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最後に一度だけ貴方に会いたい

作者: 舞原きら

 7月7日。織姫様と彦星様が年に一度出会える日。これはそんな奇跡を信じていなかった少女に起こったたった一度の奇跡。


 ◇◆◇


 始まりは3年前の7月7日。まだわたし達が中学3年の頃。

「友達のままじゃ嫌なの……!あたし、星野くんが好き……!ずっと好きだったの!」

「俺も初めて見た時からずっと好きだった。天原美郷さん。俺と付き合ってください」

 わたしは1年の頃から好きだった星野陸人くんと付き合い始めた。彼はスポーツ万能、成績優秀、眉目秀麗、さらには性格も良いオールマイティーな人だった。そんな彼にわたしが釣り合うわけないって思ってはいたけど彼はこんなフツーのわたしを好きだと言ってくれた。もう幸せだった。彼と友達以上の関係になれるのならなにを失っても構わないと思った。


 だからあんなことになったの?


 付き合ってから1年後、高校生になって離ればなれになったわたし達は記念日である7月7日に会うことになった。待ち合わせ場所に早く着いてしまったわたしは早く彼に会いたくて仕方がなかった。でもそんなわたしに待っていたのは彼ではなく……大好きな彼の訃報だった。



 ◇◆◇


 彼と出会ってから5年、彼と付き合ってから3年、彼に会えなくなってから2年。わたしはまだ彼を忘れられずに最後の高校生活を送っていた。

 この2年間、わたしは彼以外の男子に好意を抱いたことはなかった。彼以上に好きになれる人が現れることなんてあるわけないと思っていた。それに、わたしが彼を忘れてしまったら彼は本当に死んでしまう。それだけは嫌。彼はちゃんとわたしの心の中で生き続けているの。だから――。

 ねぇ陸人くん。貴方と付き合ってからもう少しで3年が経つよ?わたしは変わらず貴方が好きだよ。貴方だけが好きだよ。なのに神様はひどいよね。こんなに好きなのに大好きな貴方に会うことを許してくれないなんて。会いたい、会いたいよ陸人くん……。



 7月7日、今日は七夕。わたし達が付き合い始めた日であり、陸人くんの命日。

 今日も学校が終わってから陸人くんのお墓参りに行く。その前に2年前に陸人くんと待ち合わせしていた場所に寄ってから。なんとなく、陸人くんに会えるような気がしたのはその場所が空に近いからかな。


 ◇◆◇


 久しぶりにやってきた2年前の待ち合わせ場所。今でも変わらず町を眺めることが出来るわたし達の最高の特等席。2年前のデートはここから始まるはずだった。陸人くんが死ななければ……。

 どうしてわたしを置いて遠くに逝ってしまったの?もう二度と会うことが出来ないような場所に。

 わたしは近くにあったベンチに座って夜空を眺めた。そして陸人くんと過ごした1年間を思い出した。

 付き合い始めたばかりの頃はまだ少しぎこちなくて微妙な距離がもどかしかった。初デートの時に初めて手を繋いで、初めてアクセサリーをプレゼントしてもらって、初めて抱き締められて、初めてキスをした。それからも隣を歩いている時は手を繋いだり、2人きりの時は優しくぎゅっと抱き締めてくれたりもした。幸せだった。本当に幸せだった。これ以上にないってくらい幸せだった。高校生になって離ればなれになってもメールや電話をして関係は良好なまま続いていた。むしろお互い会いたくて会いたくて仕方ないくらい相手のことを想っていた。そしてやっと会えることになったのはちょうど付き合って1年になる記念日だった。待ち合わせをして遊園地に行って夜には待ち合わせ場所で花火をしてそれから夜空や夜景を見ようって2人でデートの計画を立てた。デート前日は久しぶりに彼に会えるのが楽しみでなかなか寝付けなかった。明日はきっと楽しい1日になるって思ったら顔が綻んだ。なのに約束の場所に約束の時間になっても彼は来なかった。わたしの元へ来たのは彼が事故で死んでしまったという訃報だった――。

 結局最後に彼に会ったのは高校生になる前の春休みだった。それから、一度も彼の姿を見ていない。お葬式も家族の意向で親族だけで行われたので最後のお別れをすることが出来なかった。だからなのかな。彼の死を未だに受け入れられないのは。いつかまた彼に会える。待ち合わせ場所に来ればいつかは会えると思ってしまう。だからわたしは今ここにいる。いつになったら来てくれるの陸人くん。わたしはいつまでも待つよ。

 そんな時真っ暗な空に浮かんだ大きな花火。それを見て涙が頬を伝った。この花火を出来ることなら彼と一緒に見たかった。彼のいるところからもこの大きく綺麗な花火は見えるのかな。

 ……ダメだ。会いたい、もう無理、陸人くんに会いたいよ。お願い、一度だけでいいから会いたい。奇跡なんて信じない。でももし本当に奇跡と呼ばれるものがあるならどうかお願い。一度だけでいいから陸人くんに会わせてください。わたしは涙を流しながらひたすらお願いした。ただ陸人くんに会いたくてそうすることしか出来なかった。

「陸人、くん……」

 でもやっぱりそんなこと出来なくて、この世に奇跡なんか存在しなくて、神様もいなくて、わたしの願いは叶わない。会いたい、こんなに会いたいのに、ただ一目見るだけでもいいのにそれさえ許されない。

「会いたいよ、陸人くん……。あたし、こんなにも陸人くんが好きなのに、大好きなのに!一目見ることさえ許されないなんて……!」

 もう涙を抑えることが出来なかった。感情も止めることが出来なかった。涙と一緒に今までずっと胸に溜めていた陸人くんに会いたいという感情が零れた。


「――美郷」


 ふとわたしの名を呼ぶ声がした。優しくて温かい、けどどこか少し低い声。聞いたことある声だった。最後に聞いたのは2年前の春休み――。

「陸人くん……?」

 わたしが再びその名を口にすると、目の前に陸人くんが現れてわたしを優しくぎゅっと抱き締めた。

「会いたかったよ、美郷。ずっとずっと……」

 陸人くんだ……。間違いない。この声、抱き締める腕の感触、温もり、全て覚えている。今わたしを抱き締めているのは間違いなく会いたくて会いたくて仕方なかった陸人くんだった。

「陸人くん……!会いたかったよ!あたし、ずっと待ってたの!陸人くんに会えることをずっと…ずっと……!」

「ありがとう美郷……」

 そう言って陸人くんはわたしの涙を優しく拭った。

「美郷、俺のことを想い続けるのはやめてもいいんだよ」

「嫌だよそんなこと!あたしは今も昔もそしてこれからも陸人くんだけを……!」

「俺はもう死んでるんだ。でも美郷は生きてる。生きてるなら前に進むしかないんだよ」

「嫌……。あたしは陸人くんが好きなのに……」

「知ってる」

 そう言った陸人くんの声は少し寂しそうだった。

「美郷が俺のこと好きなのは知ってる。俺を忘れないようにして他の誰にも恋をしなかったことも」

「!?」

「美郷。俺の願い、叶えてくれるか?」

「えっ?」

「美郷にしかできないことなんだ」

 わたしにしかできないこと。陸人くんの願いを叶えることはわたしにしかできない……。

「もちろん。陸人くんの頼みなら叶えてみせるよ」

「ありがとう美郷。俺の願いはただ1つ」

 そして陸人くんは少し間を置いてから言った。


「美郷には俺のことを忘れてもいいから別の誰かと恋をしてほしい」


「えっ……」

 陸人くんはわたしに陸人くんのことを忘れて別の誰かに恋をしろと言うの?わたしは陸人くんだけが好きなのにそんなこと言うのに……。

「なんでそんなこと言うの?陸人くん、あたしのこと嫌いになっちゃったの……?」

「まさか、俺は死んだ今でも美郷が好きだ」

「じゃあなんで……」

「さっきも言っただろ?美郷は生きてるんだから前に進むしかないんだよ」

「そんな……」

 嫌だよ陸人くん。そんなこと言わないでよ。わたしは……わたしは……!

「美郷」

 次の瞬間、陸人くんの手がわたしの頬に触れた。

「俺はもう死んでる。俺の時間は止まったんだ。でも美郷は生きてるし時間は止まってない。俺達は違うんだ。違うからこそお互いに依存せず違う道を歩くしかないんだよ」

「陸人くん……」

「一度しか言わないからよく聞けよ」

 陸人くんはわたしの目をじっと見つめた。そして――。


「愛してるよ美郷。だから、前に進んで笑顔になってほしい」


 わたしも愛してるって言いたかった。でも言えなかった。だって陸人くんがわたしの口を塞ぐから。

「りく……と……!」

 名前を呼ぶので精一杯だった。陸人くんと同じようにわたしも愛してるって気持ちを伝えたかった。なんとなくだけど陸人くんはもう消えてしまいそうな気がしたから。だって愛してるなんて今まで一度も言ってくれなかったもの。だから陸人くんが消えてしまう前にどうしても言いたかった。

 そんなことを思っていたら陸人くんの足が消えてきた。

「!?りく……あ、し……!」

 言わなきゃ。陸人くんが消えてしまうかもしれないのだから早く愛してるって言いたいのに。陸人くんは言わせてくれない。陸人くんの身体はもう半分くらいまで消えてしまっている。早くしないと気持ちを伝えないでまた会えなくなってしまう……。

「あぃ……し……!て……」

「分かってるから言わなくていいよ美郷」

 唇が離れて陸人くんはわたしにそう言った。

「愛してるよ美郷。これからも俺は美郷だけを愛してる。でも美郷は俺以外の人も好きになっていいんだからな」

「陸人……!」

 消えかけてる彼の名前を呼んだ。呼び捨ては多分これが初めて。すると彼はとても嬉しそうに笑った。

「ありがとう美郷。陸人って呼んでくれて。だから……さようなら」

「陸人!」

 今にも消えそうな彼の身体に触れた。一瞬温もりを感じた。でも触れたと同時に彼の身体は小さな光の粒となって――消えた。

「陸人……陸人!愛してるからね……!あたしはずっと大好きだったんだよ……!」

 彼はわたしに僅かな温もりを残して花火と共に夜空へと消えた。信じていなかった奇跡が起きた。死んでしまった陸人に会えて、抱き締められて、愛してると言われて、キスをしたんだ。陸人に会えたという奇跡がわたしには起こった。ありがとう陸人。わたし、前に進むから。空から見守っていてね。


 ◇◆◇


「おはよう」

「おはよう美郷」

 あれから数年が経ち、わたしの左手の薬指には指輪が2つある。陸人くんからもらった指輪と結婚指輪。そう、わたしは結婚したのだ。陸人くん以外の人を好きになることはないと思っていたのに好きな人が出来て結婚にまで至った。

 旦那さんはわたしの初彼が事故で死んだことやわたしが彼のことを忘れられないでいると知っていながらわたしにプロポーズしてくれた。2番目でもいいから結婚してください、と。

「今日の帰りは遅くなる」

「そう、分かった」

「あと、明日有休取ったから」

「えっ?どうして?」

「明日は美郷の忘れられない人の命日だろ?」

「そ、そうだけど……」

 旦那が有休取ったのと陸人くんの命日に一体なんの関係が?

「だから墓参りに行こう」

「えっ!?なんであなたまで……?」

「美郷の忘れられない人に会いたいんだ。それに美郷だって年に一度くらいは会いたいだろ?」

「そ、そうだけど……」

「だから行こう、うん、決まり」

 半ば強引に決められたけど陸人くんのお墓参りには行きたかったのは事実。旦那の優しさに甘えることにした。

「それと、もしよかったら教えてくれないか?その人のこと」

「あなたが聞きたいならいいよ」

「ありがとう。それじゃあ行ってくる」

「行ってらっしゃい」

 わたしは笑顔で旦那を見送った。



 陸人くん。わたしはとても優しい旦那さんに会うことが出来たよ。陸人くんのお墓参りに一緒に行ってくれるような優しい人に。やっぱりわたしは数年経った今でも陸人くんを忘れることは出来ない。けど、他の誰かを好きになることは出来たの。

 どうかこれからも空からわたし達のことを見守っていてね。わたしの愛する陸人くん。


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