美女と変態
世界には『宇天鉱物:うてんこうぶつ』と呼ばれる天然鉱物が存在し、それはこの世の理の根底であると言われている。
しかし、この鉱物はオリファルコンやミスリル等とは違い、その誕生までの過程と原因がいまだ解明されていないのが事実であり、正直なところこの世の理と言っているのも半ば伝説的な話として語られ、誰もその存在の意味を知ろうとしないのが現状だ。
まぁ、伝説というものはそういうものだし、人の知識を簡単に凌駕するのが伝説の由縁だろう。
なので、こんな廃退した都市に伝説の鉱物を安売りしてたら僕の眼球は宇宙の彼方まで光の速度で飛んでいってしまう程驚くだろう。
「宇天鉱物いらんかね~。今なら12ルナで売ってやるよ~」
ほらみろ、白のタンクトップから盛り上がった胸がなんとも妖艶で、褐色に輝く太ももに食い込むショートパンツが妙に邪な気持ちを騒ぎ立てるあの絶世の美女が安値で伝説を売ってやがる。
「っっっっ…………………………!?ぅえええ~~~~~!!?」
声が天を貫いた。眼球があのたわわな胸に釘付けだ。ありえない。あの胸を12ルナで我が物に出来るなんて……!!!!
「か、買います!!その豊満で卑猥な谷間を買わして頂きます!!」
太陽は真上に登っているけど、いくら廃退した都市と言えど生活をしている人も沢山いるけれど、『英傑』と呼ばれた僕だけれども。そんなこと大事の前の小事に過ぎぬわ。倫理観なんて破るためにあるのさ。
というわけで、僕は鍛え上げた肉体をフル稼働させ、煉瓦で作られた家の前で商いをしている褐色美女に向かっていく。それはもう物凄い速度で。胸を。いや、牛乳めがけて。
「僕の想いを抱き締めて~!!」
ああ、気づいているよ。この美女が胸ではなく伝説の鉱物を売っていることくらい。しかし、だからといって普通に会話を楽しむことにどんな喜びがある?その先に本物の幸福があるとでも?馬鹿め。愚者と書いて馬鹿め。僕は『英傑』と呼ばれた男だぞ?小物が喜ぶようなことを大物の僕が、あの大物の胸を持つ美女と安易な立ち回りなどするわけないだろう。正直なところ、過去に闘ったどの魔神たちと対峙した時よりも緊張している。
そして、この緊張で汗ばんだ両手で肉厚な褐色肌を揉みしだいてやる。
「ん?なんだぁ?変態が地べたを這いながら近づいてきやがった」
あと一メートルもない距離まできていた僕の姿を捉えている!?この美女、侮れん!!
しかし、こちらは幾多の死線を掻い潜ってきた変態だぞ。そうやすやすと逃がすものか。
目測にして約四十センチ、あと十センチ縮めれば、両手を伸ばした時のリーチと脚力の反動で、あの花園に手が届く。
「僕の勝ちだ」
僕は笑った。それはもう卑しい微笑みではない。
完全な勝利を確信した勇者の微笑みだ。あのカトラス・エグナイルを倒した時よりも嬉しいかもしれない。だって、女体に触れるなんて随分ご無沙汰なんだもん。仕方ないじゃないか。
しかし、そんな勝利の余韻に浸りつつあった僕の表情は一変した。いや、変貌したといっていい。
変態顔から変貌なんてしたら大変な表情になっていると思うが、とにかく僕は変態から変貌した。
「あたいの嫌いなもんを教えてやるよ。ひとつは、人を容姿で判断するやつ」
僕だ。
「ふたつめは、卑猥なことを平気て口にするやつ」
またしても僕だ。
「みっつめは、てめーの存在が気に食わねぇ~~~~~っ!!」
意表を突かれた。まさか僕の存在を全否定してくるとは。
そして、その言葉に多少の動揺が走ったせいか、僕の伸ばし始めた両手が一瞬止まってしまう。
それを見越したうえか、褐色の美女は後ろでひとつにまとめた長い黒髪を左右になびかしながら、右拳を僕の左頬へとめり込ました。
瞬間、二人の間にある地面から勢いよく土の塊が飛び出し、殴られた反動で右方向に首を反らした僕に追い討ちをかけるように、土の塊は僕の鳩尾辺りに激突し、その衝撃で後方に吹き飛ばされた僕は情けない声をだしながら地面に叩きつけられた。
「がっ……………………!!」
呼吸もろくに出来ずに僕が土埃をあげながら悶えていると、ショートパンツから伸びた引き締まった右足で僕のいまだ痛みが治まらない鳩尾を美女は全力で踏んづけてきた。
「おらおら変態。ここがいいのかぁ?それともここを責められるのがお好きなのかい?」
待て待て、この状況おかしくはないか?なんで僕は真っ昼間の路上で美女の足先でなぶられているんだ?
いや、確かに嬉しいさ。痛みなんてどうでもいいくらい美女に言葉責めをされるのは心地いいさ。だけれど、僕は一応人間だ。人間の尊厳ってやつは、この美女には通用しないのか?
ああ、けど徐々に視界が真っ白になってきて、頬が紅潮してくるのがわかる。いっそこのまま美女の足元で昇天するのもいいかと思ってきた。
「……ぅ、うん。あっ…………、も、もっと下をつついて……」
知らないうちに僕は未体験の快楽に身を任せる乙女のような口調で自分の性感帯を責めるようにお願いする。正直、くるとこまできたなと思う。しかし、止まらないのだ。この快感を手放すのが惜しいのだ。
「もっと…………!!もっと激しく動かしてぇ~~~~!!」
「…………。き、気持ち悪いんだよ。このど変態があぁ~~~~~~!!!!」
僕が絶頂を迎えるのと同時に、美女は褐色の頬を真っ赤にしながら今日一番の蹴りを僕の顔面へと食らわした。
ぐはっ、という言葉をだしつつも快楽の虜になった僕は、艶のある笑みを浮かべ、鼻の両穴から大量の鼻血をだしながらさらに十メートルほど後方まで宙を舞って吹き飛んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……。一年中死んどけボケがぁ!!」
美女はなおも僕に罵声を浴びせるが、今の僕にとっては全てが心地よく感じるばかりだ。
しかし、困ったことに身体がまったく動かない。多分さっきの変態ハゲ店主から逃げた上、よくよく考えたら僕は昨晩盗賊に身ぐるみまで剥がされて、パンツ一丁の姿だし。防具もないままにさっきの『土攻の術式:どこうのじゅつしき』を喰らったせいで、思った以上の深手を負ってしまったようだ。
地面に頬をくっつけた僕は、そのままぼんやりと美女を見るが、おそらく一分も持たないうちに僕は意識を失うだろう。
いや、美女に蹴られて死ねるなんてなかなか乙なものか…………。