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八十九話 「あの、赤鞘様、とりあえず落ち着いてください」

 「見直された土地」の、遥か上空。

 空気も薄くなるような高高度を、一匹の竜が飛んでいた。

 「見直された土地」を守るガーディアンの一体、エンシェントドラゴンだ。

 彼がわざわざこんなところに来たのは、もちろんアグニー達を見守るためである。

 これだけ距離が離れていると、並みの生物では地上の細部を見ることなどかなわないだろう。

 だが、エンシェントドラゴンは通常の生物とはかけ離れた、神が作った種族だ。

 これだけ離れていても、肉眼で地上のアグニー達を確認することが可能なのである。

 眼下に荷物を運ぶアグニー達を確認したエンシェントドラゴンは、頭の中でいくつかの術式を展開した。

 マッドアイネットワークに接続するための、通信術式だ。

 距離が離れているため、遠距離まで届くように特別な機能を付け加えられたそれは、出がけに土彦がエンシェントドラゴン用にと作ったものであった。

「土彦殿、声は届いてるだろうか?」

「はいはい、感度良好ですよ」

 すぐに返ってきたのは、間違いなく土彦の声であった。

 タイミングを考えても、時間差のようなものほとんどないようだ。

 それだけ、術式の完成度が高いということだろう。

 その分だけ複雑ではあったが、性能は素晴らしいの一言だ。

 ちなみに、普通の人間であれば、この術式はとても覚えきれるようなものではなかった。

 本二冊分の暗号を頭に叩き込むようなもの、とでもいえばお分かり頂けるだろうか。

 普通ならば何かしらの道具に転写して、使うレベルのものなのである。

 だが、エンシェントドラゴンはそれを楽々と記憶していた。

 作った土彦もすごいのだが、それを覚えてしまえるエンシェントドラゴンも大概なのだ。

「アグニー達を確認した。皆元気なようですな。映像の共有は出来ておりますかな?」

 エンシェントドラゴンの目の前、眼鏡をかけたらレンズがあるであろうあたりに、円形の魔法陣が浮いていた。

 青白い光で形作られたそれは、エンシェントドラゴンが見たものをマッドアイネットワークに共有させるためのものである。

 その映像は、地球でいえば衛星カメラのようなものであった。

「はい、よく見えます。いやぁ、やはり空からの映像があるとずいぶん助かりますね。マッドアイを配置するにもずいぶん助かりますよ」

「お役にたてているようで、何により。しかし、先ほどからアグニー達が何やら歌を歌っているように見えるのですが。流石にここからでは音は拾えませんな」

 何やら楽しげに口を動かしている様子は確認出来たエンシェントドラゴンだったが、音までは聞き取ることはできなかった。

 いくらエンシェントドラゴンとはいえ、これだけ離れていては音を確認することは難しいらしい。

「ああ、でしたら、周囲に配置しているマッドアイからの音声をエンシェントドラゴン殿に送ることにしましょう。共有させて頂きますのでしばしお待ちを」

 言い終わるか言い終わらないかのうちに、エンシェントドラゴンはマッドアイネットワークから何か情報が入ってくるのを感知した。

 共有を許諾して、頭の中で展開している術式に通すと、左右の耳にアグニー達の元気な声が聞こえてくる。

 どうやら音質もかなり良いらしく、まるで近くで実際に聞いているような臨場感だ。

「おお、これはなかなか。流石土彦殿ですな」

「あっはっはっは! お褒めに預かり光栄です。何台かのマッドアイから来た情報を解析したものですが、違和感があるようでしたら教えてください。今後の改良課題にしますので」

「なるほど。ひとまずの問題はないようですな。使っているうちに気が付いたことがあれば、覚えておくことにしましょう」

「助かります。マッドアイネットワークも、まだまだ未完成ですからね」

 にこにこと笑っている顔が浮かぶような、弾むような声がエンシェントドラゴンの耳に響いた。

 土彦と会話をしている間も、アグニー達の声はよく聞こえる。

 エンシェントドラゴンは、まだ改良するつもりなのかと若干呆れながらも、楽しそうに笑った。

「では、少しでもお手伝いができるようにじっくりと試させてもらいましょう。その前に、一仕事ですな」

「そうですね。まずは安全に、お社を届けていただけるようにしましょう」

「ですな」

 そういって、エンシェントドラゴンは大きくうなずいた。

 見えていないとはわかっているが、気持ちを切り替えるための儀式のようなものである。

 これからアグニー達が赤鞘に会い、集落に戻るまで見守るのだ。

 エンシェントドラゴンはぐっと腹に力を入れると、改めて地上へ、アグニー達へと目線を向けるのであった。




 土彦の地下ドックの一角で、ガルティック傭兵団の面々が真剣な面持ちでモニタを見据えていた。

 その目の前に並んでいるモニタの数は、大小合わせて軽く50を超えている。

 映っているのは、当然アグニー達だ。

「ほんっとに皆子供に見えるな」

「エルフばりにビジュアルいいぞ。そりゃ奴隷にもされるわな」

「よく今まで滅びなかったな」

 感心する方向がかなり物騒なのは、やはり彼らの職業柄だろう。

 その横で、土彦はせわしなくマッドアイネットワークに指示を出していた。

 いつになく真剣な様子で、いつものにこにことした笑顔が消えている。

 土彦にとって、アグニー達による赤鞘への奉納は、初めての大仕事であった。

 万が一にも何かしらの障害や邪魔立てをされてはいけない、最重要の事柄なのだ。

 そんな土彦の横に立っているのは、同じく真剣な顔をしたドクターであった。

 何やら難しい顔で腕を組み、悩み深そうな唸り声をあげている。

 流石に気になったのか、土彦は不思議そうな顔で首をかしげた。

「どうかなさったんですか?」

 土彦に声をかけられたドクターは、驚いたように振り向く。

 どうやら無意識で声を出していたようで、バツが悪そうに肩をすくめる。

「いえ。見事に子供ばかりだな、と思いまして。私の好みとしては、そうですね……」

 そういうと、ドクターは背後を振り返る

 離れた所に置いてある樽を指差すと、目を細めて笑顔を作った。

「彼ぐらいがいいでしょうか」

 指を指された樽、こと、白い髪にねじくれた黒い角を持つ、マルチナの主人である男は、視線に気が付いたのかゆっくりとした動きでドクターと土彦へと顔を向けた。

 そして、ゆっくりと樽の中に沈んで行き、手に持っていたフタを樽にはめる。

 多少距離があるので声は聞こえなかったと思われるので、恐らく何かしらよからぬ気配を感じて隠れたのだろう。

 勘のいい男である。

 そんな様子を見て、ドクターはますます目を細め、口の端を吊り上げて笑った。

 土彦は二人を見比べ、何事か納得したように頷く。

 樹木の精霊たちから様々な知識を植えつけられている土彦には、当然そういう知識もあった。

 なるほど、これがリアルなBLなのか。

 そんな妙な感動が、土彦の中に生まれていたのである。

「ああ、いやいやいや。そんな事よりも、防衛ですね」

 とりあえず、今回の件が終わったらじっくりドクターから話を聞こうと心に決めつつ、土彦は念話でマッドアイネットワークに新たな指示を出し始めるのであった。




 「見直された土地」をぐるりと取り囲む、「罪人の森」。

 普段は静けさを保つその場所は、まるで戦争でも始まったかのような慌しさに包まれていた。

 森の中ギリギリの位置に等間隔に配置され、草原方向に向かって武器を構えているのは、5mはあろうかというマッドトロルの一団だ。

 恐らくそれぞれの射程距離を補うように配置されているのだろう。

 それぞれ遠距離攻撃用の砲門を外に向けて構えるその姿は、獲物を狙う砲撃手のようだった。

 一応森の木々に隠れてはいるものの、完全にそれらに紛れるにはマッドトロルは少々大きすぎる様子である。

 ある程度離れていても、よくよく目を凝らせばすぐに巨大な何かが潜んでる事が分かってしまうだろう。

 大急ぎで「見直された土地」に戻ろうとしているエルトヴァエルも、かなり離れた位置から臨戦態勢のマッドトロルの群を見て、おもいっきりむせ返っていた。

「ごほっ! ごほっ! 土彦さん、なに考えてるの!?」

 そういいながらも、おおよその予想は付いていた。

 アグニー達の、赤鞘へ奉納品を届ける道中を守る。

 土彦はそれを、初めての大仕事だと思っているのだろう。

 たとえ何があっても、絶対にアグニー達を守る心構えのはずだ。

 それこそ、どこぞの国が軍隊を送ってきたとしても、守りきるつもりだろう。

 むしろそのつもりで軍備を整えている事を、エルトヴァエルもよく知っていた。

 何しろ土彦に頼まれて、周辺諸国の軍事情報を提供したりしてるのだ。

 単純な知識的興味なのかと思っていたら、まさか対抗するつもりだったとは。

 マッドアイネットワークを広範囲に配備しだした時は、エルトヴァエルもド肝も抜かれたものであった。

 そもそもガーディアンというのは、単体で強力な力を持っているのだ。

 普通の生物のように兵器などを作って配備する必要など、本来はないのである。

 もちろん作ったのには、それなりに理由もある。

 幾ら強力な個体がいたところで、土地全体を守るのは難しい。

 相手が数で押して来れば、どうしても遅れをとってしまうだろう。

 その点、マッドアイネットワークのような数で防衛する手段を持てば、その問題も解消される。

 土地の守りを任されているガーディアンである土彦が、そういった手段を欲する理由はエルトヴァエルにも理解できた。

 理解できたのだが。

「おつかいを見守るだけで、なんでこんな大げさな事になってるんですか!」

 土彦は一体、何と戦うつもりだというのだろうか。

 エルトヴァエルは少しでも急ごうと、大きく翼を動かした。

 急がないと、なんだかとんでもない大事になりそうな気がしたからだ。

 実際、既に「見直された土地」を囲むように配備されているステングレアの隠密達は、この世の終わりのような顔で走り回っている。

 彼等はマッドアイネットワークはガーディアンが作ったものだろうと考えているはずなので、何かしらの怒りに触れたのかもしれないと判断したのかもしれない。

 ちなみに、ステングレアがそういった情報を持っていることや、そういう判断をしていることも、エルトヴァエルは調べ上げていたりする。

 大抵の情報はすぐに調べなくては気が済まない。

 そんなエルトヴァエルであった。

「とにかく、大げさだからやめてって言わないと! あの子こういうことになると見境なくなるんだから!」

 特に、赤鞘や水彦が絡むと目の色が変わる気がする。

 身内に優しいのはいいのだが、限度があるのではないか。

「やっぱり水彦さんと兄妹だからなのかな。ちょっと研究狂っぽいところはあるけど、まともだって信じたいのに」

 苦い顔で呟きながら、エルトヴァエルは先を急ぐ。

 ちなみに、「そういうあんたは情報狂だよ」と突っ込んでくれる親切な人は、残念ながら近くには居なかった。




 「罪人の森」を越え、エルトヴァエルは今だ荒地が大半を占める「見直された土地」の上空へと入った。

 最初に目に飛び込んできたのは、なにやら忙しそうに飛び回っている上位精霊達だ。

 何事だろうと近づいていったエルトヴァエルは、しこたまむせ返った。

 様々な属性の精霊達が、まるで空中戦でもはじめるかのような臨戦態勢で上空を飛び回っていたからだ。

「ああ、エルトヴァエル様。指示通り、皆、配置についてございます」

 エルトヴァエルのに気が付いた精霊の一人が、空中で跪くようにしながら声をかけてきた。

 その言葉から、精霊たちは誰かの指示を受けているのは分かる。

 十中八九、土彦だろう。

 エルトヴァエルは自分の胸をさすって何とか落ち着こうとしながら、半分涙目で精霊を見据えた。

「えほっ! ごほっ! いったい何と戦うつもりですかっ! やるにしても、もっと大人しく見守ってください!」

「は、はぁ。しかし、土彦様がいつでも戦えるようにしろ、と……」

 そういいながら、精霊は手に持った武器を体に引き寄せた。

 ちなみに、この精霊は戦乙女と呼ばれる種類の、光の上位精霊である。

 手にしている槍は、授かることが出来れば竜をも穿つと歌われる伝説の武器だ。

 上位精霊は戦うための武器を自分で作る事が多く、時折人間にそれを授ける事もあったりする。

 物語や伝説に出てくるようなものであるだけに、その威力はまさに伝説級だ。

 そんな物騒なものを持った上位精霊が、うろうろと上空を飛び回っている様は、ある種戦場よりも物騒である。

「いいからっ! 数を半分、いえ、四分の一でいいです! 残りは浮島で大人しくしているように伝えてください!」

「は、はい!」

「すぐに! 急いでください!」

 エルトヴァエルはパンパンと手を叩き、光の上位精霊を急かしたてた。

 それに押される様に、光の上位精霊は大慌てで飛んでいく。

 そんな後姿を見ながら、エルトヴァエルは疲れたようなため息を付いた。

「まったく……! やっぱり後で土彦さんとお話しないと」

 眉間を指で押さえながら、エルトヴァエルはぼやくように呟く。

 十中八九「お話」と言う名の「お説教」になるだろうが、まあ仕方ないだろう。

 エルトヴァエルは大きく首を振って気持ちを切り替えると、再び翼を打って飛び始めた。

 目指すのは、土地の中央。

 赤鞘の所だ。

「なんか、すごく動揺してたけど。大丈夫かな」

 どうにも嫌な予感がするらしく、その表情は曇りきっていた。

 最近こういうことを言うと、妙な当たり方ばっかりするな。

 そんな風に思う、エルトヴァエルだった。




「どうしましょう、なんかお菓子とか用意したほうがいいんですかね! この間アンバレンスさんが持ってきてくれた東〇バナナならあるんですけど! あ、なんかお茶とか、お茶っぱ有りましたっけ!」

 完全にうろたえた様子で意味も無く歩き回っているのは、もちろん赤鞘だ。

 その様子を、樹木の精霊達が呆れたり、面白がったりしながら見守っている。

 ようやく赤鞘の所にたどり着いたエルトヴァエルを待っていたのが、この光景である。

「もう、村でお祭りとかされなくなってから随分たってましてね! 私ホント奉納とかされるのすっごい久しぶりでもう、どうしていいか! あ、なんか、座布団、いや、え、衣装とかいりましたっけ!」

「あははは!」

「赤鞘様おちついて! ポテトチップスとオレンジジュースがいいよ!」

「俺、コーラがいい!」

 楽しそうにいう樹木の精霊の言葉に、赤鞘ははっとした表情に成る。

 そして、なるほどといった様子でポンッと手をたたいた。

「それなら確かアンバレンスさんが置いていった扉の付いてるカラーボックスに入ってましたよね! ちょっと事後承諾になっちゃいますけど、お借りしましょう! 緊急事態ですし!」

 わたわたと手足をバタつかせながら、赤鞘は慌てた様子でカラーボックスの元へと走っていく。

 カラーボックスが置いてあるのは、精霊樹の根元だ。

 その力で内部のものを冷やしているので、天然の冷蔵庫状態になっているのである。

 びっくりするほどの精霊樹の無駄遣いっぷりだ。

 まあ、当の本樹が納得しているので、それでいいのだろう。

 エルトヴァエルは激しい頭痛に頭を抱えながら、自分を挟むように左右に立っている調停者の精霊にちらりと目線を向ける。

「……ずっとこのようすなんですか?」

「はい、アグニーが今日出発すると聞いてから」

「ずっとずっとこの様子です」

 少年と少女の外見の調停者の精霊は、シンクロしたような様子でそういう。

 見た目もそっくりなこの二柱の精霊は、双子のように異様なほど息が合っていた。

 言葉も思考も一部がシンクロしているのは、恐らく周りの植物に干渉するというお互いの特性が影響しているのだろう。

 すぐ近くで一緒に育ったというのも、もちろん原因の一つだと考えられる。

 その性質のためか、この二柱は他の樹木の精霊達のまとめ役のようになっていた。

 おかげで、エルトヴァエルとはよくこうやって一緒に頭を悩ませているのだ。

「ああ! どうしましょう! コーラ二本しかない! 足りますかねこれっ! エルトヴァエルさんこれどうしましょう! コンビニってこの辺有りましたっけ!」

「あの、赤鞘様、とりあえず落ち着いてください」

「ええ?! で、でもコーラが、あ、そうか、オレンジジュースありましたよねっ!」

 再びカラーボックスの中に頭を突っ込み内部をあさり始める赤鞘を見て、エルトヴァエルと調停者の精霊は深い、深いため息を吐くのであった。

なんか思ったよりも長くなりました。

もういっそのことあと2~3話今回のエピソードに使おうと思います。

結構赤鞘とアグニーメインって久しぶりな気がするし、いいかなって思いました。


さて、このたび「神様は異世界にお引越ししました」は、同タイトルで書籍化出版させていただける運びと相成りました。

ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、「第二回エリュシオンライトノベルコンテスト」の受賞作品という形での出版でございます。

大賞ではなく、あくまで受賞作、っていうところが、AKASAYAらしいかなと思っています。

発売日ですが、2014年8月9日を予定です。

そうですね、もうすぐですね。

買ってやってもいいよっ! という方がいらっしゃいましたら、よろしければお買い上げくださいませー。

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