■第4話 やさしい一言
それは深夜2時をまわった頃だった。
ショウタはベッドの枕元にケータイを置き体は横にしつつも全く眠れずにいた。
目を瞑るも寝返りばかり繰り返し、その口からは自分でも気付かぬうちに溜息が
零れる。 ケータイを掴み画面に触れるとその灯りに暗い室内がぼんやり光り、
日付と時間以外なにも表示がない画面が浮かんだ。
物哀しげに目を伏せて、再び枕元にケータイを置いた。
その瞬間、ショウタの耳にメール着信のメロディが響いた。
From:ホヅミ シオリ
T o:明るく元気なストーカー
S u b:
本 文:もう寝たよね・・・?
シオリ
ショウタは目を見開き勢いよくガバっと布団を蹴り起き上がると、
慌ててシオリへ電話する。
震える指先が、シオリの番号を思うように指定できずに気ばかり急いて
歯がゆい。
『もしもし? ホヅミさん??』
シオリは、こんな深夜にメールすることを散々躊躇った。
病院からシオリひとりが自宅に戻ると、暗くて寂しいその空間にいつもの
それとなにも変わらないはずなのになんだか心細くて仕方がない。
小さな物音にもビクっと体を強張らせ、シオリは泣きそうな顔を向けた。
本当は電話で話して声が聴きたかったのだけれど、寝ているところを起こし
てしまったら申し訳ない。
でも、どうしてもどうしてもショウタと言葉を交わしたかった。
もし寝ていてメールに気付かなければそれでもいいと、半ば諦め気味に送信
したメール。
しかしすぐさまシオリのケータイを響かせたのは、メールではなく電話着信の
メロディだった。
『・・・ヤ、ヤスムラ君・・・?』
『ダイジョウブ??』
電話向こうのショウタの声は、寝ていたところを起こされた寝惚けた
感じは全くない。
シオリの呼び掛けに語尾が被る勢いで発せられた心配するその一言に、
きっと起きていてくれたのだと思うと、シオリの胸に熱いものが込み上げる。
(ヤスムラ君・・・。)
ショウタの耳に、電話越しにシオリが涙を堪える息が届く。
シオリは必死にその気配を隠そうと息を凝らしているけれどショウタは
気付かないはずもない。
どうしようもなく胸が痛んで、シオリの迷惑になるかもしれないという
可能性も考えず、咄嗟に震える喉の奥から言葉が出てしまった。
『もう、家・・・?
あのさ・・・ もう少し起きてる? 今から、会いに行っていい・・・?』
『ぇ・・・。』 シオリは思ってもいなかったその一言に、驚き声を失う。
慌てて壁に掛かる時計に目を遣る。 今、時計の針はもう深夜2時をすぎて
いて当たり前に外は真っ暗で物音ひとつしない寒々しい世界なのだ。
『家だけど・・・
でもこんな遅いし、寒いし・・・ ヤスムラ君、大変でしょ・・・?』
シオリもショウタに会いたくて会いたくて仕方がなかった。
声が聴けただけで充分満足だったはずなのに、そんなやさしい一言につい
甘えてしまいそうになる。
すると、
『行く!! 俺が、ホヅミさんに会いたいから・・・
・・・だから、今からチャリかっ飛ばして、行くから!!』
そう言うとプツリと切れた電話。
シオリの耳の奥にツーツーと通話が終わった機械音が鳴り続けている。
物音ひとつしない部屋でひとり、ゆっくり耳からケータイを離して通話終了の
ボタンを押した。
そして震える両手でケータイを包み、胸にぎゅっと押し付ける。
そっとつぶった目からは雫が伝い艶々の頬をカーブを描いて零れショウタの
声がたった今まで響いていた左耳は真っ赤に染まっていた。
シオリはパジャマの上にコートを羽織ると、手袋をはめマフラーをして静まり
返った自宅の玄関をそっと抜け出した。