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縁側の彼女  作者: あまゆ
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暦でいえば夏も終わりかけだが、まだ外はじめじめと暑い。

それでも、いい加減暑さにも慣れてきた頃だった。

今日も小玉坂へと向かう。

間瀬愛子宛にいつもの楽ショップからの小包で、代引きなのでやはりあの家に訪れなければならない。


庭に車を止めると、珍しいことに、僕が配送車から降りるか降りないかの間に僕の方へ駆け寄ってきた。


「煮干し!待ってたよ」


スーパーで会って以来、彼女は僕を煮干しと呼ぶ。

あの次の日に配達に行った時に、「スーパーにいましたよね?」と尋ねたら「世間は狭いな」といつもの調子だった。

しかも世間は狭いから始まり、昔仕事でフランスに言ったら旅行中の小学生の頃の親友と再会したなんて嘘臭い話も聞かされた。

縁側にさえいれば、彼女はいつもこの調子なのだ。


楽ショップからの荷物を持ってくると、彼女は一段と嬉しそうで安心したような表情をする。

荷物を受け取りながら、彼女は脈絡もない話題を話出す。


「シリアルキラーは9割が男なんだそうだ」

「はあ…」

「君は大丈夫かい?」

「その…なんとかキラーってなんですか」

「君はちょっと世間知らずすぎるなあ」


思わずむっとしたような表情で彼女を見たが、彼女は素知らぬ顔をしていた。


「連続殺人鬼って意味だよ」

「は!?じゃあ僕は絶対大丈夫ですよ!」

「あれだな、君は落し物をちゃんと届けるタイプだろ」

「まあ…届けますけど。間瀬さんは届けないんですか?」

「私はそのままにする」

「まあ…それでもいいんじゃないですか」

「私は置き引きはしたことない」彼女は座椅子に再び座り、「というか犯罪をしたことがない」と堂々と言った。

僕は彼女に合わせて縁側の床に腰掛け、呆れた声を出した。

「飲酒運転はあるでしょう?」

「ある」

僕は呆れながら、「未成年飲酒は?」と尋ねてみる。

「それはないよ」

思わず、疑り深く「本当ですか?」と言い返していた。

彼女は煙草に火をつけながら、何食わぬ顔をしていた。

「私が酒と煙草を覚えたのはごく最近なのだ」

「最近…?なんかあったんですか?」

「なんもなかったんだ」


彼女の会話の脈絡のなさにも慣れてきた。

残暑が厳しく、それでもサンルームの中はひやりとしていて、思わず居座ってしまっていた。

夏になってからというもの、彼女は来るたびに麦茶を出してくれる。

これが、氷入りでキンキンに冷えていておいしいので、つい頂いてしまうのだった。

目の前の沢は緑が広がり、空は入道雲が居座る、日本の夏を感じる風景だ。

だが、バックにはスピーカーから洋楽ががんがんかかっているので、雰囲気はぶち壊しだ。


「この曲ね、ペンデュラムのウィッチクラフトっていうの。どうよ、ここ、ここから…」


彼女は一瞬人差し指を自身の口元に立てて見せて、音楽が盛り上がるシーンでぱっと手のひらをスピーカーに向けて見せた。


「ここ!ここかっこよくない!?」

「ああ、かっこいいっすね…」

「薄いリアクションだな。普段何聞いてるの?」

「僕、ゲームの音楽聴いてるんです。この曲のボス、強かったなーとか、そういうのがないとつまらなくて」

「ふーん。じゃ、これは?」


iPodを弄って彼女が流し始めた曲は聴き覚えのある音楽だった。


「ドラクエ6の…戦闘曲?なにこれ…アレンジされてる?」

「ハウスアレンジだよー」

「へえ…」


僕は思わず素で顔をほころばせてしまった。

それほど、この選曲は僕の気分に合っていた。


「結構いいっすね…」

「でしょー?どんどん行こう!DJ愛子プレゼンツ煮干しのゲームミュージックコーナー!」

「いやいや、いいですって。それよりサインしてくださいよ」

「ノリ悪い…」

「だって長くなりそうですもん…」


麦茶を飲みながら、彼女がサインをしてお金を出すのを待つ。

ドラクエの戦闘曲がガンガンと流れ、こんな山奥ならスライムの一匹ぐらいいるんじゃないか、などとぼんやりしていた。


「あ、そうだ」


彼女は財布をまさぐる手をやめ、急にiPodを弄り始めた。

曲が変わるが、これも聴いたことのある曲だった。


「城の曲…?」

「そう、ドラクエ6の城で流れる曲だよ」


彼女は再びばっと手を広げて見せた。


「この縁側のテーマ曲、『愛子の動かない城』、です!」

「酔ってますよね?」


そう問いかけると、ノリが悪いとでも言いたげに、彼女は手を引っ込めてぶつくさと文句を言う。


「私、素面の時が無いのら」

「アル中じゃないですか…」

「でさ、50円足りない」

「またですか…」

「ごめんな、これ100円玉だと思ってたです。50円負けてくり。DJ愛子へのギャラってことで!」


呆れに呆れて、僕は深い溜息をついたが、ここで対抗するのも面倒くさくなり、折れることにした。


「まあ、いいですけど…」


お金を受け取りながら、僕は違和感に気づく。

この人はいつも楽ショップからの小包は大事そうに握りしめている割にすぐに開けない。

いつも荷物が来るとサインより先に荷物を開け始める癖に、この小包だけは僕の前では決して開けないのだ。

僕は、その小包に不信感を抱いていた。


「それって…アクセサリーじゃないですよね?」

「ん?」

「だって…この前スーパーで会った時も、お洒落にしてた割にはアクセサリーは一つもつけてなかった。普段も…。なんかこの重量感とか値段とか間瀬さんが購入する頻度とか見てると…まるで…」

「あはは、やっぱ気付いちゃうかー…」


いつも期待を裏切る彼女は、こんな時に限って期待を裏切らない。

へらへらと笑って、その小包をひらひらと見せつけた。


「これ、ドラッグなんです」

「なっ…!嘘、本当に…?」


驚いている僕のことなんか気にする様子もなく、彼女は沢の景色を見つめながら間抜けな声を出した。


「音楽を素晴らしいものにしてくれるからねー…それに憂鬱な気分をすっ飛ばしてくれ…」

「今すぐやめてください!」


余りに大きな声が出てしまったが、ここは孤立した民家、いくら大声を出したって平気なことは分かっていた。

彼女はぽかんとした表情で僕を見上げる。

思わず立ち上がって、その小包を奪い取り、さらに大声を出してしまう。


「これは捨てます!お金は要りませんから!」

「それは勘弁してよ。窃盗罪で訴えて喧嘩両成敗しちゃうよ?」

「いいですよ。間瀬さんはこのままじゃ駄目だと思います。俺が何か力にはなれないんですか?ドラッグなんて手ぇ出しちゃ駄目です!できればお酒だってやめた方が…煙草だって…」

「大人はねー…必要な物が多いんだよ。特に私は失ったものが多すぎるからねー…」


そう語る彼女の目がどうも弱々しくて、それが余計に癇に障る。

思ってもないほど、最低な言葉が出てしまった。


「失ったものって…どうせあんたのことだから下らないものなんでしょうね」


それでも、彼女は不敵に笑って見せる。

僕が反抗的になればなるほど、彼女は輝いて行くようだった。


「煮干しめ。感情を逆なでしながらの説得が成功する訳がないでしょうが」

「煮干しじゃなくて七星だ!」

「どっちにしろ煮干しだろ。君はこれから社会にもまれてどんどん干されていくんだよ」

「そうやって意味分かんないこと言うのはやめてください!大体、干されてんのはお前だろ!」

「あはっ、あはは!縁側で干されてる私?ちょっとうまい返しだったね!つまらんがな」


僕は思わず舌打ちをしてしまっていた。


「あんたはいっつもそんな調子で…俺はスーパーで会った間瀬さんの方が好きですよ!」

「あれは過去の私なんですー。おどおどしてて怖がりで挙動不審でね。間瀬愛子、デザイナーとかでググると私の過去が写真付きで出てくるよん」と、彼女はダブルピースしてみせた。

「どういうことですか?」

「あれ?私、設計士だったって言ったじゃん。結構有名だったんだよ。若いのにやるねえーって感じで」

「じゃあなおさら…どうしてこんな生活してるんですか…?戻らないんですか?」

「君が言った通り、私は縁側で干されるべき人間なんだよ」

「意味が分からない…」

「いるでしょ、そう言う人間。輝いちゃいけない人間、救われてはいけない人間…死刑囚みたいに」

「死刑囚って…」

「これでいい…」


なんだか、彼女の抱えているものがどんなものなのか、恐ろしくなった。

そんなぎらぎらした目でにやつきながら死という言葉を出す彼女の整った表情が、恐ろしかった。

思わず黙る僕を置いて、彼女は外の新緑の桜を見つめながら何度も同じ言葉を繰り返した。


「これでよかった…これでいいんだ…」


まるで言い聞かせるように自分に詰め寄る彼女が、なんだか切なげだった。

そして、切なげな顔もいいなと思っていた。

それでも、怒りに似たような感情は消えることはなく。


「もう、楽ショップからの荷物は届けません。では、また」


そう言い残して、僕はその場を後にする。

彼女が後ろで何か言っていたような気もするが、無視して、配送車に乗り込んだ。

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