■第25話 そのお気楽な姿
翌日の昼休み。
ショウタとふたりで昼ごはんを食べようと、書道部の部室ドアに手をかけた
シオリを待ってましたとばかりに出迎え、肩を掴んでぐわんぐわんと揺さ
ぶったショウタ。
シオリの背中に垂れる漆黒の長い髪が、美しい清流のようにたゆたい揺れる。
『ど、どうしたの・・・?』
顔が触れ合いそうなくらいその身を乗り出すショウタとの距離にシオリが
たじろぎさっぱり事態が把握できないまま尚も揺さぶられながら、
困ったような呆れているような顔を向ける。
すると、ショウタは揺さぶっていた手を止めその細い両肩をしっかり掴んだまま
まるで夏休みの小学生のように目をキラキラと輝かせて言った。
『完っっっ璧な案を思いついたんだっ!!!』
『ん?』 シオリは小首を傾げ見つめ返す。
目の前の大きな図体をした小学生は、実家の居間に飾られている家族旅行写真の
幼いショウタとなにも変わらない純粋で屈託のない笑みを顔いっぱいに作って。
『もう、なんにも心配しなくていーからっ!!
俺・・・ すっっっげぇイイ案、思い付いたから・・・
これで全てカイケツだからっ! なんっにも心配いらないからっ!』
その自信満々な顔と声色に、シオリはその案を聞く前からぷっと吹き出して
笑ってしまった。
忘れかけていたショウタらしいその言動が、胸の奥のやわらかい部分をやさしく掴む。
最近は哀しい事ばかり起こった為に落ち込み沈んでばかりで、本来ショウタの
持つ周りを巻き込むほどの爆発的な明るさと眩しさが、風前の灯火のように
消えかかっていた事に今更ながら気付き、シオリはそっと目を伏せる。
『・・・どんな?』 目を細め、愛おしそうに頬を緩めシオリが先を促した。
目の前のその人を、好きで好きで仕方がないという気持ちを込めまっすぐ見つめて。
すると、シオリの耳に響いたそれは重く鈍くずっしりと、その細い両肩に圧し掛かった。
『俺、医者になるっ!!!』
シオリの微笑んでいた白い頬が、潮が引いてゆくように一気に真顔に戻った。
能面のように表情がなくなり、目を落とし真一文字に口をつぐんで一言も口を
きかない。
弾けんばかりの笑顔をその頬に作るショウタは、自分が想像していた反応が
シオリから返って来ない事に、不思議そうに体を屈めてその俯く白い顔を覗き
込む。
聴こえなかったのかと、もう一度、得意満面に繰り返した。
『ほら! 俺が医者になれば、一緒にもいられるし問題カイケツだろ?
俺、ホヅミサンと同じ医大にするからっ!
・・・つか、どこの医大目指してんだっけ・・・? 』
仰け反るほど胸を張って言い切る、その ”超 ”が付くほどのお気楽な姿。
安直で楽天的で、細かいプロセスなど何も考えていないショウタに
シオリは鳥肌が立つほど腹立ち、唇を噛み締めて唸るように呟いた。
『そうゆう冗談やめてよ・・・
いくらナンでも、デリカシー無いよ・・・
・・・ぜんぜん笑えない。 ひどいよ、ヤスムラ君・・・。』
『・・・え??』 シオリの、ふつふつと湧く怒りをなんとか抑えようと
しているようなその震える声色に、その反応が理解できないとでもいう様に
ショウタが目を見張り絶句する。
怒られる理由なんて皆目見当つかなかったし、シオリを喜ばせられると思って
昨夜から寝られないくらいにこの話をするのを愉しみにしていたのに。
『ヤスムラ君、勉強得意だった・・・?
そんな簡単に医大に合格できるとでも思ってるの・・・?』
呆れてものが言えないといった風に顔を歪め、睨むシオリ。
一直線前髪の奥のわずかに覗く困り眉なはずのそれが、今日は憤って雄々しい。
『それはダイジョウブ! ”為せば成る ”でしょ!!』 腸が煮えくり返る程の
呑気さにシオリはふたり分の弁当箱が乗った机を、握りしめた拳で乱暴に打ち付けた。
『それに・・・
医大に通うのに、いくらお金かかるか分かってるの・・・?
ご両親にムリさせるの? 平気なの?
ちゃんと色々考えて言ってよ!! 呑気にも程があるわ!!』
そう怒鳴り言い捨てると、シオリはまだ手を付けていない弁当箱を再びハンカチ
で包み引っ掴んで、猛然たる形相で部室を飛び出して行った。
力任せにピシャリと閉められた引き戸が軋む音だけ静まり返った部室内に響き
そこにひとり取り残されたショウタは、憤慨する黒髪の背中を何も出来ず何も
言い返せずにただただ見送った。
思ってもいなかったこの展開に、呆然とひとり、立ち竦んでいた。




