七十一話「タックルボーイ! 自慢のタックルを見せてやれー!」
見放された土地の、アグニー達の集落。
その真ん中にある広場で、小さなゴーレムが動き回っていた。
土彦が作った「マッドアイネットワーク」の末端である、マッドアイである。
普通のマッドアイは球体の身体に手足が付いたような簡単なつくりをしているのだが、今広場で動き回っているマッドアイ達は少々違っていた。
あるものは四足二本腕の化け物風であり、あるものは野太い胴体と手足のスーパーロボット風であり、あるものは細い腰と大きなバックウェポンのリアルロボット風であった。
それらのマッドアイは、全てアグニー達が外見を変えたものなのだ。
外見を変えられたマッドアイ達は、動き回りながら、互いに攻撃をし合っていた。
時にパンチを繰り出し、時には小石を打ち出している。
そんなマッドアイ達から少し離れた場所には、アグニー達が真剣な顔で指示を飛ばしていた。
「いっけー、コングマン! パンチだー!」
「タックルボーイ! 自慢のタックルを見せてやれー!」
「狙撃じゃ! 狙撃をするんじゃー!」
白熱した指示に呼応するように、マッドアイ達は広場を駆け回っている。
なんだか近未来の子供の遊びの様に見えるが、これはれっきとした軍事訓練なのであった。
マッドアイネットワークを作るにあたり、土彦は大きな壁にぶち当たっていた。
それは、戦闘データと、経験の不足である。
今現在、見放された土地には敵になる者が存在していない。
周辺にも、危険な生物や知的生命体、敵対国家や敵対集団などは存在していなかった。
つまり、敵がいない状態なのだ。
だからと言って、これから先もそうであるとは限らない。
寧ろ、危険はあるものと考えたほうがいいだろう。
であれば、マッドアイネットワークのゴーレムは、常に強くある必要がある。
どんな敵にも対応できるようでなければならないのだ。
それには、豊富なデータと、戦闘経験が必要なのである。
しかし、先にも言ったように見直された土地周辺には敵になるような物が、まるでいなかった。
戦う相手がいないのに、戦闘など出来るわけもない。
土彦は仕方なく、ゴーレム同士を戦わせることで、戦闘経験を積ませていた。
最初はある程度成果を上げていたのだが、すぐに行き詰ってしまう。
ゴーレムとは、つまるところ魔法で作ったロボットだ。
自分で作ったロボット同士を、自分が考えた行動プログラムで、自分の考えた戦術で戦わせあっているだけでは、パターンがある程度決まってしまうのである。
戦場とは生き物であり、何が起こるか分からないところだ。
文字通り、不測の事態が起こる場所なのである。
それに備える為に訓練しているのに、何時までも手の内の分かっている自分との戦いをしていては意味がないのだ。
それは、ゴーレム単体についてもいえることだった。
ゴーレムは、プログラムによって動いている。
同じゴーレムでも載せるプログラムが違えば、全く違う動きを見せるのだ。
マッドアイネットワークのゴーレムは、全て土彦によってプログラムされたものであった。
経験を積むことで行動を更に複雑にしていくようには作っているものの、その相手も土彦が作ったプログラムで動いているのであれば意味がない。
行動を決めるというのは、どうしても癖の出てしまう行為だ。
相手の攻撃を避けるのか受けるのか。
どのように攻撃するのか。
全て土彦が作ったゴーレムであるから、幾ら違いを出そうとしてもどこかしら似通ってしまう感は否めないのである。
何処かに敵になる第三者はいないか。
あるいは、別の行動を考えてくれるものはいないだろうか。
思い悩んでいた土彦は、ふと身近な存在を忘れていることに気がついたのである。
そう、アグニー達だ。
彼等はマッドアイをこね回し、ゴーレムの形を考える仕事もしていた。
であれば、戦い方も考えてもらえばいいのではないだろうか。
アグニー達にプログラムを組むなどということは出来ないだろうが、指示を出すことぐらいはできるはずだ。
彼等の言葉に合わせて動くように設定しておけば、アグニー達は横で「なぐれー」とか「けれー」とか指示を出すだけでいいはずである。
モーションなども、事前に身振り手振りや見本などで示せるようにすれば、土彦が思いも付かなかった行動になるかもしれない。
アグニー自身が形を決めたゴーレムに、アグニー自身がモーションを付け、アグニー自身が操り、戦術を考える。
これはなかなかに、いいアイディアではなかろうか。
一瞬、戦闘の近くにいるのは危険ではないか、という考えも土彦の頭をよぎった。
しかし、すぐに解決法を思いつく。
なにも戦闘を大型のゴーレムである「マッドゴーレム」や人間サイズの「マッドマン」でやる必要はないのだ。
小型の「マッドアイ」で十分なのである。
それならば、集落の広場や家の中でも、遊び感覚で戦わせることが出来るだろう。
マッドアイは既に大量にあるから、多少弄ったプログラムを用意すればすぐに実行に移すことが出来る。
土彦はこのアイディアを現実のものとすべく、早速準備に取り掛かった。
アグニー達の声に反応したり、動きを真似したりするプログラムを作り上げ、指示通りに動くように設計。
それらのデータを基に、プログラム自体を修正していくプログラムを組み上げるのに要した時間は、おおよそ三日ほどであった。
当然、普通の人間では不可能な時間である。
プログラムを作り上げた土彦は、早速マッドアイをアグニー達に説明をすることにした。
といっても、プログラムの内容や、実験の内容などを説明するつもりはない。
アグニー達に説明したところで、九割がた理解できないであろうからである。
内容的な意味でも、理解する人数的な意味でも。
酷い認識に思えるかもしれないが、ことアグニーに関しては正しい理解であるといえるだろう。
ムズカシイことはチンプンカンプン。
それがアグニー族なのである。
実際、土彦によるアグニー族への説明は、実に簡単なものであった。
「皆さん、いいですかー? 今日からマッドアイに、新しい機能がつきました。なんと皆さんの真似をしたり、言うとおりに動いたりします! 自分が作って、戦い方を決めたマッドアイを、ほかの人の作ったものと戦わせたりも出来るんですよ? 是非、試してみて下さいね」
小学生を通り越して、幼稚園児などに説明するような言い方である。
だが、どうやらアグニー達にとっては丁度いい説明内容だったようだ。
「「「はーい!」」」
広場に集まったアグニー達は、皆元気良く返事をする。
全員ビジュアルが人間の子供のようであるだけに、妙に絵になっていた。
早速その場で、講習会が開かれることになった。
アグニー達がわいわいがやがやとマッドアイをこね回す様子は、まるで図画工作の時間のようである。
楽しそうに細工をしている様子こそほほえましいが、その内容はすさまじいものがあった。
元々アグニーは、手先が器用な生き物だ。
こねこねぺったぺったと細工する仕草こそ子供のようではあったが、出来上がるものは非常に素晴らしいものである。
「でーきたぁー! 土彦様! かんせいしましたぞぉー!」
最初にマッドアイを完成させたのは、村長だった。
普段からマッドアイをこねたり、マッドマンをこねたり、マッドトロルをこねたりしている村長は、他のアグニーよりもこの作業が得意だったのだ。
それでも毎回違うデザインで仕上げてくるその腕前は、さすがアグニー族最長老といった所だろうか。
土彦はニコニコしながら、早速その出来栄えを見ることにした。
「今回はどんな風に仕上げたんですか?」
「これでございますじゃ!」
長老が手の上に乗せて突き出したマッドアイを見て、土彦は盛大に噴出した。
もしこの場に赤鞘とアンバレンスがいたら、こういっていただろう。
「ロボやないかい!」
「ロボですねぇー」
そう。
長老が作ったマッドアイは、モロにロボなビジュアルをしていたのだ。
アグニー達が作るマッドアイには、大きく分けて四つの傾向がある。
長老のような、ロボ、それも現代日本のサブカルチャー的にいうと「リアルロボット」タイプのもの。
もう一つは、マークたち若手が中心に作る、同じロボでも昭和の香りだたよう、いわゆる「スーパーロボット」タイプのもの。
そして、ギンや女性陣を中心とした生々しいビジュアルの「クリーチャー・モンスター」タイプのもの。
最後の四つ目は、スパンだけの独自路線「美少女」タイプのもの、である。
異世界である「海原と中原」に住むアグニー達だが、人に似た生物の発想というのはどこも似たようなものであるらしい。
土彦も「海原と中原」生まれである為、地球のサブカルチャーに触れる機会はないはずだったのだが、幸いというかなんのというか。
アンバレンスが赤鞘と見るために持ち込んだ日本産アニメを横で見ていたため、そういった知識を持ち合わせているのだ。
「いや、さすが長老ですね。いつもながら素晴らしい!」
腹を押さえて必死に笑いをこらえながら、土彦は長老を褒め称えた。
実際、マッドアイネットワークのゴーレムにとって、長老のデザインは実に理にかなったものであるといえるだろう。
その大半を泥で作られているゴーレムは、その分厚さがそのまま頑丈さと力強さになる。
装甲は太ければ太いほど硬く、その代わりに重くなる。
細ければ弱くはなるが、その分軽く、動きやすい。
関節部分は、太ければ太いほど力強くなる。
ただ、稼動範囲が狭まり、動きも遅くなってしまう。
逆に関節部を細くすると、力はなくなってしまうものの、稼動範囲は広くなり、動きも早くなる。
攻撃される箇所などは太めに、力は弱くなっても移動力を得るために関節は細めに。
長老が作るデザインは、そういう利点が詰まっているのだ。
「褒めていただいて光栄でございますじゃ! やっぱり時代は細身の鎧ですからのぉ!」
アグニー達に日本のサブカルチャーの知識など、あるはずもない。
彼等の認識では、ロボ風のデザインは全て「鎧を着ている騎士」なのである。
「今はどこの騎士様も魔法で強化されておりますからのぉ! シャープで洗練された美しさが機能美なのでございますじゃ」
「まてまてまて!」
自慢げな顔で語る長老の言葉を遮る声が、後方から響いた。
声の主は、手の上に自身の作ったマッドアイを乗せたマークだ。
「そんなナマッチョロイ鎧を有り難がるなんて論外だっ! ズッドーンとぶっとくガキーンとかたく! 力こそパワーなんだ!」
熱く語るマークの手に乗っているマッドアイは、たしかに言葉通りのデザインだ。
関節も胴体も足も首も太く、力と防御重視のパワー一辺倒スタイルだ。
飾り気はなく、全体的に曲線的なデザインで、表面もなんとなくざらざらしている様に見える。
しかし、全体からにじみ出る圧倒的な存在感は、その身体に秘められたパワーを感じさせた。
マークの言葉に眉尻を吊り上げたのは、長老を中心としたお年寄りグループである。
「なんじゃと?! 最新のカッコイイ鎧を真似するのの何が悪い! 実際の性能じゃって高いんじゃ! すばやく、それでいて力もあるんじゃぞ!」
「そうじゃそうじゃー!」
「けっかい!」
「若いもんが古いものばかりありがたがりおって!」
そんなお年寄り達の言葉に色めき立つのは、若いグループのアグニー達だ。
普段力仕事で鍛えているとは、到底思えないかわいらしい細腕をぶんぶん振り回して怒り出す。
鍛えても鍛えても一向に体がぷにぷにな子供体型なのは、アグニー族の特徴なのだ。
「何言ってるんだ! どっしりとした山のような身体でありとあらゆる攻撃を弾き返し、圧倒的力でねじ伏せるのが浪漫なんじゃないかっ!」
「けっかい!!」
「そのとーりだっ!」
「あんななよなよした鎧なんて、捕まえてぐっしゃーだもんねーっ!」
にらみ合うお年寄りと若者達。
一触即発のそんな状況の中、別のマッドアイを完成させるものが現れた。
「よし、出来た」
そういって額の汗を拭ったのは、凄腕猟師のギンである。
皆がいろいろな衣装を着る中、一人だけずっと迷彩ズボンとタンクトップを着続けた猛者だ。
そんな彼が仕上げたのは、上半身がゴリラの様に力強く、下半身は野太い四足を持つ異形の人馬のようなデザインであった。
それを見たお年寄りグループと若いグループは、口をあんぐりと開けて驚いている。
それもそのはずだ。
何せギンの作ったそれは、普通のマッドアイの倍ほどの大きさがあったのだ。
そんな驚きに気が付いているのかいないのか、ギンはいつもの様に落ち着いた様子で説明を始めた。
「これ、実は上のところと下のやつで、違うマッドアイなんだよ。下は四足で、上は猿みたいになってるんだ」
ギンの合図で、ゴーレムの体が二つに分かれる。
その言葉通り、人馬の上半身部分は、それだけで一つのマッドアイになっていた。
短い足で、器用に四足マッドアイにしがみ付いていたのだ。
四足マッドアイのほうにも、掴まりやすいよう突起や凹みなど加工が施されている。
まるで人工物のようなこの構造だが、実は「海原と中原」には似たように全く別の生物同士がしがみ付きあって生活している生物が存在するのだ。
ギンは猟師としての様々な生物に関する知識から、この構造を思い立ったのである。
そのとっぴな発想に、長老は歯軋りして悔しがった。
「おのれぇー! ぜんぜんうらやましくないんじゃからなっ! 大体なんじゃ! 四足と猿の胸の穴は!」
長老の指摘どおり、猿の胸と四足の顔にあたる部分には、穴が開いていた。
周りがきちんと縁取られているところを見ると、ただの飾りではないようだ。
案の定、ギンは「ああ、これは」と、説明を続ける。
「大きく作ったときの事を考えて、焼物で作った玉を飛ばす穴をつけたんだよ。こっちの猿のほうは、大きくて強力な奴を。四足は小さい奴をってイメージかな?」
「む、胸に必殺技用の大砲・・・じゃと・・・」
「バカな・・・その手があったとは・・・!」
長老とマークは、がっくりと地面に膝をついた。
そんなかっこいい装備を忘れていたとは。
そして、寄りにもよってナマモノ系のギンに先を越されるとは。
計り知れない衝撃が、二人の心を苛んでいるのだ。
その様子を見て小首を傾げるギン。
後ろには、なぜか腕を組んで自慢げに胸をそらせるカーイチの姿があった。
なんだか良く分からないが、皆がギンをすごいと思っていることだけはわかったらしい。
カーイチにとってギンは、自慢の相棒なのだ。
「くっ! こうなったら、性能で勝負だっ! 土彦様、見ててください! 絶対に戦いで勝つのはズドーンと野太い硬い鎧です!」
何とか立ち直り、吼えるマーク。
その言葉に呼応するように、若手アグニー達がそれぞれのマッドアイを掲げ「おー!」と声を張りあげる。
もちろん、お年寄りだって負けてはいない。
「なんの! 最初にマッドトロルに採用されたその実力、たっぷり教えてやるわい!」
長老も、負けじと手の上に乗せたマッドアイを突き出した。
他のお年寄り達も、リアルロボット風のマッドアイを持ち上げてにらみを効かせる。
こうして、冒頭の広場での戦いは始まったのであった。
様々な戦い方、挙動が繰り出され、それらがリアルタイムでマッドアイネットワークに蓄積されていく。
土彦一人が考えたものよりも、はるかに沢山の動きや戦い方が記録されていった。
とはいえ、戦いの嫌いなアグニー族であるから、内容自体は拙い物だ。
それでも数が揃えば、立派なデータになりえるのである。
実際、少量ではあるが、確かに有益なデータも取れていた。
大満足の結果に、土彦はいつも以上ににこにこしながらアグニー達を見守る。
まるで、おもちゃを得た子供のようだ。
アグニー達を見て、土彦はそんな風に思っていた。
実際、日本のサブカルチャーの中には、子供達が小さなロボットで遊ぶ話がいくつかある。
ゲームやアニメにもなっているはずだが、実物が出来たとしたら、こんな様子なのだろう、と、土彦は思った。
今回使っているマッドアイには、あらかじめリミッターが設定されている。
敵であっても、完全に破壊したりしないようになっているのだ。
多少が欠損しても、マッドアイは泥で出来たゴーレムである。
すぐに修復が可能なのだ。
その為、本来戦いが嫌いなアグニー達でも、あまり気にせず楽しくマッドアイ達に訓練させることが出来るのである。
どのマッドアイも、機体の特徴を良く生かした戦い方をしていた。
撃墜数を一番稼いでいるのは、常にタックルの事が頭から離れない若手、フーリアの駆る「タックルボーイ」だ。
大きな肩パーツとショルダーカバーを生かしてのタックルで、相手を弾き飛ばしまくっている。
次点が、ギンの作った「デストロイヤー・アイン」であった。
先ほどギンが持っていた、二対一体のゴーレムの猿っぽいほうである。
移動力の高い四足の上に乗ることで、自身の遅さをカバーしつつも、圧倒的なパワーで敵を倒していた。
一位二位こそ奪われているが、それ以下の三位から十位はお年寄り達のマッドアイが独占している。
やはり、正式採用タイプの安定性は伊達じゃないようだ。
順調に訓練が行われる中、ふと、あるアグニーが不審げに森のほうを向いた。
他のアグニー達も、次々と同じ方向に顔を向ける。
不審に思った土彦が、そちらに何があるのかマッドアイネットワークに索敵を行わせた。
だが、引っかかるのは精々、マッドアイの出す音とアグニー達の声にいらだっている雄鹿ぐらいだ。
たしかに雄鹿は立派な角もついていて大きい個体だが、気にするほどの事でもないだろう。
そう思った土彦だったが、マッドアイが捉えている雄鹿が頭を下げ、攻撃的な動きをアグニー集落に向かってした瞬間、それは起こった。
「て、て、敵襲じゃぁー!」
「「「うわぁー!!」」」
長老の掛け声にあわせ、アグニー達が一目散に逃げ出したのだ。
逃げていく方向は、やはり鹿とは反対方向である。
どうやら、かなり離れた位置にいる鹿の敵意に反応したようなのだ。
あっという間に森の中に消えたアグニー達の後姿を、唖然とした顔で眺める土彦。
「……やっぱり、アグニーさん達はアグニーさん達なんですね」
そう呟くと、土彦は少し困ったような表情を浮かべて笑うのだった。
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アグニー達が鹿の恐怖に逃げ惑っているころ。
赤鞘は精霊達の恐怖に慄いていた。
精霊達の住処である湖が、どんどんグレードアップしていたからだ。
湖面からは光や炎、水や風の柱が立ち上り、上空にはそれなりの大きさの島が浮いていた。
そう、島である。
何かもうでっかい塊が浮いているのだ。
今までも岩は浮いていたが、どうやらそれがぶつかり合って大きくなったようなのである。
島には、ところどころ光を反射している場所があった。
近付くとわかるのだが、それらはとても大きな宝石のような結晶である。
精霊の力が蓄積した結果生まれた、属性を含んだ魔石なのだという。
魔石が属性を含むというのは大変珍しいことらしく、あれ一個でうん千万すると、赤鞘はエルトヴァエルに説明されていた。
そんな魔石が、宙に浮かんだ島にはわらわら付いているのだ。
一体幾つ付いているのだろう。
アレを全部売ったら、日本の国債を返しきれるんじゃないだろうか。
そう考えるだけで、赤鞘の無いはずの胃がきりきりと痛んだ。
なんだって自分の土地に、あんな某ヒゲもじゃーなアニメ映画監督のファンタジー巨編に出てきたみたいな浮遊島があるのか。
自分はただのザコ神なのに。
大体下の湖にしても、精霊とかが大量にいて場違い感がハンパではない。
元々は赤鞘の周りを囲む樹木の精霊達のために集まった精霊達なわけだが、誰一人として赤鞘よりも格下がいないのだ。
ここが地球であったならば、湖に集う精霊に比べれば神格的な意味で赤鞘なんぞ吹けば飛ぶチリのような存在である。
もっとも、ここは異世界「海原と中原」であるので、どんなに相手が大精霊と呼ばれるようなすごい精霊であったとしても、神である赤鞘のほうが格上なのだが。
「んぐぬあぁー」
赤鞘は地面をごろごろ転がり、もだえまくっていた。
このままでは精神的なダメージで、心に致命的なダメージを負いそうである。
うつ的なもので苦しむ神様とかマジでシャレにならない。
赤鞘は自分を叱咤すると、何とか立ち上がった。
エルトヴァエルは現在上空一万メートルあたりで哨戒をしているので、この場にいるのは赤鞘だけである。
基本赤鞘はネガティブ思考なので、一人のときは無理矢理にでも前向きに成らないとどんどん沈んでいくのだ。
「そうそう。ビビッてばっかりいたら駄目ですよね。私だって土地神なんですし。がんばらないと」
ここでふと、赤鞘の頭にある疑問が浮かんだ。
赤鞘は土地神である。
土地の力の流れを管理するのが仕事だ。
この「土地」というのは、何も地べたの事だけを指している訳ではない。
川も山も、その土地にあるものであれば殆どに影響を及ぼしているのだ。
植物や動物だって、勿論例外ではない。
しかし、今この土地では、赤鞘が直接管理していないものが二箇所あるのだ。
一つは、今目の前にある精霊達の住処である湖である。
精霊などの霊的要素がやたらと強いものが動き回っている場所は、恐ろしく管理が難しい。
動き回っている精霊そのものが、力の流れに影響を与えるからだ。
ちょっとづつ動かして最終的に整えるタイプの管理をしている赤鞘には、かなり厄介なのである。
そこで、湖一帯を丸々精霊達に管理させることにしていた。
そのほうが精霊達も住処を整えるのに都合がいいはずだし、便利だろうと思ったのだ。
もう一つは、土彦が作っているエンシェントドラゴンの巣であった。
こちらはもっと簡単な理由で、土彦が凄まじい勢いで改造しているから赤鞘の調整が追いつかず、一時的に放置しているのだ。
作業中に調整してもあまり意味が無いし、どうせすぐに工事も終わるはずだからである。
赤鞘が疑問に思ったこと。
それは、その二つの内部がどうなっているか、であった。
赤鞘は、自分の土地の中で起きたことならば、力の流れを通してその殆どを感知することが出来た。
逆に言えば、自分が干渉していない力の流れのある場所は、感知することが出来ないのである。
湖の中も、エンシェントドラゴンの巣の中も、どうなっているのか全く分からないのだ。
生粋の土地神である赤鞘にとって、自分の土地の中に自分の良くわからないところがあるというのは、非常に気持ちの悪いものであった。
「いけば、見学させてもらえますかねぇー」
ぼそりと呟く赤鞘。
自分のことながら、なかなかいいアイディアではなかろうか。
赤鞘はそう思っていた。
散歩がてらいろいろ見て回るのも、気分転換に宜しいのではないかと考えたのだ。
思い立ったが吉日である。
赤鞘は地面に刺していた本体を引き抜くと、自分の腰に差した。
考えてみれば、精霊の湖や龍の巣というのは、なんともファンタジー的なものではないか。
何か楽しいものが見られるかもしれない。
そんな予感に、赤鞘は表情を和らげた。
この見学散歩が、自身の心に大ダメージを与えることに成ることを、このときの赤鞘は想像すらしていなかったのである。
なんか思ったより長くなったので、続きます!
村の命名は赤鞘がする予定なので、今回は無しになっちゃいました。
次回できたらいいなぁ。
相変わらず文章量が多くなっちゃう病です。
それと、「なろうコン大賞」に参加させて頂きました。
タグつけてあらすじが有ればいいということなので。
どうなるんだろう。
どきどきです。
宜しければ評価点つけてやってください(←
さて、次回は。
湖とドラゴンの巣に赴くAKASAYA。
そこで見たのは、赤鞘の心に大ダメージを与えるゴイスーなものばかりだった!
果たして赤鞘は、無事トラウマを植えつけられずに元の場所にたどり着く事が出来るのかっ!
次回「もうむらにかえる」
どうぞお楽しみに。