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第4話 「神々の思惑」

                第4話 「神々の思惑」




 国勝将馬の足元に、世界を渡るワームホールを開いて数秒後。

 もはやそんな痕跡などチリ一つ分も残さずに、元の見渡す限り草原となったその場所で、将馬に殴られたりおちょくったり、そして異世界へ渡らせた『神』は「んー…」と両手を大きく上へと伸ばす。

 まさに「一仕事終えた顔」をして、『神』は見渡す限りの草原を指をパチッと鳴らす事で消失させた。

 後には何もない、漆黒の空間が残るのみ。

 そんな空間に、何の前触れもなく一人の大柄な男性が現れる。


 その男の存在自体には驚かなくとも、その男が今ここに来た、という事実に『神』は瞬時に顔を引きつらせた。

 無駄な贅肉の無い肉体に広い肩幅、分厚い胸板に精悍な顔立ち、もし将馬がその姿を見ていたならば間違いなく「神様ってのの中にもボディービルダーが?」と尋ねそうな身体付きだ。

 そんな男が、見た目は何の変哲もない金髪女性の『神』に向かって、唐突に拳骨を落とした。

 無論『神』という存在が、見た目だけでその強さが変わるというものでもない。

 実際拳骨を落とされた『神』も、見た目だけを真似るなら目の前の大男の姿を取ることだって出来る。


 だが拳骨を落とした大男は、見た目以外の力が女の姿をしている『神』を大きく上回っていたため、見た目はただの拳骨ではあったが、その威力は隕石の落下ほどの衝撃を伴っていた。

 実際将馬の拳を受けても平然としていた『神』が、ゴォンという音を立てた拳骨を食らうなり、その部分を両手で押さえて涙目になる。


「いったぁぁいッ! 何をするんですかゴンツ様ぁ……」


「貴様は神の仕事を何だと思っているッ!? 貴様が面倒臭い面倒臭いとイヤイヤ仕事をやっている内に、管理番号21053-022の惑星に『魔王』の付け入る隙を許すばかりか、その尻拭いに21053-078の住民を勝手に転移させおってからに! 何故その惑星の誰かを導いて、魔王勢力を駆逐する方法を取らぬ!? 何故わしに報告も無しに他の惑星から代行者など立てた!? 理由を言えッ!」


「………モクヒケンヲコウシシマス…」


「…まさかピュープ辺りが、変な入れ知恵をしたのではなかろうな?」


「ぎっくぅッ! そそそそそそんな事は、ああああありませんともぉぉ……」


 ゴンツ様、と呼ばれた筋骨隆々な男はそんな態度を見て深々と息を吐いた。

 この大男、の姿をしているのは目の前にいる新米の『神』であるネントと、先程名前の出たピュープの先輩に当たる『神』であり、同時に二柱の直属の上司に当たる中位の神である。

 真面目で頑固で怠惰を許さず、何かと面倒くさがりで怠けがちなネントやピュープの指導も合わせて行っており、少し自分の方の仕事に意識を集中させると、これ幸いとばかりに怠け出す二柱に頭を悩ませていた。

 この中位神、ゴンツが統括しているのは下位の神であるネントやピュープの他に四十八柱ほどいる。

 だが彼らは比較的真面目な方であり、自らの職務には忠実かつ真摯に取り組んでいる。


 なのにこの二柱だけがひたすら怠け者であり、こうしてゴンツが直接指導を行う事もしばしばである。

 なまじ面倒見がよい性格をしていたが故に、ゴンツは彼らへの指導を諦めない。

 それがまた怠け者の二柱にとっては災難とも言うべき事態ではあったが、結果としてこれまではゴンツの指導の賜物か、大きな問題には至っていなかった。

 だがついに恐れていた事態が起きた。

 この膨大なる宇宙の中で、常に『神』の勢力と争い続ける『魔王』の存在。


 『魔王』の勢力は、常に『神』の勢力圏を削り取ろうと、虎視眈々と策謀を巡らせている。

 ある惑星などは、『魔王』が放った悪魔の思惑に乗った独裁者が、世界を破滅させるような事態を引き起こし、やがてその惑星は数十年後にはほとんどの生物が死滅するような惨状となり、いくら『神』が力を尽くそうとも、もはや手の打ち様が無いほど荒廃してしまった。

 そういった星は宇宙の至る所に存在し、そういった星は『魔王』の勢力圏となっている。

 『神』や『魔王』は、その力を直接星の中に投入することは出来ない。

 あまりに強すぎるその力は、その余波だけで星自体を破壊してしまい、護る事を至上命題とする『神』も、奪って自らの領土としたい『魔王』も、そんな事をしてしまえば本末転倒となってしまう。


 なので『神』の側からは『神の祝福』を与えた『代行者』という存在を派遣するか、またはその惑星の中での『代行者』に成り得る有能な存在に力を与え、それを『神』が直接導く事で、『魔王』の尖兵となった勢力を駆逐していくのが最優先にして最重要な仕事となる。

 一方の『魔王』側からすれば、数ある惑星の中でも少し押せば揺れて、乱れて、やがては破滅の道を辿ろうとする存在を探し出し、そういう者たちの側に悪魔を派遣し、世界を乱そうと画策するのだ。

 『神』は『魔王』の勢力が惑星に入り込まぬ様に、常に目を光らせておく必要があり、仮に侵入した事を察知した場合には、即座に世界に『代行者』を作り出して導くか、別の所から派遣する事で対処する。

 『魔王』側の悪魔は、あまり急激に動き過ぎると侵入が察知されると知っているため、およそ数十年から百年の時をかけて、ゆっくりと尖兵となる存在を作り出していく。

 察知されないためと、仮に『代行者』が送り込まれてきても、それすら跳ね返せるだけの勢力を作り上げておくためだ。


 そして今、また新たな『魔王』勢力の尖兵となった存在が、一つの世界で大きな動きを見せたのだ。

 それを見た『神』は慌てて世界に『代行者』を作り出そうとしたが、基本的にその世界に『代行者』を作り出した場合、『神』は主にその世界だけにかかりきりになる。

 なぜなら、その世界に元からいた人物に『代行者』としての使命を負わせる際には、『神』が自らその存在を導き続けなければいけないからだ。

 『魔王』の尖兵となった勢力の駆逐は最優先事項であるため、そちらに意識を割くのは当然ではあるが、どうしてもその場合は他の世界が疎かになる。

 その場合は、例えばネントが直接導いている『代行者』が『魔王』の尖兵と戦っている場合、他の世界は上司であるゴンツが代わりに管理したりもする。


 だが『神』の世界では「『魔王』に付け入る隙を与えるな」というのが不文律であり、自らが管理する世界に『魔王』勢力の侵入を許し、なおかつその動きを察知出来ていなかった、というのは大変不名誉な事でもある。

 それでも『魔王』は常にどこからか誰かしらの管理する世界へと侵入をくり返してくるため、別段『魔王』勢力の侵入を許しても、罰則などは無い。

 ただそれをきっちり対処し、『魔王』勢力の駆逐さえ行なえれば問題は無いのだ。

 だが、実はネントの管理する100の惑星の内、すでに『魔王』勢力によって侵入が確認された惑星の数は10を超え、これは『神』として仕事を始めた期間に比べて、いくらなんでも多すぎた。

 本人の面倒臭がりな性格が災いし、『魔王』勢力に付け入る隙を与えまくってしまっている事が原因なのだが、『神』という存在は基本的にあまり「成長」というものが無いため、今回は今までよりも規模の大きい失態を犯してしまっていたのだ。


 さらに今回ネントが行った『別の世界から代行者を用意して送り込む』というのは、基本的には『代行者』に丸投げする方式である。

 『代行者』として『神』から送り出される際、基本的な知識や力の使い方を教わり、成すべき事を充分に理解させた上でその世界へと送り込まれ、『魔王』勢力駆逐のために戦う。

 また『代行者』というのは上司である中位神に伺いを立てて、その激務に耐え得る人材を用意してもらって送り出すのが通例である。

 だがそれは中位神に現状の報告が必須であるため、既にゴンツから散々に指導を受けているネントはそれを嫌がり、自分勝手な判断で自分の管理する他の星から適当な人材を見繕い、『代行者』として送り出す事でゴンツへの報告を誤魔化そうとしていたのだ。

 もちろんその惑星の誰かを『代行者』とし、『神』自らが導きを行うという手段もあるのだが、それももちろん上司である中位神への報告は必須である。


「まさか貴様…導きを行うのも面倒だったから、どこか別の所から『代行者』を用意してなんとかしてもらおう、などと考えていたのではあるまいな…?」


「そんな事はありません!」


 ゴンツのこめかみに怒りを示す青スジが浮かぶ。

 そんなゴンツに直立不動の姿勢でネントは返答する。

 その様を見て、ゴンツはまたも深々と溜め息を吐いた。


「貴様がそうやって真面目な返答をした時こそ、嘘をついている何よりの証だ。 今までは新米だからと甘やかしてきたが、さすがにそろそろわしの方も限界だ……貴様にはわしがみっちり『神』としての心構えを叩きこむ必要がありそうだな。 それに貴様に下手な入れ知恵をしたピュープも同罪だ」


「ゴンツ様、お願いです! 今回の事は私が面倒事をなんとか穏便に済ませるにはどうしたら良いか、をピュープ先輩に聞いたが為に起こってしまった事! つまり全ての責は、このような入れ知恵をした先輩に有ります! 先輩にはいくら厳しくしても構いませんから、何卒私には寛大な処置を!」


 思わず眉間にしわを寄せ、頭を抱えながら怒りを抑えるゴンツに、自己弁護の言葉をまくし立てるネント。

 そのあまりな言い様にもはや説教を行う気力も失せたのか、とりあえず無言でもう一発拳骨を落としたゴンツである。

 きゃん! と言葉だけは可愛らしい悲鳴を上げて、頭を押さえながらうずくまるネント。

 それを見下ろした後で、ゴンツの眼は先程まで将馬がいた空間に向けられた。

 こんな奴が管理する世界で、こんな奴にいい様に使われる事になってしまった存在に対し、彼は同情と憐憫の感情を向けた。


 今まで厳しく指導してきたつもりだが、どうやらこのネントという神に任せておくには、今回の事態は荷が重すぎる気がしてきたのである。

 神であるが故にほとんどのものを見通すゴンツの眼力が、「国勝将馬」という青年の素質と与えられた能力、さらに向かわされた世界の状況を見通していく。

 その上で彼が正規の『代行者』ではなく、それに近い能力を持たされただけの一般人であることを鑑み、ゴンツは自らの持つ「中位神」という力の一部を、将馬に分け与えた。

 ネントから与えられたのは、イメージ通りの現象を引き起こす、いわば攻撃と防御に関する能力がほとんどであり、それ以外の能力はほとんど皆無であった。

 なのでゴンツは「中位神」が持つ「創造」の力の一部、さすがに巨大な生き物や複雑な構造の物まで完全再現とはいかないが、ある程度の食物や生活物資などは、自らの精神力でもって生み出すことが出来る能力を付け加えた。


 事前にどのような状況でも対処できるように、様々な知識や能力、心構えが出来ている正規の『代行者』と違い、いわばイレギュラーな存在として向かわされた彼は、自分が飛ばされた世界についての知識が乏しく、下手をすれば10日と経たない内に野垂れ死にする可能性すらある。

 面倒臭がりな神の尻拭いのために、自らの命を盾に取られて、見ず知らずの異世界に飛ばされる。

 挙句その世界では戦争中であり、環境もハッキリ言ってしまえば劣悪だ。

 彼の生きていた時代、国、生活環境は、同じような境遇の者たちからすれば概ね刺激のある生活を送っていたとは言えるだろうが、生き死にが日常の世界であった訳ではない。

 誰も自分を知らない天涯孤独な世界で、それまでの生活環境が一変して、命懸けで『魔王』勢力の尖兵と戦わされる。


 普通に考えれば酷い話である。

 彼は全くと言っていいほど関係の無かった世界のために、自らの生命の延長を望んで、命懸けの戦いに向かうのだ。

 なまじ真面目であるがために、ゴンツは自らの指導不足でネントがこのような行為に走ったと思い、将馬に自分からも『神の祝福』を送った。

 日々の生活に欠かせない食事や睡眠、それすら満足に取れなくなってしまっては、肉体よりも先に精神が参ってしまう恐れがある。

 ましてやネントが与えた『神の祝福』は、その発動状況が精神状態が健全であるかどうかに大きな比重がかかるものでもある。


 そういった事を考慮せずに、ただ戦闘に向いた力だけを与えればそれで済むと思っている。

 この辺りがネントの至らなさであり、ゴンツが頭を抱える部分でもある。

 時に下位神であるネントらの仕事を手伝い、普段は監督し、さらには『代行者』の育成など、「中位神」の仕事は多岐に渡り、それ故に覚える事も成さねばならぬ事も下位神とは桁違いだ。

 だからこそゴンツは将馬に「創造」の力を与え、ある程度は自給自足で生き抜く術を与えた。

 せめてこのバカの犠牲となって、無残な最期を迎えるような事だけにはなってくれるな、という願いを込めて。


 しかし彼もまた、一つ忘れていた事がある。

 それはゴンツが与えた『神の祝福』の存在を、将馬が知らぬままに異世界へと渡ってしまった事である。

 結果として力は得ているものの、その様な力が存在する事も知らない将馬は、使いこなすまでにそれなりの時間を過ごしてしまう事になるのだった。

 後にゴンツは語る、「神と言えど全知全能、全てが完璧、という訳にはいかない」と。

 奇しくもそれは、彼の拳骨を食らって未だに呻いている足元の下位神を見れば、誰もが哀しいほどに納得せざるを得ない説得力を持っていたのであった。

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