七話 「絶滅させるつもりかってーの」
机の上に置かれた薄型モニタをにらみながら、手元の電卓とキーボードをひっきりなしに叩く。
時折思い立ったように顔を上げては。
「あ、悪い。ここの資料なんだけど、まとめといて貰える? 今送るから。明日の会議用にこう、冊子的なアレに」
と、事務的な事を近くにいる部下に伝える。
一見するとどこにでもある職場風景のようではあるが、そうではない。
モニタに並ぶグラフは人間では理解できないものであり、羅列している文字にいたってはそもそも人間の使っているものではない。
神字と呼ばれるその文字は、神とそれに類するものが使うものだ。
人間がまともに目にすると正気を失うとされているが、実際にはそんなことは起こらない。
精々何が書いてあるかわからない程度だろう。
そんなものを扱っているこの場所は、やはり人間の職場ではない。
異世界「海原と中原」の太陽神アンバレンスの執務室だ。
神の執務室、といえば荘厳なものをイメージしがちだが、ここに限って言えばそういった雰囲気は皆無だ。
鉄製と思しき灰色のワークデスクが並び、デスクトップパソコンと山積みになった書類ばかりが目立つ。
働いているのは、動きやすそうなローブや鎧など、思い思いの格好をした天使たち。
そして、一番奥のデスクで唸っているアンバレンスだ。
報告に来た悪魔から受け取った資料を見ながら、アンバレンスは深いため息をついた。
神の仕事場に悪魔がいるのは不自然に見えるかもしれないが、「海原と中原」においてはおかしい事ではない。
この世界において悪魔は、欲望に際限がない人間に近づき、そこそこの悪事で満足させる事を仕事とする者のことを指す。
もっと言えば、そういう仕事を担当している天使なのだ。
もちろん、人間はそんな事実を知らない。
悪魔とは、人間を堕落させ、魂を貶める存在ということになっている。
実際は、連続殺人犯にドジを踏ませて捕まえさせたり。
ばれないように暴利を貪っていた役人の欲を刺激して、ぼろを出させたり。
不老不死のために国の半分の人間の命を犠牲にしようとしている国王に、その研究のために小さな村を生贄にさせ、周囲に国王のたくらみに気が付かせたり。
そんなもの、神々の威光の下粛清してしまえばいい。
そう思うものもいるかもしれない。
だが、それでは駄目だと、この世界の神々は考えている。
人間の罪は人間が裁くべきだ。
本来闇にまぎれるだろう犯罪を、その犯人の精神や欲望に異常をきたす事で表ざたにさせる。
それが、悪魔の仕事なのだ。
そんな悪魔の一人の報告に、アンバレンスは頭を抱えていた。
「もー。なにもーこれ。奴隷とか人買いとかさ。意味わかんないんだけどもー」
もちろん、意味はわかっている。
彼が言いたいのは、そういうことをする人間の心理が理解できないということだ。
「いやぁ。私もずいぶん人間の悪さを見てきましたが。慣れる物じゃないですねぇ」
そういうと、ベテラン悪魔である「狼頭のグルゼデバル」は肩をすくめた。
五柱いるという大悪魔の一柱という触れ込みの彼であるが、元々は狼や犬系の動物の繁栄などを手伝っていた天使である。
家族愛や仲間意識などを司っていた彼が、今では人間の野生を引き出して堕落させているというのは、痛烈な皮肉かもしれない。
グルゼデバルが持ってきた資料の内容は、大まかに言えばこんな以下のとおりだ。
前々から迫害されていた亜人の一種が、強烈な勢いで狩られている。
何でも、王侯貴族の間でその亜人をペットにするのがはやっているらしい。
元々弱く数も少ないこの種族は、狩人や商人に追われ、今では流浪の民となっているそうだ。
森や山の中などに隠れ住みながら、転々と移動を続けているのだという。
「絶滅させるつもりかってーの。もーおー」
頭を抱えるアンバレンス。
そんな様子に、グルゼデバルも眉間にしわを寄せて唸り声をあげた。
ちなみに、グルゼデバルの外見は背中に羽と頭に輪っかの天使スタイルだ。
「まあ、ぶっちゃけた話他種族を滅ぼすのがどうこうって言うのはないんですよね生存競争ですから。ただその理由が愛玩用って言うのがまたなんともですよね」
「っとだよ。それが法に触れてないって言うのがまたね」
「奴隷制度がありますからねぇ。あれはいいこれはだめって。人間の倫理観は未だに理解不能ですわ」
人間が主だった種族ではない国でも、おおよそこの世界における国には奴隷制度が根強く息づいている。
倫理観が強いといわれる国では、比較的人間に近いとされる種族を奴隷にすることは禁止されていた。
だが、そんな国でも「ゴブリンは亜人種ではない」とか言われて売買されている。
アンバレンスのような高位神から見れば、人間もゴブリンも大してかわりはしないのだが。
人の欲に絡んだことではあるが、人間では解決できず、かといって天使や悪魔が口を突っ込むようなことでもない。
かといって、そのまま放置してもいいのかといわれれば首をかしげる。
判断に困るケースだ。
アンバレンスは少しの間唸ると、首を振りながらため息を吐き出した。
「まあ、あれだ。もう、取りあえず様子見で。どうするかちょっと考えるわ」
何か対策は考えるが、今は思いつかないから取りあえずそのままで。
適当とも取れる指示だが、仕方がないとも言える。
アンバレンスにはほかにもやるべき仕事が山のようにあるのだ。
「じゃあ、取りあえず件の種族に監視と、奴隷関係の情報だけでも集めておきます」
「おねがいねー。あ、あと、その子達が逃げるの、それとなーく手伝ってあげてもいいから」
天使や悪魔の手助けには、神のGOサインが必要不可欠だ。
グルゼデバルは安堵したような笑顔を見せる。
「はい。ここから先は一人も捕まえさせません」
「あんまし張り切らないでよ? 妙に勘ぐられてもあれだから」
難民の保護に意欲を燃やすベテラン悪魔の背中を見送り、苦笑いを浮かべるアンバレンスだった。
改めて書類を覗き込もうとしたアンバレンスだったが、その手がぴたりととまった。
胸のあたりから鳴る軽快な音に気が付いたからだ。
スマートフォンから流れる着信音だと判断するのに、数秒かかった。
まだ持ちなれていないからだろう。
手早く通話状態にすると、顔にそれを押し付ける。
「もしもしー。アンバレンスです」
「あ、お世話になってます。赤鞘です」
聞こえてきたのは、何日か前に天界を出た赤鞘の声だった。
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夜の森。
それは暗く、危険な場所だ。
好き好んで入るモノは、ほとんどいないだろう。
まして彼らの様に、怪我人や女子供を連れてなどというのは、まず持ってありえない。
自殺をしたいというのであれば話は別だが。
そんなことは承知の上で、それでも彼らは夜の森に居た。
怪我人と、年寄りと、女と、子供を連れて。
総勢40名ほどの集団ではあるが、半数以上がそういった「足手纏い」だった。
とはいえ、それだけ人数が居れば、ある程度安全が確保できるのではないか。
そう思うものも居るだろう。
だが、現実はそうではない。
弱いモノを庇う集団など、それを狩る側から見ればただの餌だ。
人数が多い分、物音などが大きくなり、捕食者を呼び寄せることになる。
まして、彼らの中には怪我人までいる。
流れる血の匂いが、どんなモノを呼ぶか分からない。
それを承知の上でも、彼らは「足手纏い」をつれて森の中に居た。
そうしなければいけない事情を、抱えていたからだ。
「よし、コレだけ大きな火になれば、多少湿った木でも燃えるだろう」
「だな。ひとまず、コレで獣は寄ってこないだろう」
周りのモノに聞こえるようにわざと大きめに言葉を交わし、青年はその日初めて腰を下ろした。
ようやく全員が当たることが出来る焚き火を、用意することが出来たからだ。
みんなと一緒に森に入ってからは、気の休まる暇も無く逃げ回っていた。
戦士でも、狩人でもない彼らが夜の森にとどまるなど、正気の沙汰とはいえない。
だが、そうしなければ成らなかった。
この世界には、複数の知的生命体が存在している。
最も多いのが、人間。
他には、エルフ、小人、ドワーフといった、ファンタジーでは定番の種族。
知能指数が高く、社会生活を営むゴブリン、コボルトなどもいた。
ほとんどの種族が国などを作り、一勢力を築き挙げている。
だが、中には全体でようやく小さな村を作る程度しか数が居ない、少数種族と呼ばれるモノたちも存在する。
彼ら「アグニー」も、そんな少数種族の一つだった。
アグニーは、他の生物に比べて身体能力が非常に低い。
大人になっても1.2mを越えない身長や、華奢な体格が原因だろう。
外見は人間やエルフの幼い子供のようで、ある程度成長すると外見年齢は一生変わらない。
人間の外見年齢で言えば、7~11歳程度のままで一生を過ごすのだ。
その見た目はとても美しく、他種族から見ればまるで人形のようだと称される。
美しいことで知られるエルフと比べても、なんら遜色が無いといえば想像しやすいだろうか。
肉体的に非力な知的生命体は、往々にして魔力の扱いに優れていることが多い。
アグニーもそういった特徴があるのかといえば、そうではない。
魔力こそすべての個体が扱えるモノの、その能力は高くない。
精々が自身の身体能力を底上げする程度だ。
とはいえ、元々が外見どおりの子供程度の力しかない。
魔力で底上げして、やっと人間の男の大人程度だ。
見た目が美しく、非力。
そんな種族を、他の種族が放って置くはずが無い。
アグニーは観賞用や愛玩用として、狩猟の対象にされた。
もうお分かりだろう。
アンバレンスとグルゼデバルが話していた種族とは、彼らアグニーのことだ。
アグニーは元々、草原に小さな集落を作って暮らしていた。
全体でおおよそ300名ほどが暮らす其処は、アグニー唯一の集落だった。
旅に出ているモノや、遠くに一人で暮らすモノ。
そういった変わり者を除いて、すべてのアグニーがそこに暮らしていた。
彼らアグニーは、争いごとを嫌う。
平和に暮らしていた彼ら集落に、悲劇が訪れる。
エルフが襲撃をかけてきたのだ。
本来森に住むはずの彼らが、草原の、それも他種族を襲うなど前代未聞だ。
争いを嫌い、肉体的にも魔力の扱いでも劣る彼らアグニーに、抵抗する術などなかった。
里を捨て、命からがら逃げ出すのが精一杯だった。
エルフが何故自分達を襲ったのか、アグニーには分からなかった。
彼らは奴隷を好まない筈だし、何より他種族を嫌う。
訳も分からないまま逃げ出して、やっとの思いでエルフ達から逃れたときには、アグニーの人数は半分ほどになっていた。
集団で行動することを得意とする彼らは、混乱の中でも散り散りにならずに逃げ切れたのだ。
だが、その後再び悲劇が彼らを襲う。
まず、エルフが欲しがる種族ということで、エルフと交流を持ちたがっていたモノたちがアグニーに目をつけた。
次に、珍しい物をほしがる王や貴族。
それらに高値で売ろうとする奴隷商人。
荒事を得意とする冒険者。
様々なモノが、様々な思惑でアグニーを追い始めた。
そうなってしまったら、もう後はどうしようもなかった。
草原から山へ、森へと逃げ続け、それでも何人もの仲間が捕まった。
そして気が付けば、今の有様だ。
女子供がまず目をつけられ、それを庇った男達も捕まった。
怪我人や老人を逃がそうと手を貸したものたちも、みんな一緒くたにされて捕まってしまった。
今ここに残っているモノは、本当に運よく逃げ切れたとしか思えない。
逃げて逃げて、追われ追われ、必死の思いでやっと逃げ込んだ先が、この森だったのだ。
森といえば本来エルフの領域であり、避けるべきところだろう。
だが、この森は特別だった。
百数年前になる。
大きな戦争の折、軍港として栄えている場所があった。
そこが戦火に巻き込まれた折、とてつもない魔力量を使う大魔法が使われることになった。
辺りの魔力は一気に枯渇し、周囲から魔力が流れ込んだ。
そのとき、ある現象が起きた。
突然、魔力が一箇所に凝縮し始めたのだ。
大魔法で焼き払われた場所はおろか、周囲数十キロを巻き込む魔力枯渇。
戦争をしていた人間達は言うに及ばず、動物、植物、魚や鳥にいたるまで、ありとあらゆる生物が死滅した。
もし太陽神アンバレンスが結界を張らなければ、今頃もっと恐ろしいことになって居たのだという。
魔力が枯渇し、太陽神が侵入を禁止した其処は、何時しか「見放された土地」と呼ばれるようになった。
この森はその「見放された土地」を取り囲む、「罪人の森」と呼ばれる場所なのだ。
曰く、「その森に入ったモノは呪われる」だの、「魔力枯渇で苦しんで死んでいったモノ達の死霊が未だに残っている」だの。
まともなモノならば立ち入らない場所であった。
土地を欲しがる国も、後ろ暗いところがある逃亡者も、獣を求める狩人も。
罪を犯した犯罪者すら、近づかない。
そんな森に、そういう場所だと知っていて、彼らアグニーは逃げ込んだ。
争いが嫌いで、そもそも争う手段を持たない彼らには、もうそれ以外逃げ場所が無かったのだ。
「マーク。連中が帰ってきた」
その日、やっと落ち着いて腰を下ろせた青年、マークに、仲間の男が話しかけた。
マークに話しかけたアグニーは少年の様に見えるが、実際は中年をすこし越えた年頃だ。
だが、そのアグニーもマークも、外見は10歳前後にしか見えない。
周りのモノに聞こえないように耳打ちされた言葉に、マークは成るべく自然に見えるように立ち上がる。
「ありがとう、スパン。どこだ?」
「案内する」
そういって歩き出す男、スパンの後を追い、マークも歩き出す。
歩きながら、マークは火を囲んでいる仲間達を見回した。
みんな、命からがら、身一つで村を飛び出してきている。
着ている服はぼろぼろだし、体も汚れていた。
そして何より、みんな疲れきっている。
いつもは元気に走り回っている子供たちは泥の様に眠っているし、大人達は項垂れ言葉一つ発さない。
「みんな疲れてるな」
「仕方ないさ。何日も何日も逃げ通しで、ついにこんなところにまで来ちまったからな」
マークの言葉に、スパンは苦笑交じりに辺りの森を見渡す。
罪人の森には、恐ろしい化け物が潜んでいるという。
それが何時襲ってくるか、気が気ではない。
そんな所に、そんなところでもない限り、今の彼らには火を焚いて休むことすら許されないのだ。
スパンが案内した先は、みんなが焚き火に当たっている場所からすこし離れたところだった。
先客が居るらしく、スパンは手を上げて声をかける。
振り向いたのは、赤褐色の肌に、ごつごつとした見るからに硬そうな皮膚。
怒髪天をついたように髪の毛を逆立てた、所謂「ゴブリン」そのものの様な相手だった。
手に抜き身の剣を持っていたゴブリンは、二人を見つけて近寄ってきた。
「ハァ」
獣の声帯から、無理やりひねり出したようなため息を漏らすゴブリン。
それを合図にしたように、赤褐色の肌から突然色が抜けていった。
透き通るような白になったと思ったときには、ごつごつとした皮膚がどんどん軟化して行く。
広く大きかった肩幅が萎んで行き、腕や足も見る見る細くなっていく。
あっという間にマーク達と変わらぬ、美しい子供の姿になったゴブリンは、手にしていた剣を地面に突き刺しため息を吐き出した。
「はぁ。参った参った」
「ご苦労様、ギン」
実は、このゴブリンは、スパンたちと同じアグニーだった。
先ほどの外見は、彼らの使う「強化魔法」に由来するものなのだ。
彼らアグニーは、魔力制御があまり得意な種族ではない。
習得できるのは魔力での肉体強化だけなのだが、コレを使うと妙なことがおきるのだ。
外見がゴブリンみたいになるのである。
この現象は、アグニーだけに見られるモノで、ほかの種族でこんなことになるものは居ない。
奇妙なことに、この「強化魔法を使うとゴブリンみたいな外見になる」のはすべてのアグニーに共通している。
長い「海原と中原」の歴史の中で、外見がゴブリンにならずに強化魔法を使ったアグニーは、一人として存在しない。
ちなみに、この強化魔法が使えないアグニーも存在しない。
このことから、アグニーは外見がゴブリンに成る強化魔法を使えるようになることをもって、成人としている。
アグニーは外見が他種族の子供と同じ程度であるように、その身体能力もまた見た目どおりだ。
強化魔法が使えるようになって、初めて労働力として当てにできるように成るわけだ。
ギンと呼ばれたこのアグニーは、周囲の警戒に当たっていた。
敵が追ってこないか、周りに危険な獣は居ないかなどの確認は、森に慣れた者で無いと危険だ。
残った仲間の中で唯一猟師である彼が、その仕事を引き受けていたのだ。
「で、どうだった?」
「エルフも人間も、奴隷商も追ってきてる様子は無いな」
ギンの言葉に、スパンもマークも目に見えてほっとした様子でため息を吐いた。
まだ安心は出来ないが、一息はつけそうだ。
「そうか。コレで少しは安心できるか」
「おいおい。ここは罪人の森だぞ? どんな化け物が居るかも分からないのに」
安堵したように表情を緩めるスパンに、マークは眉をしかめる。
すぐに自分達がどこに居るのか思い出したのだろう。
スパンもすぐに表情を改めると、ギンに向き直る。
二人に注目されたギンは、それに対して困ったように頭をかいた。
「それがなぁ。おかしいんだよ」
「おかしい? というと?」
「ああ。周りにな? 魔獣どころか、クマがいた痕跡もないんだよ。精々狼ぐらいでな」
ギンの言葉に、二人は首を捻った。
罪人の森といえば、見放された土地を取り囲む禁忌の森だ。
恐ろしい化け物や魔獣、悪魔などがひしめいていると聞いている。
「他に、もっと恐ろしい化け物の痕跡とか無いのか? ドラゴンとか、ほらなんかこう、わかんないけど」
「なにせ罪人の森だからな。でも、ギンが見落としてるとも思えないぞ?」
「いや。俺だってもっとおっかないモンスターがワンサカ居るんだと思ってたんだぞ? だから、逃げる途中で拾った剣だって借りたんだし」
困ったように顔をしかめるギン。
「でも実際何も居ないんだよ。おかしいおかしいと思って、油断してみたり死んだ振りしてみたり、転がったり立ち上がったりしてみたんだよ」
「何してんだよお前。で、どうなったんだ」
「そういうことしてれば、きっと襲われるだろうと思ってたんだ。でも、ぜんぜん何にもこないんだよ」
「物語とかだとそういうことしてるヤツ真っ先に死ぬだろう……」
あきれたようなスパンの言葉に、ギンは我が意を得たりと手を叩く。
「だろう? そう思って、俺もなにか出てこないか試したんだよ。でも、何にもこなくてさ。精々頭の上に小鳥が止まるぐらいで」
ギンの言葉に、マークは地面に倒れている彼の頭に鳥が止まっている姿を想像した。
「お前、アホだろう」
「俺も途中で悲しくなってきたんだけどな。でも、とりあえず危険はなさそうだぞ」
「どういうことなんだ…?」
首を捻るマーク。
ギンは、思い出したというように手を叩くと、それと、と、話を続ける。
「危険が無いって分かったから、とりあえず食料を手に入れてきたぞ」
ギンが指差した先には、木の枝に括り付けられたオオネズミやウサギなど、狩りで得たであろう獲物がぶら下がっていた。
「これを血抜きしている間も、狼ぐらいしか寄ってこなくってな。その狼も剣を振ったら、それだけで逃げるんだ」
「本当かよ。どうなってるんだ?」
その奇妙な現象に、三人は首を傾げる。
「もしかしたら、そんなに森の奥に入っていないのかもしれないぞ? それなら、大型の動物が少ない説明がつくだろう?」
「そうかもしれないな。明日は、もう少し奥に行って見るか」
マークがそういうと、他の二人もそれが良いというように頷く。
「まあ、とりあえずあれだ。この肉みんなで食うか」
「まともに肉食うのなんて久しぶりだもんなぁ。みんな喜ぶぞ」
「ああ。そうだな」
三人はそういうと、うれしそうに笑う。
栄養を取れば、少しでも仲間も元気になるだろう。
それがうれしかった。
これから、どんなことになるか分からない。
不安に思う要素は、いくらでもある。
それでも、とりあえず。
仲間が喜ぶ顔は見れるかもしれない。
それだけでも、三人はうれしかった。
そう思える、仲間への愛情が深いのが、アグニーの特徴だ。
三人はギンが捕ってきた、三人でようやく運べるほどの獲物を持つと、仲間達のところへと歩き出した。