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八十話 「なんだあれ」

 赤鞘のような力の流れの整え方は、日本の神々の間ではよく連鎖パズルに例えられる。

 少数の変化が、全体に影響を及ぼす様が良く似ているからだ。

 明らかに連鎖パズルのほうが後から出来ているのだが、当神達がそれで納得しているのだから良いのだろう。

 連鎖パズルに似ているというのは、その影響の起こり方だけではなかった。

 凄まじい連鎖が起きるとしばらくする事がなくなるという点も、同じであったのだ。

 もっとも力の管理の場合は、何かミスがあったら取り返しの付かない事になってしまう。

 そのため、ずっと放って置くという訳にも行かない。

 パズルと違いこちらは途中で手を出す事もできるので、ジッと様子を伺いながら、想定したとおりに変化しているか確認し続ける必要があるのだ。

 経験の足りない神だと、この連鎖を見守る作業中に想定していなかった動きになる事が多い。

 そういう場合は、再び力に影響を与えて動きを止めたり、思い通りになるように力を加え直すのである。

 当然、労力は大きくなる。

 これが慣れてくると、最初の一回だけでほぼ思い通りに力の流れを制御できるようになるのである。

 それらはもはや職人技といっていい領域であり、不眠不休で働き続けられる神が、数百年かけて習得する奥義とも言えるようなものだ。

 なのだが、力の弱い神が土地を管理しようとすると、どうしても必須技術になってしまうのである。

 そうなってくると、勤勉で実直なものが多い日本神は、必死になってそれを体得してしまうのだ。

 そして、謙虚なものが多い日本神は、それを土地を管理する上で必要なものであるのだからと、大したことではないといってしまうのである。

 先輩の神々にそういわれてしまえば、後発の神々は文句を言う事などできるわけもない。

 超絶縦社会である神業界において、先輩は文字通り神様なのである。

 新神は、何十年、何百年とかけてその技術を会得しようと努力する。

 するとそのうち感覚が麻痺してきて、働いているのが当たり前の状態になってくるのだ。

 働いているのか働いていないのか、生きているのか死んでいるのか分からなくなったころ、力の流れの制御の仕方を体得するわけである。

 その頃には後輩の神々も居るわけで、当然体得した彼らは後輩たちに、これぐらいは出来て当然だから、というのである。

 日本神というのは、とにかく勤勉で実直なのだ。

 まあ、それはいいとして。

 赤鞘は日本神の中でも、なかなか土地の制御が上手い部類に入る神である。

 一度影響を与えれば、ほぼ想像通りに力の流れを変化させる高い技術力を有していた。

 そのため、最初に何度か影響を与えた後は、きちんと想定どおりに力の流れが変化するかを見守るというのが仕事の大部分になるのである。

 もちろん、ただぼうっと見ていればいいというものではない。

 いつ何時想定外の事態が起きるとも限らないので、常に集中して見守る必要があるのだ。

 ジッと目を凝らし、僅かな狂いも見逃さないように見張り続ける。

 そして、何か不都合が起きればそれに対応し、理想的な形に近づけるようにさらに影響を与えたりするのだ。

 ひたすら力の流れに目を配り、時折手を加える。

 それが、赤鞘の仕事風景なのだ。

 言葉にすると非常にかっこよく見えるこの作業ではあるが、実際にその光景を見るとなんとも言いにくいものであったりする。

 じっと虚空をにらみつけ、時折手を動かしているだけだからだ。

 力の流れを見るというのはかなり難しく、神やそれに近しいもの以外には容易に見ることも出来ない。

 だが、見ることの出来ないものをいじくっている神様のほうは、簡単に見ることが出来る。

 目に見えないものを真剣ににらみつけ、時折虚空に手をさまよわせる神様。

 これが雑魚神である赤鞘であったりする場合、非常に心配になる光景であったりするのだ。

 今現在、赤鞘は力の流れを整えながら、見直された土地の荒野を歩いている。

 精霊や天使が見れば、すぐに周りの力の流れを整えているのだと分かるだろう。

 その手腕の見事さに、感嘆のため息を吐いたりするかもしれない。

 しかし、人間の視点からすると、これが少し変わってくる。

 何も無い虚空や地面をにらみつけながらふらふらと歩き回り、時折すこぶる真剣な顔で何も無いところで手を動かしているのだ。

 はっきり言ってかなり怪しい。

 もし体が半透明でなければ、完全な不審人物だろう。

 体が半透明なので、今は不審幽霊といったところか。

 なんにしても、怪しい事には変わりない。

 その怪しさに輪をかけていたのが、時々すっころびそうになっている事であった。

 力の流れに集中するあまり、どうしても足元がお留守になっているのだ。

「あー。やっぱりあっちこっちずれちゃってますねぇーっとっとっと……」

 そんな事をつぶやきながらも、赤鞘は石にけつまずいてこけそうになっていた。

 樹木達の居る土地の中心に戻るには、もう少し時間が掛かりそうである。




 巨大な八本の樹木が取り囲む、見放された土地の中心地。

 そこにたどり着いたコウガクとセルゲイは、感心したように巨大な樹木を見上げていた。

 火、水、風、土、それぞれの属性を司る精霊樹。

 闇と光の世界樹が一本ずつ。

 そして、それらを見守る二本の調停者。

 通常であれば、絶対にありえない光景だ。

 意識を持つ樹木である彼らは、本来お互いに距離を置こうとするからである。

 彼らは成長するとき、一般の樹木が水を吸い上げるように、力の流れから力を吸い上げるためだ。

 自分の中で力の循環を作り、そこから成長するためのエネルギーを得る彼らは、存在するだけで力の流れに影響を及ぼしてしまうのである。

 それが一箇所に集まれば、力の流れを大きく乱してしまうことになるのだ。

 だが、それは本来であれば、の話である。

 赤鞘が管理しているここは、力の流れがほぼ完全に管理されている。

 力の流れが乱れる事など、殆ど無いのだ。

 つまり、神が治めているからこそ、この八本の樹木が隣接していても問題は無いわけである。

「いやいや、驚かされるね」

 コウガクは心底疲れたようにため息を吐き出すと、そうつぶやいた。

 近くに立っているセルゲイも感心した様子で樹木を見上げているが、コウガクほどの驚きを感じている様子は無い。

 まあ、無理も無いだろう。

 力の流れ云々というのは、この世界でも専門的な知識があるものしか学ばないような事なのである。

 むしろ、生きていくうえでまったく必要の無い知識であるといっていい。

 そもそも人間が力の流れを観測しようとすれば、膨大な時間と労力が必要になるのだ。

 コウガクのように長年の修行でその身に付けているのであえば別だが、本来であれば多数の観測機器にデータ解析の人員が必要なのである。

 そのためセルゲイにとっては、なんか火とか水とか周りに浮かべてる、すげぇーでっけぇー木が輪を作ってる、ぐらいの認識なのだ。

 とはいえ、彼を責める事ができる人間は居ないだろう。

 この世界の大半の人間が、その程度の認識なのだ。

「なんかすげぇ木だっていうのは分かるんだけどよぉ。具体的にどんなもんなんだ?」

 眉根を寄せて聞いてくるセルゲイに、コウガクは顎に手を当てて唸り声を上げた。

 専門的なことを良く知らない人間に説明するというのは、どこの世界でも面倒なものなのだ。

 しばらく考えた後、コウガクはふと思いついたというような表情を作った。

「そうだね。お山よりもよほど驚かされる、といえば分かるかな」

 コウガクが言ったお山とは、シャルシェリス教の聖地の事だろう。

 慈愛神シャルシェリスが居なくなったとはいえ、その場所の神聖さは変わらない。

 その場所よりも驚かされるという事はつまり、その場所よりも優れているという意味であるだろう。

 この世界でも指折りの聖地であるシャルシェリス教の山よりも優れている。

 ほかの誰かが言ったなら、戯言で終わるかもしれない。

 だが、それを口にしたのがシャルシェリス教のコウガク大僧正であるならば、話は別だ。

 セルゲイは難しい顔を作ると、腕組みをしながら唸り声を上げる。

「見た目にゃでっけぇ木が生えてるぐらいにしかわかんねぇけどさ。すげぇ精霊がうようよしてるのは俺にも分かるわ」

 樹木の精霊たちは初めてみる人間に驚いたのか、隠れてしまっている。

 周りに飛んでいるのは、土彦に待機するように命じられた上位精霊達だけだ。

 その精霊達も、人間の目には映らないように偽装をしていた。

 だが、セルゲイの体内に埋設された装置は、それらの存在も捉えているらしい。

 本来上位精霊とは、湖や火口などといった自然の力が強い場所に、一体居るか居ないかといった存在である。

 それをさして「すげぇ精霊」というセルゲイの言葉は、あながち間違ったものではない。

「要するに、そういうのが集まっても納得できるぐらいの場所ってことなんだろ?」

「そうだね。恐らく力の流れが恐ろしく整っているんだと思うよ」

 生物としては力の流れに凄まじく敏感であり、感知する能力があるコウガクでも、それを見るためにはしばらくの瞑想を必要とする。

 神や天使のように、気軽に覗くことはできないのだ。

 それでも、この土地の力の流れは整っていると、コウガクは肌で感じていた。

 言い換えれば、そう感じ取る事ができるほど、見直された土地の力の流れは整っているのである。

「力の流れねぇ。どうも俺には専門外だわ」

「お前さんの専門は暴れる事だけだろう?」

「人聞きが悪いね。否定は出来ないけど」

 そういって笑うセルゲイに、コウガクは呆れたように肩をすくめて見せる。

 二人がそんな会話をしている間、土彦は手のひらに載せたマッドアイを見つめていた。

 念話を使い、情報のやり取りをしているのだ。

 おおよそのやり取りを終えると、土彦はマッドアイを懐にしまいこむ。

「どうやら、まだお出かけ先からお帰りになっていらっしゃらないようです。申し訳ありませんが、もう少しお待ちください」

「いやいや。お気になさらないでください。それに、この景色を見ているだけでも飽きません」

 申し訳なさそうに言う土彦に、コウガクは笑って答える。

 確かに八本の樹木が並んでいるこの景色は、それだけで価値のあるものだろう。

 こういった場所は、聖地として立ち入り制限がされている場合が殆どだ。

 ゆっくりと眺めていられるというだけでも、貴重な体験なのである。

「そうそう。まあ、のんびり待てばいいじゃねぇの」

 コウガクの言葉にうなずきながら、セルゲイはぐるりとあたりを見渡した。

 八本の樹木も珍しいが、砂漠でもないのに荒野が広がる光景も、また珍しい。

 視線を横に動かしていくと、大きな湖が見えてくる。

 その上に浮かぶ浮遊島も、滅多にお目にかかれるものではない。

 かなり距離が離れて居るにも拘らず、それ自体が輝いているのだと分かる。

 道中での土彦の説明によれば、魔力などの結晶で作られているのだという。

 しかも、赤鞘の指示の元、上位精霊達が作り上げたものなのだとか。

「まあ、本当なんだろうけど。とんでもない話だなぁ。ん?」

 湖と浮遊島に目を向けていたセルゲイの視界に、奇妙なものが入り込んだ。

 セルゲイは眉をしかめ、その正体を探るように目を凝らす。

 ふらふらと視界の端でうごめいていたのは、半透明の人型の何かであった。

 生き物にしては、多少透けすぎていた。

 スライムの類かとも思ったセルゲイだったが、それにしては透け方が不自然だ。

 真昼間から幽霊というわけでもないだろうし、精霊の類にしてはなんとも格好が奇妙である。

「なんだあれ」

 セルゲイが率直な思いを口にした、そのときだった。

 その半透明の何かが、何かにづまづいてコケたのである。

 ふらふらしているうちに、石にでも引っかかったのかもしれない。

 よほど痛かったのか、半透明の何かはごろごろと地面の上でのた打ち回っている。

「なんだあれ」

 心底の疑問を口にしながら、セルゲイはなんともいえない表情を作った。

 その様子に気が付いたのか、コウガクもそちらに視線を向けた。

 そして、やはりなんともいえない表情を作る。

 だが、すぐに何かに気が付いたように顔色を変えた。

「土彦殿。まさかあの方は……」

 コウガクに問われ、土彦は苦笑しながらうなずく。

 それを確認したコウガクは、改めて地面にのた打ち回っているそれに目を向ける。

「あれが、土地神赤鞘様……」

 その言葉に、セルゲイが驚いたように眉根に皺を寄せた。

 じっと見極めるように鋭い視線を向け、ぼそりとつぶやく。

「すげぇな」

 その一言に込められた様々な感情に、土彦は思わず声を上げて苦笑を漏らすのであった。

ちょっと少ないですが、キリがいいので投稿でーす

AKASAYAさんはやっぱりAKASAYAさんなんですよ

これで二人の緊張もほぐれたんじゃないかと思います

次回、AKASAYA節がシリアス側の二人を巻き込みます

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