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八十三話 「うわ、エンシェントドラゴン顔でかっ。ははは。いやぁ。平和だなぁ。世は全て事もなしっていうの? 僕ぁこういう生活が一番いいと思うね」

 ガルティック傭兵団の拠点でもある潜水艦は、かなり快適な住環境を誇っていた。

 潜水艦の中は狭苦しいというイメージが一般的かもしれないが、ガルティック傭兵団が有する潜水艦に関して言えばそれは当てはまらない。

 内部はかなり広く、快適に過ごすための設備が充実している。

 冷蔵庫のような保管設備は勿論、あまり大きなものではないが風呂場まで用意されていた。

 各種賭け事用の遊戯施設やバーカウンターも用意している所などは、流石荒くれ者が多い傭兵団と言った所だろうか。

 そういった娯楽施設があるにも拘らず、お菓子一個で比較的幸せになっている団員も居た。

 相変わらず樽の中に篭っている、一見悪魔のような外見の男である。

 若い女性が見たらうっかり惚れてしまいそうなほど整った外見をしているものの、その「生きるも死ぬもメンドクサイ」といわんばかりの全てを投げ打ったようなやる気のなさそうな態度が全てを台無しにしていた。

 本来は綺麗にたたまれているだろう背中の翼さえも、だらんとだらしなく垂れ下がっている。

 そんな男が手に持っているのは、真っ白なソフトクリームであった。

 抹茶や桃、ブドウなんかもいいけど、やっぱりソフトクリームはバニラだよね。

 そう、男はバニラ至上主義であったのだ。

 まあ、そんなどうでもいいことはともかく。

 男が入っている樽は、相変わらず潜水艦の操舵室に置かれていた。

 様々な機器の詰まったいわゆる戦闘指揮所であるそこは、妙な緊張感に包まれていた。

 別に戦闘が近づいているとか、そういった差し迫った事情ではない。

 ただちょっと巨大なエンシェントドラゴンが潜水艦の中を覗き込んでいるだけなのだ。

 まあ、これはこれで差し迫っているといえなくもないのだが。

 実際、樽に入っている男以外の操舵室に詰めて居る面々は、人工精霊のマルチナも含めて皆一様に緊張したような面持ちをしていた。

「なにあれ」

「エンシェントドラゴンと思われます」

 乗組員の一人がつぶやいた台詞に、マルチナが応える。

 だが、残念ながら乗組員が聞いたのはそういうことではなかったらしい。

「それはそうだけど……なんでそんなものが艦覗いてるの」

 その乗組員の言うとおり、エンシェントドラゴンは艦を覗き込んでいた。

 しきりに内部に目を凝らしては、首をひねるような動作を繰り返している。

 操舵室の前面は、巨大なモニタになっていた。

 頭上、足元、側面にまで及ぶ大きな範囲をカバーしたそれには、外の映像が投影されている。

 内部から見れば、まるで全てガラス張りであるかのように外を見ることが出来るのだ。

 だが、それはあくまで映像にしか過ぎない。

 当然、外から中を覗く事はできないのだ。

 そのため幾らエンシェントドラゴンが覗き込むような動作をしていたとしても、それは中を覗いているわけではないのである。

 精々が、表面のつくりを観察しているといったところだろうか。

 とはいえ、覗かれている方はたまったものではない。

 エンシェントドラゴンが神々につかわされた種族であるというのは、ある程度教育を受けた人間なら誰しも知っている事だ。

 そんなものに覗かれているというのは、凄まじく心臓に悪い状態である。

「こえぇよ……なんなんだよいったい……」

「恐らく、現在応接室にいらっしゃるもうお一方のガーディアン様を待っておられるのだと思われますが」

 もうお一方のガーディアンとは、土彦のことである。

 土彦は現在、セルゲイやドクターとこの艦の応接室で話をしているのだ。

 赤鞘の下から艦に戻るセルゲイに、土彦とエンシェントドラゴンがくっ付いてきた形である。

「本当にガーディアン様方が依頼主なのかよ。命幾つあってもたんねーぞ」

 苦虫を噛み潰したような表情をしている乗組員の言葉に、ほかの乗組員とマルチナが大きく頷く。

 そのタイミングで、エンシェントドラゴンが艦に顔を寄せる。

 丁度注目が集まっていたので、乗組員とマルチナは体を大きくびくつかせた。

「もー、ていうかここ海中だろ? 何でずっと覗き込んでられるんだよ。息どんだけ続くんだよ」

「エンシェントドラゴン様は基本的にあらゆる環境に適応する事ができるそうです。恐らく水中でも呼吸が出来るものと思われます」

「どんだけだよ……怖いよマジで」

 つぶやきながら、乗組員の一人が頭を抱える。

 実際、今の状況は心臓にいいものではないだろう。

 相手が敵であるのなら、百戦錬磨の傭兵である彼らにとっては間々あるシチュエーションだ。

 全力でぶん殴ればいい。

 だが、相手は依頼人で神様の御使いである。

 殴るわけにも行かず、怒らせたら何が起こるかわからない。

 それこそ、天変地異とかが起こったりするかもしれないのだ。

「早く商談おわんねぇかなぁ。でも終わったら終わったで本格的にガーディアンに雇われる事になるのか? それもカンベンだぞ」

「いや、ガーディアンじゃなくて神様にだろ?」

「もっと嫌だわ」

 荒事に身を置く傭兵というのは、命がけの商売であるためか意外と信心深いことが多い。

 彼らもそのご多聞に漏れないようなのだが、どうも現状を歓迎しては居ないようであった。

 まあ、いきなり信仰の対象が目の前に現れても、あまり心臓にはよろしくないだろう。

 精霊であるマルチナにしてもそれは同じだ。

 特に人工精霊というのは人の手によって作られたものであり、本物の精霊やガーディアンからはあまりよろしくない存在であるとされている、と伝えられている。

 実際に「どう思いますか?」と聞いた事のある者がいないため、平均的な意見というのが分からないのだ。

 ただ、やはり人工物であるという引け目があるためか、大半の人工精霊は本物の精霊やガーディアンに引け目を感じているのである。

 マルチナも、そんな理由から精霊やガーディアンを苦手としていた。

 ビビッているといってもいいだろう。

「早く帰ってくれないかなぁ……」

 ぼそりと漏れた乗組員の言葉に、ほかの乗組員とマルチナが大きく頷いた。

 一人だけ反応を示していないのは、樽に収まっている例の男だけである。

 男は手にもったソフトクリームにかぶりつくと、満足気な表情で頬張った。

「うわ、エンシェントドラゴン顔でかっ。ははは。いやぁ。平和だなぁ。世は全て事もなしっていうの? 僕ぁこういう生活が一番いいと思うね」

 だらけきった様子でそんな事をのたまう男に、乗組員とマルチナの視線が突き刺さる。

 それだけで人が殺せそうな視線の束を、男はまるでものともせずソフトクリームを食べ続けていた。

 ある意味この男も大物なのかもしれない。

 そんな風に思う乗組員達であった。




 潜水艦内部の応接室は、ソファーとテーブル程度しか家具のないシンプルな作りになっていた。

 そのソファーに腰掛けているのは、セルゲイとドクター、そして、土彦の三人である。

 にこにこと終始笑顔の土彦に対し、ドクターは実に苦そうな表情をうかべていた。

「それで。その仕事を引き受けてきたと」

「そーよー?」

 搾り出すよう言うドクターに対し、セルゲイは気楽な様子で応える。

 そのあまりの軽い態度に、ドクターは頭を抱えた。

「お前なぁ。相手は神だぞ? 仕事だってどんなものになるか分からないってどういうことだよ」

 心底参ったというように、ドクターが頭を抱える。

 隣に座っているセルゲイは、その様子を見て楽しそうに笑う。

「そうはいってもよぉ。それこそ神様の頼みだぜ? 断れってのか?」

「いや、まあ、あー。ったく、何なんだよ一体……! 俺達は真っ当な傭兵屋だぞ。それが何でどこぞの王族助けたり森ん中の遺跡調べたりせにゃならないんだ」

 ぶつぶつと呟きながら頭を抱えるドクターの横で、セルゲイは面白そうに笑い声を上げる。

 そんな様子をにこにこと眺めていた土彦も、こらえきれないといった様子で声を上げて笑う。

「ご安心ください。あなた方を選んだのはエルトヴァエル殿です。罪を暴く天使の目に狂いはありませんよ」

 笑顔でそういう土彦の言葉に、ドクターは何か言いたそうな表情を作るものの、すぐに諦めたようにため息を吐いた。

 土彦はそれを見て、ますます面白そうに笑顔を深くする。

 そんな様子に、ドクターは苦虫でも噛み潰したような顔を作った。

「それも分からない。俺達は本当にただの傭兵ですよ」

「私達が頼みたい仕事を達成しえる人材であると、天使エルトヴァエルが見込んだ傭兵です。大丈夫。貴方達の腕は信頼していますよ」

 にこやかな笑顔を見せる土彦に、ドクターはますます表情を歪める。

 だが、それ以上何かいうのはやめることにした。

 これ以上否定するのは、あまりよろしくないと踏んだからだ。

 天使エルトヴァエルに見出された、という事は、非常に名誉な事である。

 否定する必要はないし、歓迎して然るべきだろう。

 それに下手な事を言えば、天使の力を疑っているとも取られかねない。

 神に近しいものがその程度の事で目くじらを立てるとも思えないが、用心に越した事はないだろう。

 ドクターはぐっと言葉を飲み込み、ソファーに座りなおした。

「分かりました。うちの団長が受けた以上、お断りも出来ないでしょうし。腹くくりますよ。ええ」

 ため息混じりにそう吐き出したドクターに、セルゲイは声を出して笑った。

「俺は現場にばっかし出ててねぇ。バックアップとか設備とか、細かい事は全部ドクターに任せてるのよ。こいつがオーケーしてくれないと潜水艦も動かしてくんないし、装備も用意してくんなくてさぁ」

「なるほどなるほど。参謀役といったところですか? そうそう、この艦や貴方方の武装などは大半がドクター殿が作っていらっしゃるとか?」

 興味深そうにたずねる土彦に、ドクターは一つ頷いてみせる。

「設計にかかわった程度です。ご存知とは思いますが、ウチには様々な国の連中が居ます。それぞれ専門知識はなくとも、多少の魔法の知識を持っていることもありましたので。それらを寄せ集めて使っていますよ」

 海原と中原は、国や団体ごとに大きく違った魔法技術を擁している。

 道具を使うもの、言葉を使うもの、手で印を結ぶもの。

 それぞれ大きく異なる特徴を持つこれらの魔法は、技術を秘匿されている事が殆どであった。

 そのため、魔法技術を持つものが国や団体の管理下から外れる事は、厳しく制限されているのが常である。

 もし無理に抜けようとすれば、よくて監禁、普通ならばすぐに殺されるだろう。

 それでも、何とか逃げ出す事に成功するものは時々居るには居る。

 そういう連中は指名手配などをされている事が殆どであり、全うな生活は望めない。

 最終的に流れ着く先の一つが、このガルティック傭兵団というわけだ。

 普通ならばばらばらにそういった技術を使うのが精一杯だろうが、幸か不幸かこの傭兵団にはそういった技術をある程度統合できるだけの技術者がいたのだ。

 そう、ドクターだ。

 土彦は大きく口の端を吊り上げると、すっと目を細めた。

「研究設備や資材もなく、たった一人でこれだけのものに仕上げる。これは並大抵の事ではありません。素晴らしい。実に実に頼もしく思いますよ」

 土彦の笑顔に、ドクターは息を呑んだ。

 随分以前に見た頭のイカレた学者が、丁度同じような笑い方をしているのを思い出したからだ。

 それを口に出すわけにも行かず、ドクターは疲れきった様子で再びため息を吐いた。

「私は赤鞘様に貴方方のバックアップをするようにと言付かっています。まずはこの艦をドックに入れましょう」

「ドック? そんなもんあるの?」

 不思議そうに言うセルゲイに、土彦は大きく頷いてみせる。

 その質問を待ってましたとばかりに表情が華やいだのは、気のせいではないだろう。

「ええ! こんな事もあろうかと用意しておいたんです! ああ、一度言って見たかったんですよこんなこともあろうかと、って!」

 土彦は突然立ち上がると、自分の袖の下に手を突っ込んだ。

 そして球体のようなものを取り出すと、テーブルの上に乗せる。

 短い手足の付いたそれは、アグニーに加工されていない原型のマッドアイであった。

 それを見たドクターは、大きく目を見開く。

 丸に手足をつけた単純構造のそれに、見覚えがあったからだ。

「まさか! これはウチの艦に仕掛けられてたゴーレム? 痕跡しか調べられなかったアレが完全な形で……!」

 驚いた様子で呟いているドクターを他所に、土彦はびしりとマッドアイに向ってポーズをとる。

 そして、大きな声で指示を出した。

「第一水中ゲートオープン!」

 土彦の声に反応し、マッドアイがビシリと敬礼のポーズをとる。

 それと同時に、小さな地響きのような音が響き始めた。

 明らかに外から聞こえてくるその音に、セルゲイは首を傾げる。

 ドクターはそれ所ではないといった様子で、マッドアイを凝視していた。

「団長?! 大変だぁ!!」

 応接室の壁面の一部に突然人の顔が映り、声が響いた。

 慌てふためいた様子のその人物は、どうやら潜水艦の乗組員らしい。

「どうした?」

「それが! 目の前のこう、岩が! パカッ! って! ああ、いいや、見てくださいこれ!」

 言うと同時に、画面が切り替わる。

 写ったのは、岸壁が真っ二つに割れていく映像であった。

 その先に見えるのは、人工的な滑らかな壁面で作られたトンネルのようなもの。

 そして、手前から順々にともっていくライトである。

「なんだこれ、すげぇ。なんか秘密基地みたいだね」

 感心したように呟くセルゲイ。

 流石にこの映像には驚いたのか、ドクターは呆れと驚きが入り交じった表情のまま固まっている。

「これ、ライブ映像?」

「はい! いきなり目の前の岸壁が開いて……! 一体どうなってるんですかこれ?!」

 叫ぶ乗組員を他所に、セルゲイは土彦へと顔を向けた。

 それに対し、土彦はにっこりとした笑顔で頷いてみせる。

「先ほども言いましたように、私は貴方方のバックアップを任されています。まずは船の整備と休息を。それと、赤鞘様がおっしゃられていなかった仕事のお話の詰めをしましょう。私からの提案もいくつかありますので」

 心底楽しそうにそういうと、土彦は両手をパチリとあわせた。

 隣で固まっているドクターと楽しげな笑顔を浮かべる土彦を見比べ、セルゲイは軽く肩をすくめて見せるのであった。

そんなわけで久々の更新です。

次回はアグニー達にスポットが当ります。


ご存知の方もいるかもしれませんが、私「地方騎士ハンスの受難」という作品も書いておりまして、暫くそちらの区切りをつけるためにソッチばっかりに集中しておりました。

仕事が繁忙期であるのも合わさって、なんか書き口がよく分からなくなっています。

つか小説難しいよ小説。

スランプって程能力無いから、ただ単に私のキャパシティーが低いだけですね。

アグニー族のところは何も考えずに頭空っぽにして書けるはずなので、そこで「神様~」のノリを完全に思い出せればと思います。

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