七十九話 「私は早く赤鞘様にお会いしたいだけなんだがね」
見放された土地に作り上げられた、精霊の湖。
その上に浮かぶ浮遊島には、様々な上位精霊が暮らしていた。
現在の浮遊島は、最初期の巨大な岩の塊のようなものからは想像も付かない姿へと変化している。
色とりどりの巨大な魔力結晶に覆われたその姿は、さながらクリスタルで作られた城のようであった。
もしくは裏ダンジョンとかそんな感じだろうか。
土や岩などは一切見つけることは出来ず、それそのものが巨大なクリスタルの塊と化しているのである。
高純度の魔力の結晶であるそれらは、全て赤鞘の指導を受けた上位精霊達が作り上げたものであった。
軽く一時間の特番が作れそうなほど苛烈極まる指導の元で生み出された浮遊島は、もはや筆舌に尽くしがたい事になっている。
そんなすごそうなところに、赤鞘は嵐から逃れるために一時避難していたのだ。
さぞ胃を痛くしただろうと思いきや、実に落着いた様子であった。
作るのに自分も深くかかわっていたため、そんなにビビらないですんでいたのだ。
要するに、慣れたのである。
たとえどんな場所にでも適合してぼちぼち暮らしていける。
そんな日本神魂を見せる赤鞘であった。
ちなみに、未だに自分の寝床である樹木の精霊たちの場所では若干胃が痛かったりする様子である。
慣れる基準がいまいち釈然としない所ではあるが、まあ当神にしかそこら辺はわからないのだろう。
湖のほとりに立った赤鞘は、いつもの能天気な笑顔で浮遊島に向かい手を振っていた。
嵐が過ぎたので、元の場所に戻ろうというのだ。
上位精霊達が送っていくといってくれたのだが、丁重に辞退していた。
歩きながら、土地の様子を見たかったからである。
強い自然現象は力の流れにもある程度干渉するので、嵐が及ぼした影響を確認したかったのだ。
まあ、そこまで手を煩わせるのも悪い気がするという、日本人的な理由も当然あるのだが。
すこぶるうれしそうな笑顔の赤鞘に対して、浮遊島やその周囲に浮かぶ精霊達は、実に不安そうな顔をしていた。
風に飛ばされそうになっていた赤鞘を見ているだけに、無事に帰りつけるか心配なのである。
普通の神に対してなら実に不敬な考えだろうが、赤鞘に関しては大いに心配すべきであるといえるだろう。
なにせ本体である鞘を犬にでも銜えられて走り出されたら、そのまま簡単にさらわれてしまう神様なのだから。
ひとしきり手を振り終えると、赤鞘はゆっくりと湖と浮遊島に背を向ける。
そして、のんびりとした様子で歩き始めた。
目指すのは樹木の精霊達が居る、あの場所だ。
草一本生えていない見直された土地では、八本の巨大な樹木は良く目立つ。
そこに向かってまっすぐ歩けばいいので、まず迷う事はない。
湖から樹木達のところへはそれなりに距離もあるので、土地の様子を見るには十分だろう。
赤鞘はのんびりと歩きながら、空や地面を眺めていく。
その目に映しているのは、神かそれに近しいものの視点で無ければ見ることの出来ない、様々な力の流れだ。
僅かに乱れたそれらに、赤鞘はゆるゆると干渉を加えて行った。
最初は殆ど変化が無かった力の流れであったが、まるで雲が動くように僅かずつその形を変え始める。
力の流れというのは無数にあり、それぞれが干渉しあうものであった。
一つを動かせば、その周りにある力の流れ全てが変化を起し始める。
それは、極僅かな取るに足らないほどの変化であったり、動かしたそれそのものを大きく上回る変化であったりする。
赤鞘はそれら全ての影響を把握し、最小限の力を加えることで、それら全てを自分の理想の形へと近づけているのだ。
きちんとした知識と、膨大な経験が要求される作業である。
だがそれは、日本で神としてすごしてきた赤鞘にとっては、当たり前の技術であった。
むしろ、一つ一つの影響をまるで無視して、力ずくで全てを整えてしまう、「海原と中原」の神々が行うものの方が、赤鞘にとっては異常だったのである。
だがそれは、赤鞘にとって実にうらやましいものであった。
赤鞘のような土地の管理の仕方は、それほど力を必要とするものではない。
何しろこれは、そういった事ができるほど力の無い神々が、苦肉の策で生み出した技術なのだ。
神としての力が強ければ、こんな面倒くさい事はしなくて済むのである。
日本でも凄まじく力の強い神々は、そういった事も出来た。
八百万と言われる神々の力は、まさにピンからキリまでなのだ。
もちろん、赤鞘は最底辺あたりをのたうっている神様である。
もしずっと地球に居て、沢山の人間に信仰されたりすれば、赤鞘も上のほうに行けたかも知れない。
だが実際は、忘れ去られた廃村の神社で消えそうになっていた。
色々あって「海原と中原」でもう一度土地神をやってはいるが、日本とこことでは世界のつくりがまるで違う。
いくら信仰を集めようと、赤鞘の力には殆どならないのだ。
それこそ「海原と中原」中の人間から太陽神アンバレンスと同じぐらい信仰されたとしても、いっぱしの神になるには千年ぐらい掛かるだろう。
頼まれて世界を渡ってきたことで消えずにはすんだが、代わりに成長がほぼ止まったのは良かったのか悪かったのか。
まあ、どうせ信仰が集まるような事なんて未来永劫ないのだろうが。
赤鞘は自嘲気味に笑いながら、両手を動かし力に干渉していく。
力の特性と言うのは土地ごとに微妙に違うのだが、だいぶここの力にも慣れてきている。
ほぼ思い通りに動く力の流れを確認して、赤鞘の笑顔の色が徐々に変化していった。
どうせ、どこに居たって雑魚神は雑魚神だ。
精々自分に出来る土地の管理を、懸命にやればいい。
ぷらぷらと歩きながら、赤鞘はここ最近思うようになったことを改めて頭の中で繰り返す。
そこで、ふっと、日本でのことが赤鞘の頭を過ぎった。
今は廃村になった村の周りをこうして歩いていると、大抵キツネが来ていたずらをして行った物だ。
それに目くじらを立てて怒っていたのは、よく赤鞘の手伝いをしてくれた一匹のタヌキだった。
タヌキの癖に妙に律儀で真面目な性格で、赤鞘の土地の管理の仕方を真似したり、自分の術に取り入れたりしていたものである。
キツネは死んでしまったが、タヌキはまだまだ現役バリバリだ。
「あ。そういえば異世界に行くって事伝えてないですねぇー」
失敗したと言うようにつぶやき、赤鞘は顔をしかめた。
だが、すぐにあることを思いつく。
「ああ、そうだ。アンバレンスさん神無月に出雲へおもてなしされに行くって言ってたし、手紙持ってって貰いましょうかねぇー」
アンバレンスレベルの神にとっては、世界の移動など近所のコンビニに行くのと同じぐらいの感覚なのである。
赤鞘はいいことを思いついたと自画自賛しながら、楽しげに歩く。
そんな後姿を、浮遊島の上位精霊達は呆然とした表情で見守っていた。
彼らから見て赤鞘の土地の管理能力は、まさに神の御業である。
それを散歩でもするような気軽さで歩きながら行う赤鞘は、精霊達が見てきたどんな神よりも優れた力を持っているように見えた。
シャルシェリスや水底之大神ほどのビッグネームではないが、それでも母神が新しい世界に連れて行った優秀な神々を見てきた精霊も数多く居る。
その彼らから見ても、赤鞘の力は異常に映ったのだ。
もっとも実際は赤鞘がすごいわけではない。
ただ単にほかを切り捨てて、ひたっすら土地の管理だけに特化しているだけである。
なにせ赤鞘は、強風に吹き飛ばされそうになっちゃう程度の神様なのだ。
精霊たちも間近でそんな様子を見ているのだが、目の前の光景はそれを補って余りあるほどの衝撃を与えるものであった。
ただ散歩をしているだけのような気楽さで歩く赤鞘。
その周囲の力の流れが、ほんの僅かずつ変化していく。
しかしその僅かな変化は周りの力の流れへと影響を与え、まるで波紋が広がるように次々と変化を起していく。
連鎖するような一見無秩序にも見える変化のうねりは、いつしか理想的な配置へととどまり落着いていくのだ。
赤鞘に言わせれば連鎖パズルのようなもので、別に自分がすごいわけではないと言うだろう。
だが、傍から見れば完全に神の奇跡である。
ましてその技術の難易度が「箸で摘んだ髪の毛の先で米粒に名画の贋作を描くレベル」であるのだから、なおさらだろう。
そんな赤鞘の後姿に、精霊達は改めて驚愕と信仰の念を抱いた。
最近、すっかり人間よりも精霊とかに信仰の対象にされている赤鞘であった。
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移動する巨大な脚付き台車の上に座り、セルゲイは感心したようにため息を付いた。
見渡す限りの荒地の真ん中に30mを越す巨木が八本も生える光景は、世界をまたに駆ける彼にしても珍しいものであったらしい。
隣に座るコウガクも、驚いたように目を見開いている。
「あれは世界樹、精霊樹ですかな? む? まさか、調停者の樹まで……?」
かなり遠目ではあるが、コウガクはその樹木が何であるか見分けたらしい。
その言葉に、土彦は楽しそうに笑い声を上げた。
「流石コウガク殿! ご名答です。あれらは赤鞘様がお育てになられた樹木達ですよ」
「なんと……!」
驚いたように声を上げ、コウガクはもう一度樹木のほうへ顔を向ける。
確かに、彼らは赤鞘が育てたといってもいいだろう。
水をやったり、その精霊たちと遊んで居たりしたのは間違えなく赤鞘である。
だが、力を分け与えたとか、教育したとかそういう事実は一切無い。
育てたというか、どっちかというと勝手に育ったというほうが正しいだろう。
まあ、その辺も見方しだいなので間違いではないのだろうが。
セルゲイは感心したような呆れたようなため息を付いて、大きく肩をすくめた。
そして、土彦のほうへと体を向ける。
「そろそろお聞かせ願えませんか。何故私のような……」
そこまで言いかけたところで、土彦はセルゲイの前に手を突き出した。
人差し指を一本立てたそれに、セルゲイは口を閉じる。
それに満足したのか、土彦はニィっと笑顔を作って見せた。
「セルゲイ・ガルティック殿。私の主はかしこまった言葉遣いがとてもとても苦手なのです。それを聞いてかえって気を使ってしまうようなお方なのですよ。どうか、気楽にお話ください。ああちなみに、私のこの口調は癖のようなものですから。お気にせずに」
土彦の言葉に、セルゲイは大きく眉根を上げた。
そして、コウガクのほうへと顔を向ける。
目を閉じてうなずくコウガクを見て、セルゲイはたまらずといった様子で笑い声を上げた。
「こりゃ、オモシれぇねぇちゃんだなぁ! ガーディアンってのは途轍もなくお偉くてお堅いもんだっと思ってたんだが?」
「あっはっはっは! ええ、私の場合御創りになられたお方に特別な事情がありますから」
そういうと、土彦はぱちりと手を合わせ、うれしそうに目を細める。
実に楽しそうなその笑顔は、これからするイタズラが楽しみで仕方ない様子のキツネのようにも見えた。
「ではまず、前提となるお話からしましょう。コウガク殿は既にご存知の事と思いますが、この見放された土地の封印はご覧の通り、既に解かれています。これは、この土地を私の主、土地神赤鞘様が治めることになったからです。戦争の影響で生まれたブラックホールのような魔力の塊を解き解し、この土地に生物がすめるようにしてたのも、赤鞘様です」
「おいおいおい。マジかよ。さっきねぇちゃんの主が依頼人だって言ったよな?」
若干表情を引きつらせるセルゲイに、土彦はすこぶる楽しそうな笑顔を浮かべてみせる。
ガーディアンであるという土彦が自分の主が依頼人であると言った時点で、セルゲイもある程度は予想していた。
とはいえ、傭兵の雇い主が神であるというのは、いくら身構えていたとしてもかなりの衝撃だろう。
「その通り。貴方方の依頼人はこの土地を治める神様です」
「はぁ……じぃさんが驚いてた理由がわかったぜ……」
ため息を吐き出しながら、空を見上げるセルゲイ。
その横では、コウガクもなんともいえない表情を浮かべていた。
「私も少しお話をさせて頂いたんだが、なかなか変わったお方だったよ。どちらかといえば、神様よりも人間に近いお方だね」
「ええ。元々は人間であられた神様ですから」
「人間? 人間だったのが、神になったって言うのか?」
眉間に大きな皺を寄せ、セルゲイは身を乗り出す。
この世界に置いて、神とは神々の母である母神が生み出した存在の身のことを指す言葉だ。
後天的に神になるということが一切ありえないため、そもそも人間が神になるという発想が無いのである。
「ええ、ええ! その通りです。この世界ではありえないことでしょう。私の主赤鞘様は、この世界ではない異なる世界から太陽神アンバレンス様が御連れになられた御方なのです」
「異世界ぃ? まあ、母神様が新しい世界を作るってこの世界を御出でになられたんだから、そういうこともあるのか?」
顔に手を当て、難しそうな表情を浮かべるセルゲイ。
コウガクも、腕を組んで唸り声を上げている。
そんな二人の様子を、土彦はニコニコと眺めていた。
「あまり一度に説明されても、却って混乱されるでしょう。また赤鞘様から説明があると思います。ひとまず、この土地の封印が解けたこと。赤鞘様が太陽神アンバレンス様に頼まれ、この土地を治めることになった事。その二つは、良くご了解ください」
「ああ。わかった。それを俺に聞かせたって事は、依頼の内容にも関係あるんだよな? じゃあ、ちょっと気持ちを整理させてもらうわ」
そういうと、セルゲイは渋い顔のまま、改めてこれから向かう先へと顔を向けた。
今聞かされた話は、神々の世界の話である。
人間には到底かかわり無いように思われた。
だが、恐らくそうではないのだろう。
でなければ、わざわざあんな回りくどい事をしてセルゲイを呼び出したりはしないだろう。
あれらの工作は、恐らくこの土地の封印が解かれた事を、極力外に漏らさないためのものだったのだと、セルゲイは考えていた。
この土地は現在の最高神の手によって封印されていた土地だ。
封印が解かれたことを知らなければ、好き好んで近づくような場所ではない。
吹聴して回りさえしなければ、たとえ事実そうだったとしても、封印が解かれた事が広まる事はないだろう。
つまり、この土地の封印が解かれた事を内密にしたまま、傭兵を雇い入れたいような事が起きたわけである。
普通に考えれば、危険極まりない、命がいくつあっても足りないようなことをさせられると思うだろう。
一般的な傭兵ならば、いくら金を詰まれても逃げ出すところである。
命知らずの傭兵といっても、死んだら最後である事はよく心得ているのだ。
自分が死なないぎりぎりのラインを見極められるからこそ、命をかけられるのである。
今回のこれは、どう贔屓目に見ても文字通り「命が幾つあっても足りない」厄介ごとであるだろう。
たとえ金で雇われる傭兵でも、いや、傭兵であればこそ、さっさとおさらばするところだ。
だが。
残念ながらセルゲイは、ごくごく一般的な、常識のある傭兵ではなかったのだ。
「なぁんだか面白そうじゃねぇの。依頼の内容がたのしみんなってきたわ」
「お前さんはまったく、相変わらずだね」
楽しそうなにやけ笑いを浮かべるセルゲイに、コウガクは呆れたように肩をすくめて呟いた。
そんなセルゲイを見て、土彦はパチリと手を合わせる。
「恐らく、退屈はしないと思います。セルゲイ殿のお力添えが是非とも必要な事ですから」
「ガーディアン様のねぇちゃんがそういうなら、そうなんだろうなぁ。まあ、期待に応えられるようにがんばらぁな」
「私は早く赤鞘様にお会いしたいだけなんだがね」
ニヤニヤと笑うセルゲイと土彦に挟まれ、コウガクは大きなため息を付くのだった。
えー、年内最後の更新になります。
誤字脱字のご報告をいただきましても、来年以降の修正になると思います。
なければよいのですが、作者の目が余りにも節穴過ぎて自信がありません。
見落とす事にかけては自信があります。
どうしようもないですね!
今年一年、本当に有難うございました。
来年はなろうコン大賞の年でございます。
最終審査に残るといいなぁ・・・。
もうあがいてもどうなるものではないとも思いますが、心の中ではがんばって行きたいと思います。
では、来年も「神様は異世界にお引越ししました」をドウゾヨロシクお願いいたします。
良い年越しをっ!