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八十七話 「おお。なんか、さけをのんだら、あたまがすっきりしてな。なんだか、いつもよりいろいろかんがえられるきがする」

 ベッドの上で寝こけている水彦を見て、エルトヴァエルは大きくため息を吐いた。

 今日は顔を出すからおきているようにと指示を出したのだが、案の定である。

 呆れたように首を振りながら、エルトヴァエルは対水彦用の目覚まし技を発動した。

「水彦さん。ご飯ですよ」

「おお」

 ご飯という単語で瞬時に起き上がる水彦を見て、エルトヴァエルは眉間を押さえた。

 なんだか最近めっきり頭痛とお友達なエルトヴァエルである。

 そんなエルトヴァエルを他所に、水彦はきょろきょろと辺りを見回していた。

 どうやらご飯を探しているようだ。

 しばらく辺りをうかがったのち、水彦は不満そうに眉をひそめてエルトヴァエルへと顔を向ける。

「めしはどこだ」

 エルトヴァエルは無言で拳を固めると、思い切り振り抜くのであった。




 今回エルトヴァエルが水彦に持ってきた仕事。

 それは、人探しであった。

「探して欲しいのは、スケイスラーの工作員で、“複数の”プライアン・ブルーという人物です」

 そういうと、エルトヴァエルはアンバフォンを操作する。

 すると、光の粒子が画面から飛び出し、空中に映像を浮かび上がらせた。

 神の力を作って作られたアンバフォンは、立体映像も扱えるのだ。

 水彦は浮かび上がった映像を見て、いつも眉間に寄せている皺を、さらに深くする。

 いつに無い真剣なその様子に、エルトヴァエルは不思議そうに首を傾げた。

「どうしたんですか? まさか見覚えがあるとか……」

「ちちは、えろとばんえろとおなじぐらいあるんだな」

 反射的にワンパンくれてやりそうになったエルトヴァエルだったが、寸でのところで堪えた。

 最近ボコボコ水彦を殴っているせいか、なんだか自分が暴力的になってきている気がしたからだ。

 確かに制裁が必要な事もあるが、あまり殴りすぎるのはよろしくないだろう。

 あまり衝撃を加えると水彦がどんどんおバカになっていく気がするし、何より自分が凶悪になっていっている気もしてくる。

 天使とは本来、心優しく慈悲深く、全てを愛で包み込むような存在でなくてはならないのだ。

 普段のエルトヴァエルを知っているものなら、どの口がそんな事を言うのかと思う台詞である。

 まあ、理想と現実は往々にしてかけ離れているものだ、と言った所だろうか。

 何とか拳を収めると、エルトヴァエルは深く息を吐いて気を落ち着かせた。

 どうにか気を取り直して、話を続ける。

「彼女を見つけて、これを渡してください」

 そういってエルトヴァエルがバスケットから取り出したのは、小さな涙型の宝石らしきものが取り付けられたネックレスだった。

 銀色のチェーンが付けられたそれは、なかなか高価な品に見える。

「なんだそれ」

「これは、アンバフォンの機能限定モデルです。アンバレンス様が量産用に作ったテストモデルなのだそうで、人間には解析される恐れも無くて今回の件には最適です」

「そーなのかー」

 刻々と頷く水彦だが、十中八九内容は理解していないだろう。

 エルトヴァエルもその辺は織り込み済みなので、詳しく説明しようとは考えていない。

 ある意味、絶大な信頼がそこにあるといえなくもない。

「それで。それをわたしてどうするんだ」

「彼等と連絡を取り、仕事を依頼したいと思いまして」

 エルトヴァエルが言う仕事とは、品物の仕入れであった。

 見直された土地に運び込まれる物資の購入は、現在水彦が行っている。

 だが、そこは水彦なので、いろいろと余分なものが混じっていたり、必要なものが無かったりでどうにも安定していなかったのだ。

 それに痺れを切らしたエルトヴァエルが考えたのが、輸送国家スケイスラーを頼るというものだったのである。

 スケイスラーはその商売柄、あらゆる場所に販路を持っていた。

 輸送経路を使い、物資を転売する事業も行っているからだ。

 その彼等に、物資の買い付けを頼もう、というのが、エルトヴァエルの考えであったのである。

 エルトヴァエルの調査で、彼らが見直された土地上空を通行する権利を欲している事は分かっていた。

 見直された土地の側から連絡を取れば、悪いようにはしないはずだ。

 と、そこまで大まかに説明をしたエルトヴァエルだったが、水彦は相変わらずぼけーっとしたかおをしていた。

「そーなのかー」

 口ではそういってはいるものの、恐らく半分も理解していないだろう。

 それでも一応説明をするのは、エルトヴァエルの律儀さゆえだろうか。

「でも、なんでわざわざこんなもんわたすんだ。あいてのくにに、えろとばんえろがいけばいいだろう」

 珍しく的を射た水彦の言葉に、エルトヴァエルは驚いたように目を丸くする。

「それでもよかったんですが、この土地に来たことを知っているということや、今後も彼女を通してつなぎをとりたいという意思表示のために今回はこの方法をとることにしました。プライアン・ブルーは、間違いなく優秀ですから」

「おれにはやっぱりよくわからないな」

 水彦は手を伸ばし、掌を開いて見せた。

 意図を察したエルトヴァエルは、その上にネックレスを乗せる。

 掌に乗せられたそれをぐっと握ると、水彦は懐へとしまいこむ。

「まあ、わたすだけでいいなら、なんとかする」

「お願いします」

 普段と少し違うようすに、エルトヴァエルは少しだけ首をかしげた。

 だが、真面目に仕事をやってくれるのはいいことである。

 エルトヴァエルは気を取り直すと、今度はバスケットから書類を取り出した。

「一応、仕事の内容はここに書いてあります。キャリンさんに見せるか、自分でとっておくか、判断はお任せします。一応、仕事が終わるまで毎日連絡も入れますから」

「おお、わかった」

 いいながら、水彦はこくこくと頷いた。

 普段よりも知性が感じられるそんな様子を見て、エルトヴァエルはすこぶる怪訝そうに眉間に皺を寄せた。

 そして、たまりかねたのか、不思議そうな顔で質問する。

「あの、水彦さん何かあったんですか?」

「おお。なんか、さけをのんだら、あたまがすっきりしてな。なんだか、いつもよりいろいろかんがえられるきがする」

 どうやら水彦は、酒が入っている方が調子がいいタイプらしい。

 確かに言われて見れば、いつもより若干表情が引き締まっている気がしないでもない。

 いっそいつも酔っ払ってればいいのに。

 そう思う、エルトヴァエルであった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 見直された土地の、アグニー達の集落。

 その日、アグニー達はいつもよりも何倍も忙しそうに走り回っていた。

 それもそのはずである。

 今日はいよいよ、赤鞘にお社や食べ物などを奉納しに行く日なのだ。


 広場には、奉納される予定の様々なものが集められていた。

 仕上げ作業が施されて、ぴっかぴかに磨き上げられた三つの社。

 収穫したての、食べごろな作物。

 作られた中で一番飲み頃なお酒。

 どれもこれも、アグニー達が丹精こめて作り上げたものばかりだ。

 担ぎ台の上に乗せられたり、担ぎ棒がくくりつけられたそれらを前に、長老は満足気に頷いた。

「うむうむ。なかなか壮観じゃのぉ! これなら、赤鞘様もきっと喜んでくださるじゃろう!」

「長老ー!」

 そんな長老の下に、若手アグニーのマークが走ってきた。

 今日のマークが着ているのは、動きやすいブルマーだ。

 これから沢山の荷物を運ばなければならないので、きちんとそれを考慮した恰好をしているのである。

 他のアグニー達も、皆思い思いに動きやすそうな服装をしていた。

 ワンピースやミニスカートなど、どういうわけかスカート系の割合が多い。

 多くのアグニーがパンツとか見えても全く気にしないタイプなので、そういったチョイスになるようだ。

 エルトヴァエルとかがいたら確実に内臓系の病になっていただろうが、幸か不幸か、今ここにいるのはアグニー達とコウガクだけであった。

 ちなみに、今日の長老の装いは、デニムのショートパンツとタンクトップだ。

 青と白の横しま模様のタイツによって作り出された絶対領域が、なんとも魅力的である。

 長老は声をかけてきたマークの方へと振り返り、片手を上げて挨拶をした。

「おお、マーク。なにごとじゃね」

「もっていく食べ物の準備、おわったみたいだよ! 長老も確認するだろ!」

「もちろんじゃとも! 食べ物のチェックは大切じゃものな!」

 長老は元気良くそういうと、食べ物を用意しているところに向って走り出した。

 マークもその後を追い、元気に走っていく。

 周りのアグニー達も、なんだなんだとそれを追いかけて走り始めた。

 何かありそうだとついつい集まっちゃう。

 そんな好奇心旺盛なアグニー達なのであった。


 アグニー達は独特の価値観を持っており、大切なものは手で持ったり、担いだりして運ぶのがいいとされていた。

 台車などの上に乗せて運ぶのは、地面に引きずって運んでいるのと同じだと考えていたのだ。

 そのため、赤鞘へ奉納する品々は、すべて担ぎ台や担ぎ棒に括り付けられていた。

 沢山のアグニー達が手分けして担ぎ、赤鞘の所に持っていく予定なのだ。

 それに対して、道中アグニー達が自分たちで食べる食べ物は、そういった気を使う必要が無い。

 地面に引きずろうが、転がそうが何でもいいということで、殆どが台車の上に乗せられていた。

 荒地でもどんどん進めるように改良された、アインファーブルの冒険者向けに作られた逸品だ。

 これを手に入れてきたのは、もちろん水彦である。

 見放された土地からアインファーブルまで土彦が掘り抜いた、秘密の通路を使って輸送されたものだ。

 凝り性の土彦が掘ったものだけに異様に立派なトンネルなのだが、残念ながらアグニー達は一度もそれを見たことが無かった。

 というか、皆あんまり行きたいとも思っていなかったりする。

 アグニーは、暗くて狭いところがあまり好きではないのだ。

 とっさの時に、ドコに逃げればいいか分からなくなるからである。

 隠れるよりも、走って逃げたい。

 アグニー族は兎に角逃げるのが大好きなのだ。

 まあ、それはともかく。

 アグニー達が用意した食料は、かなりの量になっていた。

 エルトヴァエルや土彦によれば、赤鞘の所まではアグニー達の足で、丸一日かかるという。

 となると、道中どこかで一泊することになる。

 赤鞘の所までの道中は、文字通り草一本生えていない荒地だ。

 進むにしても、寝泊りするにしても、なかなか厳しい場所のはずである。

 万が一迷子にでもなったら、食べ物を探す事もできない。

 今回の奉納への道のりは、なかなかに冒険なのだ。

 食料のほかにも、アグニー達は様々なものを用意していた。

 雨が降った時用のシートに雨合羽。

 火を起すための火打石に炭、野外用の簡易コンロ。

 身を守るのにも、煮炊きにも使える鍋。

 そして、スコップ。

 スコップは、エルトヴァエルの推薦品であった。

 穴を掘る事も、殴ることも突くこともできる、万能の道具なのだという。

 その昔、スコップ一本で敵の中隊を壊滅させた傭兵がいたとかで、エルトヴァエルは熱心にその有用性について語っていたのだ。

 なんでも興味があってその人物を調べていたとかで、実に素晴らしいプロの仕事を見たと感動しきりのようすであった。

 もちろん、アグニー達はそんな難しい話はよく分からなかったので、ぽかんとした顔をしていたわけであるが。


 沢山の荷物が積まれた台車の周りを、何人ものアグニー達が走り回っている。

 そこへ走ってきたのは、マークが呼んで来た、長老であった。

 食べ物などの準備を監督していたアグニーが、それに気が付いて大きく手を振る。

「長老! こっちです!」

「おお、ご苦労さんじゃのぉ!」

 長老は手を上げたアグニーに近づいていくと、労いの言葉をかける。

 それなりの速さで走っていた長老だったが、息は余りあがっていない様子だった。

 逃げる事に特化したアグニーは、走るのがとっても得意なのだ。

「どうじゃね、準備の方は」

「全部終わりましたよ! これで、いつでもいけます」

 長老の問いに、監督アグニーは胸を張った。

 周りではまだ忙しそうにアグニー達が走っているが、良く見ると別に何もしていないのが分かる。

 忙しい雰囲気だと、とりあえず走り出しちゃうのが、アグニーの特徴なのだ。

 長老は返って来た答えに満足そうに頷くと、拳を振り上げて宣言する。

「よし、準備万端じゃぁ! 予定通りお昼ご飯を食べて、出発式を執り行う! 皆準備にとりかかるんじゃー!」

「けっかいー!」

「おー!」

「がんばろー!」

 長老の掛け声に、周りのアグニー達も大きな声を上げた。

 その声はどんどんと連鎖して行き、集落全体に響き渡る。

 それを合図にしたように、それぞれの担当のアグニー達がお昼ご飯と出発の準備に取り掛かりはじめた。

 こういった実用的なんだかそうじゃないんだか分からない伝達力の早さは、アグニーならではといえるだろう。

「ご飯を食べたら、いよいよ出発じゃな」

 長老はしみじみとした様子で、そう呟いた。

 赤鞘の元へ向けての小さな旅が、いよいよ始まろうとしている。

 このとき、まさか結界との再会を果たす事になろうとは。

 アグニー達は夢にも思っていないのであった。

色々予定が変わってきて、久しぶりの更新です。

申し訳ない orz


次回、結界との再会を果たし、その次で社をおさめて、この章(?)は終了です。

その次からは、世界が大きく動く事に成る予定です。

エルトヴァエルさん、大活躍ですね!

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