酒場のリアル事情
【酒場】
「なぁー、ミリカぁー! そう思わないかぁー?」
「はいはい。分かったからもう飲むのはやめておきなさい。いいわね?」
「えぇー!? ムリムリ、もう俺、飲まねぇーとやって行けねーわ」
ミリカと呼ばれた美しい女性は、ベロンベロンに酔い潰れてしまっている勇者のガラスコップを無理やり奪い取ると、カウンターに持っていった。
自分が飲んでいた酒を持っていかれた事に不満を感じているのか、勇者は酔で赤く染まった顔を渋らせる。唇を尖させているが、別に十七歳がやっても可愛いとはお世辞でも言えない。
そんな事を思いながら、隣に座っていた真腐は酒に口をつけた。
ソコは、教会のすぐ近くにある店で、外見と共に店内もとてもオシャレで人気がある酒場だ。
中にはたくさんの人が酒をがぶ飲みしていたり、涙を流しながらツマミを食べている人もいれば、テーブルに顔を突っ伏している人もいた。そこの常連客として、勇者と真腐は毎日のように通っている。
酒場。そこは仲間との出会いを求める者が訪れたり、様々な情報を得る場所であり、新たなスキルを教えて貰う夢ある場所。
……と、思われがちだが、実はそんなファンタジーめいたな場所ではない。
事実を含めた本当の酒場を説明すると、だいたいがこうなる。
酒場。そこは仲間と仕事のストレスを発散させたり、様々な酒を飲んで嫌なことを忘れたり、新たな借金を貰う夢心地のいい場所。
なのである。
なぜか酒場と聞くと、大抵の人は……というよりもほとんどのひとが、楽しくみんなと飲み合う様なイメージが定着している様だが、本当の酒場は比べものにならない。
酒場とは、日頃のストレスを酒を飲んで鬱憤を晴らし、忘れる。そして、気分が良くなってきたところで愚痴を漏らす場所だ。
先ほどの勇者のように、仕事に対しての愚痴をとことん言うのが普通である。
そして、愚痴を吐きに吐きまくったあかつきには、さらに酒を注文し追加しまくる。
嫌なことを忘れるために、とにかく喉にアルコールを流し込むのだ。
ソレを繰り返しすこと数時間、意識が遠のいていく。そんな状態ではまともにお金すら払えない。
ソコを酒場のヤツらは狙っているのだ。
フラフラで意識が朦朧としている客には、ツケにさせる。
その無限ループなのだ。
次の日、会計を見て、さらに追い込まれていく。そのストレスを酒場にぶつけて……後はご想像のとおりだ。
酒場。そこは闇に染まり、一度入ると二度と出られないと言われるほどの危険な場所。ファンタジーも糞も何もないのだ。
そこは、一言で表すとするならば、ブラックホールの入口と言っても過言ではない。
それほどヤバイ場所だ。
しかし、日頃のストレスを晴らせられる唯一の一時でもあるため、なかなか止められないのが現状だ。
「ミリカぁ、酒返せー! 返せぇー!幼馴染みだよねー? なぁあー!!」
「何言ってんのよ、もう充分飲みまくったでしょ!?」
「足りん! もう、足りねぇーよ! 明日は朝七時から会議なんだぞぉ! 飲まねぇとやってられねーわ!」
「コイツ、そうとうストレス溜まってたのかよ…なんか珍しくて逆にキモイな」
ウエイトレスの幼馴染みを一生懸命に呼び止めて、酒を返せとうるさい勇者を、哀れみの目で見つめるミリカと真腐。
勇者は普段、あんまり飲む分類に入るような人ではないと知っている二人だからこそ、逆に同情してしまったのだ。
それほどまでに勇者の仕事は辛いらしい。
「俺の仲間達はなぁ、色々個性が豊かすぎて疲れるんだよぉ……もう、ミリカ愛してるー!」
「……っ!? あっ、ゴメンね。私、ただの幼馴染みとしか思ってないから」
「プッ、ちょ……やめ、ヤメロ! オ、オレが……プププッ、し、死ぬ!」
突然の告白をした勇者を、今度は軽蔑するような目で睨むミリカを見て、とことん性格が腐りまくっている真腐は、ツボにハマってしまったらしい。本当に可哀想な勇者である。
真腐は笑いがやっと収まってきたところで、一つ大きな息を吐いてから、ガラスコップに手を伸ばし、酒を喉に流し込んだ。
喉が徐々に熱くなっていき、苦いような変な味が口の中全体に広がっていく。ここで改めて真腐は思った。
「やっぱし、あんま好きじゃネーな」
カウンターにガラスコップを置くと、氷が心地いい音を鳴らした。
正直に言うと、そこまで真腐は酒が好きではない。
今飲んでいる酒も、この店に来て一時間以上はたっているが、まだ一杯目である。
じゃあなんで酒場に来るんだ? と思うかもしれない。その理由は、酒の飲みすぎで完全に堕ちてしまっている勇者の為である。
周りから見たら、友達想いのいい奴と、思うかもしれない。
酔いつぶれた勇者を待ってあげているいい友人。そう見えるだろう。
しかしそれは他人からみたときの感想であって、彼には本当の目的があるのだ。
その目的とは、勇者がために溜めている愚痴を聞くことが、彼が勇者の隣にいる理由だ。チラッと勇者に視線を移すと、気持ちよさそうに寝ており、既に夢の世界に浸っている。
「今日は面白いことをチョットしか言わなかったなコイツ。チッ、また明日に期待でもするか」
彼は勇者が愚痴った内容を聞いてネタにしてパシッたり、からかったりすることを楽しみとしていたのだった。
やはり彼の中身は腐りに腐っていた。もう治ることはないだろう。
するといきなり、酒場のドアが勢いよく開かれた。真腐はソッチに顔を向けることなく、ちびちびと酒を飲んでいる。
しかし、内心では「やっと来たか」と思いながら、静かに微笑んだのだった。