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■第2話 今夜がクリスマスでなければ

 

 

職員に連れられシオリは手術室前までやって来た。

 

 

薄暗い中 ”手術中 ”の赤色ランプが煌々と灯り、嫌味なほど磨き上がられた

床に映る。 引っ切り無しに入れ替わり立ち代り出入りする看護師の姿が、

ひっ迫感を煽る。


廊下の両脇に置かれた長椅子に、シオリの父であり病院長のソウイチロウと

母マチコの姿。 その向かいの長椅子には従兄弟のコウと、コウの両親もいた。

コウの父コウジロウはソウイチロウの実弟で、副院長でもあった。

 

 

顔面蒼白で駆けて来たシオリを目に、母マチコが泣きはらした顔を更に歪めて

抱き付く。 マチコの背中に両手をまわして顔をうずめ、シオリも声を詰まらせ

むせび泣いた。

 

 

 

 

今夜、兄ユズルは、仕事を終え自宅に帰る途中ケーキ屋へ注文していた

クリスマスケーキを受け取る為いつもと違うルートを車で走行していたようだ。


渋滞するクリスマスカラー一色の街で、信号待ちで停まったユズルの車。

目に入った黄色信号にこのまま進もうと思えば進めたのだが、横断歩道に立つ

初々しいカップルの姿に思わず妹シオリを思い出し、ゆっくりブレーキを踏み

込み停まった。


そこへもの凄い勢いで交差点に進入してきた飲酒運転の若者の車がノーブレーキ

で突っ込み、ユズルの体はいとも簡単にフロントガラスと運転席の間に無情にも

挟まれ潰された。

 

 

 

 

今夜がクリスマスでなければユズルはケーキ屋がある別ルートを通らなかった。


カップルに微笑まなければ、黄色信号で律儀に停まることもなかった。


信号で停まり車道の先頭にいなければ、車に激突されることもなかったのだ。

 

 

 

 

助手席前のフロントガラスには、物凄い衝撃で叩き付けられたケーキの箱と

つぶれて飛び散った生クリーム。 母想いのユズルが買ったのであろう、

ポインセチアが目映い陶器鉢は粉々に砕け、花は根っこが剥き出しになり

鮮血を浴びてくったり撚れている。


作動したエアバッグにより壊れたクラクションが延々警音を鳴らし続け、

煌めく聖夜の街に響くクリスマスソングに不快に混じる。 車内に散った

ユズルの血色は大通りのメインとなっている巨大クリスマスツリーを派手に

装飾する無数のリボンの赤より皮肉にも鮮やかだった。

 

 

 

 『私が・・・


  私が、ユズルに・・・ ケーキを受け取るの頼んでなければ・・・。』

 

 

 

本来は母マチコがケーキ屋に受け取りに行くはずが、たまたま予定より早く

帰れることになったユズルが代わりに店へ寄ってくれていたのだった。


顔を両手で覆い再び泣きじゃくる母マチコ。 その悲鳴のような泣き声が

暗い廊下に木霊する。

 

 

 

『お前のせいじゃないだろ。』 父ソウイチロウが、マチコの肩へ手を置き

なだめる。


それでも尚も首を横に振り自分を責め続ける半狂乱のマチコ。

シオリはそんな母に抱き付く腕に更に力を込めた。 母まで壊れてしまいそうで

怖くて怖くて仕方がない。


ぎゅっと目をつぶり、小さく呟いた。

 

 

 

 『大丈夫・・・ 


  絶対に大丈夫だよ・・・


  お兄ちゃんみたいな人、神様が見殺しにするはずない・・・。』

 

 

 

やっと喉から発した声は、その言葉とは裏腹に震えて心許なくて不安に

満ちたものだった。

 

 

 


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