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今日の間瀬家もやはり彼女一人しかおらず、今日もサンルーム、改め縁側から音楽が鳴り響いていた。
今日はスピーカーから音楽を垂れ流している。
彼女の家の音響設備はおそらく素晴らしいものだと思うのだけど、場所が縁側なので見劣りする。
それでも、ヘッドホンをしている時よりかは車の音に気付くらしく、彼女は僕が車から降りてくるなり声をかけてきた。
「おーい、暑いなー」
「そうですね」
彼女も暑さに参っているようで、扇風機の前に胡坐をかいて座りつつ、純和風の扇子で自身を扇ぎながら、だるそうに身をかがめていた。
膝の上にはタブレットがあり、何かを操作しているらしい。
ここ最近暑さが厳しくなってからというもの、彼女は大体同じようなショートパンツにゆるゆるのTシャツかキャミソール姿である。
露出がかなり多いが、彼女は見た目など気にしている様子もないし、暑いから薄着であるというだけなのだろう。
そのような格好をしていると分かるが、なかなかに胸が大きいことに気づいてしまう。
僕の目測ではEかFカップぐらいはある。
足もすらりと綺麗だし、ここから出て色んな人に見せつけて歩けばいいのに、なんて思う。
ウッドハウス調の立派な家も、見た目だけは綺麗な彼女も、小玉坂の隅っこに引きこもっているのはもったいない。
「そんな恰好じゃ暑いでしょ」と、僕の分厚い制服姿を目にしつつ、心にもないように彼女はそう言った。
「ああほんと…最悪っすよ」
「扇風機、あたってく?」
荷物を持って縁側に近づくと、そこには扇風機が設置されているのが分かる。
彼女の座椅子のすぐそばに設置されていたが、彼女は座椅子ごと少し後ろにずれると、扇風機を近づけてくれた。
「この縁側、エアコンついてるって前言ってませんでした?」
「ここ明け放ってるとエアコン意味ないからねー。やっぱ外の空気吸ってたいでしょ」
「閉めきればいいのに…」
「せっかくあったかいのに閉め切るやつがあるか」
そんな会話をしつつ荷物を縁側まで運んでくると、彼女は首を傾げて、「喉乾いた?お酒飲む?」と問いかけてくる。
そのしぐさと顔はやっぱり可愛いと思った。
「仕事中なんで…」と、それを制しつつ、「代引きです。15100円ですね」と毅然と振る舞いつつ受領書を見せる。
「はいはい…」
金額を聞いて、彼女は表情を冷めさせていた。
準備してあるらしく、傍には財布がある。
大きなガマ口で、折られたお札と小銭とカードが乱雑に詰め込まれているのだ。
「この楽ショップからのアクセサリー、しょっちゅう取引してますけど…毎回代引きにすると高くなっちゃいますよ?」
「いいの。私はカードの審査が通らないのだ」
クレジットカードの審査が通らないような人がしょっちゅう買うこの楽ショップからの小包。
僕は俄然興味が湧き、思わず疑問を口にしていた。
「そのアクセサリーって、なんなんですか?いっつも15100円ですよね」
「うーん…」
彼女は面倒くさそうに頭を掻いて、腕を上げた勢いで少し後ろにふらついた。
それを立て直すと、荒んだ目が僕をじっと見つめる。
思わず息を飲んだが、彼女は小さく笑った。
「お前には渡さん、とだけ言っておこう」
「は、はあ…」
「ああ…小銭ないや。100円負けてくり」
そう言って、バツが悪そうに笑う彼女は、顔だけは可愛くて許しても良い気になってしまう。
だが、だからこそ意地悪をしてやりたいという感情が被さってきた。
「値引きは一切できません。そのような交渉は取引店…楽ショップの方とやりとりしてもらわないと」
「え?」と、彼女は半笑いの声を上げながら悪戯っぽくこちらを見て、「お前のポケットマネーから出せば問題なし!」と言い放った。
「だからそれは…」
相変わらず絡みづらい人だなとたじたじになっていた。
こんな人には100円だって払いたくない。
しかし、彼女の目はどうも怪しく光る。
心を奪われるというよりも、この縁側の空間は彼女の世界そのもので、ここに立ち行ったらここは彼女のルールに従わなければならない、そんな気持ちにさせられるのだ。
彼女は15000円を置くと、ヘッドホンを装着して真っ赤な座椅子の背もたれに埋まりこんでしまった。
「100円のジュースこぼしちゃったとでも思うことにして大人しく払いなさい」
「困りますよ…」
「聞こえないよー」
聞こえているのか聞こえていないのか分からないような返事。
それでも、ヘッドホンからはあいかわらずハイテンポなダンス曲が流れているのがここまで聞こえてくる。
僕は、呆れて徹底抗戦する気にもなれず、彼女はおそらく聞こえなかっただろうが、「毎度」と嫌味っぽく言い捨てて大人しく次へ行くことにした。
そういえば、なんだかんだで値引きしてやるのも初めてではない。