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七十五話 「そんな大層なものじゃなくてですね。こう、軽くお使いを頼む感じですよ」

 上空約三万七千km。

 いわゆる静止衛星軌道上のあたりから地上を見下ろしつつ、エルトヴァエルは小さなため息をついた。

 仕事が予定通り運んでいるのを確認して、ようやく一息ついたのである。

 彼女の仕事というのは、見放された土地にとある傭兵団を呼び寄せるというものであった。

 簡単なことを、と、思うかもしれない。

 だが、相手が凄腕であればあるほど、ただ会うというだけでも重労働になるのがこの業界なのだ。

 たとえば、エルトヴァエルが天使として光臨して呼びつけたとしよう。

 大騒ぎになるだろう。

 エルトヴァエルは天使としてはかなり人間達に名前を知られた存在なのだ。

 そんな彼女が一傭兵団を呼びつけたとなれば、どんな事になるかわからない。

 では、エルトヴァエルの名前を隠し、別人として接触したらどうなるか。

 エルトヴァエルが目をつけた傭兵団は、かなりの凄腕ぞろいである。

 それだけにうらまれることも多く、常に命を狙われているといっても過言ではない。

 十中八九、普通に依頼しただけでは怪しまれ、最悪雲隠れされるだろう。

 もっとも、隠れたところでエルトヴァエルから逃げ切れるわけもないのだが。

 見直された土地を治める神様がお呼びだといった場合はどうだろう。

 軽く世界レベルの混乱が起きるだろう。

 見直された土地に神様がいらっしゃるということは、今のところどこの国もつかんでいないトップレベルの機密なのだ。

 そこで今回エルトヴァエルがとった方法は、まず興味を持たせる、というものだった。

 傭兵団というのは、荒事を肩代わりして金を稼ぐのが仕事だ。

 小競り合いが起きそうな場所に赴き、自分達を売り込み仕事を得る。

 そういった行動も、彼らにとっては営業努力の一環だ。

 つまり、それなりにきな臭い場所であれば、彼らは自ら勝手にそこに来てくれるわけである。

 エルトヴァエルはまず、目当ての傭兵団である「ガルティック傭兵団」の団長、セルゲイ・ガルティックに接触した。

 ずっと使っている人間としての顔を使い、まずはセルゲイに「見放された土地」で何かが起きていることを匂わせる。

 丁度いいことに、セルゲイはその少し前まで仕事をしており、一ヶ月ほど情報の遮断された生活をしていた。

 目新しい大きな情報を与えれば、気になってほうっておいても調べてくれるだろう、と、予想したのだ。

 狙いたがわず、セルゲイは「見放された土地」について調べ、そこに荒事のにおいを感じ取った。

 実際、今現在の「見放された土地」を取り巻く状況は穏やかならざるものがある。

 メテルマギトとステングレアがにらみ合い、近くには世界のエネルギー生産を一手に握るギルドの街があるのだ。

 今現在見直された土地周辺は、世界有数の危険地帯だといっても過言ではない。

 きな臭い場所でこそ仕事を得られる傭兵団にとっては、恰好の売り込み場所だといえるだろう。

 エルトヴァエルの予想通り、「ガルティック傭兵団」は見直された土地近くへ向けて移動を開始した。

 使用しているのは、彼らの拠点であり移動手段である、大型の戦闘潜水空母艦だ。

 対艦戦闘も可能で、小型戦闘機の発着が可能という、なんとも贅沢な潜水艦である。

 その船に、エルトヴァエルはある仕掛けを施していた。

 陸地との連絡手段が限られる外海に出てから発見されるように指示した、小さなマッドアイを置いてきたのだ。

 マッドアイには、音声データを入れた記録媒体を背負わせている。

 なかに入っているのは「仕事を依頼したいから、見放された土地にある港跡まで来てくれ」といったような内容だ。

 その音声が再生されると、マッドアイは自壊するように設定してある。

 そして、マッドアイが崩れた後には、手付金代わりの宝石が現れるようになっていた。

 好みの分かれる依頼の仕方ではあるが、団長であるセルゲイはこの手の仕掛けが好きな男だ。

 まず間違いなく乗ってくるだろう、と、エルトヴァエルは予想していた。

 結果は大当たり。

 セルゲイが率いる「ガルティック傭兵団」は、見直された土地へと進路をとったのである。

 なかなか手間ではあったが、やるだけの価値はあったといえるだろう。

 彼らはあちこちで恨みを買っているため、監視もそれなりについている。

 地上で依頼をすれば、何かの弾みで情報が漏れたかもしれない。

 だが海の底でならば、まずどこかに漏れ出す心配はないだろう。

 こと情報の機密性でいえば、海の中というのはかなり優れた場所であるといえる。

 マーマンなどの水中生命だとしても、数百mの深海にもぐることが出来るわけではないのだ。

 その代わり、エルトヴァエルでも監視するには奇跡を使うしかなく、疲れるという難点はあるのだが。

 とにかく、これで傭兵団の確保は出来た。

 道中樽に入っている男を拾ってはいたが、これも問題はないとエルトヴァエルは判断している。

 最初はあわてもしたが、すぐに自分のチェックリストに入っている男だと気がつき、ほっと胸をなでおろしたのだ。

 性格に難はあるが、能力的には申し分のない男である。

 もし傭兵団に所属することになれば、仕事の成功率は格段に上がるはずだ。

 もっとも、まじめに働かせることが出来れば、だが。

「なんにしても、これで一安心ですね」

 エルトヴァエルはもう一度ほっとしたようにため息をつくと、手に下げているバスケットに手を入れた。

 取り出したのは、アグニー達が森にある草花で作ったお茶だ。

 お茶の葉で作ったものよりも癖のある味ではあったが、エルトヴァエルは意外に気に入っていた。

 日本で言うところのエコカップに入れられたそれは、こんな高高度でも凍りつくことなく、内部の温度を保っている。

 まあ、素材云々ではなく、文字通り魔法を使った「魔法瓶」だから、ではあるのだが。




 エルトヴァエルが傭兵団を呼び寄せる今回の作戦を計画したのは、実はずいぶんと以前の話であった。

 時間は、水彦がアインファーブルへと出発し、アグニー達がミツモモンガを捕まえたあたりまで遡る。


「基本的に私は雑魚神ですので、この世界でならいくら干渉してもいいことになっていますよね」

 地面に正座しながら、赤鞘はそう切り出した。

 うなずいているエルトヴァエルも、勿論地面に正座している。

 建物とかがないので、基本的には露天で会議とかをするのが見直された土地スタイルなのだ。

「エルフの人たちの国以外にも、何箇所もアグニーさん達は捕まっているわけですよねぇ」

「はい。観賞用や好事家、ほかにもメテルマギトとの交渉用にと、手元においているものは多いようです」

「そういうのは当然森に居るアグニーさん達的には心配だと思うんですよ」

「そのような会話は何度か耳にしています」

「まあ、でもアグニーさん達が助けに行こうとするのは無理だと思うんですよ」

「二次被害にあいますね」

 少しも考えず、間髪入れずにそう応えるエルトヴァエル。

 逃げることについては天下一品だが、それ以外はからっきしであることにかけては定評のあるアグニー達である。

「まあ、場合によっては水彦にその手のことを任せてもいいかとも思ったんですが。なんか頼りないですしあんまり期待できないかなぁーって」

「単純な破壊行為なら可能かもしれませんが……」

 あほの子であることにかけては定評のある水彦である。

「それでこう、なんか、冒険者? 的な? 人に私が依頼をするという形をとってみようかなぁと思いまして」

「依頼ですか?」

「ああ、いや、正確には、私がアグニーさん達に、事件解決に役立ってくれそうな人を紹介するって言う形ですかね?」

 エルトヴァエルは少し考えるようなそぶりを見せると、一つ僅かに唸った。

 そして、納得したようにうなずいてみせる。

「つまり、アグニー達に救世の英雄を遣わすということですね?」

「いやいやいやいやいやいやいや!」

 突然巨大になった話に、思い切りあわてる赤鞘。

 エルトヴァエルの感覚では、神が民に紹介する人材といえば勇者のことである。

 決して間違った感覚だ、とはいえないだろう。

 対象が赤鞘だから大したことがないように感じるが、たとえば「太陽神が事件解決のために紹介した人間」といえばどうだろう。

 アンバレンスが若干あれなのであれかもしれないが、おそらくかなりの人間が「勇者様じゃぁ!」状態になるに違いない。

 赤鞘は手をぶんぶんと振りながら、若干困ったような表情を作る。

「そんな大層なものじゃなくてですね。こう、軽くお使いを頼む感じですよ」

 日本の神様というのは、割と簡単なお願いを民にすることがあったりする。

 たとえば神様が夢枕に立ち、「うちの神社汚れすぎだから掃除してください」とお願いしたりするぐらいだ。

 ちなみにこのお願いをかなえてあげると、ちょっとしたご利益があったりするらしい。

「それにほら。基本的には私達が守るにしても、何かしら荒事に巻き込まれることはあるかもしれないわけじゃないですか。全部が全部こちらで対処するっていうのも、こー、あんまりよろしくないじゃないですか。過保護って言うか」

 水彦や土彦が居るとはいえ、そればかりに頼るのもよいことではないだろう。

 赤鞘の言わんとすることがわかったのか、エルトヴァエルは頷いてみせる。

 ちなみにこのとき、赤鞘は土彦が作ったマッドアイネットワークがあんなにヒドイことになるとは思っていなかった。

 もっとも、今でも全容はあんまりつかめていない訳だが。

「自衛とか外への偵察とかそういうののためにも、何かしらアクティブな人材が要ると思うんですよ。アグニーさん達がそういうのに向かないのはわかってますから、外部から招いてくるのがいいと思うんです。私サイドからこう、こういう人材がいますよ、って感じで。雇ってみませんか? みたいな」

「その人物に、私や赤鞘様が情報や状況を伝えて、行動させるということでしょうか」

「うーん。情報のほうは出来れば自分で調べてもらいたいですよねぇー。神や天使に頼りきりというのもあれですしぃー」

 神や天使からの情報というのは、言うなれば確定情報だ。

 うそ偽りのない絶対の言葉というのは、非常に重い。

 使いようによっては、一瞬で世界のバランスを壊しかねないものだ。

 赤鞘も一応それは理解しているので、あまり乱用のような形になるのは避けたいらしい。

「出来れば、私やアグニーさん達が考え付きそうな大雑把でテキトウな要求をきちんと形にして、必要なものを自分で用意して解決してくれるような人たちがいいんですよ。こう、冒険者的な。冒険者、的な」

 大事なことだから二回言った赤鞘である。

 要するに赤鞘が欲しいのは、信用が置けて、適当に言ったことでもきちんと内容を理解して仕事をしてくれる人材なのだ。

 言うなれば、ゲームの冒険者のようなものである。

 理不尽な要求にも、黙って対応して結果をもたらす。

 相当に無茶な注文であることは赤鞘自身良くわかってはいたが、ここは剣と魔法のファンタジー世界だ。

 冒険者ギルドなるものまで存在するのである。

 もしかしたら、一人ぐらいそういう稀有な人物がいるかもしれない。

「でも、それだと相当お金が必要になると思うんですよ。でもアグニーさん達がそんなもの用意できるとは思いませんし。で、アグニーさん達が作る村に住む権利を差し上げる、って言うのはどうかなぁっ……」

 この世界「海原と中原」において、神が直接治める土地というのは特別な意味を持つ。

 地球の日本であればごくごく当たり前のことなのだが、この世界にはそういう土地は極僅かしか存在しないからだ。

 例えそれが赤鞘が治めているのだとしても、そこは文字通りの聖地となる。

 そこに住む権利を、神に保障される。

 それが一体どのぐらいの意味を持つことなのか。

 過去にそれを許されたのが、現シャルシェリス教祖のみであるといえば、その特殊性が理解し易いだろうか。

「て、アンバレンスさんが言ってたんですよ」

 正座しながらも、エルトヴァエルは器用にがくっと体を揺らした。

 どうやらある程度アンバレンスからの入れ知恵が有ったらしい。

「いえ、私もそういう人が必要だと思うんですよ実際。でもこう、あくまでお金とかそういう報酬のためにやる感じのプロがいいと思うんですよ。最終的に神様に選ばれた王様だとか言い出さない、あくまでこう、ビジネスライクなかんじのですね」

 アグニー達の仕事を引き受ける存在が必要なのであって、別にアグニーを導いてやろうというのが必要なわけではないのだ。

 そのあたりはきちんと線引きできる人材が良いということなのだろう。

 エルトヴァエルは脳内を検索し、1~2秒で該当する人間をリストアップした。

 そのなかでさらに絞込み、一つの団体を見つけ出す。

 どんな無茶な注文でも受けたからには必ずこなし、独自の情報網と作戦遂行能力のあるもの。

 そう、「ガルティック傭兵団」だ。

 ちなみにこのとき赤鞘の脳内想定は、当然のようにゲームの中の冒険者であったということは言うまでもない。

 間違っても体の半分をマジックアイテムに入れ替えた、地球で言うところのサイボーグみたいなおっさんが指揮する、特殊作戦とかに使えそうな機動戦闘潜水母艦を本拠地にするような連中ではないのだ。

「まあ、難しいって言うのはわかってるので。いないとは思うんですが」

「心当たりはあります。個人ではなく、グループで行動している者達ですが」

「ええ?! ほんとですか?!」

 判りやすい驚きの声を上げる赤鞘に、エルトヴァエルはうなずいて見せた。

「はい。ただ、少し呼び出しに手間がかかる人材ですので、下準備が必要です。数ヶ月かかるかもしれませんが」

「いえいえもう、全然平気ですよ。今日要る明日要るって言うわけじゃ有りませんし!」

 このとき赤鞘は、きっと凄腕の冒険者の人を呼んでくるに違いない、と思っていた。

 そして、そういう人達ならきっと忙しかったりするのだろう、とも思っていた。

 いましている仕事を切り上げさせるわけにも行かないのだろうと、赤鞘は理解したのだ。

 まさかどこぞの内戦寸前の国で綱渡りをしているとは、夢にも思ってはいない。

「では、その者達の資料をまとめて、後で提出させていただきます。それを見て、その者達で良いか判断してください」

「いえ。エルトヴァエルさんがお勧めしてくれるなら、間違いないでしょうから、すぐにも準備をしてください。それから、資料のほうも必要ありません。会ってからのお楽しみということにしておきます」

 赤鞘はニコニコと笑いながら、そういう。

 まさか自分の前に、ものごっつい傭兵の人たちが並ぶことになろうとは。

 このときの赤鞘は、予想すらしていないのであった。

なんか思ったよりも長くなったのでまた分割しました。

最近どんどん目測が甘くなっていっている気がします。

元々一話にまとめる予定だったので、次回更新分は割りと速く書きあがると思います。

たぶん。


次回はコウガクおじいちゃんが海へ向かいます。

そして、傭兵団の人たちも見直された土地へと近づいてきます。


その次の話で、たぶんプライアン・ブルーとかマイン・ボマーとかがアインファーブルに着くと思います。

そんなところから、見直された土地の外は、アグニー奪還編として大きく動きはじめます。

見直された土地の中的には、赤鞘さんのお社が出来たぞー編として、あいかわらずぼちぼちの予定です。

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