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■第8話 冷たくあざけるその声色


 

 

それから数日経つも、いまだ意識が戻らない集中治療室のユズル。

家族の疲労もピークに達し、皆一様に口を閉ざし空元気さえ見せることが

出来なくなっていた。

 

 

そんな中、病院の院長室にホヅミ一族の面々が集合していた。


院長の、シオリ父ソウイチロウ。

母マチコ、そして副院長でもあるコウの父コウジロウ、コウの母キョウコ。

コウの姿もそこには在ったが、シオリは何故かその場には呼ばれていなかった。

 

 

 

 『もし、万が一のことがあった時のことを、話し合っておかないと・・・。』

 

 

 

高級感漂う牛皮ソファーに深く腰を掛け、渋い顔を向けながら口火を切った

ソウイチロウに母マチコが信じられないといった顔を向け、目を見張って

噛み付く。

 

 

 

 『万が一ってなんですかっ??


  ユズルが・・・ ユズルが、どうにかなるとでも言うつもり・・・?』

 

 

 

その目に涙をたたえて、マチコは口許に手を当て涙声を堪える。


『酷すぎるわ・・・。』 ぽろぽろと涙が零れる瞳は、夫ソウイチロウをまるで

憎むかのように眇める。

 

 

その場の緊張感走る空気に、一同が黙り込んで俯いた。

マチコのすすり泣く声だけが、静まり返った室内にソウイチロウを責めるように

響き渡る。

 

 

コウの母キョウコがマチコの隣に移動して座り、その震える肩を抱く。


キョウコの目にも涙が滲み、息子を想う気持ちが痛いほど分かる同じ母親として

苦しく痛む胸を堪え切れない。

 

 

 

 『父親としてこんな事を言い出している訳じゃない・・・

 

 

  この病院に責任がある病院長として、


  先のことを考えておかなければならないんだ・・・。』

 

 

 

ソウイチロウの顔にも苦渋が浮かぶ。 眉間にシワを寄せ、目の下にはありあり

と黒いクマが表れ、あまり寝られていない事が分かる。


愛する大切な息子を父親として心配しないはずなどない。 

しかし、ソウイチロウには経営者として病院を守る義務があった。 患者や病院

職員をしっかり守っていかなければならない責任が。 常にその重責と闘って

いる事に専業主婦のマチコは気付いていない。

 

 

すると、コウの父・副院長のコウジロウが静かに口を開いた。

その声色は至極冷静で甥っ子ユズルの哀しい現実もどこか他人事のように響く。

 

 

 

 『私達の代はいいとしても、ユズル君に次は任せようと思っていたのが


  もしかしたらそれが難しいかもしれない、となると・・・

 

 

  他に任せられるのは、やはり・・・。』

 

 

 

そう呟き、コウに目を向けるコウジロウ。

ソファーに浅く腰掛ける、コウの隣に置いたトートバッグから医学書が

覗いている。

 

 

 

 『コウが医者になるのは確実だし、まぁ、ベストなのは・・・。』

 

 

 

コウジロウがそっと、兄ソウイチロウに目線を戻した。

 

 

 

 『シオリも医大を目指してることだし、


  ベストなのは、コウとシオリで病院を守っていくというのが・・・。』

 

 

 

すると、母マチコが眉根をひそめて顔を歪める。

応接セットのテーブルに手をつき前のめりになって、ソウイチロウに訴える

ように言う。

 

 

 

 『シオリには・・・

 

  あの子には・・・ あの子の好きなように生きてほしいわ!!』

 

 

 

 

 

  ”私の・・・ 将来の、相手の人って・・・ 医者じゃなきゃダメ・・・?”

 

 

 

以前、シオリが泣き出しそうな顔を向け ”想う相手 ”を胸に秘めながら

母マチコに訊いたあの夜を思い出し、胸が締め付けられ苦しくてマチコは俯く。

 

 

最近の娘の様子に、母親として気が付かないはずがなかった。


恋をしているシオリがあまりにキレイでキラキラしていて、まるで自分のことの

様にマチコはそれをこっそり見つめ微笑み、心から応援していたのだ。

 

 

 

すると、すかさずコウが口を挟んだ。

 

 

 

 『俺はいいですよ・・・


  こどもの頃から、まぁ、冗談ぽくだったけど


  将来はふたりとも医者になって結婚する、みたいな空気は感じてたし。』

 

 

 

『で、でも・・・ シオリには・・・。』 すがるような目を向けるマチコへ、

コウは肩をすくめ小さく笑いながら言った。

 

 

 

 『おばさんが心配してるのって、


  もしかして、あの、八百屋の彼ですか・・・?』

 

 

 

父ソウイチロウには内緒にしておいた ”その存在 ”をコウは易々と公言した。

その瞬間、ソウイチロウの表情が一変しその場が凍りつく。

 

 

『なんの話だ?』あからさまに怪訝な顔を作りマチコに詰め寄るソウイチロウ。

俯いて口をつぐみ言いよどむマチコを横目に、コウがどこかそれを愉しむように

言う。

 

 

 

 『シオリ・・・ 今、八百屋の同級生と付き合ってるんですよ。』

 

 

 

その一言に信じられないという呆れ顔を向けて、ソウイチロウは眉間にシワを

寄せた。 コウジロウは口許に手を当てバカにしたように小さく笑い慌てて

声を殺す。


コウジロウを一瞥し不機嫌に小さく呟いたソウイチロウの一言は、

あまりに冷たくてあざける感じのそれだった。

 

 

 

 『なにを寝ぼけた事を・・・。』

 

 

 

 

 

自室でひとり、ベッドにうつ伏せになり暗記カードのパラパラ漫画をめくり

微笑んでショウタを想うシオリは、まさか自分のいない所でそんな話が

なされていたなんて知る筈もなかった。

 

 

 


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