7.勉強会
「で、どうなったの?」
梨紗に聞かれ、勉強会の提案をして一応の許可をもらった顛末を話すが、一同の反応は芳しくない。
「南工業なら確かにできそうだし、見た感じはまじめそうな子だけど…。ほぼ初対面でしょ?いきなり勉強会とか無理くない?あんたの方は良くても、むこうは社交的な感じ全然しないし」
梨紗が冷静に話す。
ゆず子は、思ったより友人たちの受けが悪く、不安になってくる。
「私、まずいことしちゃった…?」
そこへ祐樹が会話に加わってきた。
「だーから言ってんじゃん。あんまあーいう感じのやつにはあんま関わんない方がいいって。ストーカーとかになったらどうすんの」
「ええ〜?そんな風に思えないけど」
「あのさ、ゆずがお人好しだったり人懐っこいのはわかるけど、勘違いするからほどほどにしなよ。さっきのやつみたいに女慣れしてなさそうなのは特に!」
祐樹は真剣にゆず子に訴えていて、心配してくれてることは伝わった。けれどやはり内容に関しては納得できなかった。
(翔君…もっと冷静だと思うけどなー。ちょっと話したぐらいでそんな風に考えないよ)
翔とのやり取りを思い返すと、自分の考えはますます深まる。情に流されない整然とした態度は、同じ年にしては大人びていると思う。ただ、友人たちが気乗りしないというのなら、話を進めるのも気が引ける。そもそもメインは、一番危険な成績の慎なのだ。
ゆず子は、先ほどから黙ってやり取りを見守っている、慎の方を向いた。
「慎君はどう?やってみない?」
問われた慎は、何も考えていないような顔でしばらく上を見ると、顔をゆず子に戻して頷いた。
「おれ、やってみたい」
言われたゆず子は意外な思いで慎を見つめた。自分で質問をしたが、いい答えが返ってくるとは思っていなかった。
他の二人は、ゆず子以上に信じられないような顔をして慎を見た。
「マジ?あんたやる気あんの?」
梨紗の問いかけに慎はヘラッと笑った。
「やーだって、補習したくないし、時間もないしさ。ゆずがせっかく追っかけて話つけてくれたんだし」
最後のセリフにゆず子は少なからずジンときたが、あわてていい募る。
「私のことはいいんだよ!そんなん気にしなくて。でも、やってみる気あるなら話しとくよ?」
慎はまたにぃっと笑って頷いた。
「あ!翔君こっち!ここだよー」
マクドナルドの店内で、ゆず子は眼鏡の少年に手を振って合図した。
ここは店の2階。学校帰りの学生などで込む時間帯だが、1階に比べここは比較的すいている。ゆず子たちのように、グループで勉強しているらしき学生もいた。
その中で、派手な外見のゆず子たちは少々浮いていた。制服であることは変わらないが、気崩した感じや、明るい色の髪が目立つ。テーブルにはノートやテキストが並べてあることが、妙な違和感を醸し出していた。
(ほんとに勉強する気あるのかとか思ってそうかもね…)
ゆず子は周りの反応を、そう解釈した。多分間違ってはいないと思う。だからといって気にもしないが。
ゆず子に呼ばれた翔は、軽く会釈をするとゆっくりこちらへ向かってきた。周りのゆず子たちへの反応をわかっているのかどうなのか、窺うことができない。淡々としている。
「ほんとに来たよ…」
翔がゆず子のもとへ来た時、祐樹がぽつりとこぼす。ゆず子はとがめた。
「頼んできてもらったのに、なんでそういうこと言うわけ!?なら帰んなよ」
「帰んないよ。悪かったよ」
ふてくされたように祐樹が言った。翔は戸惑ったようにやり取りを見ていた。
「ごめんね翔君!誰にでもこんな感じだから気にしないで!」
本当はもっと外面はいいのだが、そんなことは言えるはずもなく、そうゆず子がフォローすると、翔は曖昧に頷いた。
「はじめまして。相田翔です」
慎と祐樹に向けてそう言った後、ぺこりと頭を下げた。
元々目立つゆず子たちのグループにいて、翔のこの行動はさらに目立った。気配を察して、ゆず子はさっさと座るように翔に促す。
「いやっ、そんな丁寧にいいから…。とにかく座ろう。ねっ?」
手振りでも表すと、翔は慎の左隣に座った。翔の前の席は祐樹で、その隣がゆず子という席順だ。
真正面にいる祐樹と目が合い、翔は会釈するようにうつむいた。祐樹の強い視線に耐えられなかったようにも見える。
「田辺慎です!よろしく」
横にいる慎は、祐樹とは打って変わってにこやかに翔に言った。翔はつられたのか、小さく笑って、よろしく、と返した。
「おれは野田祐樹です。さっきはごめん。嫌みで言ったんじゃないから」
祐樹がさわやかとも思える笑みで言った。外から見ると感じの良い表情だが、これがくせ者であることを、親しいゆず子たちは知っていた。祐樹はなかなか本音を見せず、外面はいいのだ。中では何を考えているかわかりづらい。
(翔君に対して警戒してんのかな…)
今回の勉強会は、当初ゆず子と慎だけで行く予定だった。
慎以外はそれほど教えてもらう必要はなかったし、梨紗は「みんなで行くとむこうもやりづらいでしょ」ということで不参加だ。なので祐樹も行かないのかと思っていたら、「見張りだよ」と言ってついてきた。
翔にこの3人で行くとメールしたら、あっさりした承諾メールが返ってきたため、今日に至る。
早速、翔はリュックサックからノートや自分の教科書、A4サイズのコピーらしき物の束を取り出した。6・7枚ありそうだ。
何か注文するかと尋ねたゆず子に、首を横に振ると、慎に言った。
「じゃあ時間もないのでやりましょうか」
「あーハイ。よろしくです…」
妙に迫力のある言い方に、慎が笑みを消して答えた。