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■第6話 最後のページと同じ顔


 

 

奇跡的に一命はとりとめたものの皆の願い虚しくいまだ意識が戻らないユズル。

 

 

殺気立つような物々しい空気が漂う集中治療室に横たわるその痛々しい姿は

無数の装置やコードに繋がれ、24時間モニタリングをする医療機器の電子音が

冷酷なまでに無情に響き渡り不安ばかりを煽る。

 

 

2学期の終業式を欠席し、そのまま冬休みに突入していたシオリ。


毎日毎日、朝から晩まで病院に通い詰めていた。

ユズルが最優先で心配なのは勿論だが、憔悴しきった母マチコが今にも倒れ

そうな面持ちでなにも食べず眠らず病室から一歩も離れようとしない。


日に日に小さくなってゆくように見えるその母の背中を目に、自分がしっかり

しなければという思いは、シオリが思うよりずっと心労を増長させていた。

 

 

次第に、疲れきってゆく心と体。


なんてことない事に苛立ち、怯え、そして哀しくなり沈んでゆく。

八つ当たりと自己嫌悪を繰り返し、更に荒廃しクタクタになっていった。


そんなシオリを癒してくれるのは、やわらかいベッドでも、あたたかい風呂

でもなくただひとり、ショウタだけだった。

 

 

 

毎晩、ショウタはシオリが病院から戻る10時頃になると、寒く暗い夜道を

自転車を立ち漕ぎし白い息を吐いてシオリに会いにやって来た。


何度、『ケータイ鳴らしたら家から出て来て』 と言っても、シオリはショウタが

やって来るのを待ちきれず、ひとり、外の玄関先の段差に腰掛けて待つ。

 

 

今夜も暗い住宅街をゆらゆらと照らす心許ないサイクルライトの灯りが見えると

嬉しそうに立ちあがり自転車の元へと慌てて駆け寄った。


まるでこの瞬間だけのために今日一日やり過ごしたかのように微笑むその顔は

どこか哀しげでショウタの胸を締め付けた。

 

 

 

 『だーかーら・・・ 風邪ひくから、中で待ってろって・・・。』

 

 

 

ショウタのデフォルトの下がり眉が、更に更に困り果てて情けなく下がる。


氷のように冷えた自転車のハンドルを握っていた手袋をはずし、そっとシオリの

頬に手を当てると、その陶器のように滑らかなすべすべの頬はやはり痛々しい

ほど冷え切っていた。

 

 

頬にじんわり伝わるショウタの大きくてあたたかい手のぬくもりに、シオリは

そっとそれに手を重ねて潤んだ目でまっすぐ見つめる。


そして、『ごめんね・・・。』 今夜もまた、ショウタに一言謝った。

 

 

 

 『それ、毎晩ゆってっから!』

 

 

 

ショウタがどこか哀しそうに小さく笑う。

 

 

 

 『俺がホヅミさんに会いたいから勝手に来てるだけだって、


  何百回いえば分かってくれんの~ぉ・・・?』

 

 

 

やさしくてあたたかいその笑顔に、みるみるシオリの目には涙が込み上げる。

俯いてコクリ。ひとつ頷いて、真っ白い手の甲でその雫を拭った。

 

 

 

 

自転車を押して歩き、ふたりはシオリの自宅近くの公園へ向かう。


夜の暗い公園はすっかり葉が落ちた枯れ木が立ち並び、年季の入った少し

くたびれた木製ベンチが物悲しさを助長している。 公園入口に自転車を

停めて、寂しげにぼんやりあかりが灯る自販機でホット缶コーヒーを2本

買うと、ふたりはいつも座るベンチに寄り添って腰掛ける。

 

 

ショウタはダウンジャケットのポケットに手を突っ込むと、今夜もそれを手に

取りシオリへと差し出した。

 

 

『ありがとう・・・。』 シオリが両手で大切そうに包むそれは、ツヤツヤに

輝く萌葱色の青りんご。 あまり食欲が無いシオリも、この青りんごだけは

必ず毎日食べていた。


酸っぱくて甘くて、やさしくて。 胸の奥がキュンと面映くなる。


ショウタの想いの結晶のように思えて、それを食べるとなんだか元気になれる

そんな気がしていた。

 

 

すると、

 

 

 

 『あ! そうだ・・・ コレ。』

 

 

 

そう言って、ショウタは他方のポケットに手を突っ込みなにか掴み取り出した。


その手の平の中には、長方形の暗記カードがあった。 英単語などの暗記用に

用いる端がカードリングで束ねられたそれ。

 

 

『ん?』 小首を傾げ受け取る。 ショウタから暗記カードなんか渡される

なんて。 勉強の心配をしてくれているのかと不思議そうにゆっくり表紙を

めくると、そこには下手くそな絵が目に飛び込んで来た。

 

 

『ぇ・・・。』 シオリが目を見開き、次々とページをめくる。

 

 

すると、カタカタとぎこちなく動く、大好きなパラパラ漫画がそこにあった。


新作のそれは、相変わらずハの字の困り眉のシオリが描かれているがいつもの

黒髪ストレートではなく頭の天辺にグルグル巻きのなにかが乗っている。 

きっとお団子ヘアを描いたつもりなのだろう。


のちに登場したショウタは首元にマフラーを巻く姿。 情けない下がり眉で

朗らかに笑いその手には花を持っている。

 

 

 

 『これ・・・ ミムラス・・・?』

 

 

 

シオリが微笑みながらページを指差すと、『そうそう!』 と照れくさそうに

ショウタが笑った。

 

 

結構な枚数が描かれているそれ。 ゆうに100枚はあるだろう。

ふと何気なくショウタの右手に目を落とすと、中指にはペンだこが出来ていた。


大きな背中を丸め、懸命にこの小さな長方形の紙面にパラパラ漫画を描く

ショウタの姿を想像する。 

何枚も何枚も、シオリを笑わせるために何枚も・・・。

 

 

 

ページを最後までめくると肩をすくめ嬉しそうにやわらかく目を細めたシオリ。


そっと身を乗り出すとショウタの腕を掴んで支えにして、その泣きたくなるほど

あたたかい頬に小さく小さくキスをした。

 

 

 

   最後のページに描かれていたもの。

 

 

 

シオリから頬にキスをされるショウタの似顔絵が、照れくさそうに頬をゆるめ

赤く染めて朗らかに微笑んでいた。

 

 



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