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七十二話 「いやぁ、どんな様子なんですかねぇー」

 高位の神であるほど、移動手段は豊富になっていく傾向にある。

 空を飛んだり、専用の乗り物が有ったり、瞬間移動をしたり。

 例えばアンバレンスなどは、どこにでも瞬間移動できるドアを持っている。

 未来の猫型ロボット的な意味で、かなりギリギリな道具といえるだろう。

 他にも、天馬が引く馬車、自身の翼、神獣など、格が高ければ高いほど、神の移動手段というのは立派になるものなのである。

 では、見直された土地の土地神、赤鞘はどうなのだろう。

 そう、徒歩である。

 二本の足を使った、もっともポピュラーの移動方法。

 徒歩である。

 雑魚神である赤鞘に、専用の乗り物なんぞ有る訳も無い。

 自力で空を飛ぶことすら出来ず、初めてこの土地に来たときも高高度からの自由落下をかました赤鞘である。

 そういうものを期待するほうが間違いであろう。

 そんなわけで、赤鞘は元気に徒歩で移動していた。

 かなり神様として疑問符の付く姿ではあるが、当神はいたって楽しそうであった。

 向かっている先は、精霊達の作っている湖である。

 日本生まれ日本育ちの赤鞘にとって、精霊というのはファンタジー的憧れの対象であった。

 地球にも精霊は居たのだが、ファンタジー世界のそれとはやはり別である。

 同じような外見や特性を持っていたとしても何かこう、違うのだ。

 その違うっぷりは、テレビで視る子供向け番組の着ぐるみと、実物を目の前にしてしまった時ぐらいの差があるのである。

 テレビで見る変身ヒーローの巨大ロボットと、実物の着ぐるみを見てしまったときぐらいの差と言ってもいいかもしれない。

 とにかく、何かしら埋めがたい違いが有るのだ。

 まあ、それはいいとして。

 赤鞘にはこれまで、じっくり属性の精霊達を見る機会がなかった。

 というのも、赤鞘の前に出ると精霊達が恐縮してひれ伏したりしてしまうからである。

 そんな状態の相手をじっくり観察できるほど、赤鞘の肝は太くないのだ。

 世の中には土下座している人間をゲシゲシ蹴り付けられる人間もいるというが、赤鞘はそういうタイプではなかった。

 ただ頭を下げられるだけで居たたまれない気持ちになっちゃう神種だったのである。

 なので、赤鞘が心置きなく精霊を見たいと思った場合、恐らくベストなのは遠くから見守ることであろう。

 仕事などをしていてそちらに集中していてくれれば、赤鞘の事を気にしないですむので更にいいはずだ。

 今現在精霊達は湖、精霊達の住処を作っている最中であるから、作業を見学しに来たとでも言えばよいはずである。

 仕事をしている精霊達を、心置きなく観察できるだろう。

 精霊の住処を作る精霊達を見学する。

 それは様々なゲームを遊んできた赤鞘にとって、途轍もなく魅力的なことであった。

 精霊の住処とか、どう考えてもダンジョンである。

 一体どれだけのゲームで、そんな場所を探検したことか。

 腐っても神であるものの発想として激しくどうかと思われるが、赤鞘は心底からそう思っていた。

 一体どんな風に作るのだろう。

 想像するだけで、胸が躍る想いである。

 テンションが上がってくると、自然と考え方もポジティブになってきていた。

 ずっと精霊の住処が近くに出来てビビッていたが、考えてみればここは異世界「海原と中原」だ。

 赤鞘が暮らしていた場所とは、わけが違うのである。

 精霊の住処ぐらい、わっさわっさあるのかもしれない。

 そういえばエルトヴァエルにこういう場所は良くあるのかと聞いた時、「ええ、まあ」と言っていたではないか。

 きっと、そんなに珍しくないものなのだ。

 ならば別にビビる必要なんてないではないか。

 そんな考えが赤鞘の中に浮かび、一気に気が軽くなっていく。

 ちなみに。

 複数の精霊が仲良く手を携え、住処を作っている場所はたしかにここだけというわけではない。

 しかし、世界規模で見て現在そういった場所は三箇所しかなかった。

 海を司る神の大重鎮にして、太陽神アンバレンスに次ぐ実力を持つ神である「水底之大神」が地上に現れるときに使う、神殿の近くに一つ。

 今は母神とともに新しい世界に旅立った、慈愛神シャルシェリスが住んでいた「山」と呼ばれる聖域に一つ。

 そして、赤鞘の普段いる場所の近所である、ここに一つ。

 恐らくそのことを赤鞘が知れば、ストレスで胃とかをやられていただろう。

 だが幸いなことに、今この場にそれを指摘するものはいなかった。

「いやぁ、どんな様子なんですかねぇー」

 にこにこしながら、歩いていく赤鞘。

 湖に接近する赤鞘を精霊達が発見するのは、もう少し後の事である。




 湖の水面に、一体の精霊が立っていた。

 槍を携えた乙女の姿をしたそれは、光の精霊である。

 うっすらとした光そのもので形作られたその姿は、人ならざる美しさを誇っていた。

 その横に、突然水柱が立ち上がる。 

 見る見るうちに形を変えていった水柱は、いつの間にか人の形をとっていた。

「どうかしたかね?」

 翁のような姿の水の固まりは、水の精霊であった。

 水の精霊の言葉に、光の精霊は僅かに苦笑を漏らす。

「この土地を、見直された土地を見ていた」

「なるほど」

 光の精霊の言葉に納得したように頷くと、水の精霊はぐるりと辺りを見回した。

 見惚れるようにため息を吐き出し、水で形作られたあごひげをなでる。

「気持ちはわかる。このような土地は、私も初めてだ」

 水の精霊の言葉に、光の精霊は目を細めて頷く。

 彼らが見ているのは、見直された土地の内部。

 力の流れの部分であった。

 赤鞘がしょっちゅう手直ししている、アレである。

「こんなにも整った土地を見るのは、水底之大神様の神殿か、慈愛神シャルシェリス様のお山以来だよ」

「水のは、かの神様方にお会いしたことが有るのか?」

 水の精霊の言葉に、光の精霊は驚いたように目を見開いた。

 今、水の精霊が上げた名は、今現在世界を支えている神と、この世界を創った母神に次いで崇められていた神の名だったからだ。

 精霊と言うのは、地上の生物よりもずっと神々に近いものである。

 生物はあくまで生物であり、肉体が滅びれば魂が肉体から切り離され、死後の世界へと行くことになる。

 だが、精霊にはそういった制約は無い。

 彼等は意識のある自然現象であり、肉体などというものはそれほど意味のあるものではないのだ。

 実に神々に近しい精霊ではあったが、それでも精霊は精霊でしかない。

 神や天使等と言ったものとの間には、絶対に超えることが出来ない壁があるのだ。

 もっともそれは「海原と中原」でのことであり、これが地球であれば力のある精霊は神へと至ることは良くあることなのだが。

 光の精霊の問いに、水の精霊は楽しそうに笑い声を上げた。

「まさかまさか。私が上位精霊に成れたのは、ここのぼっちゃんや嬢ちゃん達のお陰だよ。それまではただの中位精霊だったからね」

 この世界における精霊の強さは、大きく三段階で分けられている。

 そのわけ方は本当に大雑把なもので、大体の目安にしかなっていない。

 だが、基準としてあると分かりやすいということで、好んで使う精霊も多い目安であった。

 ちなみに。

 下位精霊でゴブリンぐらい。

 中位精霊で体長5mのトロルぐらい。

 上位精霊でドラゴンぐらいの格付けである。

 個体差に寄る振れ幅が大きいので、本当に大まかな目安ではあるのだが。

 上位精霊であれば、その力ゆえに神々に会うこともある。

 しかし、それ以下であればまずその姿を見ることすらかなわないだろう。

 この見直された土地にはしょっちゅう太陽神が降臨したり、そもそも土地を守る神様が雨ざらしで地面に突き刺さったりしていたりするが、それは例外中の例外なのだ。

「いやいや。それにしても本当に。この土地は特別だよ。まるで赤鞘様の腕の中に居るようだ」

 この世界の神は、地球の土地神のような細かな調整をすることが無い。

 それだけに、精霊達から見た赤鞘の土地の管理の仕方は、恐ろしく特殊なものであった。

 水の精霊に言葉に、光の精霊は大きく頷く。

「それは私も感じた。赤鞘様とこの土地の力の流れは、酷く似ているな」

 土地の調整というのは、恐ろしく面倒臭く細かい仕事だ。

 そのため、どこから手を付けるか、どのように調整するかで恐ろしく個性が出る。

 少し詳しい神であれば、ぱっと見ただけで誰が調整したのか分かるほどだ。

 自分の住んでいるところを如何こうするという意味では、室内のインテリアデザインに似ているかもしれない。

 ちなみに赤鞘の土地の管理の仕方は、土地神の仲間内では「機能一辺倒タイプ」と呼ばれていた。

 当人に言わせると「機能美優先」とのことなのだが。

 もっとも赤鞘の知神ちじんの殆どが「おらの村が世界一」タイプであったので、あまり当てにはならないのだが。

 妙に律儀で生真面目で、地味に繊細。

 精霊達の目から見た見放された土地の力の流れは、そういった印象を受けるものであった。

 それは、赤鞘の印象に似たものである。

「赤鞘様と土地が一体になっているのか。もしくは、土地全てを掌握する力をお持ちなのか……矮小なこの身には想像もつかぬことだとは思うがね」

「違いない。まさに奇跡だ」

 ため息を付くようにそういいながら、水と光の精霊は力の流れを見つめる。

 赤鞘のような土地の調整をする神は、「海原と中原」にはいなかった。

 であるから、精霊達は赤鞘がちまちま力に干渉してパズルの様に土地を整えているとは思っても居ないのだ。

 精霊達は偉大な神である赤鞘がそこにいることで、土地がそれに合わせるか、なにか超神秘的な力で整っていくのだと思っている。

 酷い誤解である。

 実際には血の滲むような努力が成せる業なのだ。

「んん? あれは……赤鞘様ではないか?」

 そう声を出したのは水の精霊だった。

 遠くを見るように目を凝らし、樹木達と湖の間あたりを見ている。

 その様子に、光の精霊も目を凝らした。

 そこにあったのは、赤鞘がいつものにこにこした笑顔でえっちらおっちら歩いている姿だ。

「本当だ。しかし、なぜ歩いておられるのだ?」

「いや。分からんが」

 この世界の神様は基本的に飛ぶことが出来るので、精霊達にとって徒歩移動の神というのは大きな衝撃であった。

 何で態々そんなことをしているのか、想像もつかない。

 そもそも地球ですら、大半の神が空を飛ぶぐらいの事は出来るのだ。

 強さ的に言うと、某国民的RPGノーマルなスライムぐらいの神であれば空を飛ぶことが出来た。

 だが、非常に残念なことに、赤鞘はぶち柄付きのスライムぐらいの強さしかないのである。

「こちらに向かっておられるのか?」

「そのようだ。湖の縁でお出迎えする必要があるかな?」

「そうだな。私は他の者達に報せて回るとしよう」

 光の精霊はふわりと浮かび上がると、空に浮かぶ島へと向かって飛び立った。

 それを見送った水の精霊は体の形を崩すと、水流となって移動を開始する。




 湖には生き物の気配が無く、川べりにもぺんぺん草一本生えていない様子だった。

 まぁ、数週間前まで生命の殆どいない土地であったからであろう。

 突然水辺が出来ても、そこに生物が住むまでには時間がかかるのかも知れない。

 赤鞘はぼけっとした表情で、湖面を眺めていた。

 きょろきょろと視線をさまよわせ、しきりに何かを探している。

 見つけようとしているのは、魚や虫と言った、生物の気配だ。

 いくつか小さな、自力で飛んでやってきたのだろう虫は見かけることが出来たのだが、草や魚などは見ることが出来なかった。

 草にしても芽を出し根を張るには時間が掛かるのだろう。

「いやぁー。これじゃぁ釣りも出来ませんねぇー。アグニーさん達、ここじゃぁ食料取れませんかねぇ」

 がしかしと頭を掻きながら、赤鞘はため息を吐いた。

 湖で漁が出来れば、アグニー達の暮らしも多少楽になるかもしれないと考えていたのだ。

「あ、でも養殖とかなら今のうちにならやれるんですかね? でも餌の確保が問題ですか……放流するにしても何が良いかわかんないですし」

 ぶつぶつと呟きながら、顎に手を当てて考え込む赤鞘。

 もともとの生態系を壊さないようにしなければ、と思ったものの、考えてみれば突然出来た湖である。

 生物らしい生物がいない見直された土地の現状を考えるに、その辺はあまり考えなくてもいいだろう。

 で、有るならば。

 できるだけ美味い魚を入れたいと思うのが人情だろう。

「イワナ、ヤマメ、ニジマス。どじょうもいいですよねぇー。こう、柳川鍋的なもので一杯。あれ? でもこの世界にその辺の魚いるんですかね? エルトヴァエルさんに聞いてみますかね」

 最近分からないことはエルトヴァエルに聴きっぱしな赤鞘であった。

 もっとも、調べ物をしようにも調べる為のものも何も一切無いのだ。

 インターネットがあるわけでも、図書館があるわけでもない。

 知識がある相手に聞くしか、情報を得る手段が無いのである。

 エルトヴァエルは大抵の情報を持っているので、聞く相手としては申し分ないのだ。

 そんなことを考えていた赤鞘の目の端に、奇妙なものが移った。

 水の一部が、不定形生物の様にうごめき、赤鞘のほうに近付いてきているのである。

 一瞬スライムかとも思ったのだが、それにしては力が強すぎる気がする。

 まさか、スライムに転生した地球人が、魔物とかを食いまくって強くなった物体か。

 とも思った赤鞘であったが、五秒ほどでその可能性を否定する。

 その気配が、良く見知ったものであったからだ。

「水の精霊さんですねぇ」

 不定形のそれを眺めながら、赤鞘はぼそりと呟いた。

 そもそも、この世界の最高神であるアンバレンスは、強力な力を与えられた転生者が嫌いなのだ。

 バランスを崩すとか、無闇に混乱を招くとか、理由は色々ある。

 なんでも一番腹が立つのは、ハーレムを作ることなのだそうだが。

 最高神としてどうかと思われるが、らしいといえばらしい理由だろう。

 近付くにつれて、察知能力の低い赤鞘でもようやく相手の正体をつかむことが出来た。

 やはり、水の上位精霊である。

 本来土地の中で起きた出来事であれば大体把握することが出来る赤鞘ではあるが、湖には力の流れを通していないので良く分からなかったのだ。

 戦闘能力や知覚能力だけであれば、人間の剣士と変らない赤鞘であった。

 赤鞘の近くまでやってくると、水の精霊は水面から体を持ち上げる。

 それはまるで、突然水面が持ち上がったようであった。

「おおうふ」

 思わぬファンタジーな光景に、奇妙な声を上げる赤鞘。

 持ち上がった水面は見る見るうちに形を変え、人の姿へをとる。

 水だけで出来たその姿は、仙人の様な老人の姿であった。

「御前に……」

「ああっと! 堅苦しいのは、無しの方向にしませんか? 私その、難しい言葉遣いとか苦手でして」

 苦笑いで頭を掻く赤鞘に、水の精霊は目を丸くする。

「ご存知かもしれませんが、私、異世界から来た神でして。元々は人間なんですよ。それも、学の無いただの武芸者だったもので。難しい言葉遣いとかなんていうか、苦手って言うよりもわかんないって言うか。あっはっはっは」

 苦笑しながら、赤鞘は頭を掻く。

 その言葉に、水の精霊はあんぐりと口を開けそうになるのを、何とか堪えた。

 直接会ったことこそ無いが、水の精霊は様々な神の情報を見聞きしてきている。

 この世界の神は皆、実に「神らしく」振舞う神ばかりであった。

 精霊や生物に対してこのように振舞う神など、聞いたことも、想像したことすらなかった。

 だが、すぐに水の精霊は考えを改めた。

 赤鞘は確かに、この世界の神ではない。

 神のあり方からして違う全く異なる世界から「海原と中原」へやってきた神なのだ。

 まして、元々は人間であったという。

 言葉通りであるとするならば、本当に難しい言葉、一般的に神に対して使うような言葉遣いが苦手なのかもしれない。

 そう、水の精霊は推測した。

 相手は神であり、自分は精霊だ。

 生物の様に嘘をつく必要も全くない以上、赤鞘の口から出た情報は本当にそのままの意味なのだろう。

 謙遜が含まれているとしても、ここまで言われて口調を直さないわけにも行かない。

 水の精霊は僅かの間にそう結論付けると、改めて口を開いた。

「そこまで気が回らず、ご容赦ください。あまり崩しすぎるわけにも行きませぬので、このような話し方でご容赦ください。私は水の精霊。元は中位精霊にして、この土地にて上位精霊へと変じたものでございます。それゆえ、個を示す名はございません。ただ、水の精霊とお呼びいただければ幸いにございます」

 そういって頭を下げる水の精霊に、赤鞘はやはり口調混じりに頭を下げる。

「いや、無理を言ってすみません。後から言うより、最初に言った方がアレかと思いまして。私は、この土地を任されています、土地神の赤鞘といいます。挨拶はしていませんが、何度かお見かけしたことは有ったと思います。まあ、私が一方的に見かけただけなんですけどね」

 たしかに、見かける機会はあっただろう。

 水の精霊は、水を司る世界樹のそばに居た事もあったからだ。

 精霊達は世界樹のそばに侍るだけでなく、見直された土地全体を巡るように動き回っていた。

 そして、かわるがわる入れ替わっては、樹木の精霊達を守っていたのである。

 だが、それを神である赤鞘が覚えているとは。

 喜びよりもなによりも、まず驚きが水の精霊の中に走った。

 そもそも、精霊達に興味を示す神すら、この「海原と中原」では珍しいのだ。

「はい。たしかに、何度かお目に触れたことはあったかと思います」

「ですよね! いやぁ、ほら、うちには水彦もいますから。それに、水の精霊さんはヘビっぽいビジュアルの龍の姿で飛んでいたでしょう? キレイだなーって思ってたんですよ! 私の国で龍といえば、あの姿でしたしね」

「これは。なるほど、そうで御座いましたか。お褒めの言葉、恐悦至極に御座います」

 嬉しそうに笑顔を浮かべ、水の精霊は深く頭を下げた。

 赤鞘という神様は、この「中原と海原」にはいないタイプの神だ。

 しかし、強い魅力を持つ神である。

 そう、水の精霊は確信した。

「あ、そうそう。用件なんですけどね? 実は、湖を作っている様子を見せていただきたいと思いまして。あの浮いている島とか、すごいですし」

「成るほど。そういうことで御座いましたか。分かりました。では、ご案内いたしましょう」

「え? いいんですか? でも、忙しいんじゃ……」

「いいえ、いいえ」

 遠慮する赤鞘に、水の精霊は首を振ってみせる。

「赤鞘様のお越しを喜ばぬ精霊はここには居りません。皆、赤鞘様のお陰で今の力を手に入れたものばかりで御座いますから」

「ええ?! いや、私は何にもしてないですよ? 貴方達の力が増したのはほら、樹木の子達のお陰だって話ですし」

「たしかに、私達が力を得た直接の原因は、樹木の精霊方のお陰で御座います。ですが、それがなせる土地をお作りになられたのは、赤鞘様で御座いますから」

 それまで苦笑していた赤鞘だったが、水の精霊の言葉にぽかんとした表情になった。

 その顔には、僅かに驚きも滲んでいる。

「このように力の流れの整った、素晴らしい土地でなければ、世界樹、調停者、精霊樹の方々があのように立派にお育ちになることはありません。これはひとえに、この土地を治めておられる赤鞘様のお陰でございましょう。少なくとも、私共精霊は皆そのように思ってございます」

 水の精霊の言葉を聞き、赤鞘は暫く呆けたような顔をしていた。

 だが、すぐに苦笑を浮かべ、困ったように頭を掻く。

「いやぁー。そう言って貰えると、がんばって弄ったカイがありますよ。昔は良く、才能が無いって怒られていたものなんですが」

「弄る、ですか」

 水の精霊が不思議そうな顔をするのを見て、赤鞘はすぐにその理由を察した。

 普段鈍感な赤鞘だが、今回はどういうわけがすばやく気がつくことが出来たようである。

「ああ。この世界には私みたいな土地の管理の仕方をする神様って、珍しいんでしたよね。見学させて頂いたあとで、説明しますよ」

「土地の管理、で御座いますか。それは非常に興味深い。楽しみにさせて頂きます」

「はい。じゃあ、早速見学させてもらいましょうかねぇ」

 にこにこ笑いながらそういうと、赤鞘は腰に差していた鞘を引き抜いた。

 そして、それを水面に投げ込んだのである。

 精霊達の間でも、赤鞘の本体が鞘であるというのは有名な話だ。

 だから、その光景を見た水の精霊はぎょっとした表情で凍りついた。

 そんな水の精霊のリアクションを他所に、赤鞘はおもむろに水の中に入っていく。

 そして、鞘を両手で掴み、ばちゃばちゃとバタ足を始める。

 鞘が丁度ビート版代わりだ。

 あまりの衝撃に固まっていた水の精霊だったが、慌てて赤鞘に声をかけた。

「赤鞘様。それは一体……」

「へ? 泳いでるんですけど」

「空を飛んで移動なさらないのでしょうか?」

「ああ。私、空飛べないんですよ。移動全般、徒歩か泳ぎなんですよね」

 苦笑する赤鞘を見て、水の精霊はなるほどと納得する。

 そういえばここに来るときも、歩いていたのだ。

 異世界の神とこの世界の神では、こんなところも違うのか。

 若干の勘違いを絡ませながら、水の精霊はそんな風に思った。

「赤鞘様。宜しければ私の背にお乗り頂けないでしょうか。姿を変ずれば、幾分か乗りやすくなるものと存じますが」

 神である赤鞘にバタ足をさせるのは、水の精霊的にはいろいろな意味で心苦しかった。

 流石に放置させるわけにも行かないだろう。

 せめて背中に乗ってくれれば、外聞もたつというものである。

 だが。

「ええ?! いやいや、さすがにそれは悪いですよ!」

 へんなところで赤鞘の遠慮スピリットに火がついてしまったようであった。

 結局五分以上の押し問答の末、赤鞘は龍に変じた水の精霊の背中に乗ることになったのである。

なんか色々書いてたら、思ったよりも長くなってきちゃいました。

AKASAYAさん編はもう少し続きそうです。

そして、アグニー村の命名が遠のくという。

次回こそは湖の話には入れればいいなぁ・・・。

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