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■第41話 嘲笑うかのような悪戯な声色


 

 

塾が終わって建物から出て来るシオリを、コウは相変わらずモデルのような

佇まいで静かに待っていた。

 

 

背中を丸め気怠げにしているというのに、キャメル色のチェスターコートと

ニット姿がまるで住宅街の建物に不釣り合いで、やたらと目立って仕方がないそれ。


女生徒がその姿をチラチラと盗み見し、なにやらヒソヒソ話をしている。

明らかにその声色は黄色いそれで、コウへの賛辞だということは言わずもがな

だったがそんなの聴き慣れているとでもいうように、照れもニコリともせず

無表情なコウはそちらへ目もくれない。

 

 

『お待たせ。』 抑揚ない声色でやっとやって来たシオリが俯きがちに近寄ると

その無表情はパッと瞬時に明るい表情を向け、小さく微笑んだ。

 

 

そして、シオリの顔をそっと覗き込む。

 

 

 

 『疲れた顔してんなぁ・・・


  ちょっと寄り道でもして、甘いものでも食べて帰ろうか・・・?』

 

 

 

やさしく微笑んでシオリの背中に手をまわすも、俯くその顔は黒髪で表情を隠し

背中の手を嫌がるように小さく体をよじると、首を横に振り一瞬の考える隙もなく呟く。

 

 

 

 『疲れてるから帰ってひとりになりたい。』

 

 

 

その硬い頑なな声色に瞬時にコウの顔から微笑みが消えた。 『・・・そう。』


そして能面のような美しい感情のない顔に戻るとゆっくりと瞬きをして心の中に

込み上げるどうしようもないイライラをなんとか鎮めようと必死になっていた。

 

 

 

 

シオリの自宅に帰ると、コウはいつものようにリビングでシオリ母マチコと

お茶を飲んでいた。 楽しく盛り上がる話題などあるはずもなく、ふたりの間の

重い空気に息が詰まりそうになる。 

つけっ放しのテレビの音声が無ければ1秒だってその場にいられない程の、その空気。

 

 

 

 『・・・シオリにお茶渡してくるね。』

 

 

 

そう言うと、シオリが愛用するピンク色の湯呑にお茶を入れシオリの部屋がある

2階へ上がったコウ。 そのスっと背筋が伸びたキレイな背中を母マチコが目で追った。

 

 

ドア前で立ち止まり、少し聞き耳を立てて中の様子を伺う。 

静かなシオリの部屋。


静かにノックを2回して『入るよ。』 と声を掛けドアを開けるも、黒髪が美しく

たゆたうその背中は勉強机に向かったまま振り返りもしない。

 

 

 

 『シオリー・・・ お茶淹れてきたよ、


  ・・・ちょっと休憩したら・・・?』

 

 

 

まっすぐシオリの元まで進み勉強机に湯呑を置くと、コウの目はくまの

ぬいぐるみを捉えた。 


首に手ぬぐいを巻かれたそれは、まるで勉強するシオリを応援するかのように

やさしく勉強机上に佇み見守っている。 そのぬいぐるみのあたたかい眼差しに

瞬時にそれの ”出所 ”が分かったコウ。 

心の中に蠢くイライラが再びどうしようもなく燃え上がる。

 

 

まっすぐ参考書に目を落とす、美しい真っ白な百合のようなその横顔をじっと

見つめた。


長いまつ毛、スっと通った鼻筋、透明感のある色白の頬。 まるでおとぎ話に

出てくるお姫様のような、目を見張る程キレイなその横顔。

 

 

 

 

  (シオリ、大きくなったらコウちゃんのお嫁さんになるっ!!)

 

 

 

遠い記憶がコウの脳裏をかすめ流れた。

 

 

 

すると、コウは机に片手を付き体を屈める。

斜め後ろからそっと顔を寄せ、シオリの薄く形の良い唇になんの脈絡もなく

突然キスをした。

 

 

驚いてビクっと跳ね、慌ててコウを押し退けるシオリの手が湯呑にぶつかり

熱いお茶が机にこぼれてノートを濡らす。 そこに懸命に書いた文字が滲んでかすんだ。

 

 

 

 『・・・青りんご君とキスぐらいはしてるんだろ~?』

 

 

 

まるで嘲笑うかのような悪戯なその声色に、シオリは憎しみが滲むような目で

睨んだ。

その忌々しい唇の感触を手の甲で何度も何度も、口許が赤くなる程にぬぐう。


こすり過ぎて痛々しく赤いシオリの口許のやわらかい肌を、コウは睨むように

目を細めてじっと見ていた。 

 

 

 

 

  (コウちゃん! ねぇ、聞いてコウちゃん!!


   ちゃんと聞いてるぅ~? ・・・あのね、シオリね・・・。)

 

 

 

 

思い返すといつも自分の後を追い掛けて来たあの日の幼い少女は、今こんなにも

美しく成長し、そして吐き気がする程しょうもない八百屋なんかをひたむきに

想っている。

 

 

ふと、机の上の開きかけの暗記カードに目を止めたコウ。


そこには英単語ではなく、下手くそな絵がチラリ覗いている。

無言で手に取ってめくると現れた ”それ ”に、 『純愛だねぇ~』 

馬鹿にしたように口許に手をやって大袈裟に肩をすくめ笑った。

 

 

『触らないでっ!!』 怒りを爆発させたようにそれを奪い返すと、シオリは

大切そうに守るように両手で包んでぎゅっと胸に押し付ける。

 

 

泣き出しそうに ”その人を想う ”その顔を、無表情で見下ろしていたコウ。

するとゾっとするほど感情が無い声色で、呟いた。

 

 

 

 『軽く触れるキスだけじゃ、


  青りんご君の年頃は ”おさまらない ”と思うなぁ~

 

 

  ”最初で最後の想い出 ”にさぁ~、1回ぐらい抱かせてやれば~・・・?


  俺もシオリの ”はじめて ”を奪うのは、さすがに気が引けるしね。

 

 

  青りんご君のぬくもりでも後生大事に抱えたまま、


  せいぜい、病院のために身を捧げるんだね~・・・。』

 

 

 

 

シオリの目に悔し涙が滲み零れ落ちそうになるのをコウは目を眇めて見ていた。

 

 

 


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