ボンテージとボインボイン
「ノスタルジアか……なるほどね。まだいやがったのか」
ディアンヌ・グランツェは苦い顔をしてそう呟く。
しかし、身ぶり手振りで自分の恥ずかしい過去を語った僕に対しては何も反応を示さないのはかなり寂しい。
出来れば僕の変態的な思考や行動をぐりぐりとほじくりかえして罵声を浴びせて欲しいものだが、どうやらそんなくだりは無いのだと思うと、昨晩のことを力説しながら頬が紅潮していた僕もさすがに真剣な表情を作り、シーツに隠れたいまだ興奮冷めやらぬ下腹部を両手で覆う。
「ノスタルジアって、故郷を懐かしむって意味ですよね?それとあの破廉恥な集団にどんな関係が?」
「いや、昼間アタイの前に現れたのは部下である変態が三人だったんだけど、その時はただの酔狂な野郎だと思って深くは考えなかったんだが…………」
僕なりに多少のジョークを言ってみたがさらりと受け流され、さらにディアンヌは口を屁の字にしながら言葉をゆっくりと選んでから話を続ける。
「あんたは見たところ余所者のようだし、この辺りの歴史なんて知らないだろうから仕方ないんだけど、とりあえずこの街にまだいるなら簡単な説明はしとこうか」
そう言って、彼女はたゆんたゆんに揺れる胸を腕組をして固定し、ただでさえ深かった谷間がさらに色濃く柔らかな線を刻み、僕はさすがにこの場面で大量出血は避けたかったので、視線を胸から逸らしながらおもむろに片手で鼻を覆った。
「まずこの話をする前に言っとくけど、昨晩アンタが会った連中は盗賊じゃない。あれはそんな生易しい奴ではないし、むしろ、身ぐるみを剥がされただけで済んだのが奇跡なようなもんさ」
「盗賊ではない?じゃああいつ等は一体何なんですか?」
「その質問から消化していくと、明日の朝までかかるから手短で簡潔に話していくよ」
そう言ってディアンヌは椅子の背もたれに体重をかけながら青いショートパンツから伸びた褐色の右足をもう片方の太ももにのせ、足を組んだ。
その肉つきのいい太ももが右足と椅子に挟まれ、いい感じにむちむちと潰れた様子を見て、僕は生唾を音がなるほど強く呑み込んだ。
「この都市はね、今の廃れた姿では想像出来ないほど昔は栄えてたんだ。その時の思い出なんてアタイには全くないんだけど、とにかくすごかったらしいんだ」
彼女はその言葉を誇らしげに口にし、それと同時に寂しげな表情をする。
先程まで勝ち気な表情をしていた彼女のもう一つの姿を目にした僕も、何となくやりきれない感情が芽生える。
あの時のことを思い出すと妙に感傷的になってしまうし、彼女の言葉の真意を確かめなくともどこか気持ちを共有した気になれる。
彼女はあの夜も賑やかだったこの都市を知らないようだが、僕は一度だけ見たことはあるし、その場の空気や人々の活気溢れる声も目を閉じれば今でも思い出せる。だからこそ、やりきれないのだ。
「けれど、アンタも知っているだろうけど、あの日を境にこの都市は姿を変えっちまった……」
そう、あの日。世界は、いや、全ての生き物達が絶望を目の当たりにした日からこの都市だけでなく、世界各地の都市が機能を停止させた。
そして、その中でも一番防衛策が手薄だった場所がここであり、魔神達の暴虐な破壊行動の傷痕がいまだに癒えずにいる。
「世界には英傑がいた。いたにも関わらず、アタイ達の街は破壊の限りを尽くされた……。何が選ばれし騎士だ。何が英傑だよ……」
「…………、」
「まぁ、それを今言ったところで何の解決にはならないし、全てが元に戻るとも言えないんだけどね」
あの光景を見てはいないのに、それでも自分の居る場所であるこの都市を想う彼女の気持ちが垣間見え、僕は胸が締めしめつけられた。いや、深く突き刺さった杭をさらに深く打ち付けられた気分になった。
助けられなかった。
ただそう言うしかなかった。
あの光景の中でそれしか言えなかった。
そう言い訳するしかなかった自分が今でも黒い影になって僕の背中に忍び寄る気がした。
「……ごめん」
懺悔にしてはもうあの出来事は過去になりすぎているのはわかっていたが、僕は両手で白いシーツを力一杯握り締めながら呟いた。
「なんでアンタが謝るんだよ」
その言葉に我に返った僕は少し戸惑いながら言葉を交わす。
「いや、何となく……」
「何となくってなんだよ。アンタ格好だけじゃなくて、頭もおかしいんだな」
「か、格好は仕方ないでしょ?頭は仕方ないけど……」
「ふふっ。アンタ本当に英傑なのか?アンタみたいな能天気な変態になれるんだったら、アタイも英傑になれそうな気がするよ」
「まぁ、割りと英傑なんてお姉さまみたいな性格の人が性にあってるかもしれません」
「あ?アタイのどういう所が性に合ってるって?」
「そうですねぇ。例えば考えが単純なところとか?」
ドス…………………………ッッッ!!!
「ぐはっ!?」
「え?もう一度聞くけどどこが合ってるって?」
「お、お姉さまの……ごほっ。その慈悲深い御心がすごく、すご~く合っていると思われます!!」
「はい。よく出来ました」
なんだ、このやりとり。昔話から何故に恐喝からの誘導尋問になっているんだ。というか、昼間彼女に食らった傷も癒えてないってのに、なんだこのとどめの一撃は!?冗談は胸だけにしてくれ!気持ちいいけどな!!!
「さてと、どこまで話したかな?」
「まだ冒頭くらいです」
「ああそうか……。話すの面倒だなぁ」
「そっちから切り出して投げ捨てるな!!」
揉むぞ?その谷間に顔を埋めるぞ?太ももをなめ回しちゃうぞ?
「まぁ、なんだその、つまりノスタルジアっていうのはアタイのような過去の歴史をいつまでも憎んでる集団のことをいうんだ。ま、アタイは過去を振り向き続けるなんて柄じゃないし、あの日のことなんて大して興味はないけどね」
「随分と簡潔に言いましたけど、過去の歴史を憎むって、具体的には何に対して憎しみを持っているんですか?」
「全て、……だよ」
ディアンヌ・グランツェのその言葉と表情には、言い様のない感情が入り交じっていて、僕は言葉の真意を理解できないまま、さらに彼女は口を開く。
「ま、この言葉も顔馴染みの奴の受け売りだけどね。とにかく、だ。アンタは今回運よく事が進んだけど、次、連中に会ったら何をされるかわからないよ?」
な、何をしてくれるんだろう。今から期待してゾクゾクしてきちゃうじゃないか。
「よし、今から会いに行こう!」
「はぁ!?アンタ話聞いてたのかい?」
「聞いていましたよ。鞭やら何やらでナニをどうにかしてくれるんでしょ!?なら、善は急げですよ」
「どこが善なんだよ……はぁ」
「とにかく、あのボンテージ女に会うことには僕は今の話に納得できません!というわけで、はやく僕にパンツを与えて下さい。さもなくば、僕はこの生まれたままの姿で夜の街を徘徊しますよ?いいんですか?」
僕ははやる気持ちを抑えながら、ぎりぎりの理性を働かして彼女を揺する。できれば胸も揺すりたいが、今はとにかくあの女王様に会うのが先決だ。
「まぁ、待ちなって。話はまだ終わってないんだ。頼むからベッドの上でジタバタするな。シーツが剥がれるだろ!?」
褐色の頬を少し赤く染めながら、右手で目を塞いで、左手を前に突きだして彼女は僕を静止する。
その乙女な反応を見て、さらに体を動かしてわざとシーツが剥がれるようにしてもよかったが、僕はどちらかといえば受け側なのでぴたりと動きを止めて、彼女の話に耳を傾ける。
「話って、まだあるんですか?」
「ああ、ここからが本題だ。よく聞いてくれ。実はアンタにお願いしたいことがあるんだ」
「胸のマッサージですか?」
「しね」
直球ど真ん中をそのまま返された気分だ。しかし、これはチャンスかもしれないと僕は密かににやりとする。何故なら、このお願い事を叶えた暁には一晩あの身体を好きに使ってもいいとか言われるかもしれないからだ。
確かに、こんな馬鹿げた幻想が実現するとは到底思えない。しかし、だ。
誰も実現しないとも言っていないわけなのだから、可能性は0ではない。いや、むしろ五分五分くらいの確率だろう。
というわけで、予定変更だ。
ボンテージは後回しにして、ボインボインを堪能しよう。そうしよう。うん、そうするべきだ。
「わかりました。では、まずはそのお願い事とやらを聞いてからにしましょう。そして、それが僕にでも出来ることなら可能な限り協力します」
「ありがとう。勿論お礼はす・る・か・ら・さ♪楽しみにしといてくれよ」
人差し指を振りながら、ウインクなんかされたら死力の限りを尽くしてしまうじゃないか。でもその価値はあるとみた。
この『戦光の罰』ライオネル・エクター。この身尽きようとも、あの神々の谷間を目指し、幾多の苦難も乗り越えてみせる!!
「待っていろ!僕のボインボイン!!」