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僕は心底飽き飽きしていたのだ。
高校を卒業してからというもの、キース運輸で配達員の仕事をしている。
今日も配送車で法定速度を守り、二段階停止をし、同じ道のりを進む。
流れ作業的に、数え切れないお客さんにサインを貰って歩くわけだが、それがつまらなくて仕方がなく、何か刺激を欲していたのだと思う。
僕は一人の女性が気になって仕方なくなってしまった。
それは恋愛感情的な物では決してなく、ただ、彼女の存在に興味があると言った方がいい。
つまらない日常の中で彼女だけが異彩を放っていた。
どうして僕は彼女のことが気にかかっているのだろうか、よく分からないままだ。
彼女というのは、小玉坂に住むこの4月中に建てたばかりの新築に住む女性だ。
それはもう頻繁に荷物を頼んでいるようで、ここには週に何度も訪れている。
どうやら買い物をほとんどオンラインショッピングで済ませているようなのだ。
家は木製で雪山のロッジを彷彿とさせるようなデザインなのでかなり目立つ。
だが、ここまでの山奥まで訪れる人もいない為、誰も見ることはないだろう、その奇抜なデザインが少しもったいなくも思える。
彼女の家の目の前は沢になっており、桜が何本か咲いているが、もうほとんど散ってしまっている。
袋小路のようになっている道の端っこに位置する家は、隣家とは小屋を挟んでいて、孤立的に見える。
広い庭には必ず一台の赤い車が止まっていた。
誰が見ても古い型なのは明らかだが車に疎い僕の記憶違いでなければミニクーパーだろう。
そして、玄関から左に目線を逸らすと目に入るサンルーム。
廊下から外へ飛び出たように出ているテラスには必ずあの女性がいるのだ。
いつどの時間に行っても、必ずそこにいる。
見た目は20代後半に見える。
専業主婦にしても、違和感があった。
生活感がまったくなく、夫がいるようには見えない。
家事をしている様子も見たことはないし、洗濯物も見たことが無い。
僕は玄関の呼び鈴は鳴らさずに、いつもそのサンルームへ直行する。
両開きのガラスの扉は全開に開かれており、コンパクトな真っ赤な座椅子に座る彼女。
膝にパソコンを置き、ヘッドホンで耳を塞いでいる。
いつものことながら、僕の存在には全く気付いていない。
配送車から降りて、荷物を取り、サンルームに近づいて行っても彼女は僕に気づいていない。
三角座りをして、画面とにらめっこだ。
サンルームの床には煙草のわかばの箱が転がっており、スピーカーが無造作に設置されている。
パソコン、タブレット、スマートフォンが2台程。
そして酒瓶にグラス、割り材らしき水の入った容器、大きすぎる灰皿など、様々なものが揃っている。
ぱっと見で言えば、かなり散らかっている。
彼女はいつも変な格好をしていて、今日は不気味な花柄のスカートにキャミソールの上からサイズ感の大きい黒いパーカーを羽織っていた。
そのパーカーは、メンズのものに思える。
それも彼氏か旦那のもの、というわけでもない、父か祖父のもの、といった感じだ。
髪型は金髪のロングヘアで、髪の根元からは黒い色が見え隠れしている。
「どうも、キース運輸です」
近くまで寄って声をかけても、ヘッドホンで耳をふさいでいる彼女には気づかれない事の方が多い。
肩をとんとん叩くと、ゆっくりとした動作で、彼女はこちらを向いた。
「サインを」
おそらく、僕の声は聞こえていない、それほどヘッドホンからは大音量が響いている。
「さっき、金縛りにあってな。君が来るって予知したんだ」
ぼうっとした表情でぽつりと彼女はそう呟いた。
僕はどうこたえるか迷ったが、反射的に「あ…そうですか。怖いっすね、それ」と気の利かない返事が口から零れた。
だが、彼女には聞こえていない様子だ。
彼女は唐突におかしなことを口走ることがある。
相当な変わりもので、彼女が一人身だろうと僕が思う根拠はこれだ。
彼女はどこか人と違う。
服装も変だし、言動も変わっているし、動きはだるく重そうで、いつも体がぐらぐらしている。
なぜいつもサンルームにいるのかも分からない。
サインをし終わると、彼女はまた座椅子に座ってパソコンを膝に乗せた。
どうみても僕の言葉は聞かずに一方的に妙な話を零しただけのようだ。
「どうやって予知するんですか?」
少し大きめの声で問いかけたが、彼女はパソコンの画面に目をとられ、音楽に耳を盗られ、キーボードに手を盗られた状態で僕のことは完全に無視、というか僕はもう帰ったと思っているかもしれない。
どうやらオンラインゲームに夢中のようだ。
ふと、慣れた手つきで煙草に火をつけるのが見えて、僕のことはもう眼中になさそうだと理解する。
後の仕事もあるので、僕は早々に諦めてさっさと配送車に戻った。
僕は彼女に話しかけられると興味が湧くし、普段からお客と積極的に話すタイプじゃない僕からも頻繁に話しかける。
だが彼女と仲良くなりたいわけではない。
あまり深くかかわってはいけない気さえする
ただ、彼女への興味が止められないだけなのだ。
僕は彼女の見た目が好きだった。
顔が好きだった。
逆に、それ以外は好きではなかった。
時々かけている深い桃色や緑色の眼鏡も、その訳の分からないファッションセンスも、いつでも平日の昼間にサンルームにいることも、わかばを吸っていることも。
それが、余計に彼女に興味を持つきっかけになったのかもしれない。
それにしても彼女は煙草が良く似合う。
先ほど煙草に火を付けた横顔はとても良いと思った。
それでも、わかばの煙草の匂いと鼻にくるつんとした刺激はきつい。
いつも間瀬愛子宛の荷物を見つけると心が躍る。