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■第57話 既成事実


 

 

コウは勤務が休みのその日、上機嫌な面持ちで黒色のスーツ地テーラード

ジャケットを上品に羽織った。 

ほんの小さく鼻歌をうたい、グレーのVネックリブニットにそれを合わせると

まるでファッション雑誌から抜け出してきたかのように秀麗な姿。


自宅自室の姿見鏡の前で自身の身なりを目視し、頬に笑みを浮かべて鏡の中の

自分に納得してひとつ満足気に頷いた。


ホワイトのスリムシルエットパンツの長脚は今にもスキップをしそうに軽やかだった。

 

 

 

それは、数日前のことだった。


病院の院長室に、院長のソウイチロウと副院長コウジロウが高級な革張り

ソファーに背をそるように座っている。 

余裕がありどっしり構えるソウイチロウと、いつもどこか不機嫌そうに

貧乏揺すりが絶えないコウジロウの姿。


そんな中、コウはひとり背筋をピンと伸ばしてふたりに向かいキレイな笑みを

作って言った。 膝の上でクロスに組んでいた指先をほどき、膝の上に置いて

正しながら。

 

 

 

 『シオリとの結婚の件なんですけど。


  どうせなら、さっさと進めた方がいいと思うんですよね・・・

 

 

  でも、ほら。 


  ユズル君がまだあんな状態だから、結納なんて出来る訳ないし・・・

 

 

  だからその代わりに、ホヅミ家のみんなの前で婚約指輪を渡したいんです。


  指輪はもう注文してあって、数日後には出来上がる予定なんで。

 

 

  シオリにはサプライズで、みんなにここに集まってもらって、


  祝福されながら、”大事な約束 ”を交わそうと思うんです。』

 

 

 

ユズルがまっすぐ射るように院長でありシオリの父ソウイチロウだけ見つめる。


全ての決定権はソウイチロウにあるのだ。

正直いってコウジロウは ”副院長 ”としてこの場に居てもらっているだけだった。

息子の将来を相談する ”父親 ”としてではなく、この案を遂行する為の大切な

見届人としてだけ。

 

 

院長ソウイチロウが首を縦に振れば、誰もそれには逆らえない。

 

 

 

  誰も・・・


  シオリでさえも・・・

 

 

 

コウは既成事実を作ろうと必死だった。


1日でも早く、シオリがもう何処にも逃げられないように囲い閉じ込めたい。

もう誰にもとられないように、誰にも微笑みかけないように。


青りんごの毒が、一日でも早くきれいサッパリ浄化されるように・・・

 

 

 

『いいんじゃないか。』 コウの父コウジロウが静かに口を開いた。


野心家のその目の奥は、将来コウが院長になるというそれだけが重要だとでも

言うように、然程興味なげに至極あっさりと快諾する。

 

 

その言葉に続き、

 

 

 

 『そうだな・・・ 


  シオリも無事医者になったことだし、そろそろ結婚話を進めるか・・・。』

 

 

 

ソウイチロウが、コウの説明に納得して首を縦に振る。

俯いたコウは目を細めてほくそ笑み、口許が緩んで震えていた。


またしてもシオリ抜きで、シオリに関わる大切な話がいとも簡単に進められていた。

 

 

 

 

 

コウのホワイトのスリムシルエットパンツの長脚は、今にもスキップをしそうに

軽やかに賑やかな商店街へと向かう。


惣菜の油っこいにおいやら、花の甘いにおいやら、魚の生臭さやら、多種入り

混じったそれに嫌悪感剥き出しに顔をしかめる。 まるでジャケットににおいが

染み付くのを危惧するかのように、胸ポケットから香水の小瓶を出して嫌味っぽ

く振り掛ける。


完全に場違いに見える、そのファッション雑誌から抜け出したようないで立ち。

そんなコウに、次々と遠慮なく矢継ぎ早に声を掛けてくる店主たち。

 

 

 

 『そこのカッコイイお兄さんっ! 安くするよっ!!』 

 

 

 

耳障りでしかないしゃがれた声に、コウはあからさまに怪訝な顔を向けた。

 

 

 

 

  (俺が ”こんなトコ ”で買い物するわけないだろ・・・。)

 

 

 

 

まるで ”声を掛けるな ”とでもいうように眉ひとつ動かさず無視をして、

コウはまっすぐその目指す先へ足を進めた。

磨き上げられた高級な革靴が、コツリコツリと一歩ずつアスファルトを踏みしめる。

 

 

数年ぶりに訪れた、そこ。


以前来た時は、ユズルの事故後に彼に ”シオリとの結婚計画 ”を伝えに来た

ことを思い出していた。

 

 

あの時の、雷に打たれたような衝撃を受け青ざめ打ちひしがれる顔。

今でも思い出すだけであの快感にも似た胸の高鳴りに、コウの整った美しい顔が

ニヤけて歪むほどで。

 

 

 

 

  (今度はどんな顔見せてくれんのかな・・・。)

 

 

 

 

コウの目に、彼を捉えた。


八百安の店先に、あの頃より更にガッチリして大人になったショウタが立っていた。

 

 

 


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