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動き始めた運命

「いっやぁ〜、オーケーしてくれるとは思ってなかったんだぁ〜」


「じゃあ、どうして誘ったのよ」


「それは僕が当たって砕け散れ主義者だからなのw」


溜息を吐いて私はクロウの背中を睨む。

彼の目は、今は銀色。

私が無理矢理カラーコンタクトを付けさせたから。

ただでさえ、彼は認めたくないけれど格好は良いので目立つのに、その上紅い目ときては・・・凄く困る。

だから私はもう一つの条件としてそれを出した。

神様を殺すことに関しては、彼はあっけないくらいにあっさりと同意してくれた。

彼も、私と同じ色の目を持っているから神様を恨んでいたのかもしれない。

私は彼じゃないのであくまでも推測だけれど。



彼は飛び跳ねながら私を振り返る。

それと同時に背負っているリュックも揺れる。

私と彼はとりあえず家の中を片付けてあの男の血もふき取って、

食料とお金と着替えを詰めたリュックを持って学校のすぐ近くの公園に集まった。

服はセーラー服のまま。赤いリボンが風に乗ってパタパタ。

私の髪は背中で一つ結びにされている。

旅に行くのに、まとめていなければ不便だと思ったから。

スカートはセーラー服なおかげでひだが激しい。

夏服だから、というのもあるのだけれど、ね。



私が背負っているリュックの中身は、冬用の制服とコートと財布と果物。

母と父の預金帳なども持ってきた。

だって、私の為に貯めていたお金なんだもの。

両親は、お金稼ぎで私の面倒を見ない言い訳としてそう言っていた。

だから、私が使ってあげる。

悪く思わないでよ、おとーさん、おかーさん?



スカートのポケットの中には先程のカッターナイフ。

あれが私の命を脅かし、そして救った。

私は、あれを護符として持つ事にした。

願わくば、私を傷つける者を返り討ちに出来るように。

今、私たちが居る所は、ロシア。これから南に行く予定。





                  私は・・・、自由だ!!



・・・甘かったわ。

人間に、本当の自由なんてモノは存在しない事、

分かりきっていたのに家を飛び出した事で予想以上に浮かれていたみたい。

私はそんな事を苦々しげに感じながらひたすら砂埃が舞い上がる道をクロウと二人で歩いていた。

私は、結局両親や学校からは自由になれたけれど、クロウのこの癪に障る話し方からは自由にはなれなかった。

全く、煩い奴。心の中でそう呟く。

クロウは私の数歩前を歩きながら砂埃を避けるために下を向いて足を動かしている。


「ねぇ、やっぱ砂っていうのはさ、海辺にあるだけで良いと思うんだよね。

ホラ、バカップルの『待てよ〜』『うふっ、早く来ないと夏も私も逃げちゃうわよっ☆』ってやつ。

足跡が砂浜に刻まれてさ、一種のウザい青春恋愛ドラマって感じの追いかけっこin砂浜が王道だよね」


「ええい、黙りなさいよ、鬱陶しい」


「ああん、つれなぃぃ〜」


・・・下を向いていても、彼の言葉はとまらない。

何でこんなにこいつの口からは止めどなく言葉があふれ出てくるのかしら。

不思議だわ。言葉を溜め込む四次元ポケットでも内蔵されているのかしら?

ああ、そうなってしまったらもはや人外よね。

流石に其れは無いとしても、こいつのお喋りは煩いわ。

話にメリハリが無いし、聞いていても面白くない。

無理に笑わせようとしているのかしら。じゃあ、相手を間違えたわね、お気の毒様。

今、私たちは未だにロシアにいる。ちなみに言っておくが、私達はロシア生まれのアメリカ人なのだ。

大抵の生徒は完璧なロシア人なのだが、私達は違う。

それも、苛められる一つの原因となっていたのかもしれない。

・・・今更、そんな事を言っても仕方ないのだけれど。


「『平和』 

 それはこの世のすべての願い。


くだらない

 『平和』なんて所詮、偽善なのに


嫌いさ、『平和』なんて とってもね・・・


嗚呼、でも一番嫌いなのは

  こんなことを考える


僕自身なのさ」


・・・歌だけは上手いのね。

砂道にクロウの少し掠れた歌声が響き渡った。



「・・・クロウ。何でいきなり歌いだしたのかが私には理解不能なのだけれど説明してくれない?」


私は少し歩調を早めてクロウに追いつこうとしながら呟いた。

確かに彼の歌は上手いが、別に歌う環境ではなかったと思う。

しかも歌い終えた後砂煙を思い切り吸い込んでゴホゴホやっているし。

バカの極まりって、やつかしら。

クロウが立ち止まり、私のほうを振り返った。

美しい笑顔で首を傾げる。

そして、唯一言。

 

「神様への、ちょっと早い鎮魂歌さ」


・・・貴方は、どこまでも氷のようね。

冷たい言葉を美しく響かせる。

嗚呼、聞く者を凍りつかせるわ。

茶色いコートが風に巻かれる。

フードを被り、私とクロウは歩き続けた。

小さく、でも楽しげに鎮魂歌を神に捧げながら。


「耳を澄ませ 黄金の空にはばたく旗は聞いた

道端で誰かが微笑む歌を


耳を澄ませ 強く握りしめられた花は聞いた

轟音で掻き消された歌を


耳を澄ませ 人の上で泣く人は聞いた

明日の夢をつんざく歌を


歌が流れ 日が流れ

慈悲の音が止まないまま

耳を澄ませ 目を閉じろ

声が塵になる前に


耳を澄ませ 爆音に隠れた君は歌った

世界のすべてに聞こえるのに

なぜあなたには、届かないのですか


耳を澄ませ 目を閉じろ

声が塵になる前に 歌おう

革命歌に、冤罪の意をのせて―――」


私達は、小さく笑い合った。

・・・そして砂埃が器官に入り込み二人揃って咳き込んだ。


嘘。有り得ないわ。此処は何の面白みも無い只の地球じゃなかったの?

横を見ると、さすがのクロウもこの現状には驚きを隠せていないみたい。

ぽかりと口を開けて目を見開いている。

私たちの目の前には、何十年も前に消え去った馬車が何台も走っていた。

さっきまで、ロシアの国境を越えるまでは私たちの知っている現代社会だったはずなのに。

状況が理解できないわ。

まさか、まさかターイムスリーップ★なんてファンタジーな展開が待っているわけでもないでしょうし。

映画のロケである事を、ただただ願うのみね。


「・・・これは、アレだね。タイムスリップってヤツだね」


何で貴方は私の夢を壊すのよ。

クロウは私の淡い現実逃避をあっさりと砕いた。

無言の私の目の前を、またもや現実を見せ付けるかのように馬車が通り過ぎていく。

・・・ッ、ええーい、カメラは一体何処にあるのよ!!

慌てて現実逃避を再開する私の目の前に、板が飛んできた。

反射的に後ろに飛んで避ける。



飛んできたそれをよく見ると、それは只の板ではなかった。

人が乗っていて、板の裏にはローラーのような小さな輪が二つついている。

スケートボード、と世間一般に呼ばれているものが数十年前と言う設定の此処にあるのかしら。

ちらり、と頭の隅でそんな事を思いながら、私は板と共に飛んできて、頭を強く打ち、顔を顰めながら其処を擦っている男性を観察した。

後ろで一つ結びにしている長い青い髪に赤い瞳。

赤い瞳を隠すように薄茶色の四角いレンズのゴーグルをかけている。

服はツナギで灰色。首には青いスカーフを巻いている。靴は茶色ね。

年は・・・20前半、といったところかしら。

顔もそんなに悪くは無く、スラリとした長身だ。


「初めまして。状況が理解し辛いとは思うけど、落ち着いて聞いてくれ。

君達は、時空の狭間に落ちてタイムスリップをしてしまったんだ」


その男性は頭を擦りながら私たちに微笑みかけた。

けれど、私はその笑顔を見る余裕が無い。

タイムスリップだなんて・・・そんな、ファンタジーな・・・ッ!!

私の視界はくるりと回った。



      ――嗚呼、認めない


「ハロー、マゼンダ。お目目ばっちり覚めました?」


目が覚めて最初に見たのがクロウの顔だとちょっと嫌。

絶対今日の運勢は最悪だろう。

ルックスに問題はない、頭にもそんなに大きな問題はない。

いつだって問題なのは、クロウの性格だ。

ああ、嫌。本当に嫌。なんだか吐き気がしてきたので私は口を押さえながら辺りを見回した。

私はベッドに座っていて、ここは狭い部屋の中。

先程の男の人はベッドの近くの椅子に腰掛けていて、クロウは・・・


「きゃあああ! ちょっと、クロウ!! 人の上に乗らないで頂戴! ああ、人生終わった、もう生きていけないわッ」


そう、クロウは私の膝辺りに尻をどっかと落ち着けていた。

私は咄嗟に両腕を突き出してクロウを突き飛ばす。

クロウはどんでんころりと回転しながら壁に激突。

目をぐるぐる回してふらふらしているけど、自業自得なので気にしない。

先程の男の人はそんな私達を見て、何故か苦笑中。

一体何故なのかは別に気にしないけれど、彼が何者なのかは凄く気になる。

そこで私は単刀直入、ずばりと切り出した。


「貴方は誰? そして・・・本当に私達はタイムスリップをしたの?」


男の人は多少儚げに見える笑みを見せて私のほうを見やる。

クロウは未だに頭を抱えてぐわんぐわんしているようだけれど、私達はどちらともそっちを見ない。

だけど、結局私達はクロウを視界に入れる事となった。

何故なら、クロウはぐるぐる回りつつ私が居るベッドの上に倒れこんできたのだから。

私は無言で枕をとり、上布団を取り、バリケードを完成させる。

クロウは目をぐるぐるさせながらも涼やかに笑って、男の人よりも先に私の質問に答えた。


「この人はブルース。気軽にブルちゃんって呼ぼうね。

で、ばっさり現実逃避を斬ってしまうけど、本当に僕達はタイムスリップをしたのでーすッ!!」


本当に、人生終わったわ。今日の私の運勢、絶対最悪に違いない・・・。

「・・・まぁ、その。とりあえず、君達はどうして此処へ?

違法な国境越えでなければあそこで突っ立っているはずがないと思うのだけど。

ああ、もしかして、君達、密入国者?」


クロウの言うところのブルちゃん―――はそのあだ名が恥ずかしいのか目尻を赤く染め、後頭部を擦る。

でもそんな彼の口から飛び出た質問はズバっと私の心臓に命中した。

そうなのだ、実は私達クロウのバカのせいで密入国してしまっているのです。

クロウのこんちきしょうは砂漠で野生の勘とかに頼ってあちこち歩き回ったあげく、

砂漠の真ん中にあるはずの飛行場に辿り着けず、かわりに国境にぶちあたりやがったのだ。

勿論見張りとか居るのだけど、歩き続けてきてくたくたで、ここからどれほどあるかも分からない、

・・・正直辿り着けるのかさえ不安な飛行場に向かうのがいい加減嫌になった私たちは見張りをやっつけ国境を乗り越えた。



しかもそのやっつけ方がさすがというかクロウの考えたものなのでちっとも頭を捻っていないのである。

砂漠と言えども見張りだって休憩するわけで、つまり小さな建物が近くにあったので

私たちはその陰に隠れ各々の武器を取り出して・・・二人で一斉に見張りの二名に襲いかかった。

作戦とかそんな洒落たものは一切なく、ただ飛び出す瞬間がクロウの方が私より少し早かったというだけ。

時間差攻撃とか言って、複数で戦う時に便利な戦い方なのだとか。

でも、確かに今思えば作戦なんて物はいらなかった。

見張り達は油断していて、私のような戦いにおいては素人な者でも勝てたのだから。


「そうなんだよ。でもねぇ、僕達悪くないよぉ? 僕達を迷わせた砂漠がいけないんだッ!!」


クロウは男子にしては高らか過ぎる声で私の思考を遮った。

・・・ってうわぁ。砂漠がいけないって言い切ったよこのアホ。

腰に手を当て、完全に開き直っているクロウにブルースは一瞬呆気にとられたような顔をしたけれど、次にはぶっと吹き出した。

クスクス笑いながらブルースはこう告げる。


「言い訳はいいよ。・・・俺も密入国者でこの時代の人間じゃないから。

まぁ、とりあえず、歴史の勉強でもしに行こうか。

丁度良い材料が目の前にゴロゴロ転がっているんだし、ね」


「行く前に、この時代の服に着替えてもらうよ。目立つと面倒だから」


ブルースは立ち上がった後に、思い出したように言って部屋から出ていき、またすぐに戻ってきた。

ツナギの灰色の服を二枚と、靴や四角レンズのゴーグル。

ほぼ彼自身の服と同じで、違うのはバンダナが私達の服には含まれていないことだけ。

・・・地味な服装がこの時代の特徴なのかしら?

そんなどうでもいい疑問を抱えながら私は服を受け取り、着替える場所がなかったので仕方なくトイレで着替えた。



ついでに髪を二つに縛り直し、ゴーグルをつける。

靴は柔らかく、履きやすいし歩きやすそうだ。

この時代はどうやら、見た目より快適さを優先しているらしい。

そして私はトイレから出て、待っていた二人と共に部屋を出た。

外にでてから振り返ると、どうやら私達の居た所は集合住宅のようだった。


「さて君達の時代は何年だった? あ、ちなみに俺は3072年ね。

丁度第四次世界大戦の終戦記念日にこっちにやって来たのさ。

ここじゃまだ第一次すらやっていないそうだよ」


「僕達は2008年。第二次はやったけど、第三次はまだだったよ」


すたすた歩くブルースの後を小走りで着いていきながらクロウは問いに答える。

そう、と小さな呟きを漏らしてブルースは急に立ち止まった。

目の前にあるのは時折機械音の聞こえてくる小さな工場のような建物。

ブルースはそれの扉を開け、中に入っていった。

私とクロウも少し迷ったけれど、結局中に入った。



風で扉が閉まる。

それは物凄く煩い音をたてたが、私は目の前の光景に驚いてそれを気にしていられなかった。

私達と同じ服を着た人達が、大勢働いている。

彼らはどうやら、ブルースの乗ってきたスケートボードを作っているようだ―――。


「ほい、ほい、ほい、と。三台で良いんですよね、ブルース兄貴?」


「ああ。礼を言うよ、ブロント」


金髪の短く天然パーマの入ったブルースより若干若い青年がスケートボードを三台机の上にどんと置いた。

黄色の瞳を煌めかせて笑う彼にブルースは笑顔で頷く。

・・・って、え?

三台という事は、私も乗る事になるのかしら、うん?

私は恥ずかしながらスケートボードに乗った経験が全く無い。

言うべきなのだろうか・・・。いやしかし、運動神経は良い方だし・・・。

私がそうやって一人悩んでいる内にブルースはその三台を抱え、工場から出ていこうとしていた。

慌てて追いかける私や先を歩くブルース達に、金髪の青年はいつまでもにこやかに手を振っていた。


「さて。このスケボーはね、青いボタンがゴー、赤いボタンがストップ。信号の要領で覚えてね。

後ろの足に体重をかければ上に上がり、前にかければ下に落ちるから。

オーケィ? スピードが出すぎだと思ったら背中を反って。反対だったら腰を低く前屈みになって」


うん。意外と簡単そうね。

工場のすぐ前でのブルースの説明に私は心の中で相槌を打つ。

スケートボードに両足をのせ、板に付いているゴムで足を止める。

留具があるのは素晴らしい事だわ。途中で落下する心配もなし。

クロウは口笛を吹き鳴らしながらゴムを指で引っ張って遊んでいる。

私達の準備ができたと思ったら、ブルースはにっこりと笑った。


「では、いざ空の旅へ」


「「おーッ!!」」


クロウはノリノリで拳を振り上げ、私はグーを作って顔の横で軽く振った。

そして右斜めにある青いボタンを全員で一斉に押す。

途端に体がふわりと浮かび、私はぎょっとして慌てて悲鳴を飲み込んだ。

もう一度青いボタンを押せ、とブルースが叫んだのでしゃがんで手を伸ばしてぽち、と押す。

その瞬間―――


             もう、死にたい。



うぇぇぇ。吐く吐きます我慢しています。

風を切りながら、私は必死に吐き気を堪える。

先ほどボタンを押した瞬間、私の乗ったスケートボードはひっくり返り、私は宙吊りになってしまった。

クロウはそれを見て指差してゲラゲラ笑うし、本当にあれは恥ずかしかった。

最も、ブルースがすぐに助けてくれたのでその一種の拷問はあっという間だったけれど。

それから何とか風の軌道に乗る事ができて空を飛んでいるが、意外とこれは怖い。



私は実は高所恐怖症で、十歳位まではブランコにすら乗れなかったほどに高い所が嫌いなのである。

まぁ、と言っても不安定で高い所が嫌いというわけなので飛行機などは普通に乗れるのだが。

・・・しかし、このスケートボードは不安定極まりない。

固定されているのはゴムで止められた足だけだし、立っているからバランスを崩しやすい。

しかも横ではバランス感覚がありすぎるクロウが空中大道芸を繰り広げているから見ていると酔ってしまう。


「はい、こちらが大広場です。

でもヤのつく人達の溜まり場でもあるから良い子も悪い子も近づかないようにしています」


どこぞのアナウンスのような口調で、ブルースが町の様子を説明してくれているが、そんなものを見る余裕はない。

遅れをとらないように飛びながら吐き気を堪えるので精一杯。

これ、酔いやすい体質の人の事を全然考えていないわよね、全く。

クロウはくるくると側転しながらへーへーと適当に相槌を打っている。

そんな時、一人の威勢の良い女性の声が大広場に響き渡った。

その声は、ブルースの名を叫んでいたように私には聞こえたのよね、何故か。

私は説明を求めて彼を見たけれど、彼は下唇を噛んで何かを考えていた。


「赤いボタンと青いボタンの間に黄色いボタンがあるからそれを押して」


考えるのをやめたのか、ブルースが呟いたので、私達はその通りにする。

するとスケートボードはゆっくりと降下し、地面から僅か数cmのところで止まった。

ブルースが軽やかに飛び降りたので、私も軽やかにではないけれど飛び降りた。

そして私はブルースの視線と同じ向きに視線を合わせてみる。

視線の先には先ほどのブルースの名を叫んだ女性がいて、彼女はこちらに肩を怒らせながら向かってきていた。

彼女は露出度が高く、着る事自体難易度の高そうな服を見事に着こなしている。

美人と言えば美人なのだろうけれど、素人にも分かるような殺気を垂れ流しにしているせいでとても怖そうに見えた。

ブルースがぼそりと面倒臭そうに認めたくないかのように一言、呟いた。


「・・・ミドリだ」


「これは気の強そうなお姉さんだねぇ・・・僕あの人苦手かもぉ。

なんかさ、自分の主義主張を人に押し付けて満足するタイプって僕嫌いなんだよね、傲慢でさ」


激しい嫌悪を感じて横を見ると、クロウが涼やかな表情でミドリを見つめていた。

けれど、私の能力を誤魔化す事は、流石のクロウもできなかったみたい。

私の能力―――それは人の感情を読み取る事ができるという力。

勿論、いつもずっとその感情を見ることはできない。

その感情が激しい時や私が知りたいと望んだ時だけ、この能力は発動する。

そして今のクロウの感情は、凄まじいパワーを持った・・・これは、憎悪? 嫌悪?

私の能力は弱く、具体的に何を考えているのかまでは分からない。

だから私にはクロウがどうしてミドリを嫌っているのかが分からない。

・・・でも、ミドリが自分の主義主張を押し付けるタイプなのは一目で分かる。


「ブルースも大変そうね、あんな性格不美人な人に怒鳴られて」


私がクロウに賛同の意を漏らすと、クロウは驚いたようにこちらを見て、頷いた。

ブルースとミドリは、私達には会話が聞こえない距離まで歩いて話をしている。

私達は大広場の入り口にいて、彼らは大広場の真ん中で言い争っている。

他の人々も大広場にいるのだけれど、ブルースとミドリの周りには見事に誰もいない。

表情や体の動きを見る限り、ミドリは怒っていてそれをブルースが宥めようとしている構図のようだわ。

けれど私の推察が正しければ、ブルースもそろそろ怒ってもおかしくない。

・・・そう私が考えた瞬間、ブルースが一喝した。


「しつこいな! だから彼女が彼女だと言っているだろう!! 

あれが仕事を間違えないのは君も十分知っているだろう!? 君は俺もあれも疑うつもりかッ」


その瞬間のクロウの感情は、私にはとても言い表せない。

憎悪と焦燥と・・・何だろう、これは。

歓喜に似ているけれど、そんなあっさりとした喜びではない。

こんな感情を抱いている人を、私はこれまで見たことがなかった。



「んーと、とりあえず僕達に食料とかくれないかな?

ミドリ、きみが怒っているのはここに余所者が来たから、でしょ。

それなら僕達は食料をもらえたらすぐ出て行くよ、まだ旅は終わっていないしね」


神経が随分と図太いのね、クロウ。

クロウはブルースの一喝で広場に満ちた沈黙をあっさりと破った。

ミドリはしばし固まり、私達の方に顔を向けた。

・・・悔しいけど、やっぱり美人だわ、とその顔を見て思う。

それでそのまま誰も何も言わないで、風が二回ほど吹いた後に、ブルースが口を開いた。

私はブルースがこう言ってくれる事をどこかで期待していたのかもしれない。

だって、ブルースの言葉を聞いた瞬間、私は少しほっとするような嬉しさを感じたもの。


「その事なんだけど、俺も一緒に行くよ。君らだけじゃ危険そーだし」


ミドリはそれを聞いて、ふぅ、と溜息を吐きくるりと背を向けて広場から去っていった。

私達は無言でその背中を見送る。彼女が何故突然引いたのか、少し不思議だわ。

ブルースが戻ってきて、やれやれというように頭をこしこし、と掻いた。

やっぱり、ミドリは苦手だな・・・疲労の溜まった声で、そんな事を呟く。

クロウが笑って、なっさけないねぇと意地の悪い目でブルースを見つめてからかった。

ふと、空を見上げる。さっきよりも遠くなった空は、今日も変わらず、澄んでいた。


「マゼンダー、帰るよぉー」


「あ、待ってちょうだい」


そんな空から視線を感じた気がするのは・・・私の気のせいね、きっと。


茶色い家々が視界から消えていく、もう慣れてしまったその風景を横目で眺めながら私達は工場へ戻った。

工場の前には前に私達にこれを貸してくれたブロントという人が立っていて、私が外すのを手伝ってくれた。

その際に少し話をしたのだけど、どうやらブルースやブロントは革命に失敗して難民となったみたい。

そして逃げてくる最中に不法入国して、タイムスリップ・・・という興味深い展開に遭遇したらしい。

そこにはミドリがいて、喧嘩になりかけたけれど人当たりの良いブロントのおかげで仲間となったという事ね。



ミドリさんもタイムトラベラーなんですよ。あ、と言っても僕らより大分先の人ですけどね。

そう言って静かに笑うブロント。ボードを外した後、私達は話をしながら工場の中に向かっている。

正直、少し衝撃を受けた。私の周りには、妙なものばかりが集まってきている。

それとも、私が妙なものに近づいているのかしら?

ブルースが先に立って工場の中を案内してくれている。

とても広く器具も充実していて、何故いきなりの旅人がこれらが貰えたのだろうと不思議に思った。


「ミドリがさ、説得してくれたわけ、俺達に場所を提供しろって。

あいつ、性格きついし正直俺は嫌いだけど、ここを歩いていると良い人だと思うんだ」


私の思考を読んだかのようにブルースの背中が笑う。

耳に痛い機械音が消えて、私達はボードの収納場へと到着した。

何千・・・はないけれど、何百という数のボードが所狭しと並んでいる。

ボードの色も大きさも形も様々で、子供用の青く小さいのから大人用の茶色い大きいのまである。

クロウが背後で小さく口笛を吹くのが聞こえた。

私達は圧倒されて立ち止まっていたが、ブロントの呼ぶ声に現実に引き戻され、慌てて追いかけた。


「これが目玉中の目玉、エネルギー不要の飛ばし屋、ユイールだ」


ブルースが誇らしげに示したのは、オープンカー。

主体が赤色で、座席は茶色。右ハンドルで、四人乗りの物だった。



ブォン、ブォォオン・・・・・・



爽快とはお世辞にも言えない汚い効果音と共にそのユイールが煙を吐く。

ブルースが説明すると同時にひらりと飛び乗ってエンジンをかけたのだ。

こういうところが、素敵だなぁ、と思う。私と同年代の少年にはない、余裕のある格好良さ。

その私と同年代の少年、クロウは私の隣できゃあきゃあ言って手を叩いている。

そんな私よりも女の子らしいクロウは、ユイールに近寄ると助手席に飛び乗って、私を誘った。

ブルースも私を見ているので、仕方なく私は後部座席に座る。


「えー、行き先不明、旅行時間も不明の旅、始まりますー。あ、ブロント。計画開始だからよろしく」


「・・・! 分かり、ました。ブルース、貴方方に神の祝福があらん事を」


ブルースがアナウンス口調でお茶目に呟いて、ブロントに私には分からない事を告げる。

その途端、彼は小さく息を飲んで、でもすぐにその驚きを隠してこくりと頷いた。

私は首を無意識に傾げる。ブルースの台詞の中にどう驚くところがあったのかしら?

けれどその答えに行き着く前に、ブルースがもう一度盛大にエンジンを吹かし、私達は工場から出た。



前よりも少し低くなった同じ世界を見ながら私達は広場を横切る。

広場の前でミドリを見たけれど、それを二人に言う前に私達は広場を通り過ぎてしまっていた。

町を出る前に、私達はブルースのお金で食料など旅に必要なものを買い集めた。

私達のお金を受け取ってくれる人もいたけれど、圧倒的に拒否する人のほうが多かったから。

そして私達はボードで追いかけてきたブロント達、ブルースの仲間によって見送られながら町を後にした。


「さぁて、どこに行く? 君達の旅の目的は?」


「僕達は神殿に行きたい。そこには神がいるはずだから。僕達の旅の目的は―――「神様殺し、よ」


私の今の唯一の生きがいは、それだけ。だからこれだけは、自分の口から伝えたかった。

ブルースはひゅうと口笛を吹くと、わぁ、だいたーんと茶化して明るく笑う。

そして煙草をポケットから出し、火をつけて口に銜え、ユイールを更に速く走らせた。




―――さらりと乾いた風が吹く。女はそれに揺られる自らの髪を軽く押さえ、呟きを漏らした。


―――第二地点、突破確認。運命は全て計画通りに進んでいる、L。


―――了解。任務ご苦労、M。B2と共にこちらへ戻ってくれ。


その呟きに返された言葉は、酷く優しげな声で機械的台詞。

何処からともなく聞こえてくるその声に女は小さく頷き、女は目的の場所へ歩いていった。

そこは灰色をしていて、煉瓦でもなく木でもなく、鉄で作られている建物だった。

その前には、男が一人立っていて、弱弱しい笑顔を浮かべて女に話しかける。


―――任務終了? 


女はそんな頼りない男の声に鼻をふんと鳴らすと、嫌々首を上下に動かした。

ぱぁ、と花が咲き誇るような笑顔を浮かべ、男は女に近づきその手を取る。

嫌悪感を顔に浮かべながらもその手を振りほどこうとしない女と笑顔の男は静かにその場から姿を消した。



運命は遂に加速しだした。

もう、それを止められるのは彼女しかいない。




                歯車よ、回れ回れ。世界よ、廻れ廻れ。

                タイムリミットまで―――後、少し。




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