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六十七話 「一日にビスケット一枚と水を一リットル飲む生活が気に入っているそうです」

 大海原に、一つの樽が浮いていた。

 人が入るほど大きなその樽には、コウモリ傘で蓋がされている。

 そのコウモリ傘の上に、半透明の女性が立っていた。

 立体映像のようなそれは、「海原と中原」では時々見ることが出来る人工精霊の姿だった。

 人の手によって作り上げられたそれらは、地球で言うところの人工知能のようなものだ。

 大型魔法機械の制御、情報処理など、活躍の場は多岐に渡る。

 何故そんな人工精霊が海のど真ん中に浮いている、樽の上に立っているのか。

 それは、彼女の主が樽の中に入っているからだ。

 人工精霊、マルチナは、コウモリ傘をくぐって中に居る自らの主の様子をうかがった。

 その様子を一言で表すとするならば、「熟睡」だろう。

 幾ら樽が大きいとはいえ、人が入るのが精々の大きさだ。

 寝ようと思えば、膝を抱えてうずくまるしかない。

 そんな寝づらそうな体勢にもかかわらず、マルチナの主は気持ちよさそうに熟睡しているのだ。

 ご丁寧にコウモリ傘には外気温を遮断する魔法をかけ、樽には内部を快適な温度、湿度に調整する魔法までかけている。

 彼女の主が使う魔法は「詩魔法」と呼ばれるもので、呪文のような詩のような言葉に魔力を込めて発することで発動するものであった。

 即効性がある分継続して効果を発揮させるのが面倒な魔法であるのだが、彼女の主はそれをやってのけているのだ。

 それは、恐ろしく魔法制御が得意で、恐ろしく詩魔法に対する理解が深いことを示している。

 魔法学者が見たら、発狂するかもしれない。

 なんてことに高度な魔法を使うのか、とか。

 マルチナも文句の一つも言いたいところではあったが、言ったところで無駄なので諦めていた。

 それで改めるような主であるならば、元々こんな大海原で漂流するような事には成らなかっただろう。

 聞きはしないだろうが、マルチナはもう一度声をかける事にした。

「中型の潜水艦が接近して来ています。逃げることを推奨しますが」

「ん、えぁ?」

 マルチナの主は寝ぼけたような声を出すと、不快気に顔をゆがめる。

 開けられたコウモリ傘のふたを引っ張って戻そうとしながら、面倒臭げに口を開いた。

「いいよ別にそんなの。借金取りじゃないんでしょ?」

「彼等にこの規模の潜水艦を所有する能力はありません。そもそも対象の潜水艦は軍事用のものと推測されます。私も極接近されるまで存在に気がつきませんでした」

「じゃー、いいじゃんか。ほっとこうよ。きっと殺されたりしないよ」

 マルチナの主は話は終わったというように頷くと、目を閉じて寝息を立て始めた。

 生体反応を見る限り、本当に寝ているようだ。

 人間は、こういうときにため息を付くのかもしれない。

 そんな風に学習したマルチナだったが、状況は全く改善されていない。

 寧ろ、どんどん悪くなっている。

「潜水艦から、小型艇らしき物が射出されました。こちらに接近してきます」

 そう律儀に口にするが、報告すべき主は寝ている。

 人間であれば、ここは頭を抱える場面なのだろう。

 そう判断するマルチナであったが、それで現状が変るわけも無い。

 小型艇らしきものはどんどんと樽に接近してきている。

 そして、とうとう樽の近くに、その機体を浮上させた。

 海面から顔を出したのは、鎧の胴体部分を膨らませて、腕をつけたような金属の塊だった。

 マルチナがスキャンする限り足は無く、恐らく海中での作業、戦闘用アームを持つ小型兵器か作業艇であると推測された。

 企業ロゴや既製品のような量産に特化した形をしていないところを見ると、もしかしたら手作りの機体なのかも知れない。

 樽はその機体が海中から姿を現すときに起きた波にあおられたが、マルチナが支えることで沈むことは無かった。

 元々、さほど大きな波も立っていなかったところを見るに、かなり隠密性能が高いのだろう。

 マルチナが見ている前で、背中の部分が僅かな噴出音を上げて開いた。

 中から顔を出したのは、メガネをかけたエルフの男性であった。

 そのエルフは怪訝な顔でマルチナと樽を見比べると、なんともいえない硬い声で呟いた。

「……なにしてんの?」

「主の行動の結果、樽に乗り漂流しています。私は、主の体内に埋め込まれた魔石に搭載された人工精霊マルチナです。出来れば主共々保護をして頂きたいのですが、貴方の所属をお教え願えないでしょうか」

 マルチナの姿を見て、正体の大方の予測は付いていたのだろう。

 エルフは僅かにメガネをかけなおしただけで、特に驚いた様子は見せなかった。

「俺はガルティック傭兵団に雇われてる学者で、ドクターって呼ばれてる。そう呼んでくれればいいよ」

「ガルティック傭兵団。セルゲイ・ガルティックが束ねる戦闘集団。アイセグベルでの軍事クーデターの際に、最初に当時の王女側に付いた方々ですね」

「まあ、そん時はいろいろ有ってそうなったけど。そうだよ、そのガルティック傭兵団だ」

「では、セルゲイ・ガルティック氏に確認しなければ保護は望めないでしょうか」

 マルチナの言葉に、エルフは不思議そうに眉間に皺を寄せた。

 保護を申し込んできたことが、意外だったからだ。

「いや。大丈夫だけど。君はなかなか高度な人工精霊だ。君が体内に埋め込まれているのであれば、君の主は相当の魔力を保有しているはずだ。起動させるだけでも相当魔力を使うだろうからね。君が動いているということは魔力が供給されているわけで、君の主は当然死んでないだろう。君ぐらいの人工精霊なら、飛行魔法を組み込まれていてもおかしくない。もし無かったとしても、君の主にはあるだろう。その樽に掛かっている魔法は、詩魔法だからね。それには媒介が必要ないから、唱えれば飛べるはずだ」

 すらすらと出てくるエルフの言葉に、マルチナはコクリと頷いた。

 どうやらこのエルフはきちんとした魔法知識のある、常識のある人物であるらしいと判断した。

「それを前提にした上で聞くんだが、君の主人は何で未だに漂流しているんだい?」

「主は、この漂流状態を理想的な状態だと思っているようです。一日にビスケット一枚と水を一リットル飲む生活が気に入っているそうです」

 エルフは眉間に寄せた皺を更に深くすると、それを揉み解すように指で押さえた。

 メガネのつるの部分を指に引っ掛け押し上げると、軽く咳払いをする。

「それで、君の主人はその樽の中に居るのかな? 何をしているんだい? こちらを警戒しているのかな?」

「いいえ、寝ています」

「……寝ている? 僕の接近は伝えたのかい?」

「伝えました。その上で、相手は借金取りとは思われず、命をとられることも無いだろうから寝る、と言っていました」

「そうか。その、なんていうか。なかなか面白い人物みたいだね。とりあえず、たたき起こしてもらえるかな?」

「了解しました」

 そういったときのマルチナの顔は、実に数ヶ月ぶりに浮かべた気持ちのいい笑顔であった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 スケイスラーの国旗を掲げた船を彼等海賊団が捕捉したのは、一時間ほど前であった。

 情報屋に金を払い大型貨物船の通り道の情報を買い、仲間を集め、武器を用意し、この日のために幾つもの準備をしてきている。

 特に気を使ったのが、船の数だった。

 通常、スケイスラーの大型貨物船に乗る護衛は、六人前後だ。

 何も知らない人間が聞けば、少ないと思うかもしれない。

 だが、まともな海賊ならば、それを聞いただけで手を出そうという気は失せてしまうだろう。

 スケイスラーの兵士は、並みの海賊であれば一人で潰すような化け物だ。

 数が少ない分、その育成にかけている時間も金も労力も半端ではない。

 それだけに、その戦闘力は桁外れだ。

 武装しただけの海賊が勝てる相手ではない。

 普段ならば、名前を聞いただけではだしで逃げ出すところだ。

 だが、今回はそういうわけにも行かなかった。

 海賊達にはどうしても、纏まった金が必要だったのだ。

 だからこそ、是が非でも実入りがいい大型貨物船を狙う必要があった。

 その為に、態々借金までして装備と人をそろえたのだ。

 金を工面する為に借金をするというのも実に微妙な話ではあるが、彼等にはそれしか道が無かったのだ。

 海賊達が立てた作戦は、実に単純明快だった。

 沢山の仲間で、大型貨物船を取り囲む。

 それだけだ。

 だが、それはスケイスラーの船に対して唯一と言っていい、有効な対抗手段であった。

 スケイスラーは少数精鋭であり、個々の力は尋常ではなく高い。

 だが、所詮少数は少数なのだ。

 真正面から戦えば蹴散らされてしまうだろうが、戦って勝つことが目的ではないのだから、問題は無い。

 相手が一度に対応できない人数で、船に大ダメージを与えられる武器を向けさえすれば、それで勝てるからだ。

 スケイスラー側は、あくまで船を守らなければ成らない。

 こちらを壊滅させたとしても、船を破壊されたら元も子もないのだ。

 それならば、積荷を渡してしまったほうが被害が少ない。

 とはいえ、それだけの数を揃えるのは至難の業だ。

 なにせ、海賊達もそれほど船を持っているわけではない。

 また船があったとしても、人数が揃わなければ意味が無い。

 そこで今回海賊達は、知り合いの海賊に頭を下げて出張って来て貰っていたのだ。

 大小さまざまな海賊団を結集させ、大海賊船団を作り上げたのだ。

 一度集まりだしてしまえば、後は簡単だった。

 俺も俺もと次々に人が集まり、合計30隻もの海賊船が集まった。

 これだけ有れば、幾らスケイスラーの兵といえど、大型貨物船に乗っているだけの人数では対処しきれない。

 その、はずであった。


「なんなんだ、これ」

 自分の船の舵を握りながら、海賊の頭は震える唇で呟く。

 最初に他の海賊達に声をかけたのは、彼であった。

 方々の海賊に掛け合い、作戦を練り、襲う船を選び、やっとの思いで今日という日を迎えたのだ。

 今回の作戦は、必勝のはずだった。

 絶対に失敗は無いはずだったのだ。

 だが、現実はどうだろう。

 海賊の頭はぐるりと視界をめぐらし、周りの船の様子を見た。

 視界に入るどの船でも、激しい戦闘が行われているのがわかる。

 魔法によるであろう閃光や、船の一部が燃えているであろう煙が上がっているのだ。

 目に見える範囲の船だけではない。

 先ほどからけたたましく響き続けている音声通信によれば、30隻全ての船が襲われているという。

 そんなことは、ありえないはずだった。

 大型貨物船に乗っている兵は、多くて6人。

 何かの間違いがあったとしても、精々8人ぐらいだろう。

 にも拘らず、現状はどうだ。

 こちらが30隻居て、全ての船が攻撃を受けているとなると、相手は少なくとも30人以上居ることになる。

 それだけではない。

 攻撃を受けてヤケになったらしい海賊船から、大型貨物船へと時折魔法が放たれていた。

 だが、その全てが迎撃されてしまっている。

 魔法での攻撃なのか何なのか分からないが、大型貨物船から何か光るものが飛び出し、魔法を叩き落して戻っていくのだ。

 この時点で、大型貨物船にも1人以上の兵が乗っている事になる。

 幾つもの海賊船からの同時攻撃も迎撃されていたこともあったので、最低でも5~6人は居るだろう。

 となると、大型貨物船には少なくとも35~36人の兵が乗っていた事になる。

「何でそんなに乗ってんだよっ!! そんなに乗せてたら相手方の国への軍事介入みたいなことになって問題起きるだろっ! 停泊拒否とかされるぞ!!」

「そんなこと俺にいわれてもっ!」

 苛立ち紛れに近くにいた船員の首を引っつかみぶん回しながら、海賊の頭は喚き散らした。

 別にそれで状況が改善されるわけではないが、気分は多少落ち着く。

「くそっ! どうなってやがるんだ!!」

「こっち側の全部の船が襲われていて、こっちの攻撃は跳ね返されてますね。あ、何隻か投降したそうです」

「そんなこたぁ、わかってんだよっ!!」

「ええ?! 今聞いたじゃないですか!」

「意味がちげぇ!!」

「ひでぶっ!」

 反射的に船員を殴り、海賊の頭は若干の冷静さを取り戻す。

 艦内通信用の端末を引っつかむと、怒鳴りつけるように声を張り上げた。

「状況! 入り込んだネズミはまだ追い出せねぇのか!!」

「追い出すも何も、もう俺等捕まってますぜ」

「なん……だと……?」

「船に積んでた縄で縛られて転がされてます。これが解けないほどけない。プロの技ですぜ」

「あほか?! じゃあ、なんで通信に出られてんだよっ!」

「なんか、通信が来たら投降を促せとか言われたんですよ。殺さないっていわれましたし、投降しません?」

「シネッ!!」

 海賊の頭は力を込めてそう叫ぶと、通信機を地面に叩き付けた。

 頭に上った血が少しだけ下がるのを確認すると、後ろを振り返る。

 その先には、二人の女性が立っていた。

 一人は白いワンピースを着た、いかにもお嬢様といった風情のにこやかな女性。

 もう一人は、動きやすそうな皮の胸当てを装備した、いかにも冒険者然とした女性だ。

 二人は、万が一のために海賊の頭が雇っていた、冒険者だ。

 この世界では、国際法などと言うものは無い。

 その為、国の外で起きたことは全て自己責任で完結させる。

 国外で船が襲われても、「運が悪かったね」で終わってしまう。

 よしんば襲ったのがどこかの国の人間だと断定されても、「運が悪かったね」で終わってしまうのだ。

 そもそも「海原と中原」では、国の外は魔窟だ。

 ドラゴンなどの化け物が闊歩し、命の保障は全くないといっていい。

 国際法なども作られようとしたこともあったのだが、作ろうとするさなかに大国が戦争を始めてそれどころではなくなったりしたのだ。

 そのお陰というかなんというか、ギルドに登録している冒険者も、国の領土とされているところ以外では何をしても問題はないとされていた。

 例えば、別の冒険者を殺して持ち物を奪っても、ばれなければ問題が無いのだ。

 ばれたとしたらその冒険者の仲間に袋叩きにされるだろうが。

 そんなわけで、海賊が冒険者を雇うことは珍しいことではなかった。

 冒険者のほうもきちんと常識はわきまえているので、国の領土内での仕事に加担したりはしない。

 とはいえ、おおっぴらにギルドで募集をかけられるような仕事でもないので、海賊と冒険者間の個人契約の仕事となる。

 こういった仕事は実入りが良く、腕の立つ冒険者には好まれた。

 もっとも大型輸送船などの輸送国家の護衛が付くような船を襲う仕事は、その限りではないわけだが。

「いいかあんた達! こうなったら逃げるしかねぇ! 二人で行って、ネズミをたたき出してくれっ!」

「あの、それは構わないのですが。それよりも私、大変なことに気がついてしまいましたの」

「ああん?!」

 ワンピースを着た女性のおっとりとした言葉に、海賊の頭は苛立たしげに表情をゆがめた。

 余裕が無いときに、何を言い出すんだと思っているのだろう。

「お頭さんは、舵を握っていらっしゃるでしょう? でも、お船が舵に反応していないようなんです。どうしてなのでしょう」

「え?」

 海賊の頭の表情が一瞬にして凍りついた。

 顔から血の気が引き、ゆっくりとした動きで握っている舵を見る。

 船が揺れたり、進路が変る様子は無い。

 近くにいる大型輸送船と付かず離れずの距離関係を保ったままだ。

 今度は、思い切り舵をぶん回す。

 やはり船に変化は無い。

「な、なんじゃこりゃぁあああ!!!」

「あらあら。どうしてしまったんでしょう?」

「恐らく、魔法制御を乗っ取られたんでしょうね。モニタ類や計器類に出ている数字などもデタラメですし」

「なっ、まじだ!」

 冒険者然とした女性の言葉に、海賊の頭はモニタ類に目を走らせた。

 たしかに、出ている表示も何もデタラメなものになっていた。

 特に、速度が「072」、燃料残量が「893」になっているあたりに、人為的な悪意を感じる。

「恐らく、さっき連絡を取った連中が捕まったときに何かされたのでしょう。今日日の制御システムは遠隔操作やシャフトなどの直接接続を必要としない分、演算機などがあれば外部から侵入して乗っ取ることも可能ですから。何でも魔法効率化すればいいというものではないんですね。魔法の制御に詳しい人間が居れば船の操舵権を取り返すことも出来るかもしれませんが、私はこの船を動かしている系統の魔法は門外乙女なので。誰か詳しい方、います?」

「く、くわしいやつ! そうだ、魔法に詳しいやついたよな!」

 海賊の頭の顔に血の気が戻った。

 慌てた様子で近くにいたクルーににじり寄り、その胸倉を掴んだ。

 胸倉を掴まれたクルーは、首をがくがくゆらされながらも、特に問題なさそうに「あー、そいつなら」と言葉を発した。

 どうやら相当揺さぶられなれているらしい。

「さっき通信してた縛られてるっぽいヤツです」

「なに縛られてんだチクショウ!!」

「へなっぷ!」

 叫びながら、掴んでいたクルーを殴り倒す海賊の頭。

 どうやら口と同時に手が出るタイプらしい。

 すっ飛んでいったクルーは勢いそのまま、近くのドアにぶち当たった。

 ドカンという音が響き、クルーはそのまま床に突っ伏す。

 それとほぼ同時に、ドアが開いた。

 そこから顔を出したのは、オールバックに纏めた髪の毛を後ろで結んだ、女性だった。

「おお?! びっくりした! すげぇーびっくりした! 今、あたしドアに手かけてたのよ! そしたらこう、どーん! て! どーん!」

「だ、誰だテメェ!」

 海賊の頭が、警戒の声を上げる。

 無理も無いだろう。

 顔を出した女性に、見覚えが無かったのだ。

 海賊の頭の手には、柄が斜めに取り付けられたナイフが握られている。

 丁度、拳銃のような角度だ。

 ナイフの刃には文様が刻まれており、淡く青い光を発している。

 魔法を打ち出す、飛び道具だ。

「ああ、あたし? あたしはほら、あのー、でかい貨物船に乗り合わせてたんだけどね? なんつーか、投降してくれると助かるかなーって」

 海賊の頭に向けられたナイフに眉根を上げながらも、女性は軽い口調でそういった。

 魔法の武器に気が付いていない様子は無い。

 ナイフに魔法を添付して飛び道具にするのは、かなりポピュラーな部類に入る。

 ソレを分かった上で、軽い態度を崩していないようだ。

 恐らく、それなりに場慣れしているのだろう。

「なめんなごらぁ! いくらスケイスラーの兵隊でもこの距離なら弾ぁかわせねぇだろうがぁ!!」

 叫びながら、海賊の頭はナイフに魔力を込めた。

 その瞬間、ナイフに刻まれた紋章が魔力を物理現象へと変換する。

 拳大の鋼鉄をも貫く衝撃波が、女性の顔へと向けて放たれた。

 海賊の頭の腕はなかなかだったらしく、的確に顔の中央を捉えている。

 音速を超えるそれを、女性は驚きの表情で眺めていた。

 海賊の頭が撃って来たのが意外だったのかもしれない。

 しかし、それもほんの僅かの間だった。

 蹴り抜く様にドアを足蹴にして開けると、腰に差していた剣の柄に手をかけた。

 ドアの蝶番が悲鳴を上げるが、なんとか堪え切る。

 壁にドアがぶち当たるよりも、女性の抜刀の方が速かった。

 抜き放たれた剣は、勢いそのまま衝撃波に向かう。

 そして、エネルギーの塊であるはずの衝撃波を両断してしまった。

 後に残ったのは、霧散して殆ど力を失った、そよ風だけだ。

「お話してるのに撃っちゃ駄目でしょう」

 女性は海賊の頭に切っ先を向け、にやりと笑って見せる。

 それと反対に、海賊の頭は憎憎しげに表情をゆがめた。

「くっそっ!」

 その場に居た海賊は、頭とぶっ倒れているクルーだけではなかった。

 数人のクルーが、肩から提げていた飛び道具を女性に向ける。

 だが、女性の動きは、それらが効果を発揮するよりも数段速かった。

 地面すれすれを滑るように移動し、一瞬でクルーへと接近。

 手にしていた剣を、クルーの持つ武器へと突き立てる。

 明らかに鉄製と分かるものにも拘らず、女性の手にしていた剣は容易く武器へと突き刺さった。

 クルーの表情が一気に強張った。

 それとほぼ同時に、武器が甲高い音を立てて爆発する。

 武器に魔力を込め、魔法が発動する直前に剣を突き刺されたからだろう。

 魔力が行き場を失い、暴発したのだ。

 抱えていた武器が爆発したことでクルーの体が吹き飛び、壁に叩き付けられる。

「あいはい」

 女性は気の抜けた声でそういうと、すぐさま残りのクルーへと身体を向けなおす。

 振り向き様抜き放った剣が、背中に向けられ撃たれていた魔法を叩き落した。

 どうやらそれを察知して、狙って剣を抜き放ったらしい。

 両手に持った剣を、更に数回振り抜く。

 何人ものクルーが不可視の衝撃波を連射していたが、その全てが剣でさばき切られてしまう。

「うっそだろ?!」

「何だあの剣っ!」

 クルーが悲鳴の様に叫ぶが、無理も無いだろう。

 女性が持っている剣は、とても丈夫そうには見えない、レイピアのようなものだった。

 それも、一見して量産品と分かる物だ。

「はいはーい」

 女性は気の抜けた声でそういうと、大げさに背中を丸めて見せた。

 何事かと海賊達が身構えた瞬間、女性の背中から鋭利なものが4本、鈍い金属音と共に突き出す。

 それが女性が持っていたのと同じ剣であると分かるよりも早く、その剣を握った手が現れる。

 女性の背中から、剣を握った都合4本の腕が生えてきたのだ。

「なんっ?!」

 その異様な光景に、クルー達が一斉に武器に魔力を込める。

 しかし、魔法が発動することは無かった。

 それよりも早く、女性の背中から飛び出した何かに、全て切り落とされてしまったからだ。

 手にしている剣と同じ光沢の身体を持つそれは、全身鎧を着込んだ人間のような姿をしていた。

 その数は、2体。

 両手に剣を持った、金属の戦士だ。

 クルー達の持っていた武器は、魔法を中断された反作用で暴発し、クルー達自身を傷つけた。

「ぎゃぁああ!!」

「いってぇええ!」

「なんなんだコイツ?!」

 女性は両手に持った剣を鞘に収めると、ぱんぱんと自分の背中を払った。

 そこには特に穴などが開いている様子も無い。

 どうやら、金属の兵士は背中を突き破って出てきたわけではないようだ。

 その光景に目を丸くして顎を抜かしていた海賊の頭だったが、転がっているクルー達を見てガテンがいったように吐き捨てた。

「チクショウ! “複数の”プライアン・ブルーかよ! 聞いてねぇぞ!!」

「あれ? あたしの事知ってる? 名前売れるとまた婚期が遠のくんだよなぁ」

 そういいながら、女性、プライアン・ブルーは頭をかいた。

「で、話は戻るんだけどさぁ、やっぱり投降してくれない?」

 プライアン・ブルーの言葉に、海賊の頭はがっくりと膝から崩れ落ちた。

 それを投降の意思と受け取ったのだろう。

 プライアン・ブルーはにやりと笑い、軽く肩をすくめた。

「この船が一番がんばったんじゃない? 主犯の仕事は果たしたでしょ。怪我人は多いけど、死人は出てないし。お互いにね」

「まぁ、皆さん無事でしたのねっ! よかったっ!」

 ぱちんっと手を叩く音に、海賊の頭は顔を上げる。

 声の主は、雇った冒険者のワンピースを着ている女性だった。

 プライアン・ブルーもそちらに顔を向け、がっくりと顎を落とした。

「お前、“鈴の音の”リリ・エルストラ? なにしてんだ?」

「や」

 プライアン・ブルーの言葉に反応して手を上げたのは、冒険者然としたほうの女性であった。

 突然飛び出した名前に、海賊の頭は表情を引きつらせる。

「まてまて! そいつ等俺達が雇った冒険者だぞ!」

「マジでか。え、抵抗する感じ?」

 眉根を寄せるプライアン・ブルーに、リリと呼ばれた冒険者は首を振って見せる。

「まさか。アンタ相手にやりあうとしたら被害甚大だろう。雇い主の船も全滅する。割に合わんよ。投降するから、見逃してくれない?」

「いやいやいや。さすがにそういうわけにも……」

「今度うちの貴族子息との合コンセッティングするし」

「マジ……でか。マジでか。いやいやいや違う違う違う。そうだよね。お前一応、国の兵隊さんだもんね。いろいろ面倒起こすのもアレだもんね。ここは無かったことにして目をつぶっちゃうのもお互いの国の為かもしれないよね。え、まって。ちょっと、時間もらっていい?」

「どうぞどうぞ」

 唸り始めるプライアン・ブルー。

 状況に飲まれそうになりながらも、海賊の頭が声を張り上げた。

「ちょっと待て! “鈴の音の”リリ・エルストラっつったらホウーリカ王国の騎士のはずだろう?!」

「そうだよ。何でここに居るんだよ」

 海賊の頭の言葉に、プライアンブルーも賛同する。

 リリは僅かに顔をしかめると、隣のワンピースの女性へと目を向けた。

 にこにこしながら頷くのを確認すると、ため息混じりに口を開く。

「この方の護衛の為だ。冒険者というものを体験して見たいとおっしゃってな。まあ、そのなんだ、いろいろあるんだよ」

「わたくし、ホウーリカの第四王女ですの」

「あっはっはっは。またまたぁー」

「おいおい、普通に酒場であんた達雇ったんだぜ? はっはっは!」

 二人の言葉に、プライアン・ブルーは噴出すように笑った。

 海賊の頭も、乾いた笑いを響かせている。

 しかし、リリは一切笑っていない。

 隣の女性は、終始にこにこと笑っている。

「はははは……はは……」

 プライアン・ブルーはおもむろに懐に手を突っ込む。

 取り出したのは、辞書などの機能が付いた携帯端末だ。

 立場上様々な人物と出会う機会のあるプライアン・ブルーは、各国の貴族などの顔写真入りの名鑑を持っているのだ。

 カチカチと操作し、一枚の写真を画面に映す。

 やおら屈みこむと、それを海賊の頭に向けた。

「ねぇ。これとあのお嬢さん、同一人物に見える?」

 海賊の頭は一瞬怪訝な顔をしたが、すぐにプライアン・ブルーの意図に気がついた。

 どうやら頭というだけあって、頭は悪くも無いらしい。

 暫く端末と女性を見比べた後、海賊の頭はゆっくりと顔を両手で覆った。

「……マジでか。マジでか。ヤダこれちょうめんどくせぇ。ぜってぇあのショタジジィに文句言われる」

 がっくりと膝から崩れ落ちるプライアン・ブルー。

 そんな彼女に、リリは遠慮がちに止めを刺した。

「後、海賊たちは全員女性だ」

「おお。女海賊団だからな」

「チクショウがアアアアアアああ!!!!」

 なぜか、泣きながら絶叫するプライアン・ブルー。

 どうやら何人か好みのタイプが居たらしい。

 海の女というのは、思わず男性と見間違えちゃうほど逞しかったのだ。

 その叫びは、その日この海域で上げられたどんな叫び声よりも悔し気だったという。

また新しい人が出てきましたね。

ホウーリカ王国ですが、今まで出てきた国の中で一番、見直された土地に関係のある国です。

あまりにも関係がありすぎて、絶対に外せません。

なんかそういっちゃうとどんな関係のある国なのかうっすら感づいちゃう人がいるかもしれませんね。

感想とかであてるなよっ! 絶対にあてるなよっ!

せめてメッセージとかにしとこうねっ!


さて、次回は門土と水彦の遭遇です。

そのあとは、一般的な人の戦闘能力と戦闘描写を作者が書きたいので、ギルドの訓練学校の生徒さん達とキャリンさんの模擬戦の模様をお伝えしたいと思います。

実況解説はボーガーさんと水彦さん、あと門土さんです。


あと設定資料をかいとるんですが、終わる気がしません。

ちょこちょこ遊びながら書いてるせいかな。腹立ったんで、短編の話ってことで上げてやろうと思います。

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