八十六話 「あのしっぽをすーってすべるのが、たのしーんだよなぁー」
アグニー達の集落のはずれ。
森を切り開いて作られた新しい広場に、三つの小さな社が置かれていた。
材料になっているのは、アグニー達が森から伐採してきた木材だ。
元々家や道具を作るために用意されたそれらは、けっして特別な物ではない。
海原と中原では、神殿や社を作る際は、様々な希少な素材を使うことが至上とされていた。
オリハルコンやミスリル、世界樹や、聖域から切り出された石材などである。
にも拘らず、アグニー達が作った社は、希少な素材どころか、金属の釘すらも使われていなかった。
全て木材のみでくみ上げられ、塗装すらされていない。
木の地肌がむき出しで、全体的に地味で飾り気の無い色合いだ。
それだけを聞けば、アグニー達が作った社はさぞ粗末なものであるように想像するかもしれない。
だが、実際はそうではなかった。
極々平凡な素材によって作られた、木造の社。
その、目に見えるほぼ全ての箇所に、細密な彫刻が施されていたのだ。
アグニー族は、非常に手先が器用な種族として有名であった。
彼らが作った工芸品などは、その見事さからかなりの高額で取引されている。
そんなアグニー達が、精魂こめて施した彫刻だ。
価値で言えば、それこそ希少金属や宝石にも引けをとらない。
素材の質素さを払拭して余りあるほどの優美さが、社には備えられていたのである。
「うぅむ。これは……いや、驚いたね。実に素晴らしい」
その細工の見事さに、コウガクは思わずといった様子で唸り声を上げる。
改めて三つの社それぞれを眺めると、ゆっくりとした動作で毛むくじゃらの顎をなでた。
少し離れた所から眺めただけではあったが、それでもコウガクを感嘆させるだけの力が、社には宿っていたのだ。
「おお! そういってくださいますかのぉ!」
「うわぁーい! ほめてもらったー!」
「結界ー!」
「やったー!」
コウガクの言葉を聞き、アグニー達は飛び跳ねて喜んだ。
ほめられたらすぐに嬉しくなっちゃう。
アグニーはとっても単純なのだ。
嬉しそうにきゃっきゃとはしゃいでいるアグニー達を見て、コウガクは楽しそうに声を上げて笑った。
一見すると、おじいちゃんと子供達といった光景に見える。
だが、こう見えてもここに居るアグニー達は、全員大人だったりするのだ。
アグニー族というのは、実に不思議な種族である。
「コウガク様! どのお社が、いちばんよくできていますか?」
「おお、そうじゃぁ! ぜひおききしたいのぉ!」
「けっかいー」
「そうだ! いちばん気になるもんな!」
一人が思い出したように言ったその言葉に、アグニー達はにわかに色めきたった。
褒められて有頂天になっていた為すっかり忘れていたが、どの社が優れているか見定めてもらう事も、大切な事の一つなのだ。
社を作った何人かのアグニー達は、慌てた様子で自分が担当した社の下へと走った。
そして、身振り手振りを交えて、懸命に宣伝をし始める。
「こっちの方がすごいですよ!」
「結界!」
「こっちのほうがかっこいいよ!」
「なんだとー! 俺たちの作ったやつのほうが結界だぞ!」
言い合いをはじめるアグニー達を見て、コウガクは困ったように笑う。
確かにアグニー達はコウガクをここに案内するとき、どの社の出来がいいか見てくれといっていた。
三つの社のうちどれかを赤鞘に選んでもらうといっていたが、やはりドレが選ばれそうなのか気になるのだろう。
懸命に自分たちが作ったのがいいとアピールはしているが、それは不安の裏返しなのかもしれない。
となれば、ここはじっくりと見比べ、何か言ってやるのも良いだろう。
コウガクはまだ少し離れたところから鑑賞していただけであったので、早速一つ一つを近づいて見てみる事にした。
「では、近くでじっくり見せてもらおうかな。皆も一緒に見るかね?」
「はーい!」
「結界!」
「わかりましたー!」
コウガクが声をかけると、アグニー達は元気良く返事をする。
そして、コウガクの近くに寄ってくると、その手や袖を掴み引っ張ったり、背中を押したりし始めた。
「コウガク様、アッチから見ましょう!」
「けっかいー」
「あっちのほうがいいよ!」
「これこれ、転んでしまうよ」
はしゃぎまわるアグニー達に、コウガクは優しく諭すように声をかける。
だが、興奮しているアグニー達の耳には届かないらしい。
そんなアグニー達に苦笑しながらも、コウガクは早速一つ目の社へと近づいていった。
一つ目の社は、全体に流れるような曲線が施されていた。
ある方向へ伸びている複数の筋が束ねられているのだが、それぞれが緩やかにカーブを描いているのだ。
それらの曲線はただ一方向に流れるだけでなく、時折うねる様な姿も見せている。
地面に接する柱から上り起ち、壁へと流れ、そこで渦を巻く。
うねり、しぶきを上げ、そのまま社を構成する柱へと戻り、屋根へと流れる。
そして、屋根の上で跳ねるように沸き立つ姿を見せ、縁へと滑り落ちていく。
確かに木材で作られており、色すら塗られておらず木目がむき出しのままであるにも拘らず、その社はまるで水で形作られているかのように見えた。
地面から湧き出した水が、そのまま社の形をとっているかのようなのである。
だが、それでいて不安定さはまるでなく、むしろどっしりと落ち着いた門構えであった。
この社は、水の社とでも言えば良いだろうか。
「成る程。これは、水に見立てて作ったんだね」
「そうでございますじゃ。赤鞘様には、水彦様というおつかいがいらっしゃいますからのぉ」
感心するコウガクに、長老が自慢げに言う。
どうやら、この社を作った班のリーダーは、長老であるらしい。
他のメンバーも高齢者が多いらしく、水の社を取り囲んでいるのは、老人ばかりだ。
もっとも、アグニーの年齢は外見からは良く分からないのだが。
「コウガク様がほめてくれたぞー!」
「がんばったかいがあったのぉ!」
「よかったよかった!」
改めてコウガクに褒められてほっとしたのか、老アグニー達は胸を撫で下ろしている。
ちなみに、長老は白のワンピースを着用していた。
年をとるとゆったりした服が好みになるのだそうで、多くの老アグニー達が似たような格好をしている。
男女問わず大半がスカートをはいているのは、恐らく単に楽だからだろう。
「うぅむ。ただの木を彫っただけで、ここまで流水を思わせることが出来るんだね。海や川を見て彫ったのかな?」
「そうですのぉ。海の波や、川の流れを参考にしとります」
「けっかいー」
「海は少しはなれているからいけませんが、このちかくの川にならいけますからね!」
アグニー達が元々暮らしていた村は海にも程近く、多くのものが海を見たことがあった。
長い年月を生きている老人達は見る回数も多く、表現の幅を広げる事ができたらしい。
やはり、実物を見たことがあるのとないのとでは、説得力が違うようだ。
「特に、このあたりの渦などは、若者にはまねできませんわい」
「そうだのぉ。コレはわたしら年寄りでないとつくれませぬわい」
「ほぉ。どうしてかね?」
なにやら意味ありげに頷きあっている老アグニー達に、コウガクは興味深そうな様子で訪ねた。
悔しそうな顔をしている若者アグニー達をちらりと横目に見ると、老アグニー達は胸を張ってその理由を話し始める。
「このうずは、昔都会に行ってみてきた、水洗トイレをモチーフにしてとるんですわい」
「いまの若いのは、あまり村から出た事がありませんからのぉ」
アグニー族というのは、基本的にはあまり村から離れたがらない性質を持っている。
若いうちは特にその傾向が強く、よほど冒険心のあるものでないと他所の村にすら行かないのだ。
だが、年をとり暇が出来てくると、それまで溜め込んでいた冒険心がうずきだす傾向にあるようであった。
子供が成人したり、孫が出来て落ち着いてくると、数人で連れ立って旅行に出かけたりするのである。
旅行といっても、時折やってくる行商人にくっ付いてアインファーブルに行く程度ではあるのだが。
どうやら老人達はそのときに見た水洗トイレが、甚く気に入ったらしい。
しきりに水洗トイレ水洗トイレと口にしている。
「すごかったよなぁー、といれ!」
「ああいうのは都会でしかつくれないのぉー」
「けっかいー」
わいのわいのと騒いでいる老アグニー達に苦笑を浮かべながらも、コウガクは改めて水の社に目を向けた。
実に綺麗で、優美な社である。
水洗トイレの渦から得た着想を取り入れているあたりも含めて実にアグニーらしいと、コウガクは思うのであった。
二つ目の社は、どっしりとした落ち着きのあるたたずまいをしていた。
地面や岩のようなごつごつとした印象を与える下部から、上に向ってまっすぐに幾つもの植物の彫刻が伸びている。
同じ木の肌から掘り出されているにも拘らず、それぞれの植物に個性があり、全く別のものであるように見えた。
地面に接している柱は、まるでそこが隆起した土地のようになっている。
岩があり、土があるのだ。
そこに、木々や草花が根を下ろしていた。
しっかりとした幹や、ツタや草が社の壁全面を使い表現されている。
たくさんの木々が掘り込まれており、ともすればごちゃごちゃとなりそうなものなのだが、そうはなっていない。
巧みに付けられた陰影によって奥行きが出されており、社そのものが一つの森であるように見えるのだ。
そして上へと目を移せば、そこにあるのは木の葉で形作られた屋根が広がっている。
硬い木材で作られており、基礎のものの色合いしかないにも拘らず、それはまるで生きた緑の葉を思わせるようであった。
微風が吹けば、さわさわと葉の揺れる心地よい音が聞こえてくるようである。
言うなればこれは、大地の社だ。
「月並みな言い方だが、心が洗われるようだね。とても落ち着いた、ゆったりとした気持ちになるよ」
見惚れる様にじっと社を眺めながら、コウガクはため息混じりにそう呟いた。
周りで固唾を呑んで見守っていたこの社を担当したアグニー達は、嬉しいのか安心したのか、呆然とした顔をしている。
この社を担当したアグニー達は皆10歳、15歳の、人間で言えば20から30歳の若いアグニー達なのだそうだ。
一人前になってから初めて任されたのがこの社作りだったそうで、皆とても緊張していたのだという。
「よかったなぁー! よかったー!」
「褒めてもらえたもんな!」
「けっかいー!」
「なんか、どっとつかれたー」
コウガクが感想を言ってから暫く経って、ようやく若アグニー達はそれぞれの反応を見せ始めた。
喜ぶもの、踊りだすもの。
なかには、ぐったりとへたり込むものまで居る。
そんな様子を微笑ましそうに見ながら、コウガクはにっこりと笑顔を作った。
「これは、近くに生えている植物を見て彫ったのかな?」
「はい! 切り倒すときに、どんな木が生えているのか覚えておいて、なるべく同じぐらいになるように作ったんです!」
「だから、この森をちいさくしたら、きっとこの社みたいになると思います!」
どうやら、若アグニー達はこの森の植生を、そのまま社に映し出したらしい。
成る程言われてみれば、村の周りの植物と社に彫刻された植物は、同じ種類のようである。
だが、驚くべきは、それがその植物であると分からせる、若アグニー達の彫刻技術だろう。
若くまだまだ発展途上であるという若者ですら、それだけの説得力のあるものを作るのだ。
アグニーとは、全く驚くべき種族である。
改めて大地の社に目を向け、コウガクはその細部にまで施された彫刻を観察し始めた。
そこで、奇妙なものに気が付いた。
丸に小さな手足のような物がついた何かが、そこかしこに見え隠れしているのだ。
体を隠すように、木の枝や草の間などから顔を覗かせているその様子は、小動物のようでもある。
世界中を旅して回ったコウガクだが、このような生物は今まで見たことがなかった。
見覚えがあるとすれば、この土地のガーディアンである土彦が持っていた、あの奇妙な土の塊だけである。
「この小さいのは、まさかマッドアイかね?」
「そうですよ!」
「森とじめんの社なら、土彦様ですからね!」
この森に住むアグニー達にとって森と大地といえば、すぐに思い浮かぶのは土彦であるらしい。
土から生まれ、森中に目を光らせる土彦だ。
成る程この森そのものを表した社には、欠かせない存在だろう。
「あ、あと、この草はおれのこうぶつなんですよ!」
「コッチの草もおいしいよなぁー」
「この木の葉っぱは、かわかしてお湯にいれると、お茶になるんだよなぁー」
若アグニー達は大地の社に集まると、わいのわいのと騒ぎ始めた。
コウガクに褒められて安心したからか、表情は晴れやかだ。
それにしても、若アグニー達の口から出るのは、草や木々を食べる事ばかりである。
「この木になる実も、うまいんじゃよなぁ」
「コッチのツルは、下に芋があるんだよな!」
「あ、コレ食べられない草だ!」
「きをつけないとだめだねー」
いや。
どうやらどの世代のアグニーも、食べる事には興味津々らしい。
それもまたアグニーらしいと、コウガクは笑い声を上げた。
最後の一つは、実に躍動感にあふれるものであった。
社自体は実に質素で素朴なものなのだが、その周りを取り巻いた立体彫刻の数々が圧巻なのである。
まず目を引くのは、屋根から壁面にかけて、その体を使い社全体を守るように覆っている、見事なドラゴンであった。
見るものが見れば一目でエンシェント・ドラゴンと分かるそれは、まさに神の住まう社を守るに相応しい風格を持っている。
元々、エンシェント・ドラゴンは神々が土地を守るために作った、特別な種族だ。
土地神である赤鞘にとって、もっとも相応しいガーディアンといってもいいはずだ。
勿論、社の周りに配されているのは、それだけではない。
キツネ、ユニコーン、フェニックスといった、神聖とされる動物が幾つも彫刻されているのである。
それらは平面に施された飾り彫りだけではなく、木彫り人形のように身を乗り出しているものまであった。
全て木で作られて、表面は木目が浮いているにも拘らず、毛皮をまとったものはやわらかく。
ウロコをまとったものは、まるで鎧を着込んだように硬質に見えた。
それらを全て同じ木材を使い、彫り方を変えるだけでそう見せているのだから、感心するほかない。
良く見れば、どの獣も、一つとして同じ方向を向いていないことがわかる。
これは恐らく、死角なく全ての方位を見渡すためだろう。
四方八方に目を光らせる神聖な獣達からは、並々ならぬ気迫が感じて取れる。
今にも飛び掛らんばかりと筋肉を隆起させるその様は、悪しからぬものでも思わず後ずさるほどであった。
「これはまた、良く観察されているね」
その迫力と説得力に、コウガクは感嘆の声を上げる。
コウガクが最も驚いたのは、獣達の体の作り、筋肉の動きであった。
魔法による治療も得意としているシャルシェリス教の僧侶であるコウガクは、動物の筋肉の付き方に、深い造詣を持っている。
そのコウガクから見ても、この獣達の体は見事と言う他なかった。
襲い掛かるその瞬間を写し取ったかのような彫刻は、神業といって差し支えないだろう。
「どうぶつを彫るのは、とくいだもんなぁー」
「いっちばんこわいときを、つくればいいんだよな」
「けっかいー」
この社を作ったのは、中年層のアグニー達であった。
経験も豊富になってきた彼らは、もっとも働き盛りで、脂の乗り切った年頃だ。
そんな彼等曰く、迫力がある獣は、怖い感じに作ればいい、とのことであった。
警戒心の強いアグニー達は、その観察能力もずば抜けている。
アグニー達が最も怖いと思う瞬間とは、つまり襲い掛かってくる瞬間という事だ。
そのときのことを思い出しながら彫刻を作れば、簡単に迫力が出せるのだという。
まあ、そもそも遠く離れた気配すら感知して速攻で逃げ出すアグニー達が、襲われそうになる事があるのかどうかが甚だ疑問ではあるのだが。
「ふぅむ。このエンシェント・ドラゴンは、この土地にいらっしゃるというお方かな?」
「はい、そうです!」
「この間遊びに来てくれたときのを覚えておいて、つくったんだよなー」
「たのしかったもんなー!」
コウガクの問いに、中年アグニー達は大きく頷く。
土彦に、この土地にはエンシェント・ドラゴンも居ると聞いてはいたコウガクではあったが、残念ながらまだ顔は合わせていなかった。
改めて彫刻に目を向け、コウガクはじっくりとその体躯を観察する。
硬く、立派であろうウロコに覆われた体には、ところどころ傷のようなものが見て取れた。
これはアグニー達が失敗してつけたものではないだろう。
恐らく、エンシェント・ドラゴンの体についていたものを、アグニー達がそのまま再現したものなのだ。
エンシェント・ドラゴンはとても強力な種族であり、少々の事では傷すら負わない。
並大抵の攻撃では傷を負わせるどころか、ウロコ一枚を欠けさせる事すら不可能だ。
よほど年を経たのか、それとも何らかの理由で一つ所に留まらなかったのか。
なんにしても、経験を積んだエンシェント・ドラゴンは、比類なき力を持つという。
ただでさえ強力な体を持つものが経験を得るのだから、まさに恐るべき存在であるといえる。
そんなエンシェント・ドラゴンが守るこの社は、さながら竜の社と言った所だろうか。
「あのしっぽをすーってすべるのが、たのしーんだよなぁー」
「結界!」
「まだこんどやらせてもらおう!」
「でも、土地を守るお仕事で、おいそがしいんじゃないか?」
「そーだなぁー」
どうやらどんな強力な存在であっても、既に危険はないと判断したアグニー達には、関係無いことだったようである。
彼らの興味は、もっぱら遊んでもらう事や、エンシェント・ドラゴンの仕事についてに集中しているらしい。
危険だと判断すれば一瞬にして逃げてしまうが、一度気を許せばとても良く懐いて来る。
それは、アグニー族の大きな特徴の一つなのだ。
「ところで、お社はコレで完成なのかね?」
「また細部の調整はありますが、殆ど完成でござますじゃ」
コウガクに返事を返したのは、長老であった。
ワンピースの裾を叩くと、ちょこちょことコウガクの元へ走ってくる。
どうやら、地面に座り込み、社を観察していらしい。
「今日の夕方には終わりますからのぉ。明日食べ物やお酒の準備をして、明後日には赤鞘様のところに向けて出発する予定でございますじゃ」
「成る程成る程。ならば、私も手伝うとしよう。お社を納めさせていただくとき、お経を読むと約束していてね」
「結界?!」
「コウガク様もいらっしゃるんですか?!」
「うわぁーい!」
「きっと赤鞘様も喜んでくれるぞぉー!」
「おお、それは! 有り難い事でございますじゃ。神様の前での礼儀など、わしら知りませんからのぉ! お言葉に甘えさせていただきますじゃ!」
コウガクの言葉を聞き、アグニー達は嬉しそうに声を上げた。
自分たちだけだと心細かったようで、コウガクが来てくれると言うのが素直に嬉しかったようだ。
「では、コウガク様! 申し訳ありませんが、わしらは早速お社の総仕上げを始めますじゃ!」
「といっても、おかしなところがないかじっくりみるだけだけどなぁー」
「けっかいー」
「よーし、みんなで見るぞー!」
「おー!」
そういうや否や、アグニー達は一斉にそれぞれの持ち場へと駆け出していった。
コウガクの近くに残ったのは、狩人のギン一人だけだ。
どうやら今日は狩りの休みの日であるらしく、案内役になっているらしい。
ギンは申し訳なさそうな顔で頭を掻くと、コウガクに頭を下げた。
「すみません、皆それぞれやる事が一杯みたいで」
「なになに、忙しいときにきた私が悪いんだからね。気にする事はないよ。いや、元気で、良い事だよ」
コウガクはぐるりとアグニー達を見渡すと、嬉しそうな笑顔を作った。
あの妙に腰の低い神様がこの光景を見たら、どう思うだろう。
きっと、喜ぶに違いない。
土地に生きる住民の安寧を、あれほど気にかけておられたのだから。
目の前にあの三つの社を並べられたとき、赤鞘様はどんな顔を成されるのだろうか。
これはなかなか、楽しみで仕方がないではないか。
コウガクはそんなことを考えながら、実に、実に楽しそうに、笑い声を響かせるのであった。
コウガクがアグニーたちと出会い、その変わらぬ様子に安心していた、丁度同じ頃。
見直された土地中央付近にある湖、その上空にある浮島では、上位精霊達による会議が行われていた。
場は重苦しい空気に支配され、全員実に真剣な面持ちをしている。
「つまり、ここにアグニーが入った場合、何らかの悪影響があるかもしれない、と」
「そうなるな。赤鞘様の教えを受けて以降、この湖の力の高まりは異常だ」
精霊達が住んでいる湖と浮島は、赤鞘の指導により劇的に力の流れが改善していた。
徹底的な効率化とコストカットが行われた結果、神域といって差し支えない状態にまでなっていたのである。
もしアグニー達がこの湖にうっかり入ろうものなら、なんやかんやあってとてもすごい存在になってしまうかもしれないのだ。
今までアグニーがすごい力を持ったという前例がないだけに、何がどうなるか分からない。
もしかしたら特に問題はないかもしれないが、何かあったら洒落や冗談ではすまないのである。
なにせアグニー族は、赤鞘がこの土地に住まう事を認めた種族なのだ。
上位精霊たちにとっても、絶対に守護すべき対象なのである。
「直接伝えてもいいのだろうが、まだ警戒されているかもしれんからな」
「アグニー族の警戒力は異常だ。風の精霊など、接近しただけで逃げられたんだぞ」
「一体どうやって感知したんだ」
まあ、その辺はアグニー族だから、としか言いようがないだろう。
「うーん。いっそ、近づけないようにするというのはどうだ?」
ある光の精霊の提案に、他の精霊たちの注目が集まった。
光の精霊は難しそうな表情を見せると、ゆっくりとした口調で言う。
「いっそ、湖に結界を張ってしまうというのだ。それならば入って来れないだろう?」
このとき精霊達は、この提案が後に巻き起こす騒動を、想像すらしていなかったのである。
サブタイトル、「いっそ、湖に結界を張ってしまうというのだ」とどっちにしようか三秒ぐらい迷った。
でも山場だし、出さない方がいいかなぁーって。