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僕と亀の話。

勤勉で真面目な僕と、愚図で不真面目な亀の話 2つ目

作者: 冴野一期

 『わたしの、お父さん(学校のはっぴょう会よう)』

 

 わたしのお父さんは、えらいです。マジメです。しっかりした人です。

 しゅみは、りょうりです。

 おとうさんの、作ったごはんは、お母さんのごはんより、おいしいです。

 お父さんは、りょうりのどうぐを、げんせんして、家の台どころに、あつめています。

 なべとか、ふらいぱんとか、ほうちょうとか、ぜんぶ、こだわりのいっぴんです。

 かなり、お金がかかっています。

 お母さんから、月々のおこづかいをもらって、そのはんいないで、そろえてます。

 お父さんがりょうりをする時は、わたしも、お母さんも、となりには立ちません。なぜかと言うと、火かげんだとか、にこむ時間だとかを、お父さんは、一どとか、一びょうたんいで、きっちりきめているからです。じゃまをしてしまうと、ちょっとふきげんになります。

 でも、わたしは、そんなお父さんが好きです。

 ときどき口うるさくて、おこるとすごいこわいけど、スーツをきた時とか、ぴしっとしてて、とてもかっこういいからです。

 うちにいる、かめきちとは、ぜんぜんちがいます。(ここはナシ)


 ※


 私の母は、昔はお金で苦労したそうだ。そのせいか、生活必需品を除く出費に対し、昔からひどく敏感なところがあった。

 たとえば、私が小学生の時に『香りつき消しゴム』というものが流行った。私も使い切る前に、自分のおこづかいを出して、新しい物を買いそろえていたのだけど、母はそれに気づくなり「どうしてこんな無駄づかいをしたの!?」と叱った。

 要するに、幼少時のトラウマから悲観的なヒステリーを起こすことがあったのだ。しかしその性格は、仕事面においてはむしろ有用であり、働く者の立場においてはプラスに転じた。そして母自身も、自分の考えは間違っていないのだと頑なに信じきっていた。

 当時は母の内面に理解が及ばず、自分が悪いことをしたのだと思って泣いていた。反して父は、彼女の性格をしっかりと把握していた。

『――お母さんを嫌いになってはいけないよ。彼女もまた、人間なのだから』

 生真面目な父は、私をなぐさめる一方で、母への理解を促した。自身も彼女の側に立つ事を厭わなかった。

 毎年の誕生日プレゼント、クリスマスのサンタクロースは、決まって服やスカートなどの洋服を贈ってきた。新しくて可愛い服を着られるのは――嬉しかった。


 そういうわけで、私が『ポテトチップス』や『ポッキー』と呼ばれる代表的なスナック菓子、全国のスーパーやコンビニで販売されている物を実際に口にしたのは、小学生にあがってからだ。

「ねぇ、これって食べ物なの?」

 今でも覚えている。その家の子は「えっ、食べたことないの?」と聞き返してきた。その時は、自分がとても世間知らずな家の子であると思った。母のヒステリー教育の賜物であったのも間違いない。とっさに身体が恥辱で熱くなったけれど、おそるおそる、スナック菓子を口にした事で吹き飛んた。

「お、おいしいっ!」

「でしょー」

 私が言うと、その子も、嬉しそうに頷いた。

 ポテトチップスをぱりぱり。ポッキーをぽりぽり、味の濃いオレンジジュースで流し込む。どれもこれも、今までにない味わいに感激した。

 理由は父の作る料理にあった。私の父は料理がとても上手で、食材の鮮度から、栄養や健康面においても、徹底的にこだわり、スープやペーストも自分で作った。結果として、それはとても上品な味に仕上がったわけであるが、父の作る料理は率直に言って、大人向けであり、小学生の私にとっては全体的に薄味であったのだ。

(お父さんの作ってくれるお菓子よりも、おいしいっ!)

 特に『ハッピーターン』の白い粉は、麻薬的な魅力に満ちていた。指についたのを、ぺろぺろ舐めているところを友達に見られ、今度こそ恥ずかしい思いをした。

 それはともかく。私はスナック菓子と出会って以来、その味の虜になってしまったわけだ。けれど「お父さんの作るお菓子よりも美味しい!」と実際に言えるはずはなかったし、母に見つかれば、うるさい小言を聞かされる羽目になる。それで一月の決まったおこづかいの中から、一袋だけスナック菓子を買って、家の中に隠し、大事にちょっとずつ食べていたのだ。

 私にとって、百円ちょっとのスナック菓子は、特別だ。値段以上に価値のある物だった。


 中学にあがって、最初の夏休み。午前の間にバレー部の練習を終えて、正午が来る前には家に帰ってきた。

「やぁ、おかえり。娘っ子」

「……かめきち?」

「こんな暑いのに、ご苦労様だよね」

 玄関先におっさんがいた。ノースリーブの上着と、どう見てもトランクス、パンツ一丁の姿で立つ人は、確かに外見は父だった。

 数日間の休みを取り、今日は家にいることも知っていたけれど。

「はー、部活かぁ。なつかしい響きだよなー。青春、努力、友情、勝利。ははっ。ほんっと、マジでめんどうくさい事ばっかやらされてたよなぁ。バカみたいだ」

「かめきちぃっ!」

「ん? なに?」

「なにやってるの!?」

「なにって。自転車が止まる音がしたから、帰って来たのかなーと思って、出迎え」

「玄関先に立つなら服着てよっ!」

「だって暑いじゃん」

〝だって〟〝じゃん〟。

「子供かッ!」

 普段の父なら、絶対に使わない言葉づかいを、かめきちは平然と使う。私は急いで扉をしめて、キッと睨みつけた。

「なんで入れ替わってるの?」

「まぁ、たまにはそういう気分にもなるんじゃないかなぁ」

 えっへっへ。と笑う。ウザい。

 しかもだ。かめきちは、その手に『とんがりコーン』を持っていた!

「それっ、私が取っといたおやつ!」

「あ、そうなの? なーんかさぁ、戸棚の奥の方に隠してあったから。非常食かと」

「非常食だと思うなら食べないでよッ!」

「食える時に食わないと。ってか次からはさぁ、ちゃんと袋に名前書いといてよ。僕ってさ、他人が隠したがる物だけは見つけるのうまいんだよな」

 コイツ。死ねばいいのに。マジで。

 私が睨みつけても意に返さず、かめきちは、銀色の包みの中に手を入れて、がさごそ漁った。反対の指に、ずぽっ、ずぽっと三角のコーンを差し込んで、まとめて口の中へ運ぶ。

「ちょ、やめてよ! わっ、食べカス落ちてるしっ!」

「あとで拾っとくよ。それよかさ、外暑かったでしょ? シャワー浴びてきたら?」

「せ、セクハラ!」

「あははっ」

「なんで笑うの!?」

「いやいや、年頃なんだなとか思ってさぁ」

「な、なによ。だいたいその笑い方もウザいのよッ!」

「ははは。嫌われちゃったなー」

 へらへら笑う。ゆったりと足を前に出す。

 普段は背筋を伸ばし、きびきびとした歩みをみせる人は、今は猫のように背を曲げていた。音をたててお菓子を食べながら、のろのろとリビングに向かう。

「はぁ。マジ最悪……」

 私はおもいきり眉をしかめて靴を脱ぎ、一回り小さな背中を追いかけた。廊下を曲がったところで、ひんやり涼しい風を感じる。

「かめきち、これ冷房ついてんじゃないのっ」

「ついてるよー、だって暑いじゃん」

「扇風機があるじゃないっ」

「はぁ? そんなんじゃ足りないよ。今日って三十七度もあるんだよ」

「後でお母さんが文句言うんだってば! 電気代が先月よりも千円高くなったとか! あの人、そういう細かいとこ、ほんっと、うるさいんだからねっ」

「平気平気」

「なにが平気なのよ」

「いや、だって、僕にはぜんぜん関係ないじゃん?」

「……ッ!」

 最低のクズがいた。

 マジメな話、同じ部屋で空気を吸うのもイヤだ。できるものなら、今すぐ死んでほしい。

「で、今日はなんで入れ替わってるワケ?」

「人間たまには休息が必要なんだよ」

「ふざけんな、ニートのくせに」

 スポーツバッグを床に叩きつけてから、視線をそらす。

「……あと、なによこれは」

「さっき買ってきたんだよ。コンビニで」

 キッチンカウンターの上に、普段は見ないコンビニの袋が置いてあった。中にはギッシリ、お菓子とかジュースとかが入ってるみたいだ。隣には、黒の革財布が無造作に置かれている。

「お父さんが稼いだお金、勝手に使ったの?」

「一日だけだから大目に見てよ」

「死ね、クズ」

 心から軽蔑の言葉を送ってやる。

「シャワー浴びるわ。のぞいたら殺すから」

「興味ないよ。あーあ、喉かわいた。コーヒー飲も」

 かめきちは冷蔵庫を開け、買ってきたらしい缶コーヒーを取り出した。プルタブを開いて一気にあおる。普段の父なら自前のミルで豆をひき、手間と時間をかけるところだ。


 シャワーを浴びて居間に戻るとテレビがついていた。

「いやぁ、最近のドラちゃんってすげぇなぁ。劇場版のクオリティヤバくない?」

「知らねーわよ……」

 流れているのはアニメだ。かわいい青狸こと、未来からやってきた狸型ロボットと、主に小学生の男女が繰り広げる映画が映っている。

 テーブルの上には、散らかったお菓子の袋と、TATUYAの袋も置かれていた。

「ねぇ、かめきち」

「なに?」

「その歳になって、大長編のドラ衛門だけ、単品で借りてきたって、どうなの?」

「どうって、なにが?」

「恥ずかしくなかったの?」

「恥ずかしくない。娘っ子だって、その歳で戦隊物アニメを見続けてるじゃないか。母親に隠れて遠隔操作で録画して。っていうか、DVDとブルーレイも内緒で隠し持ってるだろ。君のオヤジに言いつけてやろうか?」

 なんで知ってんのよ。この変態。死ね。

「っていうか、ドラ衛門みたいな子供だましアニメと、大人も楽しめる特撮を一緒にしないでよねっ! ナナレンジャーはねぇ、主に大人からの評価がすごく高いんだからねっ!」

「なーに言ってんだ。特撮なんて結局は、自称正義の味方が怪人ブン殴って、ロボ召還して爆発して万歳三唱して終わりだろ。君はドラ衛門の背景に潜む、壮大なテーマを知らなさすぎる」

「……はぁ? ストーリーとか設定とか伏線の張り巡らせ方なら、ナナレンジャーの方が圧倒的なんですけどぉ、ぜ~んぜん、勝負にならないんですけどぉ?」

「言ってろよ」

「あーあー、言い返せないんだぁ~。消費型のアニメオタクって、マジ打たれ弱くてウケるー」

「特撮マニアって、無駄に攻撃的な人種が多くて嫌になるよな」

「はんっ、アニオタだって排他的じゃん。いっつも円盤の売り上げで優劣つけたがるし」

「特撮だって、グッズの売り上げで似た様なことやってんだろ」

 ぐぎぎぎぎ。とお互いに睨み合う。

 私の隣、居間のソファーに腰かけたクソオタは、私に言われたせいか、一応下も緩いジャージを履いていた。手元には『チョコパイ』の散らばった袋がある。

「ふんっ!」

 怒りに任せて、パッケージを破る。チョコパイ、いと美味し。

「かめきち、まさかとは思うけどさぁ、その格好で、TATUYAに出かけたんじゃないでしょうね」

「ん、まさにこの格好だったがなにか? 君、口元に欠片ついてるよ」

 指先で拾われて、あろうことか、自分で食べやがった。死ね。

「お……お父さんのイメージ崩すのやめてよね、バカきちっ!」

「この身体は元々僕のだぞ。それに、あいつは普段からコンビニなんて立ち寄らないし、移動にも車を使うだろ。特に問題なんてないさ」

「大アリよ。ご近所で変な噂がたったりしたら、またお母さんが騒ぐんだから」

「反抗期だなぁ。まぁ、そこは僕も否定しない」

「わかってるなら気をつけてよ」

「悪かったよ。ごめん」

「ふん。どうだか」

 私は目をそらした。


 パリッとした甘い食感。ハートの形をした『源氏パイ』を食べる。

 普段は見ないアニメはクライマックスに向かっていた。「ペタゾンビィ! 全身全霊の一撃をくらえぇいッ!」「ぐおぉ!? おのれドラ衛門! なぜ二十三世紀から来た私が、江戸時代に作られた短足カラクリ生命体に屈さねばならぬ!」「汝にはわからぬであろう。我らが紡ぎし、愛と友情と絆の力、今ここに示さんっ!」「がはあっ! おのれ、おのれえええぇ……っ!」

 ――どっかああああああん。悪は爆発四散した。「やったか!?」「ククク。まだ我は――」

「あ、今のところ巻き戻して」

「なんでだよ」

「いいから、おねがい」

 ――どっかああああああん。悪は爆発四散した。完。

「うん。爆発シーンだけは悪くないわね。でも煙の演出とか嘘くさいし。実写には劣るわ」

「そこが気になるのかよ……」

「当然よ。かめきちはどこが良かったの」

「そうだなぁ、キャラクターが可愛いかどうか、とか?」

「……ロリコンなの?」

「なに言ってんだ。ドラ衛門可愛いだろ。あ、もしかして君、そんなに自信があるのか?」

「は? 言ってる意味わかんないんですけど。っていうか、私を子ども扱いしないでよ」

「子供だろ」

「かめきちよりは大人よっ!」

 ぐっと顔を寄せて言うと、

「はいはい。わかったわかった。中学生らしくて良いと思うよ。今の発言は」

 おまえなんて全然興味ありませんよ。そんな風に笑われる。――だいっきらい。

「そういえばさ。娘っ子、お昼食べた?」

「まだ」

「じゃ、今から食べようか」

「こんだけお菓子食べ散らかしといて……なに作るの?」

「ラーメン。僕が作れるのそれだけだから」

 かめきちは言った。大きなコンビニ袋を探って中からインスタントラーメンを取りだした。父なら言うだろう。「それを料理と呼ぶなどと、この私を侮辱しているのかね」と。


 父と同じ姿をしたヒト。中身はベツモノ。毎日適当で、やりたいように生きている。

「よっと」

 いや、そもそも考えていないのだ。

 乾いたインスタントラーメンが、高価な圧力鍋に放りこまれる。ピカピカに磨かれた光沢が、水をぐつぐつ煮立てながら怒っている。「オレはそんな安物のために在るわけじゃない」。

「ちょっと、まだお湯も沸騰してないのに。伸びちゃう」

「大差ないって。食える食える」

 放りこまれたインスタントラーメンは、三つ。

「これ、全部食べる気? 一袋で一人前なんでしょ」

「いけるよ。腹だけは余計に減るもんだから」

「あっそ……」

 かめきちは、菜箸で麺をカツカツ叩く。私は冷蔵庫から、ネギやメンマ、もやしなんかを出して彼の隣に立った。まな板と包丁をざっと洗う。

 材料を並べて順番に包丁で切りわける。余ったぶんは百均のタッパーに入れて、また別の日に使えるよう小分けする。

「計画的だね。えらいえらい」

「なにが?」

「ほら。ちゃんと余った材料を使い回そうとしてるだろ。あいつって、昔はそういうとこが足りない感じで、嫁さんとしょっちゅう、ケンカしてたから」

「お母さんも似た感じじゃない? 貯蔵するのすごく嫌うじゃん。お金以外」

「そうそう。似た者同士だよな。だから、よく衝突してたんだ」

 ……どういう事だろう。わかんない。

「ねぇ、性格が合ってるトコは、ケンカになる原因にならなくない?」

「そうでもないんだよ。根が真面目な人間ってのは、大抵、同じ様なところに惹かれて、同じ様な事で、ケンカになるのさ」

「なんでよ」

「一人の時は、自分の長所だった部分が、誰かと一緒になると短所に変わるからさ」

 鍋の中に目を向けながら、からまった麺をほぐしていく。

「これまでは正しかったものが、悪いものに変わる。すると当然、ライフスタイルを変えなくちゃいけない。だけど真面目な人間は、その変化が凄いストレスになるんだ。プライベートと、仕事の切り分けができるぶん、仕事は柔軟性をもって対処できるけど、プライベートでの変化に対応できない。したがらない。だから家でちょっとした問題が起きると、ひどくこじれる」

「へ、へぇ……」

 なんか、すごい。と思ってしまった。

「普通はさ。じゃあそこで〝適当に合わせていきましょうか〟ってなるんだけど。ならないんだよなぁ。お互いがお互いに対等だと思ってるから、変に意地はって、現状維持貫こうとして、また同じ失敗して家庭崩壊だよ」

「あはは。ヤバいじゃん、どうすんのそれ」

 ヤバいもなにも、ウチの両親の話なんだけど。なんか、聞いてる内に笑えてきてしまった。かめきちの方も、なにか昔のことでも思いだしたのか、ニヤついている。

「ま、それはそれ。内緒だ」

「えー、ズルいっ! 教えてよぅ! 絶対かめきちが、なんか色々やってたんでしょ!」

「さぁねぇ」

 肩を揺らして、くつくつ笑う。

「でも、途中から二人は変わったよ。もちろん、全部が全部ってわけじゃないけどさ」

 時々見せる、大人の笑い方。それが、

「……どうして?」

「君が生まれたから、かな」

 本当に、ズルいと思う。


 普段は食べないものを、作って食べた。大ざっぱで、適当で、味は濃い目。

「あっ、娘っ子、そっちの方が麺多くない?」

「多くない。っていうか、スープ、そっちの方が多く見えるし」

「そりゃ、麺が少ないからだよ。僕に分けてよ」

「うるさいなー、お願いします。分けてください、って言ったら、一口だけ分けてあげる」

「お願いします。一口ください」

「プライドないの?」

「食べられないものに興味なし」

「もー、ほんと、しょうがないんだから。かめきちはー」

 本当に、この人はダメ人間だ。お箸で救った麺をレンゲの中に浮かべて、

「ほ、ほら。口あけて。その……あーんって」

 そっと、彼の口元に運んであげた。

「娘っ子さぁ、そういう真似は彼氏が出来たらやってあげなよ」

「……」

 駄目だコイツ。やっぱり、かめきちは、かめきちなのか……。

「ところでさ」

 しかも私の手を気にせず取って、ひょいと自分の口元に運ぶ。

「君、好きな奴とかいるの」

「…………は?」

 熱が。

「いやぁ、ちょっと気になってさ」

 手を離される。のんきにラーメンを食べながら言う。熱い。

「これは内緒な。実を言うと、君のお父さんが、娘のことを心配してるわけだよ」

「な、なんで?」

 熱い。

「食べないの? 伸びるよ」

「なんでっ」

「あぁ、うん。この前の休みにさぁ。家に何人か友達連れてきてただろ。男子込みで」

 ずぞぞーと音を立てながら食べる。私はなんか必死だった。

「あ、あれはっ、部活の相談事があったからっ、それに友達というより先輩だよっ、夏の県大って、三年生は最後の試合になるじゃない。体育館の使用に関して、男女両方のバレー部部長と副部長が集まって、打ち合わせしなきゃなんなかったからっ」

 私も髪をそっと除けて、箸をつける。

「ウチの副部長さんの家がね。ちょっと遠方にあるんだよ。で、この家が先輩の使ってるバス停に一番近いから、じゃあせっかくだから、ウチに集まって相談したらどうですかって」

「聞いたよ。聞いたんだけどな。君のお父さんは、心配してるわけだ」

 くつくつ笑いながら、またこっちを見た。。

「けど自分で聞くのは怖いから、僕に聞いて来いって話。内緒な」

「……それで今日、入れ替わってたの?」

「そうそう。正直面倒だったけど、まぁたまにはいいかなと」

 面倒とか言うな。

「か、かめきちは……」

「うん?」

「どうなの。気になる?」

「え、なんで?」

 蹴りとばした。

 ※


 食器を片付けて、私は二階の部屋に戻ってきた。

 一番下の引き出しから、ファイルに挟んでおいた作文用紙を取り出した。


 『わたしの、もう一人の〝お父さん〟』

 

 おとといの土ようびは、私のたんじょうびでした。

 お母さんと、お父さんは、私にてづくりのケーキと、お洋服を買ってくれました。とてもうれしくて、ありがとうって言いました。

 つぎの日ようびは、お母さんはきゅうじつしゅっきんで、お父さんはお休みでした。家にいたお父さんに「おはよう」って言うと、

「――なぁ。昨日もらったプレゼントは、君が本当に欲しいものじゃなかったろ?」

 私のもう一人の〝お父さん〟は、へらへら笑って言いました。

「君が本当に欲しいものを手に入れよう。なぁに、平気平気。お母さんに見つかったら、お父さんが適当に誤魔化してくれるさ」

 かめきちは、むせきにんです。てきとうです。みつもりナシです。あいての気持ちを考えず、ことばのかけ引きをしません。

「君はもっと、自由に生きていいんだよ」

 そう言って、わたしの頭を、ぽんぽん、たたくのです。

 あのヒトは、ずうずうしいのに、いつもかくしんだけをついてきます。あいてをまっすぐ傷つけます。そのうえ自分にはあまいので、そういう人はきらわれるとおもいます。さいごは一人ぼっちになるとおもうので、だれかが、ついていてあげなくてはいけません。

 わたしは、かめきちが、だいっきらいです。

 どうしてかというと、かんじんなところだけ、にぶいからです。だから、私がそばにいるのに気づいてくれるまで、私が、となりにいてあげます。


 これだけは、まだ見つかってない。見つけてもらっても、いいんだけど。

「……きっと気づかないよねぇ」

 貴方は、自分のことだけは、評価の間違った人だから。

 取り出した作文用紙を元に戻す。引き出しは、鍵をかけずに閉じる。

 ――お父さんへ。

 私の好きなヒトは、お父さんには、秘密です。


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