13.明日、駅前の広場で
翔が買ってきてくれたペットボトルのお茶でのどを潤すと、ようやく一息ついた。翔が横でぽつりぽつりと話し始める。
「実は…僕、前からゆず子さんたちのこと知ってたんですよ」
驚きでゆず子は一瞬目を丸くする。ついで、からかうように言った。
「ずっと前から見てましたって?」
「ええ…まあそうですね。申し訳ないですけど、悪い意味で」
翔の表情から何となく予想はついていたが、少なからず胸が重くなる。
知っていた、と言った翔は、照れも笑顔もなく、どちらかというと苦いような目をしていたのだ。今もそうだった。
「広場とか…道とかで、たまに見かけてました。ゆず子さんたち目立ちますからね」
ゆず子はペットボトルをもてあそびながら黙って聞いていた。
「正直…世界が違う人たちだなって思いました。興味のあるものも、考え方も、人との関わり方も。僕らみたいな、地味〜で冴えないやつとは関わる気もないんだろなって。僕も関わりたいとは思わなかったし、いいんですけど」
ゆず子はパッと顔を上げて、翔を見た。何か反論したいが、なかなか口から出てこない。
「あ、いや、違うんですよ!それは僕が勝手に思ってたことで…。ゆず子さんたちは、たぶん僕らに対してよくも悪くも何とも思ってなかったと…」
「や、だって私は翔君のこと見たことないもん!思うも思わないもないじゃん!」
「いや、そういうことじゃ…。てか、近い!近いですって」
テンションがあがって無意識に近づいたゆず子は、翔に退かれた。少しむっとする。
「そこまであからさまによけなくてもいいじゃん…」
「いやいや、人にはパーソナルスペースというものがあってですね…ってそれは今はいいんですよ!とにかく、僕はゆず子さんたちみたいなギャルい人たちに対して、一方的なイメージを持ってたってことです」
ふっとゆず子はため息をついた。気の抜けた、あきらめにも似た気持ちになる。
今までも少なからずあった周りの自分たちに対する目。
わかっていたことだけど、目の前にいる彼に言われると、ひどく沈んだ。
気落ちしているゆず子に気付いたのか、翔はあわてて先を進める。
「でも、でもですね。ゆず子さんと少しですけど関わって、考えが変わったんですよ!そういうイメージで判断するんじゃなくて、一対一で接すれば、関係も違ってくるんじゃないかなって。正直、ゆず子さんの友達…の方々とはあまり話せる気がしないんですけど…。ゆず子さんは、にぎやかなだけじゃなくって、ちゃんと周りにも気遣える人だなあって思います」
(なんか、ほんとあんまりいいイメージもたれてなかったっぽいね…)
ゆず子は呆れるやらがっかりやらで気が抜けてしまう。こちらの方は、最初から悪い印象はなかっただけに、拍子抜けだ。気遣いができるとほめてくれているらしい所は救いではあるが。ふうんと気の入っていない相づちを打つと、翔は困ったように黙った。数秒考えるように視線をさまよわせた後、再び口を開いた。
「あの、とにかく、もし良ければですけど、こんな風に時々話したり、時々メールしたりとかしてもいいですか?あっ、そんな毎日とかは全然しないですから!」
「……翔君の言う時々ってどのくらいのこと?」
「そうですねえ…。月1とか?」
「長っ!あいだ長過ぎでしょ!夏休み終わっちゃうじゃん!」
「そんな大げさな。1ヶ月半はあるでしょ」
「そういう問題じゃないっ。翔君月1しか友達にメールしないの?」
「用あるときくらいしかメールしないので。メールのやり取りしてると面倒で、直接あった方が早いじゃんって気分になるんですよ」
「うーまあそういうのもあるけど…」
ゆず子は他校にいる友人と、週2・3回ほどやり取りする。なんてことない雑談だが、なかなか会って話をする都合が合わないので、それで友情を持続させているのだ。祐樹や慎もゆず子ほどの頻度ではないにせよ、やりとりしているので、男だからという理由ではないはずだ。
少々自分の思考に入り込んでいたゆず子が、視線を感じて目線を上げると、口元をほころばせた翔がこちらを見ていた。
「そういう風に聞いてくるってことは、承諾してもいいかなって気になりました?」
(何となくだけど…面白がってる?)
これまでの低姿勢と違い、そこはかとなく強気な雰囲気に、ゆず子はそう思う。乗るのはしゃくだが、そもそも承諾を得ることでもない。嫌なら最初から連絡先の交換などしない。
「なんか翔君て面倒くさいねえ。別に承諾も何もないでしょー。メールしたければすればいいし、私もするし。これまでだって話したりやり取りしてるんだから、今更でしょ?」
ゆず子が言うと、翔は目を細めて笑った。ゆず子もついにやにやしてしまう。うきうきして妙に体が熱くなった。手で顔をあおぎながら言った。
「なんか暑くない!?」
「あーそうですね。夏ですからね」
涼しい顔でそう言い、翔が空を仰いだ。つられてゆず子も上を見る。青が濃いな、と思った。
空を見ているうちに、花火大会のことを思い出した。誘ってみようか、と横を向くと、どこか楽しげに空を見ている横顔が目に入った。
(……ま、いいか)
皆で楽しむのもいいけれど、彼とはこんな風に過ごすのも悪くない。
その晩、翔からメールが来た。
『色々ごちゃごちゃ話してすみません。話聞いてくれてありがとうでした。これからよろしくお願いします』
相変わらず固めの文体と、用件のみの短い文章。
けれど末尾には、唯一の絵文字でスマイルマークが付いていた。




