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9.電話

 帰宅後、20時頃を狙って翔の携帯に電話をかけた。ゆず子なりに迷惑のかからない時間帯にしたつもりである。そのおかげか、翔はすぐに出た。

「…もしもし?」

 翔は探るような口調で第一声を発した。相手がゆず子だとわかっていないのかもしれない。

「こんばんはー。ゆず子ですけど—」

 自然に明るい声が出たことに、自分でほっとする。少々気の重い電話なので、どうなることかと思っていたのだ。むこうも声が和らいだ。

「あ!あーゆず子さんですか。そうかとは思ったんですけど、電話は初めてだったので…」

 電話越しの翔の声は、昼間よりゆったりしているように思えた。自宅にいてリラックスしているのかもしれない。

 今、家?何してた?などと一言二言やり取りして、本題に入るタイミングを探る。

「あ、あの、今日大丈夫でしたかね?あの…慎君でしたっけ、わかってそうですか?」

 翔が先制して切り出した。ゆず子はうっと返答に詰まるが、沈黙してはまずいとあわてて口を開く。

「あ!うん!そうだね…。うん、まあまあかな!ほんと慎君数学苦手でさ…。てか勉強自体やる気ないんだけど…。でも今日はすごいまじめにやってたから…」

 電話越しに、相手の長いため息が聞こえた気がした。ゆず子は耳をスマートフォンにさらに押し付ける。

「すみません…僕の教え方が下手だから」

「違うよっ!慎君がちょっとなんか…こう…時間がかかるだけで…。私そばで聞いてたけど、結構なるほどなーとか思うことあったし!」

 ありがとうございます、というささやきが、押し付けた耳にかろうじて聞こえた。

「あの、それでね、明日なんだけどっ」

 祐樹には断った方がいいと言われたが、ゆず子は一人でも行くつもりになっていた。自分が提案して、相手に気まずい思いをさせたまま終わるのは良くない気がしたのだ。

「明日は私に教えてくれないかなっ?他の人はちょっと用あるみたいだし、今日は私全然翔君と話できなかったし」

 言いながら我ながら良い案だと思う。勉強を教えてもらいながら、ちょっとずつ雑談もできるかもしれない。

「……いえ。もうやめませんか?」

 きっぱりとした冷静な口調で翔が言った。ゆず子の頭が冷える。

「すみません、中途半端で…。でもやっぱ僕には無理っぽいから。自分の勉強もやらないといけないし」

「あ…ごめん。そうだよね。ほんと私も図々しかったね!テストで大変なのは一緒なのにね」

 つとめて明るい声と表情を作りながら、ゆず子が答えた。けれど相手の声色はさえないままだ。

「いえ、そんなことはないです。すみません…最初から、引き受けるべきじゃなかったんです。らしくもないことするから…」

 翔の声は不自然に途切れ、ゆず子は続きを待ったが続けられることはなかった。

 しばしの沈黙後、口調が切り替わる。

「じゃあ、そう言う訳なので、ご友人にはよろしくお伝えください」

「あっはい!よろしくお伝えします…」

 事務的にあらたまった言葉で言われ、復唱するように答えてしまった。電話の向こうで、かすかに笑う気配がした。

「…今、笑った?」

「…いいえ」

 やはり笑っている。少しだが、答える声がやわらかかった。ゆず子の心が急激に軽くなる。

「ゆず子さんは、どうしてそういう風にできるんですか?」

「?何が?」

「そんな風に、誰にでも明るく親しみを持って接することが、どうしてできるんですか?」

 そんな風に思うのか、とゆず子は不思議に思った。

 自分にも苦手なタイプはいるし、機嫌の悪い時もある。いつも朗らかには生きられないけれど、翔からそう見えているのだとしたら、それは。

「それは、翔君や私の周りにいてくれる人がいい人だからだよ。だから楽しい気分になるんだよ、きっと」

 相手からは沈黙が帰ってきた。ゆず子はいたたまれなくなり、自ら話を続けた。

「ってゆーか明るくないしね!自分で言うのもなんだけど、つまんないことぐちぐち考えたりするしね!でもすぐ忘れるんだけどっ」

「…そう、ですか」

 今度は返事らしきものが返ってきて、ゆず子はほっとした。

「あの…」

「えっ何?」

「…いいえ。何でもありません。試験、頑張ってくださいね」

「うん…。翔君もね。ごめんね、色々と」

 またね。またメールするね。

 そんな次へつながる言葉が思い浮かんだが口に出せないまま、電話は終わった。

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