4.夏休み前
その後、少年とは会うこともなくいつも通りの日々が過ぎ、7月に入った。もうテスト期間である。
放課後、ゆず子たちは4人で集まって勉強をしていた。しかし4人ともそれほどいい成績でもないので、なかなかはかどっていなかった。
「わっかんないよ〜。これならバイト行ってる方が楽だよ〜」
ゆず子が嘆くと、他の面々も話に乗ってくる。
「じゃ、行けばいいじゃんバイト」
「隼人君が、テスト期間はちゃんと勉強しろって…」
ゆず子の母から隼人の母へ、ゆず子の勉強に関する情報が行ったらしく、本気で止められてしまった。前回のテストは、確かに赤点ぎりぎりのものもあり、自分でも反省はしている。かといってアルバイトをしない時間に勉強を集中してできるかというと、そうでもない。
「いっそその隼人君に勉強教えてもらう?」
「いや無理だよ。隼人君料理一筋で、そういう勉強はあまりしてきてないから」
ゆず子は即答した。その言い方には何の含みもない。
隼人は学校の勉強はしてこなかったが、料理に関する知識は豊富だし、段取りの手際の良さなど、すごいとゆず子は思う。そういう存在が近くにいるため、勉強ができなくても他にやれることがあればいいのではないかと感じることがあるのだ。といっても現在のゆず子には、何という特技ややりたいこともないので、隼人の「勉強優先」の態度に逆らえないのだが。
「おれ、今度はやばいかなあ…。夏休み補習とか本当嫌なんだけどー」
慎が情けない声を出した。3人は慎の姿に生温い視線を送った。
慎は4人の中でも成績が良くなかった。特に数学は、本当にわかっていないんだな、ということが他の3人にも伝わっていた。数学が比較的得意な梨紗でも、教えるほどはわかっていない。なので、同情しつつも何をすることもできなかった。
「…加藤とかに聞いてみる?」
祐樹が口にした加藤は、クラスで成績トップの男子生徒だ。
「私加藤苦手…。言い方が理屈っぽくて」
梨紗の言葉に、ゆず子も同意だ。
加藤は頭がいい生徒によくある、理詰めの話し方をする。言葉も難しく、ろくに話をしたことのないゆず子でも、あまりいい印象がない。
「誰か大学生とかのいとことかいない〜?」
「大学生なら暇そうだしなあ。梨紗、彼氏の知り合いで頭いいやついない?」
「いないよ。うちのも含めてバカばっかだよ!」
梨紗は開き直るように言った。そう言いながらも、梨紗は彼氏と仲がいい。それがわかっているので、ゆず子は微笑ましく思った。
(それにしても、ほんとにわかんないな…)
いっこうにはかどらないテキストに目を落とし、無意識に眉間のしわが寄る。
(この学校でこんなんなら、進学校とかだとどんな問題が出るんだろ…)
問題文でさえ理解できないかもしれない。脳の作りが違うんだきっと、とゆず子は思った。
「…夏休み、どこ行く?」
シャーペンを放り出して、急に慎が言った。
「は?何いきなり」
「だってつまんないんだもん。楽しいこと考えて気力を取り戻したい!」
やけになっているようにも見えるが、4人ともやる気がなくなっていたため、慎の言葉に乗ることにした。
「花火大会行きたい!」
ゆず子が言うと、周りの反応もいい。
「プール行こうよ。ウォータースライダーとか」
「梨紗ああいう系好きだよね!」
「おれは結構山派だったりするんだけど」
「キャンプとか〜?」
皆でああだこうだ言いつつ、勉強するはずのノートに、イベント計画が書き連ねられてゆく。先ほどの鬱々とした気分はどこかへ去り、うきうきした気分になってくる。
「とりあえず、やるだけやろうよ」
ひとしきり楽しい計画を練ったところで、祐樹がまとめた。
「最悪補習でもビッチリ毎日やる訳じゃないだろうし、なんとかなるでしょ」
「祐君、前向きなんだか後ろ向きなんだかよくわからないね…」
やるだけやろうというわりに、補習になることも織り込み済みの発言に、ゆず子はつぶやいた。