魔王(社長)のリアル事情
NPC、それは俺の役職だ。
街でウロウロしながら、歩き回っているだけでお金が貰える職業で、一時間で約千五百円貰える。そのおかげか、NPCがこの世界で一番多いが、そのぶん平凡な職業と言える。
大学生を含めた学生達は、勉強している身なのでお金は貰えることは出来ない。
高校を卒業し、大学に進まなかった者は、会社に言って登録したその瞬間から、NPCの職業に入り働くことになる。
まあ、働くと言っても、街を適当にブラブラ歩いたりするだけでお金が貰えるので、大抵の人はこの職業についているわけだ。
ちなみに、NPCにすら入っていない人は画面に映されることはないので、プレイヤーからは見えないような仕組みになっているのだ。
そんな平凡な職業でもきちんと働いていることになるのでまだいい方ではあるが……しかし、やはり憧れてしまうのは仕方のないことだろう。
俺の友達は、この世界で一番儲かり、人気ナンバーワンの職業……【勇者】をしている。
一日の給料が百万円で、しかも選ばれるのはたったの一人だけなのだ。
そんな友達がいて、俺は誇りに思っている。だからか、とてつもなく憧れてしまうのだ。
誰もが夢みる勇者の仕事で、魔王(社長)を唯一倒せる存在なのだ。
憧れ以外に抱く感情なら、嫉妬ぐらいだろう。しかしそれ以上に、大変な仕事だと俺はきちんと理解しているつもりだ。
理由は簡単、隣にいる勇者を見れば現状は一発でわかる。
「野宿……コレから野宿生活が待っているのかぁ…………はぁ……」
会議が終わり、深い溜息をついてトボトボと歩く勇者は、目の下に隈が出来ており、働く前と比べると体が痩せてしまっている。
重たいであろう鎧をと剣を装備した状態でガチャッ、ガチャッと音を立てて歩いているが、今にも倒れそうだ。
心配した俺は、勇者に声をかけた。
「お疲れ様、まあ、いろいろと頑張れ」
俺がせっかく励ましたのにも関わらず、勇者を挟んだ向かい側にいる真腐は、堂々と勇者に向かって言った。
「オマエが選んだ職業だ。責任もってしっかりやれよ。オレは影で笑ってやるから」
「このクソ真腐。そこはノッポクみたいに応援しろ」
性格の悪いクソ真腐は、笑いを堪えながら勇者の肩をポンポンと叩く。
そんなタチの悪いこの神父、もとい真腐の名前はリアム。容姿はとてもカッコイイよく、女性にモテているのに、性格が完璧にブサイクな残念イケメン野郎だ。
そんなリアムの手を振り払い、ギロりと睨みつける勇者の名前はノア・リフレイン。勇者とは少し違ったような名前だけど、どことなくカッコイイし、とても合っていると俺は思っている。
兜を外せば、中性的な顔立ちがあらわになり、スラッとした体格。性格もいいので、リアムほどではないが女性たちにモテる。
そんな幼馴染二人をもった俺の名は、ノッポク。みんなからよく、NPCと言われていた。
全てにおいて平均的な俺は、まさに凡人人間。それでも、きちんとこの世界に貢献できているから、胸を張れる。……NPCだけど。
そんな俺たちは今、アルゼルトに戻って準備をしていた。そろそろ『奴』が起きる時間帯だ。勇者のノアと神父(真腐)のリアムは教会に向かっている。
ちなみに俺はNPCなので、どこにいても問題ないのだ。スゲーだろ! 悲しいだろ!
悲しい感情で心が満たされていくなか、突然、今まで青かった空が赤く染まった。血の色みたいに赤いが、誰も騒ぐことなくみんな普通にしている。ただし、リアムとノアを除けば。
「やっべ、もう来んのかよアイツ……チッ、急ぐぞ」
リアが駆け出したと同時に、俺とノアも同時に駆け出す。
「ちょっ、速っ……まっ、待って! 待って!? なぁ、待ってってば!」
さっきまで同じぐらいのスピードで走っていたけれど、段々とノアの走る速度が落ちていく。気づいた時には既に、リアムとノアの間か凄く開いてしまった。
ノアって、俺より足が遅いんだな……なんか、嬉しい!
ノアってば、なにげに運動神経いいからな! 勝負事でノアに勝ったのは初めてだ!
……ヤバい、スゲー嬉しい。ゴメンねノア! 俺、優越感が半端ないよ!
俺の心を読んだのか、ノアは息を切らしながら俺に指をさす。ギロッと俺を睨めつける目には、軽く怒りがこもっているようで、燃え盛る炎のように赤い。
「おいそこニヤニヤしない! あのな、俺は今鎧を着てるかおそいの! ホントはもっと速いからな!!」
ヤベッ、なんでノア俺の心を読めるんだよ。そんな特技とか、スキルもってないよなっ!?
冷や汗を流しながら、俺は走るスピードをあげた。今、逃げ切らないと俺がノアに殺られると思ったからだ。
すると、今まで黙って先頭を走っていたリアムが、眉を眉間に寄せて、イライラした口調で叫ぶ。
「じゃあ脱げばイイじゃねーかよ! 頭を使えよ頭! オマエはバカかっ!!」
「脱いだり着たりすんのめんどくさいんだよ! 俺のことをもっと考えろバーカ!!」
低レベルな口喧嘩しながらも、教会に無事着くことが出来た。
赤くなった空には、数字が浮かび上がっており、残り十秒を切ってしまっている。
これは『奴』……いわゆる画面の向こう側にいる人が、この世界に訪れるまでの時間だ。
俺たちの世界は、あっちの世界の人たちから『ゲーム』と言われていて、実際に存在することがなく、タダのコンピュータと言うものでしかないと思っている。と、授業で習った。
習ったけか? うん、習った。そういうことにしておこう。
とりあえず、俺たちはあっちの世界の人たちに尽くすことが【義務】と言われてきている。それが当たり前で普通だかららしい。
まあ、よく分かんないけど、俺はこの世界が好きだから、ただ単に満喫することだけを考えることにしよう。
そう思って教会の中に入いろうとしたら、赤くなった空に今度は文字が浮かび上がった。
【セーブデーターが削除されてます】
「「「はい?」」」
俺とリアム、ノアは、間抜けな声を発した。
そりゃそうだよ。なんにせ、今までの苦労が台無しになろうとしているのだがら。『奴』のせいで。
つまりコレは……あっちの人の世界で言う【最初からやり直す】っていう事だから……
「至急、勇者は【ナンゲル】のギルドにある会議室に来るように。他の人は、気にせず自分の持ち場で準備を始めるように。繰り返す……」
頭の中で整理をしていたら、社長の声が世界中に響き渡った。
透き通った綺麗な声で、聞き入ってしまうが、今はそれどころじゃない、急いで持ち場につかないと!!
アタフタしている俺を目尻に、リアムは何事も無かったかのように教会にはいり、ノアは今にも泣きそうな目で移動魔法を唱えた。
二人の様子を見て冷静になると、俺はスグにあることを思い出した。
そう言えば俺……NPCだった。
どこにいても問題ない……タダのNPCだった…………。
俺は切なくなる気持ちを抑えて、とりあえずリアムに続いて教会の中にはいったのだった。
【ナンゲル】
その頃、勇者ことノアは会議室に到着し、部屋に入り静かに座った。
会議室の中を見渡すと、勇者と魔王様しかこの場に居なかった。
疑問に思い首を傾げるが、ここで変なコトを言うと罵倒されそうな気がしたため、黙っておくことを心に誓う。
すると、魔王(社長)から先に話しかけてきた。
「今、どう言う状況か分かっているか?」
腕を組み、何故か対面して座っている魔王は、勇者を試すような感じで質問を投げるが、勇者はその質問にサラッと答えた。
「はい。『奴』がセーブデーターを削除して、また初めからやり直そうとしている所ですよね?」
「あぁ、その通りだ」
魔王は少し見直したような顔つきなるが、すぐさま鋭い目つきに変わる。
イライラしているのがよく分かり、今にも爆発しそうだ。
「現時点で『奴』はオープニングを観ている。あと数分もすれば、また【アルゲルト】に戻りレベル一から物語が始まり、同じことを繰り返すはめになる」
「なんで突然そんなことを……まだクリアだってしてないのに…………バカなんですかね……」
本音を言う勇者だが、最後はボソりと魔王に聞こえないように呟いた。
その時魔王は、手を顎に添えて考えるポーズをとり、静かに思考を巡らせていた。
なぜ、このような事が起こってしまったのか、自分のミスが何かあったのだろうか、なにか変なコトをしたのだろうか……などと。
そして、ある結論に辿り着いた。
「私の推理ではあるが、多分飽きたか、それかまた初めからやり直して、強くなってからクリアするかのどちらかだと思っている」
「なるほど……」
少し自慢げに魔王は勇者に言う。
大きな胸を張り、ドヤ顔で勇者をみつめる魔王の姿は、どことなく幼い少女みたいな印象を勇者に与えた。
あんまり見ることの出来ない魔王の顔をみた勇者は、軽く胸が高鳴る。
ここに魔王ファンクラブの人たちがいたら、必ず鼻血をロケットのごとく噴き出し、貧血で死んでしまったであろう。
この部屋にいるのが、自分と魔王様だけで良かったと、心から思った勇者だった。
すると突如、空から悲しみを含んだ天の声が舞い降りてきた。
『やっべえ……どうしよう。間違えて最初からにしちまったじゃんか……』
「「…………」」
魔王は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
さっき言った考察がほどよく外れてしまったので、恥ずかしさでそのような行動をしてしまっている。
恥ずかしがっているこの世界のアイドル、魔王様のコトを考えたすえ、勇者は話に触れずにやり過ごすことにした。
「そろそろ準備をした方がいいですかね?」
「そっ、そうだな……そうしよう」
気まずい雰囲気に包まれてしまい、勇者は『奴』を恨んだ。
お前のせいだぞ馬鹿! せっかく魔王様があんなこと言ったのに! 空気よめ!
と、歯ぎしりしながら内心で叫んでいた。
「さあ、勇者よ、ゆくぞ」
「……はい」
溜息を堪えて、勇者は椅子から重たい腰を無理やりあげて、移動魔法を唱えた。
「『ムーブ』」
唱え終えると、みるみるうちに勇者の体が青い光に包まれていく。
眩い光は勇者を包むと、勇者の足下から光の強さが徐々に弱まり、消えていった。
そしてとうとう全ての光がなくなり、勇者が立っていた場所には何も残らなくなった。
一人取り残された魔王は、力なく床にペタンと座り、未だに熱を帯びている自らの両頬をムギュと、掌で挟み込んだ。
「ふぁあぁあああ」
突然、そんな甘ったるい声を発した。
いつものキリッとした顔つきは一瞬で崩れ落ち、顔がふにゃりと綻んでいる。口元は口角が上がって、頬は赤みを増す。誰が見ても幸せそうな顔である。
「ふふっ、今日もカッコよかったな勇者様〜。わざわざ呼び出して正解だった。まじかで見る勇者は一段と男らしいなぁ、ふふっ」
狂ってしまった魔王は、思い出すように独り言を呟く。
もう何がなんだか理解出来ないのは仕方がないことだろう。なので簡単に言おう。
魔王(社長)は、勇者(下僕)にメロメロなのである。
それも、その人が好きなほどツンツンしてしまうあの病気にもかかっているのだ。
そのメロメロっぷりは、イメージが崩れに崩れた魔王を見ればすぐに分かる。
現在は、勇者の座っていた椅子に座って、ニヤニヤを必死に堪えている。それはもう必死に。
ぷるぷると体が震えているあたり、頑張って抑えてはいるが、そろそろ限界がきそうだ。
そしてとうとう、壊れてしまった。
「よし、家に持って帰るとするか」
嬉しすぎて叫びたい衝動に駆られるが、椅子を持つことで本能を抑えている。しかし、もはや誰が見ても変態または変人にしか見えないような無様っぷりである。真腐なみに残念だ。
「さて、そろそろ私も準備を始めないとな……勇者様に迷惑がかかる」
ニコニコと上機嫌で、魔王は右手をパチンと鳴らすと、魔王は一瞬でその場から消えたのた。
そしてこれから、勇者の壮大で苦痛な物語が、始まろうとしていたのだった。
ツンツンツンデレキャラ。欲しかったんです。