七十七話 「風が強すぎてぇー! ぜんっぜん歩けないんですよねぇー!!」
人間は、雨風に対抗するため家を作る事を学んだ生物だ。
たとえ暑い日でも日光をさえぎり、降りしきる雨から身を守る屋根。
そして、寒い、あるいは熱い風から身を守る壁。
温度調節をしやすいように、開閉が可能な窓。
ソレは人間という種が作り上げた至宝である、と、赤鞘は思っていた。
ありとあらゆる文明や文化、その始点にして終着点が、家というものに集約されているのではないだろうか。
心のそこから、赤鞘はそう思っていた。
何でそんなことを考えているのか。
ソレは、赤鞘が何も無いのっぺりとした地面の上で嵐の直撃を受け、今にも吹き飛ばされそうになっているからだ。
「むりむりむりむりむりむりむり!!! これはだめな奴ですよほんとに!!!」
地面に本体である赤い鞘を突き刺し、赤鞘は必死になって暴風に耐えていた。
鞘を地面に埋めてしまえば飛ばされる心配は無いのだが、そうすると自分で出るのが途轍もなく大変だ。
かといって抱えたまま風と雨に耐えようにも、赤鞘は基本的に鞘であり、重さが軽いために吹っ飛ばされてしまうのである。
折衷案として、自分で引っこ抜ける程度に鞘を地面に突き刺して対応しようとしたのだが、嵐が思いのほか強く今にも吹き飛ばされそうになっているのだ。
「舐めてました! かんっぜんに舐めてましたっ! 熱帯低気圧だって言うから! 台風まで行かないって言うからっ!!」
別に誰に聞かせるわけでもないのだが、赤鞘はとりあえず絶叫していた。
そうでもしないと主に心とかが折れそうだったからだ。
実際、赤鞘は嵐がそこまですごいものだとは思っていなかったのである。
人間時代はどんなに酷い台風でも木の陰や洞窟でやり過ごしたし、神様になってからは社に居たので安全だった。
神様になってから野外で嵐にあうという経験が、一切無かったのだ。
もっとも、普通外で嵐にあうなんて経験自体、早々あるものではないのだろうが。
「赤鞘様!! 今からでも浮遊島にいらっしゃいませんかっ! あそこならば安全です!!」
今にも風に巻かれて空のかなたに飛ばされていきそうな赤鞘にそういったのは、光を固めて作られたような美しい女性であった。
彼女は見た目通り、光の上位精霊である。
ほかの属性精霊たちも何体かやって来ており、心配そうに赤鞘を見守っていた。
だが、周囲に生えている八本の樹木から中へは入ってこようとしない。
世界樹、精霊樹、調停者といった樹木に囲まれた其処は、彼らにとって犯すべからざる神域になっているのだ。
「いやー! なんかそれもこー、アレって言うかぁー! アレな気がするじゃないですかぁー!」
もっともその中心に居るのは、小汚い格好をした鞘が本体の付喪神系の雑魚神なのではあるが。
風にあおられている赤鞘を見守っているのは、属性精霊たちだけではない。
その神域を作り出している樹木の精霊達も、赤鞘を心配そうに見ていた。
「ねえ、やっぱり結界張ろうよ!」
居た堪れなくなったのか、水の精霊樹が悲痛な声を上げた。
上位精霊を多数従える彼らが結界を張れば、風も雨も防ぐことが出来るのだ。
だが、赤鞘は頑としてその提案を受け入れなかった。
「いやぁー! それやっちゃうと、またいじりなおさないといけないじゃないですかぁー!」
結界というのは、多かれ少なかれ様々なものを遮断する壁だ。
人間の目から見れば水や風などだけを遮断しているように見えても、神レベルの視点で見ればそのほかのさまざまな力の流れを阻害してしまっていたりする。
たとえば雨風を遮断しようとして結界を張れば、水と風などといったそれに付随する力の流れも滞らせることになるのである。
健康な土地であれば特に問題ないであろうそれらは、現在非常に不健康且つ調整中な見放された土地ではそれなりの痛手を伴うものになるのだ。
とはいえ、それは別に致命的なものでなく、作業時間がまた多少延びる程度のことであったりする。
赤鞘は自分の身の安全よりも仕事を優先しちゃう、悪しき日本神の慣習から抜けきれていない、あまりお手本にしてはいけない神種なのであった。
必死の形相で地面にへばりついている赤鞘を前に、樹木精霊たちのリーダー格である調停者が意を決したように口を開く。
「赤鞘様! 何で浮遊島に行かないんですか! あそこのほうが安全ですよ絶対っ!」
その物言いに、属性精霊やほかの精霊達はぎょっとした。
神である赤鞘を非難するような口調に、驚いたのだ。
この世界において精霊は、生物よりもずっと神に近しい存在である。
だからその偉大さを身にしみて知っており、神の絶対性を良く知っているのであった。
そんな神に対して、強い口調で叱るような事をいうなど、彼らの常識では絶対にありえない事なのだ。
それでなくても、ここにいる精霊達にとって赤鞘は大恩がある相手である。
こんな物言いをするなど、もってのほかであるはずなのだ。
先ほどの光の精霊のように、こういう方法もありますがと意見を出す事とは、次元が違う行為なのである。
それより何より、多くの精霊達は赤鞘がここで風雨にさらされているのは、意味のある行為なのだと思っていたのだ。
嵐が来る少し前、精霊達は赤鞘に「緊急避難をされては」と提案していたのである。
だがどういうわけか、赤鞘はやんわりとそれを断っていたのだ。
何か対策があるのだろうと思っていた精霊達だったが、結果はこの有様だ。
ならばと光の精霊が代表してもう一度誘ったわけだが、それもやはり断られてしまった。
それを見た多くの精霊は、「ああ、これは私達にはわからない大きな理由があるのだな」と判断したのだ。
そもそもこの世界において神の考えというのは、精霊や生物達には遠く及ばないものであると言うのが常識なのである。
何しろ「海原と中原」において、神とは文字通り絶対であるのだ。
が。
「いやぁー! だって雨風が強いからってよそのお宅に避難するのってぇー! 気が引けるじゃないですかぁー! なんかこう、悪いですしぃー!!」
赤鞘は地球出身の日本神であった。
精霊達が思っているような高尚なお考えなど一切無く、ただ単に遠慮のみで誘いを断っていたのである。
その言葉を聴いて、属性精霊達はすぐにその意味がわからず硬直した。
四六時中一緒に居る樹木の精霊たちは、その意図をすぐに理解し、あきれたように声を上げる。
「遠慮してる場合じゃないですよ!」
「吹き飛ばされそうになってるほうが気を使いますっ!」
「あー、そうですかねぇー!! じゃー、申し訳ないですけどー! お邪魔しちゃっていいですかぁー?!」
突然赤鞘に話を振られて、固まっていた属性精霊たちは一斉に首を縦に振った。
「も、勿論です!」
「赤鞘様のご指導で、島内部の整備もずいぶん進みました!」
浮遊島は大きな岩の塊ではなく、内部は階層分けされた空洞になっていた。
島を形作る全てが様々な属性魔石の壁や床で作られた其処は、日本人にわかりやすく言えば「クリスタルで出来た空飛ぶ城」あるいは「クリスタルで出来た空中ダンジョン」である。
赤鞘を知っているものならば、とても近づきそうな場所ではないと思うだろう。
しかし、建設には赤鞘もかかわっており、自分が指示して作った場所もあるせいか、赤鞘とって比較的胃にダメージを受けることなく入る事ができる場所に成っていた。
もっとも、もしかかわっていなければ近くにあるだけで確実に胃にゴルフボール大の穴が開いていたであろうことはいうまでも無い。
「あのー! でも一つ問題があるんですよぉー!」
「どうかなさったんですかっ?!」
「風が強すぎてぇー! ぜんっぜん歩けないんですよねぇー!!」
赤鞘の言葉に、全精霊が凍りついた。
赤鞘の本体は、あくまで鞘である。
半透明の人間体のほうは、半実体の幽霊みたいなものなのだ。
重さも無く、また、赤鞘の力が低いためにここまで強い風に抵抗する力も持っていない。
「いやぁー、やっぱりお手を煩わせるのもあれですしぃー! ここでもうちょっとがんばってみますねぇー!!」
「大丈夫です! 全然手間じゃありませんからっ! 風のっ! 赤鞘様送って行けっ!」
「ガッテン!」
調停者に言われ、風の精霊樹が握りこぶしを作ってみせる。
以前は殆ど本体である樹木から離れる事ができなかった彼らだが、今では見放された土地の中程度であれば自由に動けるようになっていた。
「いやぁー! そこまでして頂く訳にはぁー!!」
「むしろこのままのほうが問題です! さあ、行きましょう赤鞘様っ!」
「すみませんねぇ、お手数おかけしましてぇー!!」
風の精霊樹は恐縮し倒している赤鞘を抱えあげると、強風の中をするすると飛び始めた。
風に属する彼には、強風の中を飛ぶ程度訳のない事なのだ。
吹き飛ばされそうになっている赤鞘とは大違いである。
結局、赤鞘はこのあと浮遊島で無事保護され、安全に嵐をやり過ごす事に成功した。
一歩間違えば吹っ飛ばされていただろうだけに、留守を任されていた精霊たちはほっと胸をなでおろしたのであった。
赤鞘が強風にあおられあっぷあっぷしているころ。
土彦はアグニー達の集落にいた。
万が一のことがあった場合対応するようにと、赤鞘に仰せつかったのだ。
もっともアグニー達は元々このあたりの住民であり、とっくに嵐対策を済ましていたのであった。
天気予報も見られないこの場所では対策も後手後手に回りそうなものだが、幸いアグニー達にはもはや特殊能力ともいえるような危機察知能力があるのだ。
嵐が来る2~3日前には、とっくに対策は完了していたのである。
もしアグニー達にそういった能力が無かったとしても、土彦の気象観測機器などもあるので、どちらにしても問題ないのだ。
アグニー達の元に土彦が居るのは、本当に万が一のためなのである。
「さぁさぁ、土彦様。こんなものしかありませんが」
そういって土彦の前に湯飲みを差し出したのは、長老だった。
土彦が今居るのは、長老の家なのだ。
集落で一番大きな家であり、来客用の品も置いてあるためそこに案内されたのである。
来客用の品といっても、精々がきれいな湯飲みと、座るときに敷く毛皮程度なのだが。
「すみませんのぉ。都会では家の中には靴を履いてはいるそうなんですが、わしらは昔から家では素足なんでございますじゃ」
「いえいえ。実は、赤鞘様の元のお住まいでもそうだったようですよ?」
申し訳なさそうにしている長老に、土彦はにっこりと笑って答える。
長老が言うように、アグニー達は基本的に家の中では素足になる習慣があった。
家の中は基本的に土足厳禁である。
アグニー達は、ほかの種族の子供のような状態で成長を止める種族だ。
そのため、体は全体的に華奢で貧弱に出来ている。
足の裏の皮も薄く、あまり硬くなるという事がない。
ゴブリン状態になれば平気なのだが、逆に言えばそうならなければすぐに怪我をしてしまうのだ。
だからアグニー達は、毛皮や布などで足を包む、簡単な靴のようなもので足を保護していた。
それでも完全に守れるわけも無く、少し前までは生傷が耐えない状態が続いていたのである。
しかし、今は水彦が手に入れてきた靴のおかげで、皆足に怪我を負うことが無くなっていた。
皆つるつるのお子様フットなのである。
「赤鞘様の所もですか! これは、面白い偶然ですのぅ」
面白そうに声をあげて笑う長老に釣られ、土彦も笑う。
外はずいぶんと風も強い様子だが、家の中には和やかな空気が流れていた。
長老の家には、土彦以外にも二人のアグニーと、カラス達が来ていた。
避難所や集会場でもある長老の家には、こういう緊急時には人が集まるのである。
カラス達は、一時避難のために長老の家にやってきていた。
カラス達の寝床はギンの家の上にあるのだが、そこには壁が無いのだ。
野生では木の上などで暮らしている彼らは、壁で囲まれている環境をあまり好まない。
飛び立つときにも邪魔になるので、作られていないのである。
通常の雨程度はしのげるよう、小さな屋根はつけられているのだが、いかんせんこういった嵐になってしまえば役には立たない。
そういう時は、長老の家に緊急避難することになっているのだ。
本当はギンの家に逃げ込めればいいのだろうが、いかんせんギンは未だに一人暮らしなので、家がそんなに広くないのである。
カラス達が来ているという事で、世話をしているギンも長老の家に来ていた。
今はカーイチを膝の上に乗せ、その頭の上に顎を乗せてぼうっとしている。
もう一人のアグニーは、集落で誰よりも結界に執念を燃やす男、建築班の「サナト」であった。
彼はあるやんごとなき事情で、ここに避難せざるを得なくなっていたのだ。
「しかし、寝ぼけて壁にタックルして突き破るっていうのはなぁ」
「いや、面目ない」
ギンに言われ、サナトは苦笑いしながら頭をかいた。
そう。
彼は夢の中で「ねんがんのけっかいをてにいれたぞ!」状態になり、寝ぼけて自宅の壁をタックルで突き破ってしまったのである。
「まったく、おぬしは本当に見た目どおりがさつじゃのぉー」
「あっはっはっは」
長老の言葉に、サナトはごまかすように笑う。
彼は今年12歳、人間年齢で言うと24歳の若者であった。
血気盛んで血の気が多く、タックルなども率先してやるタイプである。
彼の外見を、ざっと説明しておこう。
髪の毛は黒く、髪型はゆるふわカールのショートボブであった。
顔は卵形で、ほほはほんのり桜色に染まっている。
目は黒目がちで大きく、まつげが長いのが印象的だ。
眉は少し太めであり、唇はあくまで柔らかそうであり、ぷにぷにしたら小一時間楽しめそうなほどである。
一言でこの血気盛んで結界に対して圧倒的な熱意を注ぎ、若さのすべてをタックルに費やす青年の外見を言い表すとするならば、こうなるだろう。
美少女。
二言ならば、ふんわり美少女、だろうか。
ちなみにサナトは、とても珍しい服装をしていた。
水彦が持ってきた中にたまたま混じっていた、大人用のワイシャツを着用しているのである。
平均身長が1.2mであるアグニーが着れば、当然それはぶかぶかだ。
サナトはワイシャツのボタンを全部留め、腕をまくってそれを着用していた。
多少ぶかぶかしてはいるが、涼しく動きやすいと本人は言っており、大変に気に入っている様子だ。
ちなみに、下には何もはいていないし、つけていない。
裸ワイシャツである。
今のアグニー達にとって、下着というのは大変に希少なものだ。
そもそも彼らは穴を開けた袋程度の服や毛皮を体に巻くような服飾文化しか持っておらず、下着とかの概念が殆ど存在していないのだ。
温暖な気候であるこの地域では、逆に服が邪魔になる事も多い。
そのため、アグニー族としてみれば、サナトの服装はけっしておかしいものではないのである。
「ぼふぅうっ!!」
当然、その常識が土彦にも適用されるわけではないのではあるが。
突然腹と口を押さえてうずくまった土彦を見て、長老とサナトは大いにあわてた。
「つ、土彦様っ! どうなされたのですかっ!」
ちなみに、長老の衣装は相変わらずの体育服装であった。
下は当然のようにブルマーである。
「だ、いじょ、ぶ、ぶふっ! だいじょうぶ、ですぶふぅう! きにしないでぐふっ! ごほっ! えほっ!」
大丈夫だと口では言いながらも、土彦の体の震えはとまらない。
長老は大いにあわてながら、わたわたと右往左往し始めた。
「内臓系の病じゃろうか!」
「ただ笑いそうになってるだけなんじゃないか?」
その場でただ一人冷静なアグニーであるギンが、ぼそりとつぶやいた。
頭の上に顎を乗せられているため、カーイチの頭には振動やら音やらが響く。
カーイチはそれに不快そうな顔もせず、むしろ幸せそうな顔で「カー」と一声鳴くのであった。
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見放された土地は、元々は「キノセトル」という名の街であった。
大きな空港や港なども備え、近くにギルド都市もある其処は、かなりにぎやかで栄えた場所であった。
しかし、約百年ほど前の戦争で、その街は壊滅することになったのである。
街を破壊した大魔法は街を更地に変えただけでなく、周囲の魔力を枯渇にまで追いやった。
その反動で、魔力の特徴である「枯渇状態になると急激に集まる現象」までが起こってしまったのである。
周囲の魔力も巻き込んでしまう前に、太陽神アンバレンスが結界を張る事でそれを阻止。
事無きを得る事ができたのである。
元々は町であっただけに、見放された土地「キノセトル」は、本来は国家に所属する土地であった。
今は神に封印されてしまったから所有権を放棄しているものの、大本は国有地であり、人間が暮らしていた場所なのだ。
その「キノセトル」の元々の所有者であったのが、「ホウーリカ王国」である。
楽器を奏でる事により魔法を制御する「楽器魔法」技術を有する、中規模の国家だ。
また、巨大な金属の造形物である「ゴーレム」を扱うのも得意な国であり、その戦力はかなりのものである。
「で。なんでホウーリカ王国の第四王女様が? こんなところに居るんですかねぇ?!」
いらだたしそうにそういいながら、プライアン・ブルーは地上用の小型魔力船のフロントを叩いた。
彼女が操舵しているのは、積載した魔石を燃料に、地上1mほどの高さを浮遊して進む小型の船舶である。
乗員六名という、地球で言うところのリムジンカーのようなものであろうか。
後部座席には、二人の女性が乗っている。
一人は、今しがたプライアン・ブルーが言っていた、「ホウーリカ王国」の第四王女様。
もう一人は、そのホウーリカ王国内でかなりの実力を持ち、「騎士称号」をもつ“鈴の音の”リリ・エルストラである。
彼女達は先日、思わぬところでであった間柄であった。
移動のためにたまたまプライアン・ブルーが乗っていた貨物船が海賊に襲われたのだが、そのとき海賊の用心棒をしていたのが、何を隠そうこの二人だったのである。
本来ならばプライアン・ブルーの祖国である「スケイスラー」に連行せねばならないところではあるが、超法規的判断でそれを取りやめたのであった。
ぶっちゃけ色々込み入っててめんどくさかったから、二人を逃がす事にしたのだ。
船が目的地に付いた後、プライアン・ブルーは現地スタッフを何とか誤魔化し、この船をかっぱらって逃げ出したのである。
非常に人格的に問題のある彼女ではあるが、国での地位はそれなりに高い。
身分がばれていないただの犯罪者二人の身柄を自由にする事など、朝飯前だったのである。
あとは二人を中立的立場のギルドが管理する都市「アインファーブル」に送り届けてしまえば、万事解決なわけだ。
とはいえ、ことは「王国」の「王女様」がかかわっている事である。
いくらなかった事にしようとしたところで、事情がまったくわからないでは後々何があるかわからない。
場合によっては上司にばれて怒られるかもしれないし、事によってはプライアン・ブルーの婚活に悪影響を及ぼすかもしれないのだ。
それだけは、たとえ近隣をクレーターにする事になったとしても阻止せねばならない。
後部座席に座りながらニコニコとしている第四王女は、ぱちりと手を叩いた。
「まぁまぁ。じつはですね、キノセトルが開放されたそうなのです」
「ぼふっ!!」
いきなり飛び出してきた胡散臭い単語に、プライアン・ブルーは思いっきり噴出した。
ちなみに彼女が鬼畜上司から受けている密命は、その「キノセトル」、つまり見放された土地の事を探る事である。
今現在見放された土地は、世界レベルの腫れ物扱いを受けている土地だ。
どこの国も、まあ、一部を除いて、触りたくもないし近づきたくも無いとしている場所なのである。
そんな場所に関する情報が、元持ち主の国の王族の口から語られた。
これは非常によろしくない事態であると、プライアン・ブルーは判断したのだ。
当然、婚期が遠のく的な意味でである。
「あの、それあたしすごく聞きたくないん……」
「それでですね? ある程度魔法の使える王族の末席に座る私が、リリと一緒にその情報の真偽を調べる事になったのです。当然秘密裏に動かなくてはいけないから、資金も余りありません。お小遣い稼ぎに冒険者の真似事をしていたら、たまたまプライアン・ブルー様にお会い出来たのですのよ! きっとこれはプライアン・ブルー様にお手伝いして頂けという思し召しに違いないと思うのです。私達の国としてはあの土地の所有権をまた持つ事ができれば一番だと思っているのですが、太陽神様が封印なさった土地でございますでしょう? もし本当に封印がとかれたとしても、その所有がどうなるかはわかりません。ですが、元々私どもの土地であっただけに、隣接している以上、放置するわけにも行きません。私どもの土地になるにしても、ならないにしても、調査は絶対に必要です。そして、それをするのは失礼の無い確かな身分のものである必要があるでしょう。そこで、死んでも代わりがいる王族として私が選ばれたのです。この調査ですが、こうなってしまった以上プライアン・ブルー様にもお手伝いいただけるものと確信しております。スケイスラーはあの土地の通行権を欲しているでしょうし、もし通る事ができるとしても我が国の国土も横切る事になりますから、当然私どもとの利害も一致しておりますでしょう? ですからばらばらに調査をするより、一緒に行動したほうがずっと効率的だと思うのです。当然すぐに宰相バインケルト・スバインクー様にはご連絡をいたします。というよりも、先ほどの港で既にお手紙を出しておきました! 勿論スケイスラーの輸送便を使いましたから、ご安心くださいましね!」
「全部言い切ったー?! こいつ全部言い切りやがったっ! 聞いちまったじゃねぇーかよっ!」
悲鳴にも近い声を上げながら、プライアン・ブルーはばしばしハンドルを叩きまくる。
だが、船舶の外は嵐であるため、音は一切外に漏れなかった。
大きな街道を通行しているのだが、嵐の中であるせいかほかに通行しているものの姿は一切見えない。
「聞いてしまった以上、あの“スケイスラーの亡霊”殿はごまかせんぞ。おとなしく手伝ってくれ」
「ざけんなぁああああ! まだ結婚もしてないのにそんな危険が危ない事かかわれるかっつーのっ! どう考えてもガチであぶないやつじゃねぇかよっ!!」
リリの言葉に、プライアン・ブルーは全身で拒絶の意を表す。
幸いな事に回りには誰も居なかったので、多少運転が荒れてもへっちゃらである。
「大丈夫だ。利害関係が一致する私達と共同で見放された土地の事を調べるだけなんだから」
「やだよっ! すげぇフラグ立ちそうじゃんそれっ! 厄介ごとに巻き込まれるのはごめんなんだよっ!!」
「あら。もう巻き込まれていますよ?」
うれしそうに笑う第四王女の言葉に、プライアン・ブルーはぐうの音も出なかった。
ここでごまかして逃げたとしても、鬼畜上司の前に立った時点でアウトである事を、彼女は良く知っているのだ。
あの“スケイスラーの亡霊”とあだ名される鬼畜上司は、人間の表層心理を読み取る能力を有しているのである。
何より、この世界で一国の宰相を数百年勤めてきた実力と勘は伊達ではない。
たかが二十六年程度しか生きていない小娘がそんな相手をごまかすなど、不可能なのだ。
つまるところ、プライアン・ブルーは第四王女が長台詞で協力を要請してきた時点で、つんでいるのである。
「がんばって練習した甲斐がありましたわ」
「練習したんかいぃ!!」
にこやかに言う第四王女に、渾身の突込みを入れるプライアン・ブルー。
だが、彼女はこんなところであきらめるわけには行かないのだ。
「くそっ! あたしはまだ結婚もしてないんだぞっ! ぜってぇーやだからなっ! アンタらアインファーブルにおろしたらあたしはさっさと帰るからなっ!!」
力強く宣言するプライアン・ブルーに、リリが僅かに眉をしかめた。
そして、驚いたような声音で言う。
「アンタ、まだ結婚してなかったの?」
「してねぇーよ! わるいかっ! お前も似たようなもんだろうがどうせっ! ああん?!」
「長女が先日三歳になった」
「ほぐっ?!」
プライアン・ブルーは、心に10000のダメージを負った。
ほぼ即死に近いダメージでは有ったが、何とか意識を保つ事に成功する。
「ちなみに長男は二歳だ」
「まてまてまて。リリお前、いくつだよ! あたしと変わらなかったはずだろっ!」
「今年で二十五歳だよ?」
「チックショォオオオオォガァアアアアアアアアア!!」
プライアン・ブルーの魂の叫びは、むなしく嵐の空に消えていくのであった。
っつーわけで更新です。
プライアン・ブルーさんがかかわるとなが台詞になるようです。
そういう人員なのかもしれません。
さて次回は。
おじいちゃんと傭兵と黒い羽の人が、見放された土地に到着するようです。
そこに現れるのは、不敵な笑顔の和装の少女。
その正体はいったいっ!!
こうごきたいでーす。