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八十四話 「わしらがここでいくら考えたところで、赤鞘様がお気に入りになるステキな神殿を作る事は難しいじゃろう」

 見直された土地にあるアグニー達の集落。

 その長老の家では、現在主要なメンバーを集めての会議が開かれていた。

 全員が真剣に取り組んでいる会議はしかし、遅々として進展が見られなかった。

 アグニー族は、基本的にお気楽で難しい事を考えるのが苦手な種族だ。

 ちょっと難しい話をされるときょとん顔やぼうぜんとした顔で固まってしまい、場合によってはそのまま知恵熱を出してしまったりするレベルである。

 そんな彼らは今、必死になって考え、議論し、会議しているのだ。

 ここ数百年のアグニー史を紐解いても、これほど会議が難航した事はなかっただろう。

 元々アグニーは、即断即決を尊ぶ気質をもっている。

 危ない!

 と思ったらすぐに逃げる。

 お腹がすいた!

 と思ったらすぐにポンクテを食べる。

 結界だ!

 と思ったらすぐにタックルする。

 そんなアグニー達であるから、本来は会議も実にスムーズだ。

 議題が上がったら、過去の経験則やフィーリングを元に誰かが解決案を出だす。

 そして、皆が「それだっ!」と叫んで、解決終了。

 多少議論が続く事があっても、殆ど五分以内で終わるのである。

 だが、今回の議題は過去に経験した事のないものであり、さすがにフィーリングでは決められないほど繊細なものであった。

 その議題とは。

 赤鞘のために作る社のデザインについてであったのだ。

 エルトヴァエルの助言により、既に大まかなところは決まってはいた。

 木造で、1.5m程度の大きさ。

 村の中で製作後、皆で担いで運搬。

 見直された土地中央に到着したら、地面の上に設置。

 そういった手順もおおよその外観も、既に決まっている。

 だが。

 詳細なデザインが、まだ決まっていなかったのである。

 エルトヴァエルがまとめてくれた資料には、様々な製作例が載せられてはいた。

 しかし、やはり最終決定を下すのはアグニー達である。

 サンプルをいくつか作りプレゼン的なこともしたのではあるが、どうしても最終決定が下せないままでいるのだ。

「うーん。そもそも神殿とかなんて、見たこと無いからなぁー」

 唸りながらそう言ったのは、建設を担当している若いアグニーたちのリーダー、マークである。

 エルトヴァエルから貰った資料もあるにはあるが、やはりお手本は多いに越した事はないだろう。

 一応町に建築の修行とかにいった事もある彼だったが、流石に神殿は見たことがなかった。

 小さな教会などは見たこともあったのだが、参考にはならないだろうというのがアグニー達の考えである。

 神様が住んでるのは、あくまでも神殿なのだ。

 まあ、広い意味ではどっちも似たようなものなのだろうが、そこはアグニー達のイメージ的な問題である。

「せめて行商人から買った文献が残っておればのぉ。逃げるときに置いて来てしまったのが痛いところじゃ」

 心底弱ったように言う長老に、ほかのアグニー達も大きく頷く。

 文献を当れば参考になるものもあったかもしれないだけに、皆非常に残念そうな顔をしている。

 ちなみに。

 アグニー族は周囲の国々と同じ言葉を使っているのだが、文字文化だけはどういう訳か独特のものを持っていた。

 アグニー文字と呼ばれるこの文字は、一音につき一文字という非常に分かりやすい物であり、物事を覚えるのが苦手なアグニーでも簡単に覚えるものが出来る優れものである。

 だがその弊害か、多くのアグニーがアグニー文字以外の文字を読む事ができなかった。

 アインファーブルなどの都会に行くと、言葉は分かるのに文字が読めない、という事態に陥るのである。

 そのため、アグニー文字以外が読めるアグニーは、皆から大変な尊敬を集めていた。

 娯楽の少ない村の中で時折開かれる、行商人から買い付けた絵本の朗読会などのときは、まさにヒーローである。

 長老や中年アグニーのスパンなどが読む絵本はなかなか人気が有り、楽しみにしているアグニーも少なくなかった。

 余談では有るが、スパンがアグニー族きっての美女といわれる奥さんと出会ったのも、彼がアグニー文字以外を読めたことがきっかけであったりする。

 それを受けた当時の若者の間で村の外の文字を習得するのが流行したのだが、その大半が途中で挫折したのはあまりにも有名な話しであった。

 アグニー族は基本的に難しい事が苦手なのである。

 この、難しい事が苦手、という性質は、アグニー達が好む本の種類にも如実に反映されていた。

 アグニー達が行商人から買い付ける本の大半が、絵本であったのだ。

 文字ばかりの難しい本を読むと、大半のアグニーが寝てしまったり、気絶してしまったりするのである。

 マンガなども好まれるのだが、時折難しい内容のものがあったりするので油断大敵だ。

 朗読会の時、間違って社会派の難しいマンガを朗読してしまい、多くのアグニーが気絶してしまった、なんてことも実際に起こったりしている。

 この痛ましい凄惨な事件は、アグニー村史における十大事件の一つに数えられていた。

「あの絵本にのってた神殿とか、参考になったかもしれないのになぁー」

「あれなぁー。すごくきれいだったもんなぁー」

 他のアグニー達もその絵本を思い出したのか、皆うんうんと大きく頷いている。

 普段は割と冷静な方である狩人のギンでさえも、難しい顔で唸り声を上げていた。

 長老の家に集まったアグニー達は、何とかアイディアを出そうと必死に頭を捻った。

 普段悩みなれていないアグニーにとって、それは途轍もなく困難な作業だ。

 アグニー族は、基本的には物を考える事すら苦手とする種族である。

 悩むどころか基本的に物事を深く考える事すらしない彼らにしてみれば、悩むとはそれその物が未知の領域なのだ。

 議論にも至らないまま頭を悩ませるうち、アグニー達の中に奇妙な行動をとるものが現れ始めた。

 悩むという事になれない彼らは、悩み方すら見失い始めたのである。

 あるものは、唸りながら歩き始めた。

 腕組みしたまま、部屋の中をぐるぐると回り始めたのである。

 またあるものは、なぜか連続で前転をし始めた。

 ごろごろと転がりながら、部屋の中を縦横無尽に駆け抜け始めたのである。

 またあるものは、どういうわけが悶えながらのたうち回り始めた。

 悩ましい声を出しながら、グネグネと七転八倒しているのである。

 そのほかにも、三点倒立をするもの、スクワットを始めるもの、壁にタックルを繰り返すものなど、アグニー達は思い思いの行動をとり始めた。

 そういった奇行は次々と伝染していき、あっという間に部屋中のアグニーへといきわたった。

 会議室である長老の家は、悩みながら変な行動を取るアグニーで溢れかえったのだ。

 アグニーの一番の隣人であるカラスのカーイチですら、その光景には若干の戦慄を覚えるほどである。

 正気に戻って欲しいとも思ったカーイチだったが、彼女は今ギンに抱っこされたまま頭の上に顎を載せられているので、動く事ができなかった。

 どうやらカーイチを抱っこするのが、ギンの悩むときのスタイルらしいのだ。

 物理的にも心情的にも動けないカーイチには、アグニーたちを止める術はなかったのである。

 なんともいえないこのカオス空間は、結局その後数十分に渡り繰り広げられ続けるのであった。


 アグニー達がはしゃぎまくっているようにしか見えないカオス空間で、最初に我に返ったのは長老であった。

「そうじゃ。とりあえず仮住まいを作ってみるというのはどうじゃろう」

「かりずまい?」

 長老のぼそりと呟くような言葉に、アグニーたちの注目が集まる。

 自分のほっぺたをひたすらもっちもっちしていた長老はその手を止めると、真剣な面持ちで座り直す。

 ずっとレスラーブリッチをしていたせいでゆるふわヘアが若干変な形になっていたが、皆似たような感じになっていたので誰も気にしている様子はなかった。

 長老は、頭と足だけを使い逆えび姿勢で体を支えるレスラーブリッチをしつつ自分のほっぺを揉みしだいていたとは思えないようなキリッとした顔を作ると、真面目な様子で口を開く。

「わしらがここでいくら考えたところで、赤鞘様がお気に入りになるステキな神殿を作る事は難しいじゃろう。しかし、赤鞘様のお住まいを作る事は急務じゃ」

「確かにお住まいは早く作らないとなぁ。この間の嵐のときなんて、赤鞘様雨ざらしだったって言うし」

 難しい顔で腕組みをしながら、スパンは長老の言葉を肯定するようにそういった。

 周りのアグニー達も同じ考えなのか、こくこくと頷いている。

 どうでもいいことだが、スパンはさっきまで前転で転がりまわっていたため、ワンピースのスカートがガッツリめくれ上がっていた。

 幸いな事に中身はパンツによってガードされていたるため、最悪の事態は避けられている。

 まあ、そのパンツにイチゴとかがプリントされていたりするので、二次被害は起きているのではあるが。

 長老はそんなパンツを一切気にした様子もなく、キリッとした顔のまま大きく頷いた。

「そうじゃ。じゃから、会議を重ねるよりも、いっそ作ってしまった方がいいと思うのじゃよ」

 長老のそんな言葉に、アグニー達は大きく首をかしげた。

 抱っこされているカーイチもギンの動きに合わせて首を傾げてはいるが、表情はとても幸せそうだ。

「だから、どれを作るかまだ決まってないわけだろ? 作ろうとしても決まってないなら作れないんじゃないのか?」

 眉間に皺を寄せて言うギンに対し、長老は自信ありげな笑顔を見せた。

 表情は限りなく自信ありげなのだが、髪の毛がぺっちゃりしてしまっているのでかなり残念な事になっている。

「そう。わしらでは決められん。幾ら悩んでも決められんじゃろう。ならばいっそ、赤鞘様ご自身に選んでもらうというのはどうじゃろうか」

「けっかい?」

「赤鞘様に?」

「どうやって?」

「相談しに行くのか?」

 長老の言葉に、アグニー達はざわざわとざわめき始めた。

 得意げな顔でそんな様子を眺めていた長老は、注目が再び集まるのを待ち、指を立てて言った。

「もう既にいくつか小さなサンプルは作ったじゃろう? じゃが、結局どれがいいかは決まらなかった」

 そういって長老が指し示したのは、三つの小さな社であった。

 どんな形がいいか、見本として作られたものである。

 この中から最終決定をするはずだったのだが、どうにも意見がまとまらず決まらなかったのだ。

「じゃったら、いっそ全部作ってしまうというのはどうじゃろう!」

「おお?」

「けっかい?」

「どういうことだ?」

 ざわめくアグニー達を手で制し注目を集め直すと、長老は再び口を開く。

「このデザインには、それぞれによい部分がある。一つ一つそれを伸ばす形で実物を作り、全部赤鞘様のところに持っていくんじゃ! そして、赤鞘様ご自身にどれがよいか決めていただくんじゃよ!」

「けっかいー!」

「そうか!」

「なるほど、さすが長老だ!」

「その手があったか!」

「結界!」

 ドヤ顔を決めて発せられた長老の言葉に、アグニー達は大いに沸いた。

 決められないなら、全部作っちゃえばいいじゃない。

 かなりの暴論のようではあるが、これは確かにいいアイディアといえるだろう。

 普通の社や神殿などを作るというのであれば、一つ作るだけで数年がかりであるわけで、とても幾つも作れるものではない。

 だが、今回アグニー達が赤鞘のために作るのは、とても小さな木造の社なのだ。

 どういう訳か妙に高いアグニー達の技術を以ってすれば、三つ四つ作る事は苦ではない。

「見本で作ったのはみっつあるんだから、みっつの班に分かれて作ればいいな」

「それぞれに木工が得意な奴は必ず入るようにしないとな」

「結界」

「そうじゃな。デザインはなかなかいいものなんじゃし」

 方向性さえ決まってしまえば、後の行動は早かった。

 班分けの相談が始まり、それぞれどのような形のものを作るのかが決まっていく。

 ちなみに長老がデザインとかサンプルとか言っているのは、エルトヴァエルが使っているのを聞いてかっこいいと思ったからだ。

 基本的にアグニー族で新しいものを取り入れていくのは、老人達なのである。

 若者の大半は懐古趣味なのだが、歳をとるごとに新しもの好きになっていくのだ。

 なんとも奇妙な種族特性である。

「よし、それぞれ班分けが終わったところで、早速デザインを決めて製作に入るんじゃ!」

「けっかい!」

「おー!」

「がんばろー!」

 長老の掛け声に、アグニー達は拳を振り上げて応える。

 今までは最高の一点物を作ろうとしていたから悩んでいたアグニー達だったが、方向性さえ決まってしまえば話は簡単だ。

 それぞれのテーマに沿って、アグニー族独自の技術の粋を凝らせばいいのである。

 生物的なものであればより生き生きと、幾何学模様であればより精密に。

 そういった細工仕事は、アグニー族の得意分野なのだ。

「でもさ、たくさん作ったらもっていくのも大変じゃないか?」

「あー」

「けっかいー」

「たしかにそーだなぁー」

「それを忘れておった」

 一人が口にした疑問に、アグニー達は再び首を捻り始める。

 重たいものを持ち運ぶには、大勢の人数が必要だ。

 だが、アグニー達の数はそれほど多くはない。

「普段ならハナコに任せるんだけどな」

「ハナコ、ドジ。すぐころぶ。つくったの、こわれるよ」

 呟いたギンに、カーイチが言う。

 抱っこから開放されたのが不満なのかほっぺたを膨らませて居たのだが、ギンが困っているのは放っておけないらしい。

 カーイチの言うとおりハナコは割とどじっ娘であり、何もないところでも転んだりしている。

 巨大なトロルであるハナコが転ぶ様はかなりの大迫力ではあるが、ハナコ自身がとても頑丈なので怪我をする事は殆どない。

 普段のように木材や土などを運ぶだけならば転んでもさほど問題ではないのだが、今回はそうも行かないだろう。

「神様のおうちを台車に乗せて運ぶって言うのもなぁ」

「結界」

「そうだよなぁー」

「うーん」

 水彦から道具が送られてきた今であれば、車輪付きの台車も作る事は出来る。

 しかし、地面の上を転がしていくことになるため、アグニー的にはあまりイメージが良くなかったのだ。

 台車に乗せて運ぶのと地面を引きずって運ぶのは、アグニー達の認識では大体同じなのである。

 大切なものなどは自分達の手や、どじっ娘でないトロルに運んでもらうのが、アグニー達の流儀なのだ。

「じゃあ、時間はかかるけどゆっくり運ぶしかないなぁ」

 最初の計画では、体力自慢をそろえて一気に運ぶことになっていた。

 しかし、数が多いとなるとそうはいかないだろう。

 時間は掛かるだろうが、皆で手分けしてゆっくりと運ぶしかない。

「なら、女性陣にごはんを用意してもらおう」

「そうだな。休み休みだと時間が掛かるだろうし」

「結界ー」

「なら、小さい神殿を置いていく道具も作らないとな」

「ごはんは台車にのせていいから、そっちの準備もしないとだね」

 がやがやと賑やかに話し合いが続き、様々な事が決まっていく。

 ちなみに社の呼び名が安定しないのは、アグニー達の中でそれをなんと呼んだらいいか未だに定まっていないからだ。

 お社と呼ぶものに、神殿と呼ぶもの、ちっちゃい神殿や、赤鞘様のおうち、などなど。

 皆で呼び方を決めようとする流れも、特にはなかった。

 そのうち皆同じような呼び方になるだろうというのが、大半の意見だったからだ。

 細かい事はあんまり気にならない。

 仕事は細かいのに、性格はおおらかなアグニー達である。

 そうこうしているうちに、ようやくそれぞれの分担が決まり、仕事に入れる状態になった。

 長老は一つ咳払いをすると、立ち上がって声を張り上げる。

「では皆! ご苦労じゃろうが、赤鞘様のためじゃ! 気合を入れて仕事をしようではないか!」

「おー!」

「けっかいー!」

「がんばろー!」

「うおー!」

 長老の言葉に、アグニー達は口々に気合の言葉を返し、拳を振り上げた。

 皆気合に満ちた表情で、それぞれにやる気を全身から発散させている。

 さっきまでへんな行動をしていたせいで皆なんとなくあられもない恰好になっているように見えなくもなかったが、精々スカートがまくれていたり、ズボンが半脱ぎ状態になっていたり、上半身裸になっている程度なので気にすることもないだろう。

 こうして、早速この日からアグニー達の手による赤鞘の住まいの製作が、本格的に始まったのであった。

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小さいと地面に刺してもふっとばされそうですし、お客様をまともにお迎え出来ない状態だって分かったんですから、せめて茶室くらいの広さは必要なのでは…? 人間形態で出入り、寝っ転がれるくらいはあった方がいい…
[気になる点] アグニー回は、「はいはい結界、結界」。結界って発言が出るたびに、現実に強制退場させられる感じが気になります
[一言] 前に言い忘れてたけど、カーイチがイッチャン可愛い"(∩>ω<∩)"
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