第5話 「初体験だらけのスタート」
第5話 「初体験だらけのスタート」
俺が一歩踏み出すと、それまでは驚きのせいか呆然としていた男たちが、一斉に警戒心を露わにしながら俺を睨み始めた。
壁に開いた穴からの光と、ロウソクしか光源が無いから見えにくいが、中には早くも腰から下げた剣を抜きかけているような奴もいる。
押し倒されて、しかしまだ無事だった女性は困惑の表情のまま、俺を見上げている。
金髪の女性で、ハッキリ言って美人だ。
そんな女性の服装が乱れているとなると、彼女も出来た事が無い健全な男子高校生としては、思わず気恥ずかしさで目を逸らしてしまう。
「な、何者だ貴様!? 一体どうやって現れた!? ここをどこだと思っている!? 名を名乗れ!」
いっぺんに言うなよ、何から答えていいか分からねえじゃねえか。
というか本当に言葉が分かる、全然日本人な顔してない奴が、すごく流暢に日本語喋ってるように思えるあたり、あの神様ってのが言ったのは本当のようだ。
まあ言葉が分かれば、意思疎通は問題無いよな。
後は『神の祝福』とかいう、いわゆるチート能力らしいのだが、ちゃんと発動してくれよ。
でなきゃ俺は全く知らない世界に飛ばされた挙句、天涯孤独のままで寂しくオダブツだ。
そして目の前にいるこいつらはどう見ても婦女暴行犯、言い逃れ不可能な現行犯だ。
異世界来て最初に目にした光景が、強姦未遂の現場って本気で頭おかしいと思う。
しかも武器まで所持しているとなると、現代日本だったら有罪間違い無しだよな。
それになによりたとえ未遂であったとしても、複数の男が一人の女によってたかって、というのは見過ごせない。
だが異世界とやらに来るなりいきなり問答無用、というのもなんだしな。
「あー、とりあえずその女を放してやれよ。 大の男が寄ってたかって――」
「ふざけるな! この女は我ら帝国の敵だ! それを放せだとッ!?」
「さては貴様、王国の残党か!?」
「怪しげな現れ方をしおって、生きて帰れると思うなよ!」
「丸腰だからと油断するな! 先程の光といい、現れ方といい、魔術師かも知れんぞ!」
俺の常識的で人道的なはずの一言に、一斉に喚き立てる男たち。
しかもこいつら今、帝国って言ったか。
ああ、ここに送ったあのムカつく神が言う『帝国』、そしてそれに潰された『王国』か。
ゲームだったりすると、スタート地点ってもう少し穏やかな始まり方しないか?
それがいきなりこの多対一の、おまけに婦女暴行の現行犯の現場って。
「……はぁ、とにかくやるしかねえって事か!」
半ば破れかぶれの心境で、俺は拳を握って正面に突き出す。
イメージしているのは先程神を殴ろうとして出した、風圧の塊。
右ストレートの要領で繰り出した俺の拳から、薄緑色の塊が迸る。
すると一番近くにいた男、鎧兜を付けているから恐らく帝国ってのの兵士だろう、を瞬時に吹っ飛ばしながら、そのまま直進して他の兵士たちもなぎ倒していく。
驚愕と困惑の混じった悲鳴を上げながら、男たちはたった一発で全員が床に倒れた。
まあ、パッと見8畳間くらいの部屋だったし、そんな所で暴風が吹き荒れればこうもなるか。
俺の方にはそよ風くらいしか来なかったんだが、これはやっぱり撃ったのが俺だから、なんだろうな。
というか自分でもここまで威力があるとは思わなかったが、なんにせよこれで『帝国』って奴らには宣戦布告をカマしたも同然になってしまった。
俺の方はまず話し合いから、なんて思ったのに問答無用、はこいつらの方だったんだし、自業自得と思ってもらおう。
何よりこいつらのやろうとしてた事は、同じ男としても許せない事だったし。
ついでに言うと遅かれ早かれ、悪魔に操られている『帝国』ってのとは敵対しなきゃいけないんだろうしな。
そしてこいつらは俺に対して剣まで抜こうとしてたから、これはもう立派な正当防衛だよな、うん。
さすがに入学早々停学を食らって以来、俺も無闇やたらな暴力を振るった場合、シャレにならない事態を引き起こすと学んだため、自然と自己の正当化を考えるようになってしまっていた。
理屈っぽいかとも思うが、なまじ問題を引き起こすよりかはマシだ、と自分を言い聞かせてきた。
これもまた、大人になる、という事なんだろうとか思う。
「お、お前は一体…何者なんだ?」
あ、しまったそういえば忘れる所だった。
未だ床に倒れたままの、だからこそさっきの風の被害を唯一受ける事の無かった女が、俺を見上げながら呆然と問いかけてきた。
言われてそちらに視線を向けると、ただでさえ服装が乱れていた所に先程の風で、直視するには勇気がいるような姿になってしまっている女がいる。
なんというか、細身なのに女性らしさがあるというか、美人だしそういう本の表紙を飾ってもおかしくないというか。
とにかく俺は少しだけ視線を逸らしながら、その女の質問に答える事にした。
「あー、えーと……何者と聞かれると言い難いんだが…名前は国勝将馬、年齢はもうすぐ18、公立高校に通う3年生な。 で、ここにはそのー、帝国を倒して王国を救えって神様を名乗る奴から来させられて――」
「神ッ! 神が帝国を打倒するために御力を御貸し下さると!? そして王国を御救い下さると、そう申されたのかッ!?」
自分でも少ししどろもどろに説明していると、急に眼を輝かせたその女は、畳み掛けるように俺に質問をぶつけてくる。
この世界の奴って、聞きたい事を一気に聞かないと気が済まないの?
もういいや、深くは考えない。
というかこの女、いきなり話し方すら変えて来たんだけど。
「俺はその、神が直接手を下す訳にはいかないからって、代わりに行って来いと言われて来たんだけど…えーと、いきなりこの世界に飛ばされて来たらここだった訳でだな…決して狙った訳では……」
「いや、神がその御力を以て我らを御救い下さるというのなら、これほど心強い援軍も無い! 神の御使者殿、私はアリサ・フラングルと言う! 此度の御助勢、心より感謝申し上げます!」
感謝申し上げます、は良いんだけどさ。
テンション上がって気付いてないかもしれないけど、その、色々見えちゃいけない所が見えてしまってるんだよ、下着とか。
俺が目を逸らしながらそれを指摘すると、途端にアリサと名乗ったその女は、拘束されている状態であるにも拘らず、身をよじって俺から少しでも身体を隠そうとするが、当然上手くいく訳がない。
とりあえずそこらに転がっている奴らの腰から剣を引き抜いて、その剣でアリサの拘束している縄を切ってやる。
「動くなよー」と一声かけてから切ると、アリサは急いで俺に背中を向け、めくれ上がっていた服やら何やらを整え、最後に呼吸を整え終えてから俺の方をふり返る。
「神の御使者殿、大変情けなくもお見苦しい所をお見せ致しました。 改めまして、私はアリサ・フラングルと申します。 我が祖国を御救い頂くために、わざわざ御越し下さり感謝に絶えませぬ。 ついてはこれよりこの私めが、神の御使者殿に付き従い、帝国打倒に微力ながらお手伝いを――」
「あの、ちょっと待ってもらえるか?」
すげえテンションだ。
眼をキラッキラ、というかギラッギラに輝かせながらまくし立てられると、さすがにこっちも冷静になれるもんだな。
多分さっきの恥ずかしさを隠そうとしている部分もあるんだと思う、耳まで真っ赤だし。
両手を前に出して宥める様にしながら、俺は言葉を選んで問いかけてみる。
「その、まず第一に俺も実はこの世界の事がよく分かってなくて…とりあえず神様ってのから、王国を救って帝国を倒して、帝国に潜む悪魔を倒せ、って言われて来たんだが…」
「悪魔!? 帝国には悪魔が憑いていると!? くっ…通りで奴らめ、その強さもさることながら各地で惨い真似を平然と行うと聞いてはいたが……悪魔によって操られているとなれば、説明は付くか……」
俺の言葉に眉根を寄せて、ブツブツ言い始めるアリサ。
あのさー、俺の話はまだ途中なんだが。
「それでな、俺としてはなんとかその悪魔ってのを倒さなきゃならないんだが、君は…」
「ええ、帝国ももちろん許せませんが、その帝国に憑いた悪魔が恐らくはこの戦争の元凶! ならばこれを討ち、再び王国を取り戻す事こそ我が使命! 神の御使者殿、どうか私も貴殿のお側で……」
「頼むから俺の話を最後まで聞いてくれ!」
ツッコミの要領で軽く怒鳴ってしまった。
なんというか、この女は凄く勢いがある。
良くも悪くもテンションが高すぎて、いろいろ危なっかしそうだ。
まあ、ついさっきまであんな状態だった所に『神様から言われて助けに来たぞー!』なんて言う奴が、いきなり敵兵まとめて一発KOなんていう真似カマしたんだから、こうなるのも仕方ないのか。
にしたって、この女やけに察しが良すぎないか?
「あのな、俺も自分でこんな事は言いたくはないが……いきなり神だの悪魔だの言われて納得出来るのか、アンタ? 突然現れて周りの奴ら薙ぎ倒すのは良いとして、それで神だの悪魔だの語り始められたら、俺だったらまずはそいつの頭を疑うぞ? それにその『カミノゴシシャ』って呼び方やめてくれ」
俺が負けじと一方的にまくし立てると、アリサはキョトン、とした顔で首を傾げる。
やめろ、その仕草止めろ、こんな状況なのに一瞬動揺しちまっただろ。
俺は生まれて初めて金髪美人、っていう人種とこんな近くで会話しているんだ、という事実に否応なく気付かされる。
俺が今までに見た金髪の女性と言ったら、精々ハリウッド映画に出て来る女優さんくらいだ。
それに勝るとも劣らない美人が、今俺の前に立っていると思うと自然と心臓が高鳴る。
「我らの王国では、神を敬う教えが浸透している。 その教えの中には『弱く醜き心には悪魔が隙を突いて入り込んで来る、なので心を常に強く持ち、なおかつ清らかである事を第一とし、決して悪魔に心を許さず嫌悪せよ』という一節があるのだ。 なので王国存亡の危機に、ついに神がその手を差し伸べて下さったのだ、と信じてしまうのはいけない事なのだろうか?」
うーん、こりゃあ冗談とか抜きで信じてる顔だ。
イイのか、お前の言う神ってのはアレだぞ、人をおちょくること以外は全部面倒臭がるような外道だぞ、考え様によってはアイツの方が悪魔かも知れないとすら思うぞ。
目の前にいるアリサという女に、『神の真実』と題して色々語ってやりたくなる衝動に駆られる。
だが真顔でそんな事を言われちゃあ、しかもそれがこの世界の常識となれば、間違ってるのは俺の方みたいな気がしてくる。
というか、これが「郷に入っては郷に従え」って奴なのか。
そういや宗教ってその国や地域、年代によって結構言ってることメチャクチャだったりするもんな。
さらには同じ神様なのに、地域によって全然違う意味持たされていたりとか。
いや待てよ、それじゃあ俺の前に現れたアイツは、考え様によっては悪魔だというのも正しいのか?
これも深く考えるのは止めておこう、とりあえず『神の祝福』とか言うチート能力はちゃんと発動したわけだしな。
それにあの神やアリサの言う『王国』ってのが、神を信奉する、いわば神の側の国であるのに対して、それを潰しにかかった『帝国』ってのが、神を信奉させたくない悪魔によって操られ、こうして戦争を起こした、という事なのだとしたら。
「考えられるのは、ここの世界は神と魔王の代理戦争をやらされてるって事だな……またエライ事に巻き込んでくれやがったなぁ、あの野郎……」
次会ったら絶対殴る!
断固たる決意をした俺の顔を、アリサはジッと見上げてくる。
俺がそれなりに背が高いせいか、アリサは俺の頭一つ分近く背丈に差がある。
そして美人と言って差し支えない女から、ジッと見上げられるというのは人生初の経験だ。
しかもその眼が俺以上に固い決意を秘めてそうだから、余計になんだか動揺してしまう。
「どうやら、貴殿には貴殿の事情があるようだな……だがそれを曲げてどうか頼む! 王国の未来のために、どうか私たちにその力を貸してほしい! 貴殿一人に全てを背負わせるような事はしない、ただ私と共に帝国を相手に戦って欲しいのだ! 私に出来る事なら何でもしよう、だからその力を私たちに――」
「先程の光った部屋はここか!? 何があった!?」
アリサの懇願の言葉の途中で、突如部屋のドアが開かれた。
床に転がっている奴らと同じ鎧兜をした帝国兵らしき男たちが、部屋のドアの向こうにひしめいている。
俺がこの世界に送られた時になんだか光ってたみたいだけど、多分その光が壁の穴からも見えて、それでこの部屋に兵士が殺到したとかそんな感じか。
そしてドアの向こうにいた兵士たちは、床に転がる同僚の姿を目にして、さらに拘束を解かれているアリサの姿を目にして、一斉に騒ぎ始めた。
「アリサ・フラングルの拘束が解かれているぞ!」
「誰か、誰か報告を!」
「もう一人いる奴はなんだ、見慣れぬ服装だぞ!」
「知るか、とにかく仲間だろう! 二人まとめて捕縛しろ!」
帝国兵が喚いている間に、アリサが動く。
床に転がっている兵士の腰から素早く剣を抜き取り、一番近くにいた兵士の首を刎ね飛ばした。
その容赦の無い、それでいて無駄の無い動きに俺は見惚れた。
それと同時に、今俺の目の前で一人の人間が死んだ。
ロクに声も上げられず、首を無くしてその場に倒れ込む帝国兵、だったもの。
俺は生まれて初めて、目の前で人間が殺される現場を目にした。
目を逸らすことが出来ない、圧倒的な非現実感と、足元すら分からなくなる奇妙な浮遊感、そして倒れた男の身体がビクン、と一度跳ねる躍動感。
それら全てが俺に猛烈な吐き気を催させる。
アリサは続いて二人目、三人目と切り結んでいるようで、敵の怒号と悲鳴、さらに金属音などが絶え間なく聞こえてくるが、俺はそれどころじゃなった。
口元を抑えても間に合わず、俺はせめてもの抵抗で壁側を向き、そこで盛大に胃の中のものを吐き出した。
戦争って奴では人が死ぬ。
そんなモンは分かってる、知識としてはとっくに知ってたし、どういうモンかってのも想像は付く。
だが、目の前でそれがリアルに起こるとやっぱりキツい、ゲームやマンガとは全然違う。
首を切られて死んだのは、別に俺にとっては家族でも友人でも知り合いでもない。
ハッキリ言えば赤の他人、しかも世界まで違うとびっきりの無関係な奴だ。
だがそれでも、目の前で人が死んで血が流れ、それがついさっきまで当たり前のように生きていて、言葉を発していた存在となると、どうしても精神的にクるものがある。
そういやテレビでやってたな、ドキュメンタリー番組で「ベトナム帰還兵」がどうとか。
戦争というものは死人も出るし、無事に生き残っても精神に深い爪痕を残すとか何とか。
妙に納得できる、戦争ってモンをどこか遠い世界で起きている事と思ってた俺には、今の光景は衝撃的過ぎる。
それを考えるとたまにニュースで聞いた「連続殺人犯」とか、絶対に理解出来やしない。
自分が殺した訳でもなく、ただ自分の目の前で無関係な、しかも敵になるだろうって奴が死んだのにこれだけの衝撃だ、絶対に正気じゃねえと思う。
俺は肩で息をして、ズボンのポケットからティッシュを取り出して口元を拭う。
気持ち悪いのは収まらないが、いつまでもここでこうしている訳にはいかない。
部屋のドアの所では、その位置を利用したアリサが、次々と向かってくる敵兵と切り結んでいるのだ。
アリサがあの場で戦っていてくれなければ、俺はとっくに帝国兵とやらに捕まるか殺されるかしていただろう。
王国を救いに行けとか言われて、来てみたら切羽詰まった顔で懇願されて、そのくせいきなり庇われてるとかどんだけだ、チクショウ。
奥歯を噛み締めて、俺は立ち上がる。
まずはこの状況をなんとかしなくちゃならねえ。
アリサだってさっきまであんな事になってたってのに、今じゃ必死に俺を守りながら戦ってる。
こんな状況で、俺がいつまでもゲーゲー言ってる場合じゃねえだろ。
「アリサ! 三つ数えたら横に跳べ! 一つ!」
「え!?」
俺の言葉に、アリサが困惑しながら返事を返す。
俺は先程と同じ要領で、しかし今度は腰を落として拳を握り、腰だめに構えた。
先程の右ストレートよりもさらに力を込めた、空手の正拳突きだ。
俺の力を込めるイメージと言うと、やっぱりこの体勢が一番なようだ。
左手を軽く前に掲げ、右手の甲が下を向き、その拳に力の籠もるイメージを重ねる。
「いいから右でも左でもいいから横に跳べ! ドアの所にいる奴らまとめて吹っ飛ばすぞ! 二つ!」
「わかった、やってくれ!」
拳に荒れ狂う風のイメージを乗せる。
去年俺の住んでいる地域を直撃した、あの台風の様な暴風雨。
とにかくすごい風だった、どこかの家の屋根は飛ばされ、どっかの会社の看板は吹っ飛び、どこだかの木は根元から吹っ飛ばされていた。
風速30メートルとかになると、人は立っている事すらままならないらしい。
それよりさらに上の突風を、一点集中でドアの所にいるアリサの向こう側にいる敵に照準を合わせ、拳を突き出しながら口に出す。
「三つ! 行っけええぇぇぇぇぇッ!」
「ふッ!」
俺が拳を突き出すと同時に、結構ハッキリと見える緑色の塊が、アリサの背中に向かって解き放たれた。
俺の声を合図にしてアリサは左に飛び退いた為に、その向こうにいる兵士たちに向かって緑色の突風の塊は直進していく。
帝国兵たちは驚いて声を上げたようだが、何を言ったのかは聞き取れない。
緑色の塊が発生させる風の勢いが、奴らの声を俺の耳まで届かせないんだろう。
そして先頭にいた兵士のどてっ腹に、その緑色の風の塊が接触した。
ゴオオオオォォォウッ!!
後ろにいた兵士たちまで巻き込んで、さらにその向こうにあった壁も突き破り、砦中に響く轟音を立てながら、ドアの周囲に群がっていた兵士たちのほとんどを巻き込んで、緑色の塊は直進していった。
部屋の中に流れ込んでくる風もそれなりに強い風だったみたいで、アリサの髪がバサバサとなっているが、やはり俺にはそよ風程度にしか感じられない。
俺は正拳を突き出した構えのまま、想像を遥かに超えた威力に内心引いていた。
いや、確かに色々覚悟を決めたつもりなんだが、なんだコレ。
ドアの周りにいる兵士を吹っ飛ばすどころか、その向こうの壁までブチ抜いてんじゃん。
「え、と……」
さっきまでの気持ち悪さが一気に失せていき、代わりにどうしようかコレ、という考えが頭の中にひしめいている。
そんな俺を現実に引き戻したのは、ドアの向こうの廊下(多分)に残っていたんだろう帝国兵たちの声で、「なんだ今のは!?」、「か、風が……風がいきなり…」、「ば、化け物だぁぁッ!」などなど。
いや、俺も確かに予想以上の威力だったけどさ、化け物呼ばわりは止めろや。
あー、だけどおかげで冷静になれたな。
俺もそうだったが、床に伏せたまま茫然としているアリサに声をかける。
「あの…アリサ? って呼んでいいのか? とりあえずここから出ないか?」
「……え、あ、ああ。 そ、そうだな。 すごいのだな、あなたは……」
俺が手を伸ばすと、それにおずおずと掴まりながら、どこか呆然と呟くアリサ。
すごいよな、やっちまった俺もビックリだよホント。
あの神様ってのは本当に神様だったんだな、確かにチート能力だわコレ。
力を込めた正拳突き一発で、触れてもいない敵数人とその後ろの壁まで諸共に吹っ飛ばすとか、なんだかバトルマンガのキャラクターみたいだ。
いっそ『ナントカ波』みたいな技の名前でも、考えておけば良かったかな。
口の中の嫌な酸味で我に帰るまで、俺は思わず立ち尽くしてしまっていた。
俺は今日、人生で初めて金髪美人と話すことが出来た、さらに色々見えてしまった、そして何より人が目の前で死ぬ現場を目の当たりにした。
初めてだらけに彩られたこの日、俺はこの世界での戦いを始める事となった。
だがこの時の俺は、まだしっかりと理解していなかった、いや、理解する事を本能で拒んでいたのかもしれない。
アリサと共に『帝国』と戦うという事は、それだけ多くの人の死を目にする事になるのだという事に。