第3話 「神様の頼みごと」
第3話 「神様の頼みごと」
見知らぬ草原、見慣れぬ女性。
どう見ても屋外なので「知らない天井だ」とかのボケも出来ない。
ついでにさっきまでの子供やら突っ込んでくる車やらも見当たらない。
状況が飲みこめず、思わずキョロキョロと周囲を見回している俺に、その見慣れぬ女性がニコニコ笑顔で見下ろしてくる。
「んー、今一つ自分がどうなったのか分かってない、って感じだねー? おっかしいなー、あそこの惑星のニホンって名称の島国の子って、こういう状況になると喜んで言うこと聞いてくれるって先輩から聞いてたのにー…」
相変わらず状況は飲みこめない、だけどなんだろう、俺はこの女は油断のならない存在だと確信できた。
見た目は絶対俺より年上っぽい成人女性なのに、口調がどこか幼い。
挙句今の発言に何か不穏なものが感じ取れるし、さらには本当に見渡す限りの草原に訝しんでいる俺に対して、ニコニコ笑顔を崩しもしないまま首を傾げている。
とりあえず周りには俺とこの女以外誰もいない、というか生き物がいそうな感じすらない。
だが目の前の女とは言葉は通じそう、なら俺がやれる事は一つしか無い。
「は、はじめまして? その、俺はどうなったのかとアンタが何者なのか、教えてくれないか?」
俺は多分、なにも間違った事は言っていないはずだ。
というより、こんな状況に放り出されたらまず誰もが思う事だと断言できる。
慌てふためいてパニくらなかった分、俺は自分でも冷静な行動が取れている、と胸を張って言う自信もある。
なのにこの女、心底訳が分からないよ、ってな声音で言い返してきやがった。
「ん? 分からない? 君は死にかけていたところで、それを救った私は神様。 このくらいすぐに察してよー」
すぐに察していたらこんな事は言ってねえよ。
なんという無茶振りだ、自分を神様だという発言のイタさもさることながら、その声に籠った感情に俺は若干の苛立ちを覚えた。
「なるほど、分からん。 だがとりあえずアンタが俺に、まともな説明をする気が無いって事だけは分かった。 女に手を上げたりはしないから、俺をまともな世界に戻してくれ」
いくら相手がまともじゃないからって、女の姿をしている以上は殴りたくない。
俺が尊敬する親父は「男は女に手を上げるな」と言っていたからな。
完全なる正当防衛、大事な者を護るため以外の理由で、女に手を上げるような真似をするな、と言われ続けて育ってきた以上、目の前の女にイラッとは来ても、すぐに暴力に訴えるような真似はしない。
これが男だったらその限りではないが。
「あー信じてないんだー? すっごく簡単に教えてあげたのにー」
「……さっき俺は車から子供を庇おうとした、それで俺が車にはねられそうになったのを、神様であるアンタが何かしらの方法で救った……そういう事でいいのか?」
「なーんだー、ちゃんと分かってるじゃない! あんまり頭良さそうな顔してないのに、そこまで分かってるんなら話は早いわねー。 えーとまずー…」
この女、親父の教えに感謝しろよホント。
思わず拳握っちゃったぞ、結構な力で。
しかもこっちの感情そっちのけで、いきなり空中に黒板とチョークを生み出した。
いや、正確に言えば違うのかもしれないが、どう見てもそれは俺が学校で見慣れている黒板やチョークだ。
目の前の女もチョークの端を握り、前触れもなくカッカッカと小気味良く黒板に書き込んでいく。
「んーと、細かい説明は面倒臭いから飛ばすとしてー、とにかく君は死にそうな所を助けてあげた私のお願いを聞いて、違う世界に行って戦ってきてほしいの。 簡単でしょ?」
「今の説明だけで分かりました行ってきます、っていう奴がいたらとりあえず殴るな、男限定で」
言いながらその女が黒板に書いたのは、多分地球なんだろうなって思う球体から、別の球体に矢印で移動する事を表しているような、まさに幼稚園児の描くような絵だった。
これ、黒板必要だったか?
とにかくコイツの飛ばした『細かい説明』とやらの中に、俺の現状を把握するための重大な情報が入っている、と確信した俺はとりあえずガンを飛ばしながら反論した。
「えー……君は察しが良いのか悪いのか分からないわねー。 神様からのお願いって普通は素直に聞くものじゃないの? 君がオスだから、わざわざメスの姿で出て来てあげたのにー」
オスとかメスとか言うな、いっそ男の姿で出て来てくれた方が、一発くらい拳入れることが出来た分だけマシだったわ。
とにかく腹の立つことも多いが、まずは話を聞かなきゃ始まらない。
どこからともなく黒板やらチョークやらを取り出した時点で色々おかしいとは思うが、それでもこれが夢か現実かも分からない以上、とにかく情報が欲しい。
確か「明晰夢」とか言うんだったか、自分の意識も現実同様にハッキリしている夢ってのは。
だがいくらその「明晰夢」でも、夢である以上どこかに矛盾や破綻が含まれているはずだし、夢ならそこから覚めることも出来るはずだ。
「アンタが神様だとかいう話は一旦置いておいたとして、だ! ここがどこで俺がどうなったのか、そして最初にアンタが言った『選ばれた』ってのは一体どういう意味か、全部詳しく説明しろ!」
「………メンドークサー…」
露骨に嫌そうな顔で言うなり、口を尖らせて全力でスネてますって顔をしやがった。
あーもう、本当にコイツムカつく!
女の姿してるから、殴りに殴れないのが本当にムカつく。
ん、待てよ。
「あー……分かった、ンじゃあとりあえず女の姿じゃなくて、男の姿になってくれないか? 神様とか言うんなら、背恰好とか見た目の年齢は俺と同じくらいの奴に変えることも出来るんだろ?」
試しに俺が言った無茶振り過ぎる言葉に、キョトンとした顔でそいつは応じた。
さっきこいつは「メスの姿で出てきた」とか言っていたのなら、姿形が自由に変えられるという意味にも取れる。
もしそれが本当ならば、俺の言ったこの言葉も決して無茶振りではないはずだ。
「えー、メスよりオスの方が良いの? そっちの趣味だったんだー……こんな感じ?」
最後の「じ」の言葉をそいつが発した瞬間と、俺の拳が吸い込まれるようにその顔面に突き刺さったのはほぼ同時だったと思う。
2年前のあの時、生徒指導の青木教諭を全治1ヶ月に追い込んだ拳は、俺自身の成長と合わさってさらに威力を増していただろう。
その拳が、なんだかやけに俺に似すぎている姿に変えたそいつの顔面を、寸分違わず狙い撃っていた。
殴ってから思ったけど、本当にコイツ瞬時に姿を変えやがった。
「お前が殴られる理由はたった一つ、シンプルな答えだ……お前は俺を怒らせた!」
吹っ飛んで、地面にバウンドするそいつを見ながら俺は静かに、そして怒りを込めてそう言った。
以前から一度は言ってみたかったこのセリフ、ようやくリアルで言える機会があったな。
いや、この状況がリアルかどうかは分からないが。
「攻撃的だなー、でもこれから行ってもらう世界は戦争中だから、このくらいの方が良いのかもしれないねー?」
吹っ飛んだ割には、ダメージなど全く受けていないという顔で、そいつはゆっくり体を起こす。
本気で殴ったのに、しかもあれだけ派手に吹っ飛んでいったのにダメージゼロとか。
しかも半ばダメ元で言った、姿を変えるというのもしっかり実行してるし、コイツが神様っていうのを信じざるを得ない状況を、俺は自ら作り出してしまったのかもしれない。
「で、自分と同じ姿をした人を殴るのはもういい? メンド臭いからパパッと終らせたいのー…」
さっきはまだ女性の姿をしていた分だけこの口調でも「変な奴」程度で済んだが、自分と全く同じ姿をした奴がこの口調だと、なんだか色々キッツい。
もう色々と諦めたため息を吐いて、俺は手をプラプラと振りながら疲れた声音で言い放った。
「ああ……もう分かったからとりあえず説明だけでもしてくんねぇか…アンタの言う頼みごととかも、満足に説明も無しじゃ、何をやっていいかも分からねえしさ…」
「んー……メンド臭いけどしょうがないかー。 えーとね、私はまず君たちの星で言うところの神様なの、神様っていうのも色々あるけど、私はえーと……あなたの住む地域だと『チキュウ』で良いのよね、その『チキュウ』を含めた百個の星を管理する神様でー…」
「あ、話の腰折って悪いけどさ。 俺そっくりの姿で、口調そのまんまで話し続けるの勘弁してくれ」
この自称神様、それまでと同じ口調と声で、姿だけ俺と同じだから性質が悪い。
なんだか俺が女声で間の抜けた口調のまま、延々イタい話をしている映像を見させられているみたいで、頭痛と胸やけと胃痛がワンセットで襲いかかって来るような不快感がある。
俺の懇願を聞き入れて、自称神様は最初に俺の前に現れた、金髪女性の姿に戻って話を続けた。
その顔は依然として面倒臭そうではあったが。
「それで私が管理する他の星でねー、ちょっと困ったことが起きちゃったの。 まあ具体的に言うと戦争が起きて、人は死んで国も滅んで色々グッチャグッチャになってるんだけどー」
「ストップ!」
「解除! それでねー、君には今からその星に行って」
「だから待て、ストップ、一時停止! 解除すんな! 今アンタサラッと戦争している所に俺を行かせようとしたのか!?」
この自称神様に対して、一体何度目か分からない怒りが沸き立つ。
本当にコイツ一体何を考えてるんだ。
「うん、神様である私が直接手を出す事が出来ないから、誰か代理人を立てなきゃいけなくて。 で、他の星のどっかでちょうど良さそうなのいないかなー、って探してたら都合良く君が……」
「辞退させてくれ」
「いいけど、辞退したら君死んじゃうよ?」
「はあッ!? なんだそりゃ、下手な脅しかけてるつもりなら無駄だからな?」
「んーん、だって本当なら君は死ぬ所だったんだもん。 ここに呼んだ時に最初に言ったでしょー、天国一歩手前、って」
何を当たり前の事言ってるの、みたいな顔して首を振って、やはり何でもない事の様に人の生き死にについて平然と言い放つ。
ああ、確かにコイツは普通でもまともでも一般人でもない、それこそいろんなもんを超越した神様って奴なのかもしれない。
だけどサラッと自分が本来死ぬべき人間だった、みたいな事を言われると少なからずショックだ。
「それでー、君が私の頼みごとを聞いてー、私が管理する他の星で起きた戦争を何とかしてきて欲しいのよー。 最初に私の先輩神様にお手伝い頼んだらねー『面倒だからパス』って断られちゃってー…」
「……神様っていう奴らは皆いっぺん滅びたらいいんじゃね?」
「神様目の前にして『滅びろ』とか、本当に怖いもの知らずねー。 でも君は私の頼みごとを聞く以外の選択肢ってー、残ってないと思うのよー?」
「……そりゃ一体どういう意味だ?」
コイツが神様かどうかはこの際どうでもいい。
だが人間であれば、同じ人間の全力の一撃を顔面にまともに食らったのに、攻撃を受けた痕すら残っていないというのは、いくらなんでも有り得ないはずだ。
そして瞬時に自らの姿を変えることが出来る。
早着替えとかそんなんじゃない、冗談抜きに金髪の女性の姿から、俺そっくりの姿に、学生服まで同じ様に瞬時に変わってみせた。
そんな奴が、俺に選択肢は無いと言うからには、やはり他に選択肢は残されていないのだろうか。
「最初に私は君に『選ばれた』って言ったんだけどー、実際考えてた条件に合致してるのって、ここ最近じゃあ君ぐらいだったのよねー」
「……何の話だ?」
コイツ本当に説明するのに向かないな。
面倒臭いってんならサッサと説明すればいいのに。
思わず足で地面(?)をコツコツと鳴らしてしまうくらい苛立ってくるが、それを何とか堪える。
だがそんな俺の心情などお構いなしに、金髪の自称神様は変わらない口調で語り続ける。
「アレはねー、君の生まれてから死ぬ直前までの記録をー、全て調べ上げた上で言っているのよー。 例えば君って、あの世界の中で広く普及しているいろんな戦闘技術を習得してて、同じ年頃の平均的なオスよりずっと強いわよねー?」
「ああ、特に空手や柔道はガキの頃からやってるから、同年代の平均よりは強いんじゃねえか?」
「それで寝ているベッドの下にー、裸のメスの姿が載っている本とか置いてあるわよねー? やはり強いオスになると繁殖欲も旺盛なのね」
その言葉に、俺は動揺を隠すことが出来なかった。
顔が引きつり赤くなり、心臓が跳ね上がって肩が揺れた。
し、仕方ないだろうが。
俺だっていわゆる思春期男子だ、そういうアレがアレするのは生物の本能というか原始的欲求というか、言わせんな恥ずかしい。
俺の動揺とかに全く興味を示さないまま、目の前の自称神様は言い続ける。
「んーでも子供とかはまだいないのよね。 アレ、経験すら無しー? 君強いのにまだメスとつがいになっていないなんて、もったいないわねー」
「そんな話はどうでもいいだろ! 本題に入れよ!!」
くっそ、コイツ本当に嫌だ。
オスとかメスとか繁殖とか、完全に人を動物扱いしやがって。
いやそりゃ人間だって動物の一つだが、こうまであからさまに言われると、高校生男子にとっては色々と思う所があってもしょうがないだろ。
というか、どどどどどDTちゃうわ、とか言っちゃうところだった。
「え? オスが強くなるのってーたくさんのメスを囲って、自分の子孫を増やす為でしょー? そういう意味では今の君の発言はー、自然の摂理に反した言葉なのよ? 種族にもよるけど、そもそもがー」
「本題入れって言ってんだろ! もう一発殴るぞ!」
「別に殴られた所で痛くは無いけど、そうねー……とにかくソコソコ強い君はそれと同時に、えーと……マンガ、とか言うのが好きなんでしょー? それでそういうのが好きなオスって『常に違う世界での冒険やら戦いやらハーレムやら俺TUEEEEを求めてる』って、私の先輩神様から聞いてねー。 だから神様である私が『君は選ばれた』って言えばー、『やったー、今から異世界行って冒険して戦ってハーレム作って俺TUEEEEが出来るぜ』って喜ぶんだと思ったのにー。 喜んでくんないし…」
いや、そこでスネたように口を尖らせるな。
お前の勝手な思い込みや、一部知識に合わないからってスネられても責任なんか取らねえよ。
あとその先輩神様っての後でちょっと呼んで来い、男の姿してたら一発カマそう。
「でも君はメスの裸に興味はあるのに子作り経験も無いでしょー、だったら異世界でその強さを発揮してハーレムチャンスでも与えちゃえば、きっと喜んでくれると思ってー」
なんだこの神様、色々とたまげたなぁ。
あー、コイツ見た目が女だから殴り辛いけど、本気でそろそろ限界だな。
親父ゴメン、本当にそろそろ俺は親父の言い付けを破りそうだわ。
とにかく一旦落ち着こう、深呼吸して一旦落ち着いて話を整理しよう。
「つまりアレか、その戦争中の異世界とやらに連れて行くちょうどいい人材が俺だったので、お前はそこでの戦争をなんとかして欲しくて俺をここに無理やり連れて来た、と。 俺の意思を無視して!」
「もうちょっと詳しく話すとー、君あのままだったら死んでたのよ。 だけど私の管理者権限を使って『チキュウ』の時間の流れを一時的に凍結したの。 だから君はまだ死んでなーい、もし君が私のお願いを聞いてくれないんならあの場に戻して、君はぶつかった衝撃でー48時間以内に死亡。 残された母親は一人寂しく……」
「き、きったねえぞ! 親父が死んで、俺まで死んだらお袋一人で生きていかなきゃならねえじゃねえか! 人の人生を人質にするとか、それが神様のやる事かよ!」
「勘違いしてるようだから教えてあげるけどねー、基本的に神様って自分の管理している所にあんまり干渉しちゃいけないのー。 だけど今回は例外でー、あなたは条件的に合致してそうだから特別に死なないで済みそうなチャンスをあげたのよー? 私のお願いを聞いて、違う星の戦争の根源を退治してくれたらー、その時には絶対無事に『チキュウ』に帰して、事故にもならないようにしてあげるー」
本当的に、そして直感的にコイツの言う事は鵜呑みにしたくない。
だけど多分、コイツは神様で俺がチャンスをもらった、というのは間違いないと信じるしかなさそうだった。
だけど、だけどとんでもない大問題が一つある。
「なあ、仮にだぞ……仮に俺がそれを引き受けて、その『異世界』とやらに行ったとするよな?」
「えー、なんで仮なのー? 今ので説明終わったでしょー?」
「大事な話が終わってねえよ、俺を行かせようとした世界ってのは戦争中って言ったよな?」
「うん言ったー。 君強いから大丈夫でしょ?」
「大丈夫な訳あるか! 俺が多少強いって言ってもそれはステゴロでの話だ! 戦争なんてやってる所行ったら1分持たずに死んじまうだろうが! 俺はセガ○ルじゃねえんだよ!」
そう、コイツは俺を行かせようとしている異世界、って所が戦争中だと言っていた。
戦争、現代日本に生きている俺からすれば遠い世界のように聞こえるが、それでもたまに見るテレビのニュースとかからは『紛争』という言葉が聞こえ、どう見ても人を殺したり物を壊したりするための兵器が次から次へと映し出され、実際に使われている。
現代日本の学生に「君には今から戦争に行ってもらいまーす」とか言おうものなら、まず間違いなく大問題だ、たとえ冗談でも言っていいものじゃない。
いくらコイツの頼みごとを聞いて異世界に行っても、その異世界は戦争中となれば、もはやそれは現代日本で車にはねられる事故死か、異世界での戦争に巻き込まれての死亡かという違いでしかない。
実質選択肢なんかねえんじゃねえか、と思ったら待てよ? そういえば選択肢って。
「なあオイ、さっき俺に実質選択肢は無いって言ったよな?」
「神様をオイとか……言ったよー、やる気になった?」
「地球の日本で事故死して、お袋に死に目を見取ってもらうか、見知らぬ異世界で誰とも知れずに戦争に巻き込まれて死ぬかの違いで、選択肢もクソもねえよな? それともナニか、ちょっと素手での格闘が強い程度で生き残れるほど、その異世界の戦争ってのは楽勝な話なのかよ?」
「うん、君には神の祝福を与えてあげるからー、ちょっとやそっとじゃ死なないようにはしてあげるよー! すごいでしょー、えーと…あ、そうそうチートだチート、好きでしょチート!?」
マジか。
死にそうになりました、神様に選ばれました、チート能力持って異世界に行って戦争を止めましょう。
いや、これはやっぱり夢なのかと思いたくなるけど、ほっぺつねったら普通に痛い。
『チート高校生が異世界の戦争を止めに来ました』とか、どこのラノベだよ。
だけど生き残れる可能性があるんなら、やっぱりそっちに賭けるしかねえのか。
「なるほどな、だから俺には選択肢が無い、と。 大人しく地球で事故死してるか、お前の頼みを聞いて異世界でドンパチ止めさせるワンチャンに賭けるか、こりゃ確かに選択肢がねぇな…」
「やっと分かってくれたー? もー、面倒臭いの嫌いなのに時間かかりすぎー!」
「誰のせいだよ……ンで、俺がもらえるそのチート能力ってのは?」
「神の祝福、って言わないとあげなーい!」
そう言ってプイ、と顔を横に向ける自称神。
親父、もう無理だ。
俺は今生まれて初めて、見た目完全に女の姿をしている奴を殴る。
その決心を拳に込めて、全力を込めた拳を振りかざす。
そして繰り出された俺の拳は、瞬時に姿をかき消した神のいた空間を空振りし、どこまでも見渡す限りの草原に突風じみた風圧を生み出した。
「うおぉッ!?」
自分の拳の軌跡そのままに、直線上にあった草をなぎ倒していく風圧で、思わず驚きの声が漏れる。
わずかに見える薄緑色の風の塊が、全力疾走するくらいのスピードですっ飛んで行く。
その光景に驚きの声以外の何も言えなくなっている俺の後ろに、先程までは目の前にいた自称神が、再び姿を現す。
「すごいでしょー、これが神の祝福を得たことで出来る事だよー。 神の代行者として異世界に行ってもらった時にはー、この力を使って自分の身を守って戦ってもらうねー。 なにか質問はー?」
「………これ以外に、何か出来る事ってあるのか?」
「色々かなー…とにかく強く思った事を力に変える、っていうのが分かりやすくて使いやすいんで重宝されるぞ、っていうのが先輩のアドバイスだったからー。 自分を守ろうと思えば皮膚を固くして、誰かを守りたいと思えば盾が出る、みたいなー?」
「なんだよその曖昧な表現は…? じゃあ剣で戦いたいとか思えば、目の前に剣が出るとか?」
「そのイメージは出来てるー?」
「イメージ? とか言われてもそもそも俺は剣で戦う、って真似をした事が無いんだが…剣道はやってなかったからな」
「じゃあ無理じゃないかなー? 思った事を力に変えるってー、つまり明確なイメージが必要だからー…さっきの風の塊って、多分私を吹っ飛ばそうとか思って出した力だと思うんだよねー」
なぜだろう、お前が殴りたくなるような言動をするからだろうが、とは思っているのにこっちに罪悪感が湧くのは。
だが確かにイメージしたものを力として再現できる、というのは良いかもしれない。
つまり相手の攻撃から身を守ろうと思ったら、こっちも防御の構えを取りながら「守れ!」と強く考えていると、相手の攻撃から身を守れるようになる。
相手を殴ろうとする強い気持ちを持ったまま相手に攻撃を仕掛ければ、その力がそのまま攻撃力を増加させる、という事なら確かに分かりやすい。
だがこんな力を際限なく使えるものなんだろうか、両手を握ったり開いたり、いろんなものをイメージしながらさらに尋ねる。
「この力の発動条件として、より強く明確なイメージがあればその精度は上がって、威力も増すとか?」
「うんうん」
「攻撃範囲や防御範囲、それらは俺の思った通りに、それこそ離れた所にも発動可能か?」
「なかなか飲み込みが早いねー、本当に先輩の言った通りだー…」
「回数制限や発動不可能になるタイミングとかはあるのか? 例えば力が使えるのは1日10回まで、それを超えると3日は使えなくなる、とか…」
「君って見た目によらずヘンなトコ慎重だねー…そろそろ行ってもらいたいんだけどー…」
うるさいな、俺は新しい物が手に入る度に、説明書とかをしっかり読み込むタイプなんだよ!
とりあえずイメージ一つで、ある程度の攻めも守りも出来る、というのは有難いと同時に恐くもある。
利点はいきなりこのまま何の道具も無くても、すぐに死ぬような事にはなりそうにない事。
ただ欠点はイメージを作ることが出来ない、例えば寝ている時やパニクった時、他にもどうしても頭に血が上って冷静さを欠いてしまった時や、遠くからの狙撃に対する防御など。
いわば常に全身ガチガチに防御しているイメージをしていなければ、安全じゃないかもしれないという事だ。
なんとも気が休まらない。
いっそ頭とかだけでも、しっかり守りを固めるべきかもな。
俺が色々考えていると、明らかに面倒そうな顔でずっと口を尖らせている自称神。
そんな顔しても、最低限の理解が出来るまでは絶対行かねえぞ、なにせこっちは命が懸かってる。
「んで、どうなんだよ? 回数制限や発動不可能条件とかはあるのか? その辺りも詳しく聞かないと、異世界行った途端に俺が死んで、お前もさらに面倒臭い事になるんじゃないのか?」
「んー、回数制限は特になしー、強いて言えば精神力が段々擦り減っていくから、使い過ぎると最終的には気絶、場合によっちゃ最悪脳死とか植物人間まで行くねー。 その辺りは君の精神がどれだけ保つかに因るところが大きいから、とにかく頑張れとしか言い様が無いかなー…もういい? ねえ、もういい?」
とんでもない爆弾付きの能力だった、なにが『神の祝福』だ。
掘ったら出て来た物が宝物かと思って、掘り出すためにさらに深く掘ってみたら実は不発弾でした、みたいなオチ付けやがって。
どのくらいの頻度、強度、回数で行えばいいのかが全く分からない中、完全にぶっつけ本番で行くとなるとかなり不安だ。
出来れば反復練習とかして、自分の限界とかも見定めておきたいのだが。
「もういいよねー? 話す事ももうないはずだしー、面倒臭いしー、もう行ってくれないかなー?」
コイツはコイツでこんな調子だし、えーと他に知っておくべき事とかって……
「ああ、そうだ。 俺を行かせようとしてる場所って一体どういう所なんだ? ただ『戦争中』って言ってもどういう状態かも分からないし。 核兵器みたいのがバンバン飛び交う所とか、そもそも大気の状態が地球と全く違う所とか、他にも言葉が全く通じない所とかだと、目的達成が最初から不可能だと思うんだが…?」
俺の言葉に、面倒臭そうにしながらも話す必要はあると思ったのか、神(多分)は淡々と答える。
「んー、大気の状態はどこの惑星も面倒臭いから大体同じにしてあるしー、言葉は…一々覚えさせるの面倒臭いから、君の脳と声帯に他者とダイレクトに伝わるようにしておいてあげるー。 文字も脳の認識分野をちょっと弄って理解出来るようにしておいたから……だから相手の敵意もー殺意もー嫌味もー皮肉もー、ぜーんぶ分かるから意思の疎通は問題無しねー」
指折り数えながら、確認するように言っては来るものの、本当に大丈夫かという不安ばかりが募る。
脳をいじくる、とか聞くと凄く不安になるから止めろマジで。
こいつに頭の中を色々されているのを想像して、思わず鳥肌が立った。
「それとえーと…『カクヘイキ』ってアレでしょ、君の所の人間が作っちゃったデッカイ自爆装置ー。 ダイナマイトとか電気とかまでは『おー、やってるやってる』とか思いながら見てたけどー、数十年単位で目を放した隙に、なんかバカみたいに作ってるからやらかしたなーって思ってたのー。 で、君を今から送ろうとしてるのはー……えーと『チキュウ』で言うところの中世ヨーロッパとかのファンタジー? みたいなトコー。 ちょっと違う所もあるけど、大体文化レベルとかはそんな感じと思っててねー」
中世ヨーロッパ、とか言われてもなぁ。
俺は実は世界史よりも日本史派なんだよ、というか苦手科目が世界史なんだよな。
えーと中世ヨーロッパって言うと、魔女狩り、黒死病、ドラキュラ、十字軍、ジャンヌ・ダルクにフランス革命……アレ、お菓子大好きな王妃がギロチンにかけられたのって何年だっけ?
こういうレベルだ、世界史の教師が聞いたら青スジ立てるだろうな。
というかそれ以上に聞き流せない言葉を言いやがったな、コイツ。
「正直、地球生まれの日本育ちである俺には、核兵器を『デッカイ自爆装置』とか言われると、色々と思う所があるんで、その表現は止めてくれねえか…」
「ん、分かった」
俺が思わず神妙に言った言葉に、さすがにこれは茶化すべきではないと察してくれたのか神(多分)も真面目な顔で言葉も伸ばさず頷いた。
「とにかく君の心配してることは大体大丈夫だよー。 そもそも行った途端にすぐ死んじゃうような所じゃー、君みたいな人を何人送っても一緒じゃなーい? 分かったらサッサと行ってくれないー? 君の我が儘に付き合ったせいでー、この後の仕事が押してるのよー」
本当に神様がこういう性格してる奴ばっかりなら、全世界の宗教家は自決するかもしれんな。
とりあえず神様(多分)とやらに実際に会って話して、俺は生涯無神論者を貫き通そうと心に決めた。
いや、生涯もクソも今から異世界行って、ワンチャン成し遂げて地球に帰らなきゃ、事故死するしか無くなるらしいんだけどさ。
にしても、その異世界行っても「神頼み」だけは期待できない事は実感できた。
極力、運に頼る真似だけはやめておこう。
「分かった、ンじゃあその異世界って所に行ってみるさ。 とりあえずの目的地とかしておかなきゃいけない事とかってあるのか?」
「え、君ってもしかしてー攻略本読みながらじゃないと進められないタイプー? そんなの全部ぶっつけ本番に決まってるじゃなーい?」
本当にコイツは人を怒らせる天才だよな、神様(信じたくないが)のくせに。
俺は諦めの境地に至るためと、精神安定の二つの意味を込めて、深く深くため息を吐く。
「もういい分かった。 ンじゃあとっとと送ってくれ! なるべく穏便にな」
「最後の最後まで注文付けるんだからー、我が儘放題な人ってこれだから困っちゃうー……ああそうだ、これだけは教えてあげる。 戦争の元凶は帝国にあって、王国がそれで潰されちゃったんで、まずは王国を助ける事から始めてあげてねー、そんで帝国に潜む悪魔を倒したらミッションコンプリートだから、よろしくー!」
「はぁ!? オイ今なんかサラッとすごい事言ったろ! 悪魔ってなんだ、その辺りの説明を――」
やっぱもう一発くらいは殴っておくべきかな。
殴ってもダメージは無いんだろうとは思っても、それでもこの腹に溜まった溜飲とかは少しくらい下がってくれる気はする。
俺がそんな事を考えはじめていると、急に足元が妙な浮遊感に包まれる。
思わず俺が足元に目をやると、俺の足元には巨大な穴が開いていた。
何も出来ないままに俺はその穴へと落ちていき、すかさず上を見上げるとそこにはもはや何もない漆黒の空間だ。
くっそあの野郎、最後の最後でとんでもない事を言ってたな。
悪魔ってなんだよ悪魔って!
戦争の元凶は帝国に潜む悪魔、という事なんだろうがそれにしたってちょっと喧嘩が出来る程度の一高校生に、悪魔と戦えと来た。
これどんな無理ゲーだ、神の祝福とやらがどれだけすごくても、本当にそれだけでやっていけるのか?
戦争の元凶なんだろうから、悪魔ってのは余程手強いか厄介な奴なんだろうに、その程度のヒントで何とかしろってのか。
神も悪魔もまとめて滅んじまえばいいのに、とか呟いても許されるよな、コレ。
人をイラつかせる神様とか、戦争の元凶になる悪魔とか、どっちもロクなもんじゃない。
無事に悪魔を倒して、ミッションコンプリートという状態になったら、せめて地球に帰る前にアイツをもう一発だけ殴ろう、ああそれと変な入れ知恵をしたらしい、先輩の神とかも一緒に。
足元からは相変わらず妙な浮遊感。
下へと落ちている感覚はあるのに、周りは真っ暗闇で本能的な恐怖がある。
もう神とか悪魔とかに対する怒りでも向けていないと、恐怖に押し潰されそうになる。
それでも足の先の向こう側、恐らくはそこに向かって落ちているのだろう、と思う場所が光り輝いているのを見て、どうやら異世界とやらにもうすぐ着くらしい、と本能で感じ取る。
やがて光の中を通過すると、足元に固い感触が蘇り、キチンと重力も感じられて無事に着地する。
俺の周りの光が失せて、広がる光景は石造りの建物の屋内、そして統一感のある鎧に身を包んだ男たちと、その男たちによって押し倒されている女性の姿。
女性は拘束されていながらにして服装は乱れ、明らかに抵抗していたのだろうが男たちの腕力と数の暴力によって、今まさにその毒牙にかかろうとしていた。
「あのヤロォ……飛ばす先がいきなりこの状況って、ナニ考えてやがんだ?」
次に会う事があったら絶対一発、いや二発は殴ってやろうと心に決めて、俺はとりあえず女性を助けるための一歩を踏み出した。