなバスケットに詰めたサンドイッチが入っていた。


「お前もグルか、ピット……」


 いつの間に、と呻いても、彼の従者は何も言わず尾をくゆりと揺らすのみ。

 どこか自慢げに見えるのは、きっとエミスの贔屓目だろう。

 その仕草に和む自分を自覚して、エミスは折れた。


「持って来たものはしょうがないか。では、適当なところで作業を切り上げるから――」


 そのとき、ずん、と腹の底を震わせる衝撃があたり一帯に響き渡った。

 揺れは大きく、あちこちに積み上げられたガラクタの山が音を立てて崩れていく。


「わ、わっ!!」

「ここは危険だな」


 エミスは問答無用でクラウディアの細い体を抱き上げて倉庫の外に出た。

 視線の先、霧の中で尚濃い灰色の粉塵が上がっているのが見える。

 少年の記憶は、その地点に解体予定の廃墟があったことを覚えていた。


「いくつか崩れたか。誰か巻き込まれているかもしれない」

「行きましょう、エミスさん!!」

「いや、クラウディア、貴女はここに残って……」

「わたしにも出来ることがあるかもしれません。こう見えて、吸血鬼は力持ちなんですよ?」


 そう言って、細い二の腕を掲げて見せるクラウ。その真紅の瞳には、純粋に他者を心配する色が浮かんでいる。

 エミスはしばし少女を見下ろし、黙考した。

 たしかに崩落現場では下手な重機よりも彼女の方が役に立つ。

 秘術の助けもあるし、高い再生能力から有毒ガスや負傷を気にする必要もない。災害現場でこれほど頼りになる存在もいないだろう。


「……迷っている時間はないか。行こう、クラウディア。僕から離れないように」

「!! ――はい!!」


 そうして早々と駆けていくエミスは、その瞬間のクラウディアの表情を見逃してしまった。

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