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縁側の彼女  作者: あまゆ
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実に10日ぶりの休日で、僕は日用品を買いだめするためにスーパーに来ていた。

ここはこの街で一番大きいスーパーで、この小さい町では誰もが訪れる場所だろう。

僕がスーパーで買うものは冷凍食品やインスタント品ばかりだった。

安い商品も把握しているので、いつも購入する必要な物だけをどんどんかごに投げ込んでいく。


僕は市内のワンルームアパートで独り暮らしをしている。

車が無いので、自転車でスーパーまで行き、まとめ買いをするのが休日の日課だ。

この街は車社会で、公共機関も不便なので僕も早く軽でも中古でもなんでもいいから車を買いたいと思っている所だ。

あの彼女、間瀬さんまで車を持っているのだから、余計に焦る。

しかも彼女の車は外車のミニクーパー。

職場の先輩に聞いたらそこそこ高価で燃費がかなり悪く、庶民の乗りものでもないらしい。

あの人はお金だけはあるのだな、とつくづく思う。

休日まで思わず彼女のことを考えてしまうとは、と自己嫌悪が始まった時だった。

ふと、飲料コーナーの傍をかごを持ってとぼとぼと気だるげに歩く見覚えのある姿を見つけた。

たった今思い浮かべていた、いつもあの縁側にいる彼女の姿だった。


「間瀬さん!」


呼びかけると、彼女はゆらりとこちらを向いた。

表情は困惑とはてなマークで埋め尽くされている。

街で声をかけられることもなさそうなので仕方ないかもしれない。


「どうも。ほら、僕、いつも配達に行かせてもらってるキース運輸の」

「ああ、あのお兄さんですか…?」


なぜ話しかけてしまったのか、と後から自問していた。

話しかけてどうする、と話しかけておきながら焦っている傍らで、彼女は軽く会釈をした。

明らかにいつも見る彼女と違う。


服装はいつものだらしなくて奇抜な色の服ではなく、落ちていており、周りの女性とも解け込んでいる。

ミニスカートに半そでのシャツをインして印象的なベルトで引き締めていた。

高いヒールで立つその姿はモデルかと思うほどで、ここまで容姿に恵まれていたという事実を改めて再確認したものの、歩き方は気だるげ過ぎて親父を彷彿とさせる妙なギャップがあった。

目つきは、いつもはぎらぎらしているのに、今は生気のない目つきだ。

なにより僕に敬語を使っているのに違和感を感じた。

あの自信たっぷりな雰囲気はどこにいったのか。

ここが彼女のテリトリーの縁側ではないからなのだろうか。

ぺこぺこしながら、彼女は小さな声で気まずそうに話し出す。


「いつもどうも…お世話になってます」

「あ…いえ、こちらこそ」

「すみませんね、いつも負けてもらったりして…」

「いっ…いや、いいんですよ」


彼女が余りにもおどおどしているので、思わずこちらも気を遣ってしまう。

しかし、彼女の余りに弱気な姿を見て、ふと僕は思った。

いつも、強気な彼女に僕は撃ち負かされる。

今日なら、彼女に勝てるのでは?


「そのコーラ、奢ってくれません?」

「へ?」


出来るだけ優しく言ったつもりだったが、彼女は面食らったような様子だった。


「たまったツケ、これでチャラにしますよ」

「あ…ああ…コーラだけでいいんですか?」


つくづく彼女はいつもの彼女と違うと感じた。

どこか怯えていて挙動不審だ。

彼女は戸惑いつつ2リットルのコーラをかごにいれる。


「ちょっと、そんな大きいのじゃなくていいですよ」

「食べるものは?」

「え?」

「なんか…食べるものもつけるよ。これだけじゃ悪いです…」


なんだか、もし断ってしまったら、挙動不審で今にも泣き出しそうな彼女がますます崩れていくのではないかと思い、僕はお言葉に甘えて、それでも遠慮気味に板チョコ一枚を選んだ。

すると、彼女がふと微笑む。


「可愛いですね。チョコ好きなんですか」

「可愛いって…」

「男の子はチョコが好きだ…」


独り言のようにそう呟きながら、彼女はレジに向かってしまった。

いつもより可愛いと思ったら、今日は薄いながらも化粧をしているようだった。

髪の毛も綺麗に整えていて、シルエットの崩れも寝癖もない。


「自分の買い物は?」

「私が今日買うのはこれだけ…」


レジの傍の焼酎が立ち並ぶスペースをかするように通りながら、彼女は4リットルペットボトルの焼酎を手に取りかごに無理矢理詰め込んだ。

僕にとってはそれこそおっさんっぽいイメージの強いペットボトルの焼酎。

僕は少々固まったが、すぐに気を取り直した。


「持ちますよ、重いでしょう」

「いいよいいよ、大丈夫ですから」


会計をする間、彼女に何か話しかけようかと思ったが、それよりも彼女に対して気になることがありすぎた。

近くにいると酒臭い。

まさかこの状態で、あのミニクーパーを運転して来たわけじゃないだろうな、とひやひやする。

この辺は交通手段がほぼ車であり、バスもそこそこ出ているものの、僕の記憶違いでなければ小玉坂からのバスは2本しかないはずなので、車で来た可能性の方が高い。

肌は荒れているし、長い髪の毛はブリーチしまくったようにボロボロになっていた。

なにより、いつもゆるい服を着ているから気付かなかったが、今日みたいにタイトなシャツを着ていると、やはり巨乳だ、と思う。

それがなによりも気になっていたところだったが、会計を済ませた彼女が「糖尿には気を付けて」と余計なひと言を付けて、コーラとチョコの入った袋を渡してくれた。


「じゃあ、これで」と、彼女は無表情で小さく会釈をした。

「あの…なんか逆にすみません」

「いいですよ。いつかお礼したかったし…名前も知らないけど」

「七星です」

「煮干し?」

「なぼし、です」

「じゃあね、煮干し」


明らかに煮干し、を強調して彼女は去って行った。

手も振らずに振り返った彼女はポケットから車のキーを出していたので、飲酒運転してここまで来たのだなと悟る。

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