■第7話 やっと、ちゃんと笑った
暗記カードを大切そうにその手に包み微笑むシオリの横顔を見つめながら、
ショウタは哀しげに目を落とす。
(痩せたなぁ・・・。)
元々細く華奢なシオリが増々痩せて心細いそれになってゆくのがたまらなく
心配で底知れない不安が募る。
消えてなくなってしまいそうで怖くて仕方なくて、ずっと手をにぎって離さずに
いたい。 常に温度を通して確かめていたい。
『ちゃんと食べてる?』 という質問はもうクドいくらい重ねていた。
その度に『食欲がない』 という返事は散々聞いた。
答えは分かっていても、どうしてもまた訊いてしまいそうになる。
『ぁ。 あのさ・・・
俺、な~んか腹へっちゃってんだよねぇー・・・
・・・マック付き合ってくんない?』
ショウタはダウンジャケットの厚みで膨らんだ腹を片手で押さえると、
下がり眉の顔を向けシオリを覗き込む。
『今から・・・?』 もう夜の10時過ぎなのに、こんな時間に食べる気
なのかと怪訝な顔を向けるシオリ。
ショウタは夕飯だってちゃんと食べたはずなのに。
『チャリで飛ばせば駅前のマックまで10分だから!』 半ば強引にシオリを
自転車の荷台に座らせると、ショウタはペダルを踏み込んだ。
24時間営業の駅前のマックは、こんな時間でもそこそこ客の姿は見て取れた。
レジカウンター前に立ち、バーガーのセットひとつとシオリが好きなホット
カフェラテを注文するショウタ。 空腹ではないシオリも、久々来たこの店に
以前来た時のことを思い出しどこか嬉しそうにショウタの隣に立つ。
この時間はテーブル席も空いていたけれど、前に草野球の帰りに初めてふたりで
並んで座った窓際カウンター席に再び腰掛けた。
カウンターに肘をつき、バーガーの紙包みを半分めくって剥がし大口開けて
ガブリと豪快に齧り付いたショウタ。
ご機嫌な様子でチラリとシオリに目を遣る。
シオリはホットカフェラテの紙コップを両手に包みながら、美味しそうに
嬉しそうにもぐもぐ咀嚼するその横顔を盗み見て肩をすくめ微笑む。
すると、『はい、ひとくち。』 シオリの手から紙コップを奪って強引に
バーガーをそのピンク色の薄い唇に押し付けたショウタ。
有無を言わせぬその行動に、シオリは戸惑いながらも思わず口を開けて
ひとくち齧り付く。
(よしっ!! 食った食った・・・。)
『美味しい?』 嬉々とした表情でシオリを見つめ、その問いの返事も
待たずに今度はポテトを2本掴んで、まだバーガーを咀嚼中のシオリの口に
押し込める。
その後も無理やり押し付けられた二口目のバーガーに、どこか困った顔を向け
喉が詰まりそうになって喉元をトントンと小さな拳で叩くシオリに、ショウタは
自分のコーラを差し出した。 さすがにちょっと乱暴だったかとシオリの小さな
背中をやさしく撫でたショウタ。
シオリは、唐突に口に突っ込まれた食べ物をやっとゴクンと飲み込んだ。
少し苦しげに咳払いをするその顔は、前髪の隙間から困り眉が覗いている。
すると、
ショウタがこの上なく嬉しそうに顔を綻ばせ、まっすぐシオリを見つめる。
そっと指を伸ばしてシオリの口横に振れると、そのゴツイ指先にはまたしても
マヨネーズが付いていた。 ショウタは今回は躊躇する隙を作らずそのまま指を
パクっと口に咥えてそのマヨネーズを舐めた。
『あああ!! バカっ!!!』
ショウタの手を止めるのが一歩遅れたシオリ。 真っ赤になって隣に座る
ショウタの太ももを両手をグーにしてポコポコ殴り続ける。
『ほっんとに、もう・・・
・・・バカなんじゃないの? もおおおおおお!!!』
シオリの照れくさそうに困り顔で口を尖らせる様子に、目をキラキラさせて
夏休みのこどものような顔を作りケラケラ愉しそうに笑い続けるショウタ。
そんなショウタにつられシオリも思わず呆れ果てて声を上げて笑ってしまった。
頬をピンク色に染めハの字に眉を下げ、眩しそうに目を細めてシオリが笑って
いる。 まるで、そこだけ陽の光が差しているかのように目映く感じた。
(ぁ・・・ やっと、ちゃんと笑った・・・。)
なんだか泣き出しそうな情けない顔で、ショウタは殴られ続ける太ももの上の
シオリの小さな拳を包んだ。 いまだジタバタと動くその華奢な白いシオリの
手をぎゅっと握る。
すると、ショウタは残っているバーガーにおもむろに大口で齧り付き、
口横に思い切りマヨネーズを付けた。
そして、チラチラとシオリに目で合図する。
ジロリ。そのわざと自分でマヨネーズを付けた悪戯っ子みたいなショウタを
一瞥するとシオリは一言呟いた。 『・・・ダサいわよ。』
トレーの上にあった紙ナプキンを掴み、ショウタの手に乱暴に押し付けそっぽを
向いて目の前の窓ガラスの向こうを見る。
それでも尚、
シオリに向けてマヨネーズが付いた口を突き出し差し向けるショウタ。
無視しているつもりだったのが、しっかりガラス窓に映るその滑稽な姿に
我慢しきれず吹き出して肩を震わせ笑ったシオリ。 観念したように眉根を
ひそめて紙ナプキンを1枚掴むと、まるでこどものようなキラキラした顔を
向けるショウタの口横のマヨネーズを呆れながらやさしく拭った。
『あれ? マヨネーズ付いてた??』
分かり易くとぼけるショウタに、呆れながらも愛おしい気持ちが抑えられない
シオリだった。