■第1話 吸い込まれるように消えた華奢な背中
『お、お兄ちゃんが・・・
事故にあって・・・ 意識不明の重体、だって・・・。』
ジングルベルが遠く鳴り響くクリスマスカラーの夜の街に、
シオリの青ざめた顔が浮かび上がる。 呼吸は浅く息苦しそうに顔を歪め
コートの胸元をぎゅっと握りしめるも、ガタガタと震えるその凍えた手には
思うように力が入らない。
シオリはほのかに舞う淡雪ですっかり冷えたアスファルトの上に、
腰が抜けたようにへたり込んだ。
真っ白なコクーンコートの裾が溶けた雪に汚れて滲む。
ショウタもシオリのその一言に呆然と立ち竦むも、慌ててシオリの横に
跪き肩を抱いて立ち上がらせる。 急速にスピードを増す心臓に呼吸困難に
なりそうになりつつも頭のどこかでは冷静でいなくてはと自分をいなす。
自分がシオリを支えなくては、と・・・。
『病院行くんだろ・・・? ・・・俺・・・ 送ろうか??』
シオリを覗き込むも、いまだ呆然自失の状態のその顔。
ゆっくりとシオリはショウタに目線を上げると、ゆっくりゆっくり瞬きをする。
そして、ぽつり。
『ううん・・・ いい・・・。
タクシーに乗って来るように、言われた・・・ から・・・。』
そう言って更に青ざめてゆく顔は俯いて、ただ足元をじっと見つめている。
『ちょっと、ココで待ってて! 動くなよっ!!』 ショウタは叫ぶように
言うと慌てて公園を飛び出し、車道へと駆けた。
クリスマス・イヴの街は混んでいて車の走行量も多く、どこもかしこも
渋滞している。 一般車のヘッドライトが煌々と眩しい車道に、遠く、
タクシーの行灯がチラリ見えた。
千切れんばかりに手を挙げ、タクシー運転手に向かって乗車アピールする
ショウタ。
中々進まないその渋滞に痺れを切らし、タクシーの元まで駆け寄るも既に
乗客ありの賃走中のサイン。
慌ててあたりを見渡し、目を凝らして他のタクシーを必死に探す。
焦る気持ちとは裏腹に、浮かれる聖夜の街はショウタの元へとタクシーを
導いてはくれない。 この後、数台見付けたタクシーも全て乗客ありだった。
苦い顔で唇を噛み締め、ショウタがシオリをひとり残した公園へと駆け戻る。
イルミネーションが目映いそこでひとり、心細げに小さく小さくうずくまり
肩を震わせるシオリにショウタの胸が張り裂けそうに痛みだす。
『ごめん・・・ タクシー、全然つかまんねぇ・・・
あのさ ・・・少し、がんばって走れる・・・? 』
しゃがみ込んでシオリの肩に手を置くと、顔を上げたシオリは目に溢れるほど
雫をたたえて目も鼻も頬も真っ赤に染め、泣き暮れている。
(チャリの方が、ぜったい早い・・・。)
『車じゃダメだ・・・。』 ショウタは自分に言い聞かせるように小さく
呟くとシオリの手を乱暴ににぎって走り出した。
駆けて駆けて駆けて、肺が爆発しそうに苦しいけれど、1分でも早くシオリを
病院へ届けてあげたい。
走りながらたまに振り返ってシオリの様子を確認するも、覚束ない足元で
よろけながら俯いている姿にその表情を見ることは出来なかった。
実家の八百安の前までダッシュでやって来たふたり。
ショウタは実家裏の物置前から慌てて自転車を引っ張りだすと、
サドルに跨って、『乗って!!』 シオリに後部荷台を示す。
呆けたままなんの反応もせず、ヨロヨロと荷台に横座りしたシオリ。
『掴まって!!』 ショウタの切羽詰まった声色に、シオリは力無く
なんとか背中から抱き付き腰に手をまわして掴まった。
ショウタの腰にまわすシオリの手が、震えている。
ダウンジャケットの大きな背中に顔をうずめ、泣きじゃくっているのが伝わる。
『ごめん・・・ ちょっと立ち漕ぎするから!!』
ショウタはペダルを踏み込む足に更に力を込めると、太ももとふくらはぎの
筋肉が緊張して硬く引き攣った。 体を左右に揺らしながら猛スピードで夜の
住宅街を走る自転車。
サイクルライトの心許ない灯りも、暗い夜道に左右に揺れ照らす。
一気に駆け抜けたショウタの自転車は、静まり返った総合病院の前で
急停車した。
慌てて自転車のサドルから下りると、急激にかかった負荷のため両足が
ガクガクと震え思うように歩けない。 自転車を漕ぎ続けたショウタの
呼吸は荒く乱れ苦しげに体を屈め息をつく。 そしてよろけながらもシオリの
腕を掴み、ショウタは救急出入口の灯りへ向けて尚も駆けた。
窓口の小さな窓奥の職員にシオリを差し向ける。
促されるまま暗い院内の廊下に吸い込まれるように消えて行ったシオリの
華奢な背中。 まるでシオリが別世界にでも連れ去られてしまいそうで、
何故だか急に怖くなりショウタは振り返らないその背中へと叫んだ。
『連絡して!! 何時でもいいから!!! 起きて待ってるから!!!』
ショウタの叫声が、静まり返った病院の冷たい空気に反響して虚しく落ちた。