主人公のリアル事情
「おい、知ってたか? この物語は俺が主人公らしいぞ!」
そう言って地獄の入口に入ってしまったバカは、既に眠りに堕ちいってしまった勇者と、まだまだ余裕のある金髪オールバック、もとい真腐の目の前にズカズカと歩み寄って、そう叫んだ。
「俺、主人公だって!」
「はァ? なにほざいてんだオマエ。人の人生は誰に邪魔されよーとな、ソイツが主人公だって決まってんだよ。なにを今更バカか」
「そっ、そうじゃなくてー!」
軽くあしなわれたその男性は、もどかしそうに店内をウロチョロする。
黒髪でくせっ毛の男性は真腐よりは負けているが、勇者と同様でなかなか悪くない顔つきをしている。と自称しているが、本当のところは、平均よりほんの少し上って程度である。
そんな男性は真腐の隣の席に座ると、落ち着いたのか、カウンターにいるマスターに注文を始めた。
「マスター、俺いつもので」
コクっとマスターは頷くと、透明なガラスコップに大きめの氷を二、三粒入れた。そして黒色のビンを近づけて、透き通った液体をゆっくりと丁寧に注いでいく。
トプトプトプッと、ガラスと液体が奏でる音に耳を傾ける男性。マスターはその男性にコップを差し出した。
男性は満足そうにコップを受け取ると、一口飲んでみる。
「くぁ〜っ! いいねぇ、マスター。流石じゃん!」
「そう言われると私も嬉しいです」
そんなやり取りを、隣で気まずそうに眺めながらみているのは真腐だった。
顔をしかめて、じーっと男性が飲んでいる液体から目を離さない。
とうとう我慢の限界がきたのか、喋り出した。
「オマエそれ……タダの水だよな?」
「そうだよ」
男性が飲んでいたのは、お酒でもカクテルでも、ウォッカでも、ワインでもない、タダの水だった。
普通に水道から出てくる水だった。
誰でも水道の蛇口を捻れば出てくる……タダの水だった。
そんなタダの水を酒を飲むかのように味わっている男性の様子をみて、真腐は深い溜息をついた。
しかし、タダの水でも、風呂上りのビールを飲んだおじさんみたいに、美味しそうに飲むその表現をみると、自然と自分もその水を飲みたくなるような衝動に駆られる真腐。
水道からでるタダの水のくせに、そう自嘲しながら思うのだった。
男性に美味しいと褒められたマスターは、ニッコリと微笑んで、洗終わったガラスコップを布で拭き始める作業を再び再開した。
「ンで、何の用だノッポク。まさか、ソレをわざわざ言うために来たとか言うんじゃないだろーな?」
「えっ……う、うん! そ、そうだヨー。当たり前じゃんかー、アハハ……」
「ホント馬鹿だコイツ」
真腐は顔を片手で覆って呆れた。
それと同時に、改めて馬鹿だと再確認することになったのだった。
NPC。ソレが自分が主人公だと名乗った男の名前だ。
そして何を隠そう、NPCの職業はもちろんNPCである。
そこら辺にたくさん存在するNPCである。
話すと一定の会話しか出来なく、下手したら話すことすらできずに、ただ歩くだけのノンプレイーキャラクター、NPCである。
まさにモブキャラ中のキングオブモブのNPCである。
神父なのどもNPCではあるが、まだ人に操られる勇者とよく関わりがあるのでそこまでではないが、NPCはNPCの中のNPCである。
人間界で表すとすれば、そこら辺にいるサラリーマンやOLと同じ分類だ。
「あっ、ノッポくん。いらっしゃい」
ミリカはノッポクの存在に気づくと、溢れんばかりの笑顔を魅せた。
笑顔から放たれるオーラはどことなく嬉しそうで、生暖かい。
目を凝らしてみると、周りにハートがたくさん浮いて見えるほどだ。
勇者との対応の違いに、真腐は悲しいを通り越して呆れてしまう。
一目見て、彼女は極々平凡なノッポクの事が好きだと分かる。
普通のラノベ主人公なら、大抵は鈍感な要素があるはずなのだが、残念ながらノッポクは普通のモブキャラのクセに、結構鋭い。
「こんばんはミリカさん」
ノッポクは知っている。ミリカが自分に好意を抱いていることに。
しかし、今の彼は、ミリカの事を仲の良い女友達としか思っていない。過去に告白されたのだが、その告白を断っているのが、何よりの根拠だからだ。
断った理由は一つ。
「ノッポくん。やっぱりダメかな?」
「すみませんミリカさん。やっぱり俺は、あの人しか好きになれません」
「そっかぁ……わかった。ありがとうノッポクん」
そう、既にノッポクには好きな人がいるのだ。
のちのちにその事は詳しく説明はするが、既に彼には想い人がいることは、頭の片隅に入れておいて欲しい。
断られたミリカは、スッキリした顔でお礼を述べてから、食器をトレーに乗せてカウンターの奥に向かった。
断った張本人、ノッポクは少し寂しげにコップに口を付ける。
断ったことをやはり根に持っているようだ。
彼は断ることに躊躇いがあったが、自分の正直な気持ちをそのまま伝えた。
その事によってミリカは、今のところは諦めることにした。……『今のところは』。
「オマエ、本気でアレが好きなのか?」
今まで黙って会話を聞いていた真腐は、ノッポクに顔を向けながら尋ねてみる。
もちろん、ノッポクの返答はyesだ。
「当たり前だろ。何言ってんだ? あんなカワイイのはなかなか居ないよ」
「そっ、そうか……わかった。ププッ」
有り得ない恋愛話に、ついつい真腐は笑ってしまう。
いや、笑うことしか出来ないのだ。面白すぎて。
そんな真腐は笑いが収まってくると、ガラスコップの中に入っている水を一気に飲み干し、勢いよくカウンターに叩きつけた。
バンっと音を鳴らしたが、その音は賑わう店内ではあっさりとかき消されてしまう。
まあ、賑わっていると言ったが、その賑わいは苦痛の声と言った方が正しいだろう。
「さて、オレ様はそろそろ帰ろーかな。明日も早ぇし」
「えっ!? マジ? 俺来たばっかなんだけど!?」
「さて、勇者様を連れて行くか。それとも、どっかの道端にでも放り投げるか……?」
「可哀想だから家まで連れて行って、玄関に放り投げなよ」
「もう、勇者じゃなくてお姫様だな……」
真腐は、少し躊躇いながらも勇者の懐から財布を取り出し、会計を済ませると、ノッポクと真腐はかわりばんこで勇者をお姫様抱っこして、家にむかったのだった。
魔王様、さすがです。
勇者ごときに容赦はしません。
これからもよろしくお願いします。