八十一話 「ホームレス雑魚神ですねぇー」
コウガクとセルゲイに合流した赤鞘は、すこぶるテンションが高かった。
赤鞘にとって二人は、この世界に来てから初めての参拝客なのだ。
まあ、参拝客とはかなりかけ離れた何かなのだか、ずっと廃村の神社でぼけっとしたり、何も無い荒野でたたずんでいた赤鞘にとってはどうでもいいことである。
せこせこと動き回り金属パイプと布で出来たレジャーチェアなどを設置すると、赤鞘はコウガクとセルゲイに座るように促す。
「ささ、どうぞおかけになってください! いやぁー、すみませんねぇー、わざわざ来ていただいて!」
赤鞘のあまりにもフランクな態度に、セルゲイは思い切り面食らっていた。
コウガクのほうは既に対話していた事もありそれほど驚いては居ない様子ではあったが、やはり困惑はしている様子だ。
まあ、目の前で神様がせわしなく働いているのだから、無理も無いだろう。
赤鞘はパラソルとレジャーテーブル、数種類の飲み物を引っ張り出したところで、ようやく自分もレジャーチェアに腰をかけた。
ちなみにこれらは、アンバレンスが遊びに来た時のために樹木の根元においてあるものであったりする。
「いやいや、それにしてもお二人が同時にいらっしゃると思わなくてびっくりしましたよ!」
早速といった様子で話し始める赤鞘に、コウガクは苦笑混じりにうなずいた。
セルゲイはなんともいえない表情のまま固まっていて、今は話が出来そうにない様子だ。
まあ、目の前で神様がこんなにアクティブに働きまわっているのを見れば、無理も無いだろう。
「私達も驚きました。お互い先日の嵐に乗じてこの土地に入ったようでして」
「ああ、あれですか! 私も難儀したんですよねー! 危うく吹き飛ばされる所でしたよ! あっはっはっは!」
神様が吹き飛ばされるってどういう状況なんだ。
あっけらかんと笑う赤鞘の言葉を受けて、コウガクとセルゲイの頭には同じような疑問が浮かんでいた。
普通に考えて、神様が嵐で吹き飛ばされそうになっているというのは異様な状態だろう。
単語だけ聞けば、世界の終末とかを想像しかねない。
なにせ神が吹き飛ばされる嵐である。
恐らくだが、町とか人間などは見る影も無くぐっちゃぐちゃになっている事だろう。
最も実際には吹き飛ばされそうになっている神というのは赤鞘なので、ちょっとした強風でそんな感じに陥るわけなのだが。
「ああ! そうそう! 自己紹介がまだでしたよね! うっかりしてました!」
赤鞘はパチリと手を叩くと、思い出したように声を上げる。
襟を手で直して居住まいを正すと、ニコニコとした笑顔をコウガクとセルゲイに向けた。
「この見放された土地、改め、見直された土地の土地神をやっています、赤鞘といいます」
赤鞘の名乗りに一瞬ぽかんとしていたセルゲイだったが、突然ぐっと眉間に皺を寄せた。
凄みのある表情に一瞬びくついた赤鞘だったが、セルゲイはすぐに腹を押さえて肩を振るわせ始める。
そして、こらえきれないといったように大きな声で笑い始めた。
「あっはっはっは! こりゃすげぇ! おっんもしれぇなぁおい!」
コウガクがあわててセルゲイの肩を叩くが、セルゲイの笑いは止まらないようだった。
よほどツボに入ったのか、肩で息をしている。
「いや! 申し訳ない! まさかここまでとは思わなかったもんだからよぉ! 神様ってのはもっとこう、近寄りがてぇもんだと思ってたぜ!」
セルゲイの言葉を聞き、赤鞘も実に楽しそうに笑い声を上げる。
「いやぁー、堅苦しいのが苦手なもんですから。それに、威張ったところで、私雑魚神ですから」
赤鞘は頭を掻きながら、困ったように苦笑する。
そんな赤鞘を見て、セルゲイはますます面白そうに笑った。
二、三咳払いをすると、イスに座ったまま居住まいを正し、まっすぐに赤鞘へと顔を向ける。
「自分は、ガルティック傭兵団を率いています、セルゲイ・ガルティックです。今回はご依頼があるということで」
「ええ。貴方にお願いしたい事がいくつかありまして。という事は、そちらがコウガクさんですね! いや、ぜひお会いしたかったんですよ!」
「もったいないお言葉でございます。先日遠話でお話して以来になりますか、シャルシェリス教の修行僧、コウガクと申します」
「ああ、やっぱり! お会いしたいと思っていたんですよ!」
赤鞘は興奮した様子でコウガクの手をとると、ぶんぶんと上下に振り回した。
握手というよりも、文字通りのハンドシェイク状態だ。
「私異世界から来たもので、コボルトさんって始めてお会いするんですよ! ましてコウガクさんはすごいお坊さんだって聞きましたし! いやぁー、なんか恐れ多いですよねぇー!」
「いや、赤鞘様は神様ですから。こんなじぃさんよりもずっとありがたいと思いますよ」
「いやいやいや! そんな、私はただの雑魚神ですから!」
赤鞘は勢いよく首を振ってそういう。
実際、赤鞘は自分のことを妖怪に毛が生えた程度の何かだと思っていた。
それと比べて、目の前に居る老人は御伽噺になるような徳の高いお坊さんだ。
比べるのも失礼だと思っていたのである。
「あー、でもどうしましょう。本当はお二人別々にきちんとお話しなくちゃいけないんですが。お待ちいただくような客間も無いんですよね」
「気にしなくて大丈夫ですよ。このじぃさんはうちの相談役でもありましてね。古くからの知り合いなんですよ」
「へぇー。あ、でも僧侶とかも冒険者の方と一緒に居ますし、そんなもんなんですかね?」
ちなみに赤鞘の言っている僧侶とは、ゲームとかの回復役であるあれのことだ。
海原と中原に置ける現実の僧侶とはかなりずれた認識であるのだが、この場でそれを正そうとするものは居なかった。
「ええ。ですので、よろしければコレにしようとなさっていた依頼というのを、よろしければ私にもお聞かせ願えませんか?」
「分かりました。そういうことでしたら、話は早いですしね」
にっこりと笑顔を作ると、赤鞘はコクリとうなずいた。
まず赤鞘が話し始めたのは、自分がこの土地に来ることになった経緯であった。
自分が元々異世界の土地神で、守護していた村が廃村になった事。
その影響で、消えそうになっていた事。
そこにアンバレンスが現れて、海原と中原に来ないかと誘われた事。
自分の世界の偉い神様にまで根回しされていたので、ほぼ強制的にこの世界に来る事になった事。
地上に降りる前、天界で言葉や知識の習得をした事。
でも結局言葉ぐらいしかまともに習得できなかった事。
ずっとアンバレンスと一緒に居たので、気の置けない仲になった事。
二柱で二十四時間でレトロゲームをやりまくった事。
ヒートアップしすぎて、コードを引っ張ってバグって記録がパーになった事。
この土地に降りて、封印をとく準備をした事。
そして、アンバレンスが封印を解き、赤鞘が本格的に土地神として活動をし始めた事。
途中関係ないことも挟まっていたような気がするが、コウガクもセルゲイも特に気にしていなかった。
そのぐらいの事はスルーしてしまえる精神力を、二人とも持っていたのだ。
「まあ、そんなわけで土地の封印を解除してもらって、土地を管理し始めたんですけどね。なんか、封印を解く直前にこの土地に入ってた方々が居ましてね」
「アグニー族、ですね」
セルゲイの言葉に、赤鞘は驚いたように目を見開いた。
だが、すぐに感心したようにうなずく。
「流石、耳が早いですねぇー」
「事前調査って奴ですよ。情報をかぎまわるのはもう、職業病って奴で」
肩をすくめるセルゲイ。
赤鞘はしばらく感心していたが、すぐに説明が続きであった事を思い出して話し始める。
「それでですね。せっかくだからってことで、アグニーさんたちを住民として迎え入れる事にしたんですよ」
現在の見直された土地は、多くの国が牽制しあい誰も足を踏み入れない状況になっている。
さらに赤鞘が治めている現状を見れば、誰しもが聖域として足を踏み入れなくなるだろう。
入る事が出来るのは、住む事が認められたもの、つまりアグニーだけになるのだ。
コレは事実上、見直された土地に居る限り、アグニー達の身の安全は保障された事になる。
コウガクは感心したような声を上げ、セルゲイは驚いたように眉を上げた。
「コウガクさんにはお話したんですが、いま森の辺りで集落を作って居る途中でしてね。まあ、私も畑に力の流れをあわせたり、土彦さんに土地の守りをお願いしたりしているんですが……」
名前が出た事で、二人と一柱の視線が土彦に集まった。
後ろに控えていた土彦は、にっこりと笑顔を作って手を振る。
「それはあくまで防衛だけですからね。アグニーさん達にも、オフェンスは必要だと思うんですよ」
「オフェンス、ですか」
「そう。オフェンス。つまるところ、攻めですよね」
セルゲイのつぶやきに、赤鞘は大きくうなずいた。
「攻めというか、たとえば情報収集とか。たとえば人質奪還とか。そういういわゆる荒事を担当する人材が必要だと思うんですよ。でも、アグニーさん達にはまず無理だと思うんですよね」
「でしょうなぁ」
アグニーと交友があるコウガクは、しみじみと赤鞘の言葉にうなずいた。
たとえ訓練などをしたとしても、アグニー達にそういった仕事は不可能だろう。
もはや個々人の話ではなく、種族全体の特徴として無理だといっていいレベルだ。
「ですから、それを代わりにやってあげられる人たちが必要だと思うんです。冒険者ギルドとかがあれば良いんでしょうけど、生憎ここにはありませんし」
このあたりで一番近いギルドといえば、アインファーブルだ。
そこまで行けば冒険者などを雇えるのだろうが、アグニーの場合そこまで行くまでに確実にどこかに捕らえられるだろう。
今現在アグニーを狙っているのは、なにもメテルマギトだけではないのだ。
観賞用の奴隷として。
メテルマギトに近づくための貢物にしようとして。
様々な目的で、様々な存在から狙われているのである。
「ですから、信用が出来そうな方を私のほうで選んで、アグニーさん達のために働いてもらおうと思ったんですよ」
「つまり、それで選ばれたのが俺達って事ですか?」
「ええ。エルトヴァエルさんから貴方方を推薦して頂きましてね」
「ありゃマジだったのか」
セルゲイはこの場所に来るきっかけになった女のことを思い出し、参ったというように目元を押さえた。
その女は去り際、冗談を言うような調子で自分のことをエルトヴァエルだといっていたのだ。
エルトヴァエルといえば、罪を暴く天使として有名な存在である。
単なる冗談だと思っていただけに、セルゲイの驚きはなかなかに大きかった。
「じゃあ、今までの無茶な仕事のさせ方も天使様のお導きって訳か。やられたねぇ」
小声でそんな事をつぶやいているセルゲイに、赤鞘は苦笑を浮かべた。
どんな仕事か分からないが、エルトヴァエルの情報収集能力は尋常でないことは赤鞘も良く知っている。
恐らく死ぬか生きるかギリギリの仕事をさせられたのだろうと思ったのだ。
「ああ、それと先に報酬のことを伝えておかなくちゃいけないんですけど。生憎私現金の持ち合わせがありませんでね? 色々考えて土彦さんに宝石を用意してもらったんですよ」
赤鞘の言葉にあわせ、土彦がテーブルの上にごろりと小さな塊を転がした。
キラキラと輝くそれは、宝石の原石のようである。
「それと、土地を差し上げますのでご自由に使っていただいて結構です。まあ、国とかの権利書ってわけには行かないので、使う許可を出す程度になっちゃうんですけどね。私から提示できるのは、こんなところでしょうか」
そういいながら、赤鞘は申し訳なさそうに頭をかいた。
日本神である赤鞘の感覚としては、土地というのは国から分配されるものである。
大神であるならばともかく、十把一絡げの自分のような雑魚神の好きに出来るものではないと思っているのだ。
だが、海原と中原においては理屈が違ってくる。
神が使っていいといえば、どんなものでも口出しできない絶対の権利になるのだ。
神域である見放された土地の使用権利というのは、途轍もなく価値のあるものなのである。
けっして、依頼料として提示されるものではないだろう。
あまりの事にセルゲイは凍りつき、コウガクはあんぐりと口をあけて固まってしまった。
そんな二人に、赤鞘はやっちゃったかもしれない、と、内心後悔し始める。
しばらく凍り付いていたセルゲイだったが、やがて肩を小刻みに振るわせ始めた。
そして、大声で笑い始める。
「ただの傭兵屋が、神域の土地持ちに成り上がるチャンスっかよ! おいおい、人間長生きすると何が起こるかわかんねぇなぁ!」
「あー、どうですかねぇー? 先にこちらの条件提示しちゃいましたけど、アグニーさん達、たぶん仲間をとり返して欲しいとかお願いすると思うんですよ。可能そうですか?」
「断罪の天使様に見込まれて、土地神様にコレだけのもんを用意して頂いたんです。それで断るようなら傭兵なんざやりゃしませんよ」
エルトヴァエルが選んだという事は、仕事内容はセルゲイ達の手に負えるものであるということだろう。
まあ、命がけにはなるだろうが。
それに、報酬も破格だ。
方々で追い掛け回されるから拠点を作らないガルティック傭兵団にとって、安全な寝床を用意してもらえることほどありがたいことは無い。
しかもその場所がガーディアンに守られた神域となれば、願っても無いことである。
実費のほうも、目の前に出された宝石類で十分に間に合うだろう。
「一時的とはいえ、神域で生活できるとはねぇ」
「あ、一時的といわず、いつまででもご自由にお使いください。なんか移動拠点しかなくて不便そうだってエルトヴァエルさん言ってましたし」
あっけらかんと言い放つ赤鞘の言葉に、セルゲイは目を剥いた。
土地の使用を長く認められるなど、国王やシャルシェリス教の現教祖ぐらいな物である。
もちろん、赤鞘はそんな事情などまるで知らないわけだが、セルゲイやコウガクにしてみれば途轍もない話だ。
セルゲイは面白くて仕方が無いといった様子でひとしきり笑うと、居住まいを正す。
「ご依頼、お受けします。どんな仕事をアグニー族が言ってくるかは分かりませんが、それを踏まえたうえで罪を暴く天使様に見込まれたんですからねぇ。ましてコレだけの報酬を用意されたんです。傭兵冥利に尽きますよ」
「いいのかね、安請け合いをして」
なんともいえない表情で聞くコウガクに、セルゲイは実に楽しそうな顔で肩をすくめる。
「なにいってんの。神様がやってくれっていう仕事だよ? まして報酬も申し分ないし、断る理由が無いでしょう。なにより、楽しそうだし」
「それが本音かね」
「あたりまえじゃねぇの。スリルとロマン。それが目的じゃなきゃこんな今時傭兵屋なんてやらないって」
楽しそうなセルゲイの言葉に、コウガクはため息を吐いた。
本来であれば説教の一つもしたいところではあったが、今回はそういうわけにも行かないだろう。
なにせ、神様からの依頼を快諾しているわけでもあるのだから。
「まぁまぁ、詳しい話のツメとか経費に関してははアグニーさん達からになると思いますが、まずは仕事を引き受けてもらえてよかったですよ。断られたらどうしようかと思ってましたからねぇー」
少なくともこの世界に神からの仕事を断るような奴は居ないだろうが、赤鞘的には肩の荷が下りた思いであった。
何を隠そう、この場で一番緊張していたのは赤鞘だったのである。
ずーっと「せっかくきてくれたのに割に合わない仕事だったらどうしよう」とはらはらしていたのだ。
「ところで赤鞘様」
「あ、はいはい?」
ほっと一安心している赤鞘に、コウガクが声をかけた。
一度あたりに視線を走らせてから、神妙な様子でたずねる。
「赤鞘様のお社はどちらにあるのですかな? それとも、わざと御作りになられないのでしょうか」
神が長くその場所にとどまるとき、この世界では社を作るのが一般的であった。
赤鞘のようなもの以外の土地の管理の方法ではそれがあったほうが便利だからなのだが、見栄え的な意味も多分含んでいる。
そのため、神が自ら社を建てることもあるのだ。
「あー。お社ですかぁー。いやぁー、見ての通り何も無いですからねぇー。自分で建てるにしても私じゃ力不足ですし。今は宿無しですよ。ホームレス雑魚神ですねぇー」
「ホ、ホームレス、ですか」
「ですねぇー。普段ずーっと地べたですし。まあ、おかげで嵐に吹き飛ばされそうになったわけなんですけどね! あっはっはっは!」
どこまでもあっけらかんと笑う赤鞘に釣られ、セルゲイも心底楽しそうに笑い始める。
少しの間呆気にとられていたコウガクも、やがて楽しそうに笑い始めた。
大声を上げて笑う二人と一柱から少しはなれたところで、土彦もにこにこと楽しそうに笑顔を作る。
三人の笑い声は、楽しげな雰囲気に釣られた樹木の精霊達が飛び出してくるまでのしばらくの間、響き続けていた。