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九十話 「なにか、激しく嫌な予感がするんですよね」

 赤鞘へ奉納する品々を携えたアグニー一行は、意気揚々と「見直された土地」の荒野を進んでいた。

 地面は土がむき出しになっており、草などは殆ど生えていない。

 ところどころ、本当にぽつんぽつんと荒地に強い草が生えている程度で、生物の気配自体か希薄なようだ。

 アグニー達の進行方向には、何も無い広大な荒野が広がっており、遠くのほうには空中に浮いている大きな岩の塊のようなものが見える。

 精霊達の湖の上空に浮いている、浮島だ。

 アグニー達はとりあえず、その浮島を目印に進んでいた。

 湖と赤鞘の居る場所は比較的近いので、まずはそこを目指すようにと土彦に言われていたからである。

 というか、「見直された土地」の荒野はものの見事にまっ平らで、目印になるようなものが全くといってないのだ。

 よくよく目を凝らせば、赤鞘を守るように取り囲んでいる世界樹達が見えるのだが、距離が遠すぎてはっきりと確認する事ができない。

 近づいてくればそちらを目印にする予定なのだが、まず目指すのは浮島なのである。


「うーん。ホントになんにもないなー」

 奉納する野菜を背負ったアグニーが、感心したような表情できょろきょろとあたりを見渡す。

 それに釣られたのか、他のアグニー達も物珍しそうに周囲を眺め始めた。

「言われてみればそうだよなー」

「土ばっかりだよね」

 それまでは奉納に行く緊張からか、皆じっと浮遊島だけを見つめてきていた。

 おかげで何人か転びそうになったりしたが、その辺はご愛嬌である。

 緊張でコチコチになっているものばかりだったのだが、先ほどの言葉がきっかけでだいぶ緊張もほぐれてきたのだろう。

 辺りを見回す余裕が出てきたのだ。

「草は生えてきているようじゃから、段々と緑化していくのかも知れんのぉ」

「けっかいー」

「赤鞘様のお力もあるしね」

 地面が平坦で歩きやすいおかげか、あたりを見渡していても危険は少なかった。

 襲ってくるような動物もいないので、アグニー達は安心して周りを見学している。

 周囲には土彦が配備したマッドアイやマッドトロルなどが居るのだが、アグニー達の警戒網には引っかかっていなかった。

 既に危険な物ではなく、自分達を守ってくれるものだと理解しているのだ。

「お。おい、皆! 見てみろよ!」

 そう声を上げたのは、青年アグニーのマークだ。

 赤鞘の社の一つを数人係で担いでいるのだが、どうやら何か気になるものを見つけたらしい。

 皆一斉に足を止め、マークが指差している方向を振り向いた。

 丁度、歩いてきた方向。

 今まで背中を向けて来た側だ。

 アグニー達の目に飛び込んできたのは、自分達が歩いてきた荒野と、「罪人の森」だ。

 この二つは、まるで線を引いたようにくっきりと分かれていた。

 むき出しの土と、うっそうと茂る森。

 壁でもあるかのように見えるその境目は、数ヶ月前までは結界が存在していた場所だ。

 既に少なくない月日が流れているのだが、未だに荒地に生える植物はまばらだった。

 普通ならば、すぐに森から植物が広がっていくはずだろう。

 しかし、その速度は未だにゆっくりで、とても荒地に緑がいきわたるようには思えない物だ。

 中年アグニーのスパンは、仲間達に担いでいた赤鞘の社を降ろすようにと声をかけた。

「うーん。森の草木が、すぐに荒地の方に来てもよさそうなもんなんだけどなぁ。土に問題があるのかな?」

 そういって腰を下ろすと、スパンは両手で土を掴む。

 強く握ったりほぐしたりしていじると、難しい顔をして手を払った。

「土が悪いんじゃなさそうなんだけどなぁー。このあたりは水も十分だし、雨も降るし……」

「やっぱり、まだ神様の力みたいのが、戻ってないのかなぁ」

「はたけとかはすごく育ってるからなぁー」

 スパンは、農業分野ではアグニー族の中で1、2を争う知識を持っていた。

 そのスパンが言うのだから、恐らく土には問題は無いのだろう。

 そうなるとアグニー達に思いつくのは、やはり神様の力ぐらいだった。

 実際、その予想は的外れ、というわけではない。

 「海原と中原」の植物は、力の流れの変化に非常に敏感だ。

 赤鞘による調整で盛んに動いているそれに、強い警戒を示しているのである。

 それに、突然結界が消えて現れた土地であることにも、まだまだ不安感を持っているのだ。

 地球の物とは違い、「海原と中原」の植物には、ある程度の判断能力を持つ物が多かった。

 その最たる例か、精霊という形で意思を持っている、「世界樹」「調停者」「精霊樹」なのである。

 土地神である赤鞘が声をかけるなりすれば、植物達は荒地にも進出し始めるだろう。

 だが、赤鞘的にいえば未だにこの土地は調整中だ。

 なにより、植物に声をかければある程度やってくるという事実を、赤鞘がすっかり忘れているというのもあった。

 未だに地球感覚が抜け切っていない赤鞘である。

「おそらく、わしらにはとても分からない深い深い理由があるのじゃろう」

「そうかー」

「けっかいー」

「神様だもんなぁー」

「すっげぇー」

 なにやらかっこいい表情でいった長老の言葉に、アグニー達は大きく頷いて賛同した。

 エルトヴァエル辺りがこの会話を聞いていたら、乾いた笑いしか出てこなかっただろう。

 実際、マッドアイネットワークを通して聞いていた土彦は、なんとも微妙な笑みを浮かべているのだった。




 アグニー達は、決まった順番に従って隊列を組んでいた。

 まず先頭は、かごに入れた野菜やお酒などを背負ったもの。

 背負っている荷物の量は、少し少なめになっていた。

 間違っても転んだりしないように、という配慮だ。

 その後に、三つの社が、水、大地、竜の順番で並んでいる。

 こちらも落とすわけには行かないので、少し多めの人数が割り当てられていた。

 一つの社に付き、三人程度である。

 少ないと思うかもしれないが、社自体がさほど大きくないので、それぐらいで十分なのだ。

 そして、一番後ろ。

 列の最後には、アグニー達が食べる食料などが乗った台車が続いている。

 四輪のかなり大きな物で、食いしん坊なアグニー達でも安心な量だ。

 台車には、それなりの量の薪も積んであった。

 「見直された土地」の荒地では、薪などを拾うことができないからだ。


 アグニー達に付き添っているシャルシェリス教の僧侶、コウガクは、この台車の横に付いて歩いている。

 アグニー達は台車の上ででも休んでいてください、といったのだが、コウガクはずっと歩くつもりでいるようだった。

 台車に乗ればそれだけアグニーの負担になるし、何よりも自分の足で土地の様子を見てみたいと思ったからだ。

 長年修行を積んだコウガクでも、力の流れを感じるというのはなかなかに難しい物である。

 だが、その場所に触れ、ゆっくりと時間をかければ、おおよそ知りたいことは分かる物なのだ。

 赤鞘のいう通り、コウガクの目から見て「見直された土地」は、全体としては調整中といった感じであった。

 もっとも、それは神が住まう「神域」としてみた場合の話しだ。

 それ以外の場所と比べるのであれば、異様なほど整っているといっていい。

 コウガクは力の流れを感知するため、出発してからずっと、目を閉じて歩いていた。

 片手は台車に乗せられており、それを頼りに歩いているようである。

 そんなコウガクの雰囲気に、なんとなく邪魔をしたらいけないような気がしたのか、アグニー達はなるだけ邪魔をしないようにしていた。

 声をかけないようにしたり、コウガクの前の地面をなるべく踏み均すようにしたりしていたのである。

 「見直された土地」の地面は、殆ど平らといっていいほど起伏に乏しい場所であった。

 一度大魔法で吹き飛ばされた土地であるため、そういったものが無くなってしまったのだ。

 荒れ放題になっていた土地を、アンバレンスがなんとなく平らにしてみたのも、原因の一つだろう。

 おかげで、「見直された土地」の荒地は、比較的歩きやすい場所となっているのだ。

 アグニー達も、安心して歩けるほどである。

 ついでに言えば、アグニー達の予測進路上は、土彦の指示で先回りしたマッドアイやマッドトロルが、踏み均したりしていた。

 おかげで、アグニー達は実に快適な道中を進んでいるのだ。


「わっしょい! わっしょい!」

「そーれそれそれ!」

「けっかいー!」

 荷物を運びながら、アグニー達は口々に何かを叫んでいた。

 お互いに声を掛け合うことで、元気に進むためだ。

 どう見ても余計な体力を使ってそうな光景だが、そこはアグニーである。

 逃げ足で培った持久力は、底なしなのだ。

 そんなアグニー達の行進を地中や地面から見守るのは、土彦が操るマッドアイネットワークである。

 上空に居るのは、カラス達。

 そして、高高度から見下ろすようにしているのは、エンシェントドラゴンだ。

 最近アグニー達の行動にも馴れてきたのか、土彦は実にいい笑顔でアグニー達を見守っている。

 映像を見せられているガルティック傭兵団の面々の反応は、まちまちだ。

 唖然としているもの、爆笑しているもの、アグニーの可愛さにときめいちゃってるもの。

 その大半が、何かしらのツボを刺激されたようなものだった。

 笑い転げたり若干頬を赤らめたりしている傭兵達を前に、土彦は苦笑いを浮かべる。

 反応としては間違っていないだけに、文句を言う気になれなかったのだ。

 実際、きちんと映像は見ているので、そういう意味では問題なさそうなのも理由の一つである。

 一方、カラス達は、実に忙しそうにアグニー達の周りを飛び回っていた。

 少ない数でアグニー達を守るため、忙しなく周囲を見回っているのだ。

 アグニー達の真上ではカーイチが旋回しており、先行して偵察をしているカラスからの情報を受け取ったり、アグニー達の状況をカラス達に伝えたりしている。

 カーイチの表情は、いつにも増して真剣だ。

 土彦やエンシェントドラゴンが守ってくれていることは知っているのだが、アグニー達は予想も付かない行動に出たり、災難に見舞われたりする。

 それを一番よく知っているのは、カーイチ達カラスなのだ。

 どんな事があっても対応できるように、真剣に見守らなければならないのである。

 時折、がんばっているギンを見てにやけたりしているカーイチだったが、その辺はご愛嬌だ。


 元気良くアグニー達が歩き続けていると、段々と日がかげって来た。

 太陽の角度を確認したカーイチは、大きな声で鳴き声をあげる。

「かー、かー、かー!」

 それを合図にしたように、他のカラス達も鳴きはじめた。

 この声は、アグニー達に一日の仕事終わりを報せるものだ。

「おお、もう日が沈むんじゃなぁ。皆! 今日はこのあたりにして、一旦休むとしよう!」

「おー!」

「結界!」

「ごはんのよういだー!」

 長老の声を合図に、アグニー達は早速食事の用意をし始めた。

 マークをはじめとした若者アグニー達は、簡易テントの設置を始めている。

 今日は、この場所でキャンプを張るようだ。

 現在「見直された土地」の荒地部分は、は途轍もなく広い平地になっている。

 物陰なども無いので、ドコでテントを張ってもあまり変わらないのだ。

 食事の用意が終わる頃には、カラス達もアグニー達の元へ戻ってきていた。

「お疲れ様、カーイチ」

「かー」

 ギンに頭をなでられ、カーイチもご満悦だ。

 目を細めて、ぐりぐりと頭をギンの胸にこすり付けている。

 その日の食事は、茹でたウマイモとポンクテ、それから、森で採ってきた山菜のスープだ。

 あまり凝った物ではなかったが、新鮮なおかげもあってか、味は最高である。

「はふはふ!」

「やっぱりポンクテは塩だよなぁー」

「ウマイモもうまいぞー」

 わいわいと賑やかに食事を終えたアグニー達は、円陣を組んで会議を始めた。

 今後の行動の予定を話し合うためである

「今日はあんまり進めなかったなぁー」

「おひるからあるきはじめたもんなー」

「うむ。これでも一応予定通り進んではいるようなんじゃがのぉ」

 長老は腕組みをすると、難しい顔で唸った。

 道中は、ほぼ当初の予定通りである。

 進んだ距離も問題が無い事は、カラス達からの報告で分かっていた。

 だが、どうにも進んだ気がしないのだ。

 周りにあまりにも何も無いので、進んだのか進んでないのかよく分からないのである。

 一応段々と湖の上に浮かぶ浮島は近づいてきているのだが、どうにも周りに対象物がなさ過ぎてよく分からない。

「うーん、あそこまでどの位かかるんだろう」

「なんで浮いてるんだろうなー」

「あそこに結界がある気がする」

「なんで浮いてるんだろうねー」

 皆腕組みをして悩んでいるが、どれも答えは出ないものばかりだった。

 長老はしばらく唸り声を上げた後、大きく手を打って宣言をする。

「よし、明日は日の出とともに出発じゃ! 朝ごはんは今の内に、歩きながら食べられる物を作っておこう!」

「おー!」

「けっかいー!」

「そうしよー!」

 アグニー達は拳を振り上げると、元気良く声をあげた。

 カーイチも、ギンの膝の上で両手を挙げている。

 カラス達はいつもアグニー達よりも少し早く起きるので、寝坊しないように気合を入れなければならないのだ。


 明日は早いということで、アグニー達はすぐに寝床に入る事にした。

 カラス達の専用の寝床が無かったので、この日はカラス達もテントの中だ。

 寝こけているアグニーの頭の上に乗っていたり、お腹の上に乗っていたり、居る場所は様々である。

 もちろん、カーイチはギンの隣で寝ていた。

 ギンも早起きなので、一緒に居たほうが都合がいいというのが、カーイチの主張だ。

 ギンのそばで眠れてカーイチが幸せだったのは、あくまでその副産物なのである。

 アグニー達のテントの周囲は、マッドトロルががっちりとガードしていた。

 前線基地のような物々しい警備体制だったのだが、アグニー達は特に気にせずぐっすり眠っている。

 基本的に自分たちに敵意を向けていないものに対しては、かなり鈍感なアグニー達なのだ。




「かー、かー、かー!」

 カーイチ達カラスの声で、アグニー達はもそもそと起き出した。

 まだ朝日が顔を出したばかりだったが、皆早く寝たおかげが、すっきりとした目覚めなようだ。

「おはようー」

「きょうはなにするんだっけー」

「えーっと、けっかい?」

「そうか、赤鞘様に奉納しにいくんだったなー」

「あ、そうだった! たいへんだ、支度しないと!」

 何人かのアグニーは寝ぼけていたようだったが、その辺はご愛嬌だ。

 昨日の内に準備していた朝ごはんを、急いで食べ始める。

「もぐもぐ!」

「どうしてもあそこの浮島に結界がある気がするんだよなぁー」

「そうだなー、ウマイモは塩でたべるのがいちばんだよなー」

「ポンクテもうまいぞ!」

 基本的に農耕種族であるアグニーは、朝からガッツリ食べる派が非常に多かった。

 もりもり食べてがんがん働き、何かあったら急いで逃げる。

 それが、アグニー族なのだ。


 ご飯も食べ終わり、皆とりあえず完全に目が覚めたところで、出発前の長老の言葉が始まった。

 整列したアグニー達の前に長老が立ち、今日の予定を確認するのだ。

「みんな、ゆっくり眠れたようじゃな! 今日は、いよいよ赤鞘様の所に到着する予定じゃ! 気合を入れていくぞー!」

「けっかいー!」

「おー!」

「がんばろー!」

 気合の入った声とともに、アグニー達は拳を振り上げる。

 一斉にそれぞれが運ぶ担当の荷物に駆け寄ると、小走りで隊列を組んでいく。

 逃げなれているだけあって、移動準備はお手の物なのだ。

「では、出発じゃー!!」

 あっという間に出発準備を整えたアグニー達は、長老の掛け声で歩き始めた。

 太陽はやっと完全に顔を覗かせたあたりで、まだまだ朝の早い時間帯だ。

 この分で行けば、アグニー達が赤鞘の所に到着するのは、お昼を少し過ぎた頃に成るだろう。

 そう、カラス達も、土彦も、エンシェントドラゴンも、思っていたのであった。




 アグニー特有のスタミナを生かし、隊列はどんどん進んでいく。

 途中、何度か方向を間違えそうになったが、カラス達の活躍で迷子にならずにすんだ。

 逃げるのは得意でも、どこかに行くのは苦手。

 アグニーの特徴の一つだ。

 進んでいるうちに、段々と精霊の浮島が大きく見えるようになってくる。

 湖の存在も分かるようになって来た頃には、赤鞘を囲む、大きな八本の樹木も確認できるようになってきていた。

 時間的には、まだまだ朝といっていい時間だ。

「ずいぶんちかくまできたなぁー」

「見ろよ、湖があるぜ!」

「でっかいなぁー」

 どうやらアグニー達の目は、湖の方へと向いたらしい。

 大きな水溜りに、興味津々だ。

 長老は湖と浮島を何度も見直して、思いついたように手を叩く。

「そうじゃ。水を汲むために、あの湖に行ってみるというのはどうじゃろう」

「それだっ!」

「水も残り少ないしなぁ」

「うーん、帰りは川で汲むつもりだったしなぁ」

 水というのは、どうしても使ってしまう物で、沢山持つには重い荷物である。

 生物の気配に乏しい「見直された土地」の荒地だが、幸いな事に川はいくつか流れていた。

 アグニー達は、帰りはそれを汲み、飲み水にする予定だったのだ。

 少し予定よりは早いが、幸い時間もある。

 皆も見てみたいようだし、悪いアイディアではないだろう。

 アグニー達の決定を聞き、カーイチも他のカラス達に鳴き声で報せを送った。

 すぐに反応が返ってきて、カラス達は一路湖へと向う。

「では、湖に向って、出発じゃー!」

「おー!」

「けっかいー!」

 アグニー達は元気良く声を上げると、湖を目指し、出発する。


 これに慌てたのは、土彦とエンシェントドラゴン、そして、湖の上位精霊達だ。

「予想外というか予想通りというか……いいですか! アグニーが湖に入ったら、どんな悪影響が出るか分かりません! 結界を厳重に!」

 土彦が出した指示で、上位精霊達は大慌てで結界のチェックをし始めた。

 既に結界自体は張ってあるので、それにひび割れなどが無いか確認をするのだ。

 精霊の湖は様々な力が満ちており、うかつに足を踏み入れると、大変危険な状態になっている。

 上手くすれば途轍もない力を得られるだろうが、一歩間違えれば強すぎる力に当てられて死んでしまうかもしれない。

 他にも異形化してしまったり、変身ヒーローっぽくなる事もあるだろう。

 ただでさえ魔力のあまり無い、そういった耐性に乏しいアグニーが入れば、なんやかんやでとてつもないことになることは間違いのだ。

「なにか、激しく嫌な予感がするんですよね」

 ぼそりと呟いたその言葉が的中するまでには、そう時間はかからなかった。




 湖のほとりまでやってきたアグニー達は、近くに奉納の品などを固めて置き、ぞろぞろと湖の近くまでやってきた。

 湖を初めてみるものがほとんどで、目を丸くしている。

「すっげぇー、でっかい水溜りだなぁー」

「きれいなみずだー」

「なんであの島、そらにういてるんだろう?」

「やっぱり湖だからじゃないか?」

「そーなのかぁー。みずうみすっげぇー!」

 間違った認識が広がりつつあるが、実際に湖を初めて見たものが多い分、仕方が無い事だろう。

 最初に見たものが判断基準になるというのは、ある意味自然な事なのである。

 アグニー達は湖を眺め、しきりに感心しながらも、なかなか接近しようとはしなかった。

 特に危険が無いと判断しているようなのだが、初めての場所だと少し緊張してしまうようなのだ。


「よし、俺が近づいてみるよ」

 遠巻きに眺めながらガヤガヤしているアグニー達の中で、意を決して湖に接近して行ったのは、狩人のギンだった。

 真剣な表情でゆっくりと湖に近づいていくギンを、アグニー達は心配そうに見守る。

 こういうとき、真っ先に行動するのは、一番運動能力があって、応用力があるギンなのだ。

 適任ではあるのだが、やはり皆心配はしている様子である。

 もちろん、一番心配そうな様子ではらはらしながら見守っているのは、カーイチだ。

「きをつけろよ、ギン!」

「危なそうならすぐに逃げろ!」

「大丈夫だって、何かあったらすぐ逃げるよ」

 声をかけてくるアグニー達に返事をして、ギンはゆっくりと歩を進める。

 このとき、当然コウガクは結界の存在に気が付いていた。

 浮島に移動しており、姿を現していない、上位精霊達の存在も、感知している。

 だが、今回コウガクは、自分の仕事は祝詞を読むことと、アグニー達を見守る事だと考えていた。

 なので、特に行動に口出しせず、見守る事にしていたのだ。

 その様子がどこか孫を見守る老人のようであるのは、年齢差的に仕方の無い事だろう。

「気をつけろー!」

「けっかいー!」

「かー、かー!」

「ちゅういしろよー!」

 アグニー達の声援に押され、ギンは徐々に、徐々に湖へと近づいていった。

 そして、そのほとりに差し掛かったところで、水に手を触れようと屈み込もうとする。

 だが、ギンは水に触れることが出来なかった。

 目に見えない何かに、進行を阻まれたのだ。


 ゴッ!


「いってっ!!」

 丁度おでこのあたりでぶつかったらしく、ギンは赤くなったおでこを押さえ、地面をのた打ち回った。

「ギンー!?」

 慌てて駆け寄っていったのは、カーイチだ。

 他の何人かのアグニーも、びっくりした様子で近づいていく。

「どうしたギン!」

「なにごとじゃー!」

「大丈夫かっ!」

 助け起されたギンは、少し涙目で、不思議そうに首を捻った。

 何があったのか、今一理解していない様子だ。

「いや、なんか見えない何かにぶつかったみたいな感じなんだよ。すっごいかたいヤツ」

「な、なんだと?!」

「まさか……!」

 アグニー達の間に、動揺が走った。

 その様子を見て、ギンもようやく何かに気が付いたように、はっとした顔を作る。

 アグニー達の注目が、ギンから湖の方へと移っていった。

 カーイチだけはギンの頭を後から心配そうに抱きかかえているのだが、皆それに注目している余裕は一切無い様子だ。

 皆を代表するように、長老がゆっくりと歩き出す。

 そして、恐る恐るといった様子で、湖へと手を伸ばした。

 その手は湖に近づく前に、目に見えない何かに阻まれ、とまってしまう。

 長老は何かを確かめるように、ゆっくりと左右に手を動かしていく。

 アグニー達は、緊張した面持ちでその様子を見守っていた。

 しばらく何かを確認した後、長老はゆっくりと後を振り返る。

 真剣なその表情を見て、アグニー達は思わず息を呑んだ。

 長老はゆっくりと全員の顔を見渡すと、自らを落ち着けるように大きく息を吸った。

 アグニー達の緊張が最高潮に達した、その瞬間。

 長老は大きな声を張り上げた。


「結界じゃぁぁああああああ!!」


 その瞬間。

 アグニー達は、精霊達の浮島が震えるほどの大きな歓声を上げたのであった。

っツー訳で、結界です。

アグニー達が結界に行き着く前の精霊達のリアクションとかは、次回で。


書籍版「神様は異世界にお引越ししました」の発売、まもなくでございます。

よろしければそちらもご注目くださいませ。

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