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■第5話 夜中でも朝でも、いつでも

 

 

 

まるで時間が止まっているかのような無音の深夜の世界に、自転車のタイヤが

軋む音が遠く向こうから鳴り響く。 それに併せてサイクルライトが左右に

揺れ、アスファルトをゆらゆらと不安定に照らすのがシオリの目に入った。

 

 

シオリの吐く息が顔の前で白く浮かんでは消える。 どんどん気温は下がって

きていた。冷えた頬も鼻も真っ赤になり、チリチリと刺すような痛みを感じる。


玄関の段差に腰掛けて小さく丸まりショウタを待っていたシオリが、弾かれた

ように立ちあがり自転車の元へと慌てて駆け寄った。

 

 

 

 『なんで外で待ってんだよ・・・


  家の中にいれば良かったのに。 ケータイ鳴らすんだからさ・・・。』

 

 

 

眉根をひそめシオリの冷えた頬に手をあてるそんなショウタも、慌てて家を

飛び出して来たため手袋をするのを忘れ、氷のように冷え切ったハンドルに

その手は真っ赤にかじかんでいた。


また猛スピードで自転車を立ち漕ぎしたのだろう。 すっかり息が上がり

苦しそうに肩で息をして顔を歪めながらも、シオリの心配ばかりするその

あたたかい下がり眉。

 

 

そっと目を上げ、その大きな凍えた手を両手で包んだシオリ。


手袋越しではショウタの手をちゃんとあたためる事が出来ているのか分から

なくてシオリは手袋をはずすと、真っ白く細いその手でもう一度ショウタを

包み込んだ。

 

 

 

 『ごめんね・・・。』

 

 

 

あまりにその不器用なやさしい手が硬く冷え切っていて、シオリの胸は容赦

なく痛む。


大きくてゴツゴツした指の関節、短く切った爪、筋張った手の甲全てが

愛おしすぎてどう両手で懸命に包み込んでも、シオリの小さなそれでは

どこかもどかしい。

 

 

ショウタに一歩近付くと、ダウンジャケットの胸におでこを付けて体を寄せた。

 

 

 

 『なんで謝んのー・・・?


  俺が会いたいから、無理やり押しかけただけでしょー・・・。』

 

 

 

そう呟く自分の息がシオリに白く吹き掛かり、こんな凍てつくような深夜に

シオリを誘い出している事に不安が募る。


ショウタはダウンジャケットのチャックを下ろして胸を開き、細いシオリの

体ごとダウンで包み込むと互いの体温がより近く感じられて、嬉しくてあたた

かくてなんだか泣きそうになってしまう。

 

 

大切そうにシオリ手編みのマフラーを巻く、ショウタの首あたりに顔をうずめ

シオリが小さく呟く。


首筋にほのかに感じるシオリの熱い息に、クラクラと眩暈がして暴走しそうに

なるけれどまるで気にしてなどいない風に、なんとかショウタは平静を装う。

 

 

 

 『お兄ちゃん、ね・・・


  まだ、意識不明で・・・ 私だけ一旦戻って来たんだけど・・・

 

 

  明日の終業式、休むと思う・・・


  そのまま冬休みに入ることになりそう・・・。』

 

 

 

『そっか・・・。』 ”明日 ”と言いながらも、もう日付は12月25日に

なっていてそれは2学期の終業式の日だった。


『冬休み中は・・・? どうするの・・・?』 全く先行きが見えない感じに

不安を隠せない。 シオリが心配で仕方がなくて、訊いていいのものか分から

ないまま、どうしても我慢出来ずに訊いてしまう。

 

 

 

 『・・・わかんないよ。』

 

 

 

涙声でそれは返された。


シオリの胸にも、今は不安しかない。

兄ユズルのことを考えると、なにも喉を通らないし呑気に眠りになど

つけそうにない。

 

 

 

 『もし・・・ もし、俺に出来ることあったら


  なんでも言って? もし・・・ 今みたいに、会いたくなったり・・・


  話したくなったりしたら、すぐ、俺・・・ 飛んでくるから・・・


  ほんと、まじで・・・ 夜中でも朝でも、いつでも・・・


  ・・・飛んでくるから・・・。』

 

 

 

そのやさしすぎる声色に、シオリは涙が堪えられなくなっていた。


震える胸で思い切りショウタに抱き付くと、熱をもった熱いその首筋に更に

強く顔をうずめて小さく小さく呟いた。

 

 

 

 『傍にいてね・・・。』

 

 

 

熱い息が冷たい外気に触れた途端白く変化して、ふたりを隔てて流れて消えた。

 

 

 


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